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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
一章 ルーツの旅
14/59

14#よくある喪失

「行きましょうか、アデュラリア嬢」

「アディでいいよ」

 懲りずに私の肩を抱いてくる賢者の手から逃れて、私はディの背中を走って追いかける。ディにはすぐに追いついたが、私はそこで足を止めた。


 ディは暗いトンネルのような石の入口を屈まずに通り抜けて、その先の階段を登ってゆく。


「どうしました?」

「……本当に地下だったんだ」

 信じていないわけではないけれど、私は私に追いついてきた賢者には目もくれず、そのまま上空を見上げる。空の青が見えるわけではないし、眩く優しい光が一杯に充ち溢れていて、天井がどのぐらいの高さなのかもわからない。


 振り返っても部屋の果ては見えず、遠くは白く霞んでいる。そういえば、あの部屋から出た時も廊下の向こう側か白く霞んでよく見えなかった気もする。それ以上に季節を感じさせない色とりどりに意識を取られたから、実際の処を尋ねられると自信はない。


「――光よ」

 私より先にトンネルのそばまで行った賢者が、手のひらに魔法の明かりを灯す。それはすぐに賢者の手を離れて、光虫のようにふわふわとトンネルの先に進んで留まる。向こう側で待つディの足が私にも見える。


「暗いですから、気をつけてくださいね」

 差し伸べられた賢者の手を取らずに、私は階段に足をかける。足を置いた場所からサラリと砂が零れて舞う様は、村の神殿を思わせた。年月が作る風化の跡に、少しだけ私の心が痛む。


 村の皆は、オーサーはどうしているだろうか。私を怒っているだろうかとか、自分で決めたことなのに後悔が襲ってくる。


「アディ」

 ディに名前を呼ばれて私が顔をあげると、大きな手が差し伸べられている。その向こうにはうっすらと木製の扉が見えることから、もう出口なのだと気がつき、私はディの左手に右手を重ねた。


 ぐん、と引っ張り上げられた私はディの付けている甲冑に触れてしまって、冷たいはずのそれがやけに暖かく感じて。


「何をしているんですか」

 何故か不満そうに私の肩を掴んで、ディから引き離した賢者が木製の扉に手をかける。軽い軋みをあげて開く扉の隙間から、キラキラしい眩さが見えた私は反射的に目を閉じる。


 私が気を失う前、つまり最初に賢者の屋敷で目を覚ました時には既に昼だったし、あれから気を失っていた時間を考えても明らかに外は夜のはずなのに、扉の向こう側は眩しい。まさか私は明るくなるまで眠ってしまったのだろうかと考えたが、目を開けてすぐにそれは違うとわかった。


 眩しかったのは廊下を照らすシャンデリアの光で、その向こうに見える廊下の窓からは外の暗さがすぐに知れる。


「……どこ?」

 思わず口にする私の前にはオーブドゥ卿と執事がいて、ドアを開いて先に出た賢者が私に手を差し伸べる。


「私の家ですよ」

 繋げてあるんですと賢者に事もなげに言われ、複雑な顔で私はその手をとり、廊下に足をつく。後ろからついてきたディが後ろで扉を閉めた音がやけに大きく響いたのは、単純にこの廊下の天井が高いせいだろう。


「おかえりなさい、アデュラリア嬢」

 明らかに安堵の息を吐くオーブドゥ卿に笑いかけられ、私は複雑に眉根を寄せる。さっきも賢者に同じことを言われたが、オーブドゥ卿のは別な意味に聴こえる。それが細かくどんな意味かと問われるととても困るのだけど、とりあえず私にはそれを言われる意味がわからない。


