第92話 出立
メルウェル・ランド―――――
24歳の美しき女性は城塞都市ニグルセンに居を構えるランド男爵の長女として誕生した。
物心ついたころにはすでに剣を持ち、素振りをしては周囲の大人たちをどぎまぎとさせていた。
10歳までニグルセンの王立学院ニグルセン校に通い、その後は王都のソゥエル伯爵家に招かれ家庭教師を付けられながら学習を重ね、伯爵の計らいで王城の騎士団に師事するという異例の経歴を持った才女であった。
ソゥエル伯爵が病没するとメルウェルへ全財産を遺贈する遺書が後日発見されたものの、伯爵家の財産を狙った兄弟紛争に巻き込まれ、金貨100枚を無理やり渡され屋敷を追い出されることとなった。
無論彼女は財産の預託を目的にソゥエル伯爵に近づいたわけではない。ソゥエル伯爵が偶然立ち寄ったニグルセンで彼女と出会い、稀なる剣の使い手と見込まれ、養子にくれないかとランド男爵に相談したことがはじまりであった。普通の子なら親元を離れて養子になることを拒むものだが、メルウェルは王城に行けるのならと快諾。『養子になろうがなるまいが親は親』と言い切った。ソゥエルの病没によって養子になることはなかったものの、行き先をなくした彼女に救いの手を差し伸べたのが、今は退役した第一近衛騎士団の団長、フェリクス・ハクリであった。
しなやかな腕と流れるように動く四肢から繰り出される剣技は、誰の目から見ても将来の彼女の地位を確信した。
ハクリはアルマン王に幼い彼女の就役を直訴。熱意に負けたアルマン王がその願いを受け入れ、異例中の異例とされた15歳未満の子どもの近衛騎士団就任が決定された。
才女と謳われながらもメルウェルはその声には耳を貸さず、ひたすら剣を振るい続ける毎日を送った。
そして就任後間もなくして、彼女はある少女と対面した。
フィロデニア第三王女、イリアである―――――
インディゴブルーの煌めく髪をもった王女は、どことなくその瞳に憂いを抱えていた。病弱であった母に会うことがままならず、姉であるプラムとも中々会えず、『友』と呼べるものもいない――――。
このときメルウェルは確信した。
自分の使命は、この少女を守ること――――――
無口に近かったメルウェルは、その生涯にわたって唯一つの『我が儘』を言った。
イリアの傍に自分を置かせてくれ、と。
アルマン王はその願いを快諾した。
アルマン王もまたイリアには誰かが傍にいてやらねばならぬとひしと感じていたのだ。
ちょうどそのあたりだろうか、イリアは魔法の修行を始めた。
メルウェルは話さずとも、涙を浮かべるイリアの傍に寄り添った。
イリアの涙を拭う手を握り、
「必ず魔法が使える日が来ます」
と励まし続けた。
涙を流して歯を食いしばっていた幼き頃のイリアと、目の前にいる成長したイリアが不意に重なり、メルウェルは微笑んだ。
「いよいよね」
「はい・・・」
メルウェルがイリアに退役の相談をしてから2日後、バーカー兵務局長から正式に任解除の辞令が下された。
その後メルウェルの近衛騎士団の任が解かれることは瞬く間に王城全体に伝播された。
もっともこの知らせに驚いたのは近衛騎士団そのものであった。
そのうえ王城から離れるそのこと自体も団員に衝撃が走った。
「どうしてですかぁ!メルウェル様ぁ!」
「そんなに泣くな、フレア」
「だってぇええええ!!」
フレアに抱きつかれたメルウェルはすでに荷を整え、軽装に身を包んでいた。
これほどの速さで辞令が下されたのは、イリアがアルマン王に相談したことに他ならない。しかしそれは異例中の異例で、王城に貢献した彼女へのせめてもの餞別だと辞令を言い渡したバーカーが彼女に告げた言葉だ。
そして、任を解かれるメルウェルに最後の権限が与えられたことを、彼女は王城玄関に辿り着く前にイリアから告げられていた―――。
王城入り口に整列する団員や兵士達が寂しそうにメルウェルとフレアの寄り添う姿を眺めていた。
メルウェルは第一近衛騎士団長とはいえ下級兵士にも気を配り声を掛け続けていた。
任のない日でも王城を歩き、各部署に顔を出しては上級士官の相談にも乗っていた。
そんな彼女が王城を去る―――――
王城の玄関には彼女を慕う者達で溢れていた。
無論、仕事そっちのけである・・・。
「フレア、そろそろ・・・」
イリアがフレアの肩に手を置いた。
「はぃ・・・グズ・・・」
フレアがとぼとぼと近衛騎士団の整列する位置へ戻った。
「準備はいい?メルウェル?」
「はい」
メルウェルは跪いた。
「第一近衛騎士団、団長メルウェル!」
「はっ!」
