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終末の魔女  作者: せいじ
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 部屋の扉は、すでに開いていた。

 扉を開けて待っていたのは、先回りしていたマリーさんだった。

 彼女は恭しい仕草で、律儀に扉を押さえていた。

「ありがとう、マリー」

「どうぞお入りください、奥さま」

 仕事が早いなあ。

 あまり気が利きすぎると、面倒に巻き込まれるよと助言したくなる。

 そんな二人の連携は見事だと思うけど、問題は俺だ。

「さあ、おぼっちゃま」

 リズは俺のベッドの端に腰をゆっくりと下ろしながら、俺を馬鹿丁寧に下ろしてくれた。

 マリーさんは俺の後ろに回り込み、頭と背中を支えてくれた。

 そのあまりの丁寧さと連携に、辟易するよりもむしろ動揺してしまう俺だった。

 むしろ、ベッドに放り投げられた方が、気が楽だと思う。


 でも、これで解放された。


 その時の俺は、そう思った。


 それが間違いであるということを、俺はすぐに気が付くことになる。


「さあ、おぼっちゃま」

 いつもと違い、リズの髪は乱れていた。

 リズははらりと落ちる髪が鬱陶しいみたいで、髪をかき上げては落ちて、落ちては髪をかき上げている。

 こうして見ると、ちょっと色っぽいと思う。

 でも、何がさあ、なんだろう?

 髪が気になるのかな?


 そんなに気になるなら、髪を直したらいいと思うよ。


 まさか、俺に直せじゃないよね?


「ええっと、ありがとう、リズ」

 よく分からない時は、これが一番だ。

 お礼を言われて、悪い気はしないはず。

「はい、お任せあれ♪」

 だから、何がお任せなんだ?

 考えるまでもなく、リズは俺の着ている上着に手を掛けた。

「リズ?」

「お身体を拝見いたしますわ」

「え?」

「お加減が悪かったら、いいですか、必ずでございますよ、必ず、必ずリズにおっしゃってくださいませ」

「へ、平気だから」

「我慢してはいけませんわ。リズに遠慮はご無用でございますわ」

「だ、大丈夫だよ。本当なんだ」

 俺が、遠慮なんかするもんか!


 リズが遠慮してくれ!


「もう!いいですか、おぼっちゃま。リズに心配を掛けたくないというお気持ちは、重々承知しておりますわ」

 そんな気持ちは無いけど、この場合はどう言えばいいんだ?

「本当に平気なんだ」

「リズは分かっていますわ。おぼっちゃまはお優しくて、リズに心配を掛けまいとしていることを」

 心配を掛けたくないんじゃなくて、これ以上心配するなと言いたい。

 どうしようかと思ってマリーさんを見ると、小皿に何かを盛っていたから、目が合わなかった。


 ああ、もうダメだ。


「さあ、おぼっちゃま」

「うん」

 俺は寝かされたまま、上着とシャツをはだけた。

 当然、何もない。

 ケガ一つ無い。

 何なら、シミ一つない。

 我ながら、キレイな肌だと思う。


 若いっていいなあと思う、今日この頃でした。


「ね?大丈夫でしょう?」

 リズは、わなわなと震えていた。

「な、なんて」

「え?何がなんて?」

「おぼっちゃまの」

「うん?」

 何かあるのかと思い、晒された我が肌を見る。

「おぼっちゃまの!」

 何もない。

「おぼっちゃまのお肌に!!!」

 いえ、乳首はありますよ、もちろん。

 ついでに言えば、おへそもあります。

 それ以外、特に何もありませんよ?

 男の肌とは思えないぐらい、キレイなものだと思う。

 ねえ、ちゃんと見てます?

「許せませんわ!」

 え?

「あの魔女!」

「リズ?」

 リズは、わなわなと震えている。

 明らかに、怒っているようだ。


 何で?


「おぼっちゃまのこんなにも穢れの無いお綺麗なお肌に、このような傷を付けるなんて、もう絶対に許せませんわ!」

 傷?

 どこに?

 一応見てみるけど、見えるのはやっぱり乳首とおへそぐらいだ。

 つくづく、白い肌だと思う。

 むしろ、もっと日焼けしないといけないと思う。

 日焼けと言えば、海かな。

 海水浴の習慣って、この世界にもあるのかな?

 無かったら、俺が先駆者になろう。

 世界で初めて、海水浴をした人間として、歴史にその名を刻もうか。

 だから、いずれ海に行こう。


 

 もちろん、一人で。


 

 そんな俺の日焼けしていない白い肌を、リズはじ~と見ていた。

 リズの様子が変だ。

 いや、リズはいつも変か。

 じゃあ、まともなリズってどんなんだ?

 とりあえず、若干取り乱しているリズに、声を掛けよう。

 正直、このままは辛いし。

「リズ?」

 リズは涙目になっていた。

「え?なんで?」

 ころころと、よく表情が変わるなあ。

 でも、何で泣いているのかな?

「あの時、殺しておけば良かったんですわ」

 おいおい、何を物騒な。

 ああ、道化師の魔女のことか。

 普通は捕らえて尋問が、筋じゃないかな?