「アディでいいですよ、オーブドゥ様」

 賢者から手を離し、愛想笑いで私が返すと、オーブドゥ卿は何故か寂しそうな目をする。


「私のことはイフと呼んでください」

「……できません」

「それから、彼のこともどうかフィスと」

 オーブドゥ卿が指した相手は賢者で、ますます私は困惑してしまう。


「アデュラリア嬢」

「……それも、やめてください。私はただの平民の、系統(ルーツ)もわからない女なんですから」

 急に言い出される意味がわからない、と私は頭を振って拒絶する。それしかできない。止めてくれと無言で賢者を見上げると、賢者は私に深く頷いた。


「イフは彼の、フィスは私の愛称なんです。アデュラリア嬢さえよろしければ、呼んでください」

 だめだ、全然通じない、と今度は私はディを見る。ディはなんでか頷いてくる。こっちも頼れないらしいと、私は息を吐く。


「なんで私にそんな風に呼ばせたがるんですか。私が女神の眷属かもしれないからですか」

「いいえ」

 はっきりと賢者に言い切られて、ますます私は眉をひそめる。


「私が、私たちがアデュラリア――いえ、アディを気に入ったからです。それでは不服ですか?」

 私が示した愛称を呼ばれ、私はますます困惑する。別にそう呼べといったのは私だから構わないのだが、この流れでは私も呼ばなければならない。


 でも、貴族なんかと慣れ合うなんて。


 私が困っていると、オーブドゥ卿が何かに気づいたように執事を顧みる。


「ラリマー、アディに服を。この話はあなたが着替えた後にしましょう」

 風邪をひいてしまいますからと、私は有無を言わさずオーブドゥ卿の執事に連れられて廊下を移動する。貴族の屋敷にしては小さな屋敷の中は私が出てきた位置からすぐに廊下の端の部屋の扉に辿り着く。距離にして、五フィートも離れていない場所の間には階段しかない。


 オーブドゥ卿の女執事が扉を開くのを見てすぐ、私は後ろを振り返った。今すぐ逃げ出したい衝動にかられた私を、それでも執事が部屋に押し込み、すぐにドアを閉められる。バタンと閉まる音を聞きながら、私は呆然と押し込まれた部屋に立ち尽くす他なかった。


 理由は一目瞭然で、別に部屋が狭いとかではない。むしろ広い部屋を埋め尽くす色とりどりのドレスが用意されていたから、だ。着飾るのがどうとか以前に、女物の服が好きではない私は、今すぐにここを逃げ出したい。だが、窓はドレスの海の向こう側に小さく見えるだけだ。


 さっきの遺跡で見た花々よりも現実的な光景に、私は全力疾走するよりもひどい疲れを感じた。着替、と言ったからにはここにあるドレスに着替えろと言うことだろうが、平和なときでも女性らしい格好が私は好きではないのだ。こんな、旅をしていて、しかも刻龍に狙われているとわかっている状況で、貴族のパーティーに出るわけでもないのにドレスなんて着ていられない。


「アデュラリア様」

「様なんて、そんなに大層な者じゃありません。執事……ラリマーさんもアディって呼んでください。それから、敬語もやめていただけませんか」

「こちらの中からお好きなものをお選びください」

 執事は私の言葉に耳を貸してくれない。そんなことを言われても、私は困る。こんなドレスを着るなんて、ついこの間オーサーに遊ばれて以来だ。しばらくこんなことからは開放されると思っていたんだけど、と私は天を仰ぐ。天井は意外にもただの木製の天井に光石を閉じ込めたと見えるライトがあって、変なアンバランスな印象を受ける。


 廊下には豪華なシャンデリアみたいなものがあったけれど、そういえばこの家の天井も床も壁も、オーブドゥ卿の屋敷とは違って至極質素な印象を受ける。高価そうな装飾品は灯りばかりで、よく見れば部屋の中も装飾のないただの木の床と壁だ。掃除はされているようだが、よく見れば床に幾筋かの線が描かれている。


「ここって、何の部屋だったの?」

 私が尋ねると、執事は事もなげに答える。


「札を作成する部屋だったと記憶しております」

 魔法使い(正式には高等術式制御者)は、札を描くことができる。私の知る魔法士が言うには簡単なものであれば何も用意する必要はないが、それなりに高度な術式を札に封じ込めるには能力と準備が必要なのだと言っていた。つまり、ここはそういう高度な札を描くための部屋で。


