第90話 思い出
モアさんに魔力供給をしてから宿を出ると、俺達は公爵邸に向かった。
お世話になった番兵に公爵へ来訪を伝えてほしいと伝令してもらい、その番兵の案内で応接室に通された。
間もなくして公爵が慌ただしく入室した。
「お待たせした」
「お忙しいところ申し訳ございません」
「いいんだ。私が約束したのだからね。まずは改めて礼を言わせてほしい。此度は本当にありがとう」
握手を求められ、固く握り返した。
公爵に腰掛けるよう促されたのでソファに腰掛けた。
「おかげでカフィンも適正な価格でエルドランの界隈に行き届くだろう」
「あの、そのことについてなんですが・・・」
俺はカフィン農家の現状について話した。
カフィンの買い取り価格の抑えから、働き手に渡す給金がままならずどんどんと離れていること、このままではカフィンの生産そのものが潰えてしまうことを説明した。
価格が適正になるとはいえ、農家にとっては苦しい現状は変わらない。
「そうか・・・やはり私がベネデッタから聞いていたことはすべてでっち上げだったということか・・・」
「ベネデッタさんがどう公爵に伝えていたかは知りませんが、買い取り価格については見直された方がいいと思います。それについて提案なのですが」
「なんだ?」
「キリマン村へ公爵自身が視察に行き、実際に農場経営者と話してみたらどうかと」
「私が?」
「はい。話を聞く限りでは、これまでキリマン村が『公爵』へ働きかけを行ったにもかかわらず一蹴されてしまったことであなたに対する不信感や不満が噴出しています。昨日の出来事を話し、価格について一応の取り決めをされたらいかがでしょうか」
「わかった。すぐにでかけよう。ジンイチロー殿も同伴いただけると助かるのだが」
「もちろんです」
「ありがとう。残務処理を行ったのちに出立するとしよう。酒宴の準備もできるようにしておこう」
「皆さん喜ぶと思います」
「あっ、そうそう。貴殿に話さねばならぬことがあった」
そういうと公爵は一旦部屋を退室し、小袋をもってやってきた。
テーブルに置いた音からするに金貨のようにも思える・・・。
「一連のことで貴殿には世話になった。受け取ってもらいたい」
「うーん・・・」
「これでは少ないか?」
「いえ、そうではありません。できれば金貨以外のもので・・・」
「まさか・・・!」
「さすが公爵・・・私の考えていることがおわかりのようですね」
公爵は大きくうなずいた。
「この街にも娼館はあるから、そこからとびきりのーーーー」
違ーーーう!!
「公爵、ほしいのは女性ではありません」
「なんだ・・・てっきり・・・」
「私がほしいのは、カフィンを淹れるための道具です」
「え・・・それでいいのかね?」
「はい。そっちのほうが重要です。どこでもカフィンが飲めるように道具が欲しいんです」
「わかった。取り扱っている店があるから手配しよう」
「ありがとうございます」
公爵には焙煎で使うための小さいフライパンも所望し、それをあわせた道具10セットの用意を約束してくれた。魔法袋があれば簡単に入る。
カフィンをいただいている間公爵の残務処理を待ち、荷物が整ったところでキリマン村へ出立した。
夕刻まであと少しというところでキリマン村に到着し、驚く村長と公爵の面談の場に俺も立ち会うことになった。
カフィンの買取価格について村長から事情を聞いたところで、一連の事件の経過を公爵から説明。公爵を疑っていたのは村人だけでなく村長も同じだったようで、目を丸くして聞いていた。村長は疑っていたことへの謝罪をしたのだが、公爵も自らの不行き届があったとして村長同様に謝罪。両者は固く握手をして互いの立場をようやくここで理解できた。
そして緊急の村会議のために村人が招集され、村長から一連の経過を説明された。公爵はあらためて謝罪をし、買取価格の是正と村からの希望についてできる限り応えるよう努力すると約束。
その場には涙を流すディアヌさんの姿もあった・・・。
ーーーーその夜
村の広場では、公爵が持ってきた酒樽と食事が広げられ、お祭りともいえるほどの賑やかな酒宴が催された。広場の中央には大きなかがり火が焚かれ、村人の高揚を見ているようだった。
たらふく食べて食休みで少し離れたところから広場の様子を二人で見ていた時、誰かが近づいてきた。
ディアヌさんだ。
「ジンイチローさん」
「ディアヌさん」
「そこ、いいですか」
「どうぞ」
ディアヌさんが俺の隣に座ると、モアさんが立ち上がった。
「ジンイチロー様、馬の様子を見てまいりますので私はこれで失礼します」
「え・・・こんな夜に?」
「・・・失礼します」
モアさんはディアヌさんを見ると、軽くうなずいたように見えた。
「モアさん・・・ありがとう」
ディアヌさんがポツリともらした。
広場では公爵が村人と肩を組んで談笑している姿があった。
村人の信頼を回復できたのか・・・。
「ジンイチローさん、あなたのおかげでカフィンは守られました。ありがとう」
「俺は何もしていないよ。オズワンド商会が薄いモヤで隠していて、気付きそうな人たちからほんの少しだけ問題から遠ざけていただけにすぎないし、それに俺はたまたま公爵と近しかったからたまたま上手くいっただけだよ」
「それでもです。これで農場も続けていけるような気がします」
「それはよかった。おいしいカフィンをみんなが飲めるようになるといいね」
