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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
三章 女神の系統
42/59

42#よくある対談

 そこは数カ所に張られた小さな一軒家のようなテントの中でも一際大きく、周囲のテントの三倍はありそうな灰色のテントだった。入口に剣を携えた二人の兵士が立っていることからも、中にいる人物が窺い知れる。


 入口を開けずに中の者と対話をしていたリュドラントの隊長が、私達を振り返り、手招きする。その顔は眉間に皺を寄せた厳しいものではあったが、ほんのわずかだけ私は彼の心配を感じ取ってしまった。それは王を心配する臣下のものではなく、気のせいでなければ私を案じるものだ。


 思えば、彼は特別私自身を嫌っているわけではないし、嫌われるほどの会話の応酬もない。最初に拳技を見せたといっても、それでも私は小娘にしか見えないだろう。事実、私が女神の末裔であることは、女神の力の行使さえしなければ、早々気づかれるものでもないのだ。


 普段ならば反発心を覚える所ではあるが、今は敵陣で緊張しているせいだろうか。素直にそれを有難く思い、私は彼に僅かに微笑んでいた。


 ディと一緒に天幕の入口に行くと、それが形式のように入口に槍を交差して止められる。リュドラントの隊長が呆れた様子で軽く咎めると、彼らはすぐにそれを外し、元のように直立にその場で姿勢を正した。


 私は入口の前にきても、まだ自分がディの手を握りしめていたことに気づいた。緊張でじっとりと汗ばんでいるのが自分でもわかるが、こうして繋いでいることで、みっともなく震えることなくここまでこれた。


 ディを見上げると、私の視線に気づいた彼が気遣わしげに目で問いかけてくる。今までなら、それはオーサーの役目だったことを思い出した私は、自分が最も信頼する幼馴染みと同等にディのことを信用しているのだと自覚せざるを得なかった。


 まだ出会ってひと月も経っていないというのにここまで信用してしまうのは、やはり彼が女神の従者であるからなのだろうか。それとも、私はこの男のことをーー。


「アディ?」

 小さなディの問いかけに、私は慌てて首を振って、考えを振り払った。今は、戦を止めることだけを考えなきゃいけない。色恋なんて、私には無縁のものだ。


「大丈夫」

 私は深呼吸して、繋いでいた手を自分から離した。離れていく熱量が寂しいなんて、思っていちゃいけない。でも。


「ーーそこに、いてよね、ディ」

 真っ直ぐに顔を見て云うには恥ずかしくて、私は視線を逸らしたまま言った。が、何の反応も返ってこないことに不安を覚えて、横目でディの様子を伺う。彼は少し意外そうな顔をした後で、照れくさそうに笑って、大きな手で私の背中を押した。


「心配すんな」

 勢いのままに天幕に入り込んだ私は、ディに抗議する前に、目の前の相手に身体を強張らせることになった。


 外はまた十分に明るかったために、急に暗いところへと入った私は、直ぐには目が聞かなかった。だが、呼吸することを一時忘れるほどに、私は動けなかった。


「王、客人をお連れいたしました」

 直ぐ様リュドラントの隊長が私を背後に庇ってくれなければ、私はその場で無様に膝をついてしまっていたかもしれない。


 ともあれ、お陰で一息つくことが出来た私は、強く自分の意思を思い起こすことが出来た。逃げることはできないし、私は自分ができることをするために、ここにいる。それを思い出し、深く息を吸い込み、吐き出す。


「アンバーグリス、主は席を外せ」

「……はっ」

 僅かな逡巡をしたものの、リュドラントの隊長はあっさりと身を翻し、私の側を歩いて出て行った。その際、私だけに聞こえるように囁いていったが、それが聞こえていた室内の男は苦笑する。ようやく薄暗さに慣れた私の目に、椅子に座った男が映った。室内にいるものは彼だけであることから、彼がリュドラントの王で間違いないだろう。


 ディほどの大男が五人ぐらいは悠々と座れそうな室内の中央には、燭台ひとつに燈された頼りない明かりしか無い。その明かりの向こう側に据えられた椅子に座っている男からは、未だ絶えずに息苦しいほどの圧力を感じる。