「そんな場所に勝手にドレスなんかおいちゃっていいの?」

 私のつぶやきに対して、執事はそっけなくオーブドゥ卿の指示ですからと言った。


 そんな大層な部屋であることはともかく、どうしたって私はドレスなんか着たくないわけで。


「私、お金払えませんよ?」

 苦し紛れに執事に言ってみるが。


「存じております」

 これもやはり、執事にそっけなく返されてしまった。


「全てイェフダ様のご指示でございますので、お気になさらないでください」

 執事に、全て、を強調して言われ、私は反論するのを諦める。何を言っても、私が着るまでこの執事は部屋から出してくれそうもないし、拳闘士として出し抜ける自信はあるけれど、執事の彼女の札士としての実力はおそらくオーサーよりも上だ。勝てるとは思えない。私は観念して、執事に向かい合った。


「……この中で、スカートじゃなくて、動きやすくて、値が張らないのはどれですか?」

 私にできるのはそこまでの妥協だったのだが。


「ございません」

「ないのっ?」

 つい勢いで聞き返した私を、執事は堪えきれずにくすりと笑う。だが、厭味な感じはなく、どちらかというとマリ母さんと同じ温かな眼差しだ。さっきまでの冷たい応対が嘘のようで、私は戸惑いを隠せない。


「全て、イェフダ様のご指示ですので。どうしてもとおっしゃられるなら、私の着替えをお貸ししましょうか?」

 意外な提案に、私は執事の服を改めて見てみる。暗色の赤ではあるが、どこか品のあるデザインを残しつつ、機能性もありそうな執事服であり、何よりスカートでないというのはありがたいが。


「いいんですか?」

「ええ、構いません。アデュラリア様を着替させるようにとは言われましたが、ここにあるものにとは言われてませんしね」

 執事はさらっと言ってのけるが、そんな勝手をしてもいいのだろうか。困惑した私に執事は、楽しそうに微笑む。


「問題ありません」

 執事の微笑につられ、私も笑ってしまった。


「オーブドゥ卿に怒られたりしませんか?」

「あの方はお優しい方ですから。アデュラリア様がここにあるドレスを嫌がるのはご存知でしょうし、多少のことには目をつぶってくださいますよ」

 嫌がるとわかっていて用意させるのは優しいと言えるだろうかと疑問には思ったが、執事の口調にも表情にも信頼が見てとれて、私は何かをいうのをやめた。


「じゃあ、私が無理やりってことにして貸してくれる?」

 苦笑しつつ私が頼むと、ラリマーの返事の前に強く扉が叩かれた。私が一瞬ビクリと肩を震わせるほどに、強い叩き方だ。嵐で畑にすごい被害が出てるとか、火事が起きたとか、そういった類のひどく切羽詰った叩き方に私は戸惑い、ラリマーが扉を開ける。


「アディっ!」

 なんとなくディなんじゃないのかと思っていた私は、しばらく聞くことはないと思っていた懐かしい声に驚き、言葉を失う。それは私が少し前に村まで追い返したはずの幼馴染で、村からここまではどんなに急いでも一日はかかるはずだ。そのオーサーが顔全体を強ばらせ、必死な形相で目の前にいる。


 私の両肩を抑えるオーサーの強い力が、肩に食い込む。でも、そうすることで私はオーサーの全身の姿を確認できて、一気に自分の血の気が引いていった。顔にはいくつも掠り傷が滲んでいて、オーサーの綺麗な顔が台無しだ。服も別れる前とは違って、泥と汗に汚れた上、服を切り裂いた傷がいくつも見える。オーサーの白い肌に痣や傷がいくつもつけられていて痛々しい。


 そのオーサーが私の目を真っ直ぐに見て、訴える。


「アディ……、すぐ……村に、戻って……」

「な、」

「村が……刻龍、に……」

 私と合わさる瞳が下へとずれ、どさりと私の足元にオーサーは倒れた。


「オ……オーサー……?」

 返事のない倒れたオーサーの隣に座り込み、震える手でその頬に触れる。暖かいけれど、荒い息が私の指にかかる。浅く微かな律動を辛うじて行っているオーサーの左腕に、私は触れる。右腕は見てわかるぐらい掠り傷も切り傷も多いが、左腕は不自然なぐらいに長袖で隠されている。何かがあると予感する私が触れると、オーサーの呻きが確信させる。