「本日をもって第一近衛騎士団団長の任、および近衛騎士団の任、王城での役すべての任を解く!!」
「はっ!!」
「・・・いままでありがとう。メルウェル・・・」
メルウェルは立ち上がると、すぐに駆け寄ったイリアを抱きとめた。
「めるうぇるぅ・・・めるうぇるぅ!!うわぁあああああん!!」
「イリア様・・・ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」
メルウェルもまた、イリアを強く抱きしめるのだった・・・。
そしてあちこちから拍手と掛け声が重なった。
イリアはメルウェルから離れ、涙をぬぐうと、にっこりと笑った。
「さぁ、最後の仕事よ!」
「はい」
メルウェルはうなずくと、第一近衛騎士団を見やると団の整列しているところまで歩み寄った。
「さて、誉れ高き第一近衛騎士団よ―――」
「「「 ・・・ 」」」
「次なる団長の任について、任を解かれた私から言い渡すことを特別に許していただいた。名前を呼ばれた者は前に出ろ」
「「「 ・・・ 」」」
「フレア・チェンバル!!」
「は!・・・はひっ!!私っ!?」
「前に出ろ」
「あわわわわわ!!」
周りの団員から「早く行け」と急かされ、フレアはおぼつかない足取りでメルウェルの眼前に立った。
「剣を抜け」
「はひっ!」
メルウェルが剣を抜くと、フレアも剣を抜いた。
フレアの瞳に熱い想いが涙となってたぎる
メルウェルが剣を宙へ掲げフレアもそうすると、互いの剣が軽く音を響かせて重なった。
「フレア・チェンバルよ、第一近衛騎士団団長の任を与える!」
「・・・フレア・チェンバル。メルウェル・ランドに代わり第一近衛騎士団団長として、フィロデニア王国第三王女イリア様に忠誠と共にこの身を捧げ、全力でお守りすることをここに誓う!!」
剣を持つフレアの肩が震えた。口上を述べたその口が真一文字に固められた。
堰を切ったように、流れ出る涙が止まらない。
メルウェルは微笑むと剣を納めた。
「・・・団長の任は重いぞ。だがお前ならやれる。皆をまとめてイリア様をお守りするんだ」
「・・・いつか・・・いつかはメルウェル様を超えられるように・・・わたしは・・・わたしはぁ・・・」
「ふふ、しばらくは泣き虫は変わらんな」
「・・・め・・・めるうぇるさまぁぁあああ!!!」
剣を投げ出したフレアがメルウェルに駆け寄ると、メルウェルを力強く抱きしめ、その胸の中で嗚咽した。
団員からもすすり泣く声が聞こえてきた。
「フレア・・・」
メルウェルがフレアを優しく引きはがすと、微笑みながらもフレアを見据えた。
「フレア。例えその力がまだ弱くとも、決して挫けるな。弱いことを決して卑下するな。強い力を持った者が強いわけではない。弱くとも、強くなれる」
「・・・メルウェル様?」
「まだお前にはわからないかもしれない。だがそのうちわかる時も来るだろう。その時は私の今の言葉を思い出せ。団長に会ったフレア殿への、私からのはなむけの言葉だ」
「・・・」
涙と鼻水を手の甲で拭ったフレアはうなずいた。
フレアと近衛騎士団から離れたメルウェルは再びイリアの目の前に立った。
「イリア様、それでは・・・」
「えぇ。きっとすぐ会えるわ。なんとなくそう思うのは気のせいかしら」
「私もそう思います。それではお元気で」
「道中気を付けてね」
「ありがとうございます」
荷を持ったメルウェルが皆に背を向けた瞬間、近衛騎士団全員が剣を抜いて胸の前に立てた。
「「「 メルウェル・ランドに、敬礼!! 」」」
止まない拍手が彼女の背を押した。
・・・
・・
・
「とはいったものの・・・」
王城を出たメルウェルは街中で立ち止まる。
「どこへ行けばよいものやら・・・」
ニグルセンに帰ることもできよう。
放浪の旅に出ることもできよう。
そしてそれに耐えうるだけの金貨は山のようにある。
給金はほとんど使うことなく王城の部屋にため込んでいた。ずっしりと重い荷物の重量のほとんどを、金貨が占めているのだ。
「とりあえず、歩こう・・・」
それからしばらくのこと―――――
「なぜここにきてしまったのか・・・」
特に考えもなく歩いた結果、王都に唯一の森と呼べるその中の小道を通り抜け、大きい屋敷の手前のいつものマンイーターが出迎え、鈴のついたドアの目の前に立っていた。
「わからない・・・」
よぎる気持ちとは裏腹に、彼女の手はドアにかけられ扉を叩いた。
すぐに開いたドアに、金髪の髪を美しくなびかせる清廉な女性が出迎えた―――
「あら、メルウェルじゃない。どうしたの?」
「アニー殿・・・」
「・・・」
「・・・」
