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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
三章 女神の系統
40/59

40#よくある移動手段

 ヨンフェンの国境を超えるとすぐにリュドラント領になるとはいえ、ルクレシア側と違いはほとんどない。同じような街並、同じような場所にあるリュドラント側警備隊の詰所の奥にある厩舎まで私はヨウに連れて来られていた。もちろん、ディも一緒だ。ジェリンは私を関所で待っていたディに預けると、さっさといなくなってしまった。


「ヨウ、馬車はねぇのか」

 ディの問いかけに対して、ヨウは元々深い眉間の皺を更に深くする。それを見たディは真剣な顔で唸り声をあげた。


「馬で移動するの?」

「ああ、隣町だがここからかなり距離がある。馬でいけば日暮れ前にはつける」

 本当はもっと早くに出たかったんだといいながら馬を選ぶヨウを見ながら、私も口を曲げる。


「私だって、早く出たかったよ。でも、ヨウさんが余計なことをいうからドレスなんて着る羽目になったんだから」

 私は今、汚れないように足元まできっちりと隠れるフード付きマントを上から羽織っているが、ドレス姿だ。昨日からの試着やら着替えやら化粧やらで、精神的には色々と私は何かを削られた気分だ。戦う前から満身創痍。幸いにもジェリンが口出ししなかったのと、完結な「女神らしく」という言葉の魔法で、然程華美なことにはならなかったが。


「そういや、ずいぶんと王の到着が早いな」

 何かに気がついた様子で、ディが問いかける。


「……陛下は迅速を尊ぶ方だ」

 妙に強張った表情で交わされる会話で不安を誘われ、私は近くにいたディのマントを握った。安心させるためなのか、ディの大きな手が私の頭に置かれ、ゆっくりと撫でられる。


「本隊はどの辺りだ」

「陛下が居られる場所が本隊、すなわち」

「隣はノゼアンだったな。あの場所は小さいし、本隊全てを受け入れられるほどの宿もない。町の外に野営してるんだな?」

「そうだ」

 二人の話をまとめると、既にリュドラントは攻めるつもりでこの国境の隣町まで来ているらしい。だからこそ、馬なのだとリュドラントの警備隊長は言っている。それでも、半日かけなければつかないというのだから、それなりに離れているはずだが。


「馬車だと兄貴たちの目的には間に合わないだろう」

 事態はハーキマーさんが懸念していたとおりに切迫しているようだ。今朝方、フィッシャー達がヨンフェンに向かっているという連絡があった、とディが言っていたが、待つほどの時間はないのだろう。最初から待つつもりはないが。


「馬は苦手とかそういうことを言ってる場合じゃないんだね、リュドラントの隊長さん」

 リュドラントの隊長が持つ馬の一頭に近づき、私は顔を近づける。動物に嫌われるスキルがないのは、たぶん女神の系統(ルーツ)のおかげなのだろうが、乗り物酔いだけはどうにもならない。


 私が馬に近づくと、何故かリュドラントの隊長が一歩下った。手綱を握られている馬も動くので、私は更に近づく。


「ヨウ、動くなよ」

 更に距離を取りそうになったリュドラントの隊長に、ディが制止の声をかけると、ピタリと交代がとまった。


「ちょっとの間だけど、よろしくね」

 馬に声をかけながら鼻面を撫でつつ、私は横目でリュドラントの隊長を見やる。視界の端に映るディは、少しだけ愉しそうな顔だ。


「薄々は感じてたが、ヨウはまだ女が苦手なのか?」

「……悪いか」

「ははっ、だから、未だにこんな場所で警備隊長なんかしてたんだな」

 やけに愉しそうだが、私は馬に手を軽く食まれて、びくりと震えた。痛くはないが、き、気持ち悪い。


「ルーファス、やめろ」

 リュドラントの隊長が呆れた様子で手綱を引き、私と距離を置いてくれる。でも、既に手がベトベトだ。


「むむむ、好かれるのはいいけど、食べないでよ。ええと、ルーファス?」

 ルーファスというのは、たぶんこの馬の名前だろう。そう考えて私が呼ぶと、馬は嬉しそうにぶるると口を震わせた。そして、再び大きな舌が眼前に迫って。


「ちょ、待て!?」

 慌てて私は後方へと退いた。普段ならともかく、今は化粧までされているのだ。馬にそんなものを舐めさせていいわけがない。


「わかった、おちつけ。戻ってきたら、ブラッシングさせてもらうから、それで折り合いをつけようじゃないか、ルーファス。ね、そうしよう?」

 私の言葉が理解できたのかわからないが、嬉しげに嘶き、足を踏み鳴らす馬の様子にリュドラントの隊長さんもディも驚いているようだ。


「女神の系統(ルーツ)だからなのか……?」

「旅の最中にそこまで好かれている姿は見てねぇが」

 何を驚いているのだろう。動物が私に危害を加えないというのは、私にとって生まれた時から当然のことだった。特別好かれるわけじゃないから、撫でさせてもらえるかは半々なんだが、少なくとも野犬に噛まれたりは滅多にない。操られているときは、もちろん噛まれたり攻撃されるから、然程役に立つ能力とは云い難い。


「……時間ないんでしょ。さっさと行こうよ、ディも隊長さんも」

 でも、説明するのも言い訳するのも面倒なので、私は苦笑して、馬の首を叩いた。ちなみに、一人で乗ることは出来ない。酔うから、乗馬の練習はしたことがないのだ。


「アディ」

 ディの声で彼を見ようとした私は、不意に足が地面から離れるのを感じた。何が起きたかを頭で認識した時には、既に私の身体は馬上にあって、慣れたように同じ馬にディが乗る。どうしたものかと後ろに乗ったディを見上げると、柔らかな笑顔と共に頭を軽く撫でられる。


「どっちにしろそんな格好してちゃ、一人で馬に乗れねェよな」

「そうだけど」

 いくら酔うとは言っても、馬に乗るぐらいならできる。自分で操ってもどうせ最後は酔ってしまうのだけど、だからといって、私が人任せにできない性分だとディも知っているはずだ。


 私の不満をディは別のコトを受け取っているらしい。


「一応、ヨウは信頼しているが、」

 降りてきたディの視線は、不安そうに私の顔の当りを彷徨う。


「俺がアディの騎士だからな」

 言葉だけなら今までどおりなのだけど、彷徨う視線としっかりと私の身体に回された腕が「信頼」を裏切っている気がする。同じく馬に乗ったリュドラントの警備隊長は、不機嫌な眉間の皺をさらに深くしているようだ。不機嫌な声が短く告げる。


「いくぞ」

 腹を蹴られたリュドラントの警備隊長の馬が、駆け出す。それに続き、ディも同じようにして馬を走らせた。激しい振動で振り落とされないように、私は目の前の馬の首に両腕を回してしっかりとしがみつく。


「っ」

 傷はすっかり治っていても関係ない。内臓がひっくり返されると錯覚しそうな振動だ。


「気分が悪くなっても止まれねぇ。我慢してくれ」

 私は小さく肯き、既に揺れで気分が悪いことは口にせずにただただ強く両目を閉じて、ディの服を掴んで握り締めた拳を強くした。






ふと気がつけば、リュドラントの隊長に名乗らせないまま時間が過ぎてますね。

「ヨウ」はかなり略した呼び方だし、きちんと名前があるだけに、どこかで名乗らせてあげたいですが…。

(2013/05/02)

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