41#よくいる従者
どのぐらい馬に揺られていたのか、馬が駆け出して程なく意識を保つことを放棄した私は、馬の止まる気配を感じてうっすらと目を覚ました。馬にしがみつくようにして意識を飛ばしていた私の後頭部に、フード越しに強い日差しが照りつける。足元には濃い目に馬とその上の人間の影が映っていて、その位置から私は今が昼頃であると推測した。
「起きてるか、アディ?」
「ん……」
先に馬から降りたディに促され、私は緩慢な動作で身体を起こす。その際、二日酔いでもここまではならないという酔いの最中の私は、馬から落ちかけた。だが、硬い地面に身体を打ち付けられることはなく、寝物語の病弱な姫君のようにちょうどよくディの腕に収まってしまう。
それに半分の居心地の悪さと半分の心地よさを感じて、私は複雑に顔を歪めた。
「自分で歩く、から」
ディは心配そうにしながらも、私を地面に立たせてくれる。揺れないはずの地面がぐらぐらと揺れている気がする私は、差し出されたディの腕を掴んでいないとそのまま倒れてしまいそうだ。
少し離れた場所で同じく馬から降りたリュドラントの警備隊長が、リュドラントの兵士に何か話をしているのが見える。
いよいよ敵となるかもしれない隣国の王と対面するのだと考えると、私も気を引き締めたいところだが、やはり気分の悪さが先に立って、上手く物を考えられない。こんなことじゃダメだ、と軽く首を振ると被っていたフードが外れてしまった。
周囲からざわめきが上がるが、こういう女性らしい格好の時はいつものことなので、私はあまり気にせずに隣のディを見上げた。彼は何故か眉間に皺を寄せ、口を曲げて唸り声をあげていた。が、私が見ていることに気がつくと、直ぐに何かに気が付き気遣わしげにハの字に眉を曲げる。
「休ませてはやりたいが」
ディが何を言いたいのかわかり、私は軽く首を振って微笑んだ。
「後でそうさせてもらう。今は先にやることがあるしね」
ディの手がさり気なくフードを元に戻したが、何人かの視線を集めてしまった。だが、それは私だけのことを話しているのではないようだ。囁く声の中から推測されることを思い、私はディを見上げる。
「ディはリュドラントの出身だったの?」
彼らは敵国の使者として来た私よりも、ディに戸惑いを隠せない様子だ。ごく一部、あからさまな敵意を向けてくる者もいるが、大半は何故と無言で問いかけてきている。
「旅をしてたときに、寄ったことがあるだけだ」
私に苦笑を返すディの様子は、どこか寂しげだ。
「他の場所より、少しだけ長く、滞在しただけだ」
少しだけ長く、と繰り返すディ瞳の奥の闇色が深くなる。それは何かあると示していて、だけど尋ねることを躊躇わせる色で。どうしたらいいかわからない焦燥感に、私は支えてくれているディの腕を握る手に力を込めていた。
ディの過去を私はただ旅をしていたとしか聞いていない。仕えている人がいたのも知っているし、ずっと女神の眷属を探していたのも、ハーキマーさんから聞いている。だけど、その詳細も、旅に出る前のディのことも知らない。どこの出身かどころか、その剣がどこの流派かさえも、私にはわからない。
詮索をされたくないのは私も同じだから、ディが言わないのならば、知らなくても良いことだ、と私は無理やりに自分を納得させるしかない。でも、今のディはどこか危うげで、自分がいなければどうなるかわからない不安定さを持っている。まるで、そう、仲間を亡くした時の私と同じようなーー。
「着いて来い」
リュドラントの隊長の合図で歩き出そうとしたが、私はまだ揺れる地面に身体がふらついてしまう。転ばぬようにと堪えるためにディの腕を強く掴み、だけど背筋だけは伸ばしてしっかりと前を見据える。
「歩けるな?」
「うん」
ゆっくりと歩く私をリードするディの足取りは慣れていて、今更そんなことに動揺する自分を押し隠す。思えば、出会った時から、ディは言葉とは裏腹に優しく、包むように私を守ってくれていた。
何度も何故と聞いたが、未だ私はディから明確な理由をもらっていない。マリベルに雇われたからとか、女神の従者だから、というだけでは理由の付かないほどの過保護ぶりだ。ディはどこまでに私に着いてきて、そして、何も言わずとも守ってくれる。
今までなら、私はそれに恐怖したのに、ディならば大丈夫だと安心してしまう。その自分の思考の変化にも、未だ私は戸惑っていた。
歩きながらディを困惑に見上げると、大きな手でフードごと軽く頭を叩かれた。何も言わずとも、大丈夫だと雄弁に言われたように感じ、私はほんの少しだけ頬が熱くなるのを感じてしまい、俯いた。
今はそんな場合じゃないというのに、ハーキマーさんの家で、そしてヨンフェンの詰所で言われた言葉を思い出してしまったのだ。
ーー俺が守りたいと思ったのはおまえだけだ。
ーー俺は、女神なんかじゃなく、おまえに誓ったんだ。
もしもディが言ったそれらが本当だとしても、私には彼に返せるようなものは何もない。
女神の末裔、女神の眷属といった系統が力を持っていたのははるか昔の話、女神がまだ実在すると信じられていた頃の話だ。今の私は、生まれたての小さな風妖精ぐらいしか友となってくれないし、物言わぬ無機物との対話も出来ない。女神の技が永久に失われていることは、自分が女神の系統と知った時には既に理解していた。
だから、ディのような女神の従者がいることに驚いたし、本当はとても嬉しかったのだ。まだ自分には価値が有るのだと言われている気がして、心底嬉しかったのだ。
もう一度、私は隣を歩くディを横目で見上げる。彼は今度は私を見ずに、真っ直ぐに前を向いて、エスコートしてくれている。
もしも今私に女神の力を行使することができたら。
(私は、この人を、女神の従者という役目から解き放ってあげる事ができるだろうか)
そんなどうすることもできない仮定が脳裏を過ぎって、私は慌てて首を振ってそれを追い払った。どれだけ仮定しても、既に失われた女神の力を行使する方法なんて、あるはずがないのだから、考えるだけ無駄なことだ。
「ここで少し待っててくれ」
リュドラントの隊長がそういい置いて離れていく背中を見ながら、私は今から対峙する相手へと意識を切り替えた。ディのことは、今は後だ。
うぅん、何故か長くなる……。
あと、あらすじ書いている最中も思いましたが、かなりディ祭りデスネ。
最初から好みのキャラで、ある意味理想像だからかなぁ。
(2013/05/08)




