-12『遥か理想への葬送』
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「貴様の相手はこの俺だろう!」
鬼気迫った顔でグランゼオスが大剣を振りかざす。
対等に渡り合っても、片腕を奪っても、自分ではなくミレンギに気を向けるガーノルドに腸が煮え返っているのだろう。こめかみに浮き出た血管が破裂しそうなほどである。
そんな彼に、ガーノルドは余裕を装って笑んだ。
「これから新しい時代が始まるのだ。邪魔をしないでもらおう」
「そんなもの――ぬあっ?!」
激昂したあまり大振りとなってしまったグランゼオスの一瞬の隙をガーノルドは見逃さなかった。振りかぶったその懐に飛び込み、返しの刃で右肩を突き刺した。
それは、隻眼の彼の唯一の弱点。視野の狭さによる難所だった。
「どうした。脇が甘いぞ。お主の相手は私なのだろう?」
グランゼオスが初めて苦痛に表情を歪める。
ガーノルドは決して身を挺したつもりではなかった。
敵将に致命を与え、あわよくば敵陣を半壊させて帰還する。
悪くても足止めできれば上等。ほどほどに切り上げて撤退だ。
そんな、理想。
片腕を振り回し、密集する騎士団兵を盾ごと吹き飛ばす。
切りかかってきた者の剣を弾き、鎧の間接部を狙って長剣を突き立てる。白銀の刃が土と赤い飛沫に染まっている。だが休むことはない。次の相手にもう一薙ぎ。
騎士団兵たちも組み伏せようと束になって襲い掛かるが、その悉くをガーノルドは防ぎ、反撃する。
一人を切り伏せては次へと、目まぐるしい攻防が繰り広げられた。
しかし最も危険な男、グランゼオスは健在。
一度の怯みはしたものの、またガーノルドへ刃を向ける。
まさに死地。地獄。
生死入り乱れる修羅の場。
その中で、老兵はたった一兵とは思えぬほどに勇ましく剣を振るう。
四方は敵である。
窮地への下り坂。
もはや駆け上がる気力はない。だが止まってもいられない。
敬愛する彼の人が安全にこの地を去るまで。この刃を振るい続ける。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
獅子の咆哮が戦場に木霊した。
それとほぼ同時に、グランゼオスの元に敵兵の報告が入る。
「敵主力部隊、完全に包囲を突破いたしました」
どうやらようやくミレンギたちは敵陣を突破し、街道へと逃げ延びたようである。その安堵が、これまで気丈を保っていたガーノルドの足を挫いた。
吸い込まれるように身体が地に倒れこむ。
頬をつけた土は、血と汗で少しぬかるんでいた。
――ああ、布団にしては固すぎる。
口許すら動かす気力もなく、内心そうふざけて笑うガーノルドを、先ほどまで剣を交えていたグランゼオスは静かに見下す。
敵将の相手をしながら、君主の活路を開き、片腕を失ってもなお雑兵を薙ぎ倒していった男。それは、圧倒的な彼――グランゼオスの敗北を意味していた。
最後まで武を譲らなかった。
その死に際を前に、グランゼオスは意外にも敬服するように膝をついた。
「貴様は自分の命が惜しくないのか」
問う。
返事は優しく諭すように穏やかだった。
「いいや、惜しいとも。ただ――」
ガーノルドは虚ろな瞳で遥か向こう、ミレンギの去っていった方角を見やる。
「私の命と天秤にかけられるくらい……大切なものがあったというだけの話だ」
ガーノルドは静かに目を閉じた。
地面についた片耳が地鳴りのような音を聞いた。
きっとそれは、この星の心臓の鼓動。
大地は母と呼ばれている。
やがて生命は地に還り、遥か遠くのどこかで新たな命として芽吹くという。
「……ああ、ミレンギ。よく、育ってくれた。この大地が続く限り、私は、お前の……傍に……」
そして、ガーノルドは穏やかに意識をまどろみへと委ねた。
戦場には柔らかい西日が差し込んでいた。
標的に逃げられ、殿も討ち果たし、騎士団兵たちの戦いは終わった。しかしそこに勝鬨の声は上がらない。ただ誰もが剣を下げ、その場に佇み、一人の男の旅立ちを見送っていた。
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