「見る、な」

「バカ言わないで」

 右腕で左腕を庇うオーサーに手をかけ、私は思い切って左の袖をまくりあげた。必死にかくすということはそれだけ大怪我だと思っていた私は、血も傷もないオーサーの左腕に思わず安堵する。


「何よ……」

 何も無いじゃないと文句をいおうとした私の前で、ゆっくりとそれが浮かび上がる。最初はただの鳥肌みたいなものに見えた。効果音をつけるなら、腕の上でずるりと何かが這うように動いて、それからオーサーの腕を体全体でねじれたように這い回る。


 蛇に似ているけれど、違う。もっと太くて、鱗がはっきりと見えて、小さいけれど手足があって。でも、蜥蜴でもない。


 いつの間にかオーサーを挟んで向かい側にいる賢者とオーブドゥ卿が同時に息を呑み、ディが舌打ちし、それを口にする。


「刻龍の刻印だ」

「え?」

 そうか、これが龍なんだと、私はうまく考えられない頭で理解する。龍とは幻の生き物で、最強の獣に例えられることが多い。ある国では神獣として崇められていることもあるという。それがどうしてオーサーの腕にいるのだろうと、ぼんやりと考える私にディが言う。


「刻龍の刻印は別名、死の刻印と言われてる。急いでここを出るぞ、アディ」

 オーサーを片手で抱え上げ、ディは私の肩を掴む。


 それでも、私は何が起きているのかよくわからない。追い返したはずのオーサーが目の前にいて、しかも腕に刻龍の死の刻印なんてものがされていて。そのオーサーが言うには、村が刻龍に襲われていて。これも、私がいたからなのだろうか。私のせいなのだろうか。私が――。


「しっかりしろ、アディっ!」

 なんで私が離れたのに、みんなが死ぬの。どうして、私に関わる人を殺すの。どうして、いつも私だけ生きてるの。


「ちっ、おい、フィッシャー、イェフダ! おまえらも死にたくなきゃ、俺についてこいっ」

 誰かが、私のお腹を抱えて走り出す。そんなことしなくていいのに、私といたら、死んでしまうのに。


「オー……サー……」

「大丈夫ですよ」

 確信に満ちた賢者の声を聞きながら、私は誰かに馬に乗せられる。馬が高く嘶く声をあげて、走り出す。一度は通った道を、馬は全速力で駆けていく。私は来る時とは違い、冷たい灰色の甲冑に顔を押し付けられ、抱きしめられている。


「あてがあるんですか?」

 三頭の馬が速駆する蹄の音が私の耳に大きく響いている中、隣の馬で手綱を握る賢者が、私を乗せている馬を操る人に話しかけている。


「俺の知り合いに医者がいる。町中じゃまずいから、そっちに連れてくぜ」

「それは構いませんが」

 ディたちの会話が右から左へと抜けてゆく中、私は小さくなってゆく景色に目を向けた。そろそろ夜明けなのだろうか、空が赤い。ごうという大きな音が辺りに響き、私は思わず目を閉じる。


「……嫌ぁ……っ」

 私を抱きしめる腕に力がこもる。大切に、しっかりと私を抱きしめ、肩を叩いてなだめる。


「大丈夫だ、アディ」

 私は首を振って、抱きしめてくれる人の胸に頭を押し付けた。さっきの大きな音は爆発音で、場所からして賢者の屋敷があった場所ではないだろうか。この辺りに他に家はない。家の燃え落ちる音なんて、私は聞きたくない。


 もしもディが急いで連れ出してくれなければ、皆、賢者の屋敷で死んでいたに違いない。どうせなら、私だけを残してくれればよかったのに。私がいると皆死んでしまうのに。


「オーサーは絶対助けるから心配するな、アディ」

 髪を撫でる手を感じながら、私は強く目を閉じた。


(どうか)

