*承*
「あんた、アイス食べたそうな顔してるわね」
晩飯の後、自分の部屋でダラダラとマンガを読んでいたオレはそう言われた。
突然ふすまを開け放って現れた姉・凛花に。
「まったく、しょーがないわね。お金出してあげるから、買ってきなさい――私とみんなの分も」
そう言って、折った千円札を放り投げる我が姉。
「あんまり遅くならない内にさっさと行ってきなさいよ。あ、それと私はストロベリー系の氷っぽくないヤツね」
そう言って、開けたときと同じ速さでふすまを閉めた我が姉。
――と以上が、つい先ほど姉弟間で行われた(オレは無言)やりとりである。
で、オレは今、買い物を終えてコンビニを出た。
ちなみにコンビニの正式名称『コンビニエンスストア』の『コンビニエンス』とは『便利』という意味、らしい。
だけどウチの場合、『便利』とはとても言えない。
チャリで十分掛かるのは、絶対『便利』じゃない。
しかも、近所のスーパーはこの時間には閉まってるし。
……まったく、これだから田舎は。
だから昼間の狼男の話も、絶対に都市伝説なんかじゃねぇ。
田舎町伝説だ。
つーか、狼男って古くね?
吸血鬼並みに廃れた伝説じゃね?
今どき、小学生でも信じねぇっての。
そう思いながら、チャリのスピードを一度落とし、道を曲がったときだった。
その『噂』の『伝説』に出会ったのは。
オレは驚きのあまり、チャリを完全停止させた。
美しい銀の毛並み。鋭く尖った爪。ピンと立った耳。
この道の数少ない街灯に照らされたその姿は、確かに『狼男』だった。
ただし、二足歩行ではなく、その場にうずくまっていた。
そして、紳士的にも、ちゃんと黒っぽい服を着て、靴も履いていた。
「ゥゥゥゥゥゥゥ…」
低い唸り声が辺りに響く。
犬特有の唸り声。だけど、威嚇の声のようには聞こえない。
もっと弱々しい声。これは――苦しんでる?
そして唸ったまま、こっちに背を向けた体勢で動かない狼男。
……………。
……普通、走って逃げるとこだよなぁ、コレ。
だけど、もう完全に普通じゃないんだよなぁ、オレ。
だから、親切なオレはチャリに乗ったまま、
「あのー、大丈夫ですか?」
と、慎重に声を掛けてみた。
途端、狼男は顔だけ振り向いた。
青く光る目。獰猛な牙。
それはまさしく、服を着た狼だった。
ただし、そこら辺の服を着せられた犬とは、格段に印象が違う。
頭で考えるまでもなく、本能的に恐ろしい顔立ちだった。
そして次の瞬間、狼男の姿は街灯の下から消えていた。
コンクリートをその二本の脚で強く蹴り上げ、大きな身体で軽々と民家を飛び越すと、そのまま狼男は夜の闇に消えていった。
「マジかよ、田舎町伝説」
一人残されたオレは狼男が消えた空を見上げ、そう呟いた。
月が綺麗な、雲一つない夜空だった。