 まあ、あの魔女が大人しく捕まるつもりはなさそうだけどね。

「奥さま」

 マリーさんが、小皿をリズに手渡した。

「ああ、そうよね。おぼっちゃまのお手当てが先でしたわね。ありがとう、マリー」

「どういたしまして、奥さま」

 小皿に何か盛ってあるようで、リズは指でその何かをこねていた。

 そしてその指を、多分だけど患部に近づけた。

 俺はリズの指先の向かう方向を見ていたら、胸のあたりに小さな赤い発疹らしきモノを発見した。



 虫刺されのようだ。



「クスン。おぼっちゃまのこのようにお綺麗なお肌に傷がついたなんて、リズは、リズはどのようにして償えばいいのかしら」

 大げさな。

 ほら、マリーさんだって呆れているよ?

 ね、マリーさんからも一言言ってあげてよ。

 それ、ただの虫刺されですよって。

「奥さま、こちらを」

 マリーさんはリズに、ガーゼらしきものを手渡した。



 ・・・・・・・・ダメだ、この二人は。



「クスン、クスン」

 リズは泣いていたけど、どうしたらいいだろう?

 涙を拭ってあげるべきか、知らん顔すべきか?

 ただ言えることは、道化は俺のようだけど。

「ねえ、リズ」

 とりあえず俺は、説得を試みることにした。

「・・・スン。あ、はい、何でしょうか、おぼっちゃま」

「これさ、虫だよ、そう、ただの虫刺されだよ」

「まあ!」

 リズは手の甲で涙を拭いならがら、俺の説明に驚いていた。

「まあ、まあ、まあ!」

 いや、なんでそんなに驚くの?

 たかが虫刺されだよ?

 もしかしてこの世界って、虫刺されが珍しいのかな?

 虫刺されを馬鹿にしてはいけないとは思うけど、現代人である俺にとっては、どう考えてもリズやマリーさんは大げさだと思うよ。

「さようでございますわ!」

 よく分からないけど、分かってくれて良かったよ。

 涙も止まったようで、何よりだ。

 

 それでも、リズの治療行為は止まらない。

 マリーさんは何と、包帯をリズに手渡したのだ。


 ねえ、虫刺されだよ?


 君たち、聞いてる?

 

 この世界に、たかが虫刺されで薬を塗るは、まああるかな?

 その虫刺されの跡にガーゼを乗せ、ついでに包帯もぐるぐる巻くような人って、この世界がどのくらい広いのか知らないけど、きっと俺だけだろう。

「さあ、おぼっちゃま。お辛いでしょうけど、ほんの少し我慢してくださいませ」

 どこをどうすれば、辛いと思うのだろうか?

 いや、違う意味で辛いと思うし、我慢という意味では我慢が必要だろう。

 涙目のリズには悪いけど、俺の方が泣きたい。

 そんなリズは、俺の気持ちなどお構いなしに俺の身体を支えながら、包帯をぐるぐると巻き始めた。

 リズの豊かな胸が、俺の身体に当たるのが、むしろ煩わしいと思う。

 男なのに女性の豊かな胸を喜ばないのは、俺はどこかおかしいのだろうか?


 俺はきっと、スキンシップが苦手なんだと思う。


 無事包帯を巻き終えたリズは、意外なことを俺に言ってきた。

「確かに、おぼっちゃまのおっしゃる通りでございますわ」

「え?」

 何がおっしゃる通りなんだ?

 俺、何か言ったか?

 とは言え、リズの表情が明るくなったのは、良いことだと思う。

 良いことだと思うけど、嫌な予感しかしないのが不思議だ。


「そうでございますわ!」

「うん、そう、そう」

 よく分からないけど、ここは同意しておこう。

「虫です」

「そうそう、これはただの虫刺されだよ」

 すでに手当ては終わっているけどね。

「おぼっちゃまのおっしゃる通りでございますわ!」

 何かを強く確信した、リズ。

 何だろうか、本当に嫌な予感しかしないんだけど。

「リズ?」

「あの魔女、虫で十分でございますわ!さすがおぼっちゃま!」

「え?」

「これからは、アレを虫と呼びますわ。魔女なんて、呼ぶ必要はございませんわ!」

「ええっと」

 マリーさんに何とかしてもらおうと思って視線を彼女に向けたけど、肝腎のマリーさんの様子が変だった。

「さすが奥さまでございます!」

「え?」

「奥さまの前では、魔女ごとき虫で十分でございます!」

 顔を赤らめ、恍惚の表情をしているマリーさん。

 普段はどちらかと言えば、冷たいというか醒めた感じがする女性だけど、これは意外だった。

 こんな表情もする人だったのかと思った。


 それで、これからどうする?

 リズは何と返事する?


「さすがマリーですわ。おぼっちゃまの真意を、よく理解していますわ!」





 二人とも、どうかしている。





「そうでございましょう、おぼっちゃま!」

 俺に同意を求められてもなあ。

 でも、返事はすでに決まっている。

「うん!リズの言う通りだね」

 これが一番、無難な答えである。


 だって、あんなにも嬉しそうにしているリズを見たら、俺だって何も言えない。


 そうだろう?


 あとは一人で考えたい。


 治療を終えたんだから、二人とも部屋から出て行ってくれないかな?


 いい加減一人にしてほしいと思う。


 ああ、それは俺には贅沢な望みか。


 もういいよ。


 どこでもいいから、一人にして。


 どこか遠くに。


 せっかくなら、海に行きたいなあ。


 無理か。


 きっと、リズがどこまでも付いて来るだろうから。




 とりあえず、トイレにでも行くか。

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