何かを話そうとするも、彼女の口から言葉が出てこない。
「・・・なんか訳ありみたいね。ばぁばもいるから入って」
「・・・申し訳ない」
居間にはばぁばがお茶を淹れているところで、メルウェルを見るとにっこり笑った。
「おや、メルウェルか。久しぶりだね。お座り」
「ミルキー様、お邪魔します」
「ねぇばぁば、お菓子はこっちの棚だっけ?」
「そうだよ。すまないね」
メルウェルが座ると同時にアニーが皿に乗せた焼き菓子をテーブルに置いた。
アニーが座ってばぁばも座ると、カップに淹れたお茶が差し出された。
「ありがとうございます・・・」
メルウェルは一口お茶を飲むと、軽く嘆息した。
「メルウェル、何かあったの?」
メルウェルはアニーを見た。
もぐもぐと焼き菓子を頬張っている。
「そうだね、いつにもまして浮かない顔だねぇ」
ばぁばももぐもぐと焼き菓子を頬張った。
メルウェルはカップを置いた。
「王城を出ました」
「「 ? 」」
「退役しました」
目を丸くさせたのはアニーだ。
「どうしてまた・・・。イリアと何かあったの?」
「いえ、イリア様と何かあったわけではありません」
「じゃあどうして?」
「イリア様の成長著しく、私が御傍にお仕えしなくともよいと思ったのです」
「ふぅん・・・。でも、王城を出ることもなかったんじゃない?」
「イリア様にお仕えしてこその王城勤務です。イリア様にお仕えしないことはつまり王城を出ることです」
ばぁばは一口お茶をすすり、カップを置いた。
「メルウェルや、つまりあんたは・・・この先自分が何をしていいのかわからないんだね」
メルウェルはばぁばを驚きの目で見やった。
「そうだろ?」
「・・・考えもしませんでしたが・・・そうなのかもしれません・・・」
「メルウェルにとってはイリアが全てだった。そのイリアが隣にいなくなって自分が何をしていいのか、何をしなければならないのか見えなくなったことに戸惑いと不安がある・・・」
「言われてみてはっきりしました。その通りです。私は・・・イリア様にお仕えすることが自身の生きる道と思っていました。それがない今は・・・どうしたら・・・」
ばぁばは再びお茶をすすると、にっこりとメルウェルを見つめた。
「実家には帰らないのかい?」
「そうも思いましたが、その必要はないとも思いました」
「することがなければ、この家に住まないかい?」
「「 えっ!! 」」
アニーとメルウェルは驚きの眼差しでにっこりするばぁばを見た。
「ですが・・・ご迷惑をおかけしてしまうのでは・・・」
「構わないさ。どうせどこにいたってすることが見つからないのならここにいても支障はないだろう?」
「えぇ・・・」
「ならここにいな。それにそろそろジンイチロー達が戻ってくる頃だろう?剣の修行には相方がいたほうが都合がいいってこともある」
「確かに・・・」
メルウェルはうつむきながらも大きくうなずく。
アニーはそんなメルウェルを静かに見つめていた。
「部屋は幾らでもあるからねぇ。人がいたほうが大きい屋敷だけに寂しくないさ。アニーもこうして居てくれてありがたいさ」
「それでは・・・お言葉に甘えさせていただきます」
メルウェルは深々と頭を下げた。
「よろしくね、メルウェル」
「これでまた賑やかになるじゃないか。嬉しいねぇ」
ここに居ていいんだ―――――
メルウェルは心が穏やかになる自分に不思議と疑問を抱かなかった。
思わず頬が緩んでしまう。
「さてアニーや。メルウェルをあの店に連れて行ってくれないかい?」
「あの店?」
「そうさ。いくらなんでもその服はねぇ・・・」
「あぁ、なるほど・・・」
ばぁばとアニーはメルウェルの着ている服をじっと見つめた。
「この服が何か?」
アニーが目を細めながら首を傾げた。
「だって・・・どう見ても女の子が着る服じゃないわ」
「私服といえば、この服なのですが」
「どうやったらそれを私服に選びますかね」
「背格好が同じ兵士がいらないと言ったもので貰い受けたのです。8年ほど前のことでしょうか」
「「 古っ!! しかも男物っ!! 」」
「そうでしょうか・・・」
メルウェルは裾を持ちながら不思議そうに自分の着こなしをきょrきょろと見る。
ばぁばもまた細い目でメルウェルを見て、うなずいた。
「アニー、やっぱり行っておいで。金に糸目は付けちゃいけないよ」
「わかったわ、ばぁば。まかせて!!」
二人に気圧され苦笑いするメルウェルだったが、不思議な心地よさを感じるのであった・・・。
いつもありがとうございます。
次回予定は12/20の予定です。
よろしくお願いします。