 いつもはしない願いを天に捧げる。


(どうか、オーサーを連れて行かないで)

 願いがどこにも届かないと知りながら、私は何度も何度も心の中で繰り返した。


 馬の蹄の音は夜が明けても止むことはなく、私はどこに向かっているのかもまだ聞いていない。少しだけ顔を上げる余裕ができた頃、私はオーサーの怪我と彼の残した言葉が気になっていた。


「村が……刻龍、に……」

 オーサーの強さを私は承知しているし、戦えないほど弱いわけではないことも承知している。だから、オーサーが刻龍に敵わないことをわかっているだけに、怪我をしたオーサーがどうやって戻ってきたのかがわからない。オーサーがここまで戻ってくる札を賢者か誰かが渡さない限りはあり得ないだろうし、賭けに弱いオーサーが賢者から何かをもらったとは思えない。それに、村に刻龍が来て村の皆が無事とは思えないし、自分のせいで怪我をした皆が許してくれるなんて楽観できるわけもない。


 手綱を握るディを、私は不安な気持ちのままの目で見つめる。ディはそれに気が付いてかすかに笑ってくれたけれど、それで私の気が楽になるわけもない。


「落ち着いたな」

「うん、どこへ向かっているの?」

「俺の知り合いがマースターで薬屋をしてんだ。そいつなら呪いにも詳しい」

 脳裏の地図で、私はイネスよりもかなり南にある小さな村とも言えない村を思い浮かべた。かつて旅をしていた村人から、二、三軒程度しか家もない小さな集落だと聞いている。場所的には大神殿のある首都からは大きく反れるし、村からも遠ざかるけれど、それでもオーサーを失くすわけにはいかなかったから。私はディに小さく感謝を述べる。


「気にすんな」

 少し照れて、私の頭をぐるりと撫でるディを私は見られない。それから、村はどうなったのだろうとかオーサーは助かるのだろうかとか、ぐるぐると渦巻く不安を押し込めて、私は馬が向かう先を見つめる。


「少し眠っておけ」

「眠くない」

 少しずつ白み始める世界が眩しくて、風が冷たくて、失うことが怖くて、冷たいものが私の目から流れ落ちる。失いたくないから旅に出たのに、私のためにすべてが壊されるのだとしたら。私の存在そのものが、間違いだとしたら。


「あいつを呼べ」

「え?」

 思考を中断させて私が見上げると、ディはただ前だけを見ている。


「ファラなら、おまえを眠らせられるだろ」

 珍しく気を使ってくれているディの様子を笑ったけれど、私は自分でもあまりうまく笑えなかった気がする。


「あの子は弱い風の妖精だから、こんなトコに呼び出したら吹き飛ばされちゃうよ」

 ディには大丈夫だと囁き、私はその広い胸に身体を軽く預ける。大丈夫と、私は胸の内で何度も繰り返す。そうしなければ、何もかもを失くしてしまいそうで、私は怖くて。


「私は大丈夫。それにオーサーも悪運強いから、簡単に死んだりなんかしない」

 私の不安を見透かすように、私の身体はふわりと大きな青い布が包んだ。不意に現れたところからして、おそらくは賢者か執事の仕業だろうと私の脳裏に過ぎる。だが、今は彼らの位置を探るのも億劫だから、後で礼を言おうと思いつつ、私は強く目を閉じた。


 いつもならとっくに気分が悪くなっているはずなのに、私の心も体もオーサーと再会してから凍りついたみたいに変わらない。


 こんなことになるなら、私はオーサーを無理矢理追い返したりしなければよかった。でも、あの時の私はそうすることが一番いいと思ったのだ。私が刻龍に狙われたとばっちりなんかで、オーサーを危険にさらしたくなかった。だからって、私はこんな風にオーサーが傷つくことを望んでたわけじゃなかったのに。


 どうして、私の行動はいつもこんな風に裏目に出てしまうんだろう。世界はいつも私の手に余って、思い通りにならない。


(オーサー)

 口に出したはずの私の声は馬の駆ける音にかき消されて、誰にも、私の耳にさえ届かなかった。

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