 私はゆっくりと深呼吸し、改めて男を見据えた。


 見た目だけなら、白が少し混じった黒髪をリュドラントの隊長と同じく後ろへなでつけ、リュドラントの紋章入りの鎧を身に着けた強面の壮年男性である。ではどこから彼への畏怖というか恐怖感が出てくるのかというと、その黒の濃い双眸からだろうか。意思の強さを感じさせる目元は細められ、私をじっくりと観察しているようだ。


「名は何という」

 男の問いかけを聞いて、私はふと自分がまだローブを着たままだということに思い至った。何故かリュドラントの隊長も、ディも注意を促してこなかったが、いくらなんでも不敬だろう。特に私がこれからリュドラントの王に願うのは撤退、すなわち非公式とはいえ和平の使者であるともいえる。私は着ていた濃茶のローブをゆっくりと脱ぎ、スカートを膝のあたりで軽く摘んで、頭を下げた。


「アデュラリア、と申します」

「……(いにしえ)の女神と同じ名を名乗るかよ」

「これ以外の名を持っておりません」

 喉の奥を鳴らすような男の笑いに、私は今にも逃げ出したくなる足を踏みしめて耐える。女神の立場だって今までに何度も、怖いと、逃げ出したいと、何度も何度も思った。だけど、口にしたことで女神を継ぐ覚悟は決まったから、私はもう逃げないと決めたから。


 ローブの下に私が着ていたのは、ジェリンが選んだ装飾の少ない真白い布で作られたシンプルなドレスだ。金属を一切使わず、布だけで構成されたとは思えないこのドレスは、壁画の女神が着ているものに極めて酷似していることで有名だ。素材自体も希少な糸を使っているので、当然かなり値が張る。だから、私は違うものにして欲しいと頼んだのだが、ジェリンに押し切られてしまった。


 その時のことを思い出して、眉間に軽く皺を寄せた私を見て、男は面白そうに口を歪めたが、その目はまったく笑っていない。


「それで、その女神が我に何用じゃ」

「此度のルクレシアとの戦争に関して」

 口に出した次の瞬間には、私の喉元に鋭い剣先が突きつけられていた。避けることが出来たとしても、今はそれをするのは得策ではない。驚きも恐怖も努めて押し隠し、私はそれをした男を真っ直ぐに見つめた。首筋を冷たい汗が流れ落ちてゆく。


「我はアークライトがいるならば、ルクレシアのような小国ぐらい、諦めても良いと思っておった。だが、先に約定を違えたはそちら。后と王子を奪われた報復を我がするは必定」

「主は知っていてここにきたか、それとも王家の命で来ただけのただの操り人なるか」

 肌を粟立たせる男の威圧を、私は受け流すことだけに努める。


「私がここにきたのは無用の戦を避けるため」

「無用ではない」


「無用です。アークライト様が貴方へ嫁がれたのは両国の平和のためであるのに、自らの死をもって再びの戦となれば、天にて嘆かれることでしょう」

「……」

「何より、私のために殺害されたとあっては」

 不意に顎を掴んで、顔を上げさせられる。壮年、いや初老とまで言えるかもしれない皺の奥、ギラギラと野心に満ちた黒耀の瞳が私を射抜く。


「主の代わりにアークライトが死んだとなれば、主が代わりになるか?」

「え?」

「代わりに我が隣に立つか、女神の名を持つ者よ」

 意味を理解した私は、咄嗟にその腕を振り払っていた。顔を赤くした私を、男は愉快そうに笑う。しかし、未だ目はまったく笑っていない。


「女神を抱くは真の王のみ。我に世界を捧げるというならば、考えてやらなくもない」

 どうだと言われて、私は奥歯を強く噛む。ここで逆らえばすぐにでも戦争が始まるかもしれない。だが、言うとおりにしても、近くルクレシアはこの男に蹂躙されてしまうのは容易に想像できる。


 私に女神の力はないのだから。


「どうする、幼き女神よ」

 こちらの迷いを見抜き、愉快さと野心を隠しもしない男の視線を前に、私は唇を噛み締め、強くスカートの裾を握った。

終わらせたい。

というか、全部書き直したい。

一からアディの話を作り替えたいです。

なので、ここからできるだけ駆け足で進めたいと思います。

(2013/08/22)

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