「はい!」
遠くの賑やかしさが伝わってくる。かがり火も絶やさぬようにとどんどんと薪がくべられる。
「ジンイチローさん・・・」
「はい?」
「やっぱり・・・王都に帰っちゃうんですかね・・・」
「あ~・・・うん、そうだね」
「・・・そっか!そうですよね・・・待ってる人とかいるのかな・・・」
「待ってる人か・・・いるにはいるよ。・・・ばぁばとか、アニーとか」
「・・・アニー?恋人ですか?」
「・・・その・・・違うけど・・・まだそんなんじゃ・・・」
「ふぅん・・・待ってる人がいるって、いいですよね」
そうか、ディアヌさんはお父さんを亡くしていたんだっけ・・・。
「でも私は全然寂しくなんかないですよ!やることだっていっぱいあるし!」
「そっか、それならよかった」
かがり火の前で男同士が酔っぱらって酔狂な踊りを繰り広げている。公爵はそれを見て笑っているようだ。
「・・・ごめんなさい、うそです。寂しくないなんてうそです」
「え?」
「一人ぼっちは・・・本当は寂しくて・・・カフィンを育てるので精一杯だったから気付かなかった。ジンイチローさんが来てから・・・私、『寂しい』って気付いちゃったんです。わずかな時間でもあなたといられる時間がとっても温かくて・・・」
「・・・・・」
「・・・王都に帰らないでください」
ディアヌさんが俺の服の裾を指で引っ張った。
「お願いですから・・・行かないで・・・」
「ディアヌさん・・・」
なでるように風が通り抜けて、微かにカフィンの香りを感じさせた・・・。
「・・・あはっ、ごめんなさい!私何言ってるのかなっ!」
「・・・」
「色んなことがあってどうかしちゃったかもですね」
「ディアヌさん、俺は―――」
「待って!!いいんです!!」
ディアヌさんが服の裾から手を離してひらひらさせた。
「しんみりしちゃうから。あなたは通りすがりのただの旅の人で、ただちょっと・・・いいなぁって思った・・・それだけです」
ガハハ、と賑やかな声が一層大きく聞こえてきた。
「誰かに頼りたくなって弱気になっていたときにあなたが来てくれた。あなたから元気をもらえて、この村にも元気をくれた・・・。本当に感謝してます」
「・・・ありがとう。ディアヌさんのおかげでおいしいカフィンが飲めると思うと嬉しいよ」
「・・・私、これからもがんばります」
「応援してるよ」
「王都からは遠いですが、たまには手伝いに来てくださいね」
「はははっ、努力するよ」
「それと、この村のことも・・・私のことも忘れないでください」
「・・・もちろん。この村のことも、ディアヌさんのことも忘れないよ」
クスクスとディアヌさんは笑った。
「本当ですかぁ?ジンイチローさんの周りにはいっぱい女の影がありそうだから、私のことなんかすぐに忘れちゃいそうですよ」
「そんなことはないよ、約束するさ」
「じゃあ、忘れないためのおまじない、かけてもいいですか」
「おまじない?」
ディアヌさんが立ち膝になると、俺の頬に両手を添えた。
「!」
そのまま彼女と俺の唇が重なった。
どれくらいそうしていたのだろうか、長いようで短いような―――。
彼女が離れた時、潤んだ瞳が悪戯っぽく笑った。
「・・・忘れないって、約束ですよ」
ディアヌさんは立ち上がってかがり火の方へ歩いて行った。
「公爵に挨拶してから家に帰りますね。おやすみなさい、ジンイチローさん」
「あ、うん。おやすみなさい・・・」
走っていく彼女の後姿をみて、ひらひらと手を振る俺。
何してるんだ、俺は・・・
翌朝―――――
村長の家に泊まった公爵が早速エルドランへ帰るというので、村長の家を訪ねたら馬車に乗り込むところだった。
「おはようございます。お早い出発ですね」
「おお、ジンイチロー殿。昨日は世話になった」
「大山脈に寄ったら王都へ帰る前にエルドランへ立ち寄ります」
「そうしてくれ。道具は明日までには届くだろう。ちなみにだが、大山脈になぜ行くのだね?」
見送りの人が遠いことを確認し、公爵の耳元に口を近づけた。
「大山脈に青龍がいるというのはご存知ですか」
すると公爵は少し驚いた顔で俺を見たが、すぐに引き締まった顔に戻った。
「それはこの地に伝わる伝説だ」
「伝説・・・。そうですか。青龍が私自身に大山脈に来いと言ったのです」
「むぅ・・・。その話は私と貴殿だけの秘密にしておいた方がいいだろうな」
「感謝します」
「伝説によると『大山脈の大棚』というところに大きな大きな洞穴があるらしいが、青龍が身を隠すといえばそれぐらい大きい穴でないと無理だろう。もし探すとしたらそのような箇所を当たってみてはいかがか?」
「情報ありがとうございます。助かります!」
「だが大山脈はそういう伝説がある場所だけに、冒険者や『青龍のウロコ』を狙った輩が頻繁に顔を出すとは思わんかね?」
「はぁ・・・言われてみれば・・・」
「だが青龍を見つけたという者は誰一人いない。これには理由がある」
公爵は顔を厳しくさせ、より小声になった。
「ひとつは翼竜・・・別名ワイバーンが生息していること。もうひとつは強力な結界が龍の棲家を隠していると呼ばれているからだ」
「ワイバーン・・・?」
「どんなに隠れていてもすぐに発見され、巣に連れられ喰われてしまう。結界はあくまでも噂の域だが、ワイバーンについては確定情報だ。十分に気を付けるように。まぁ・・・貴殿なら大丈夫な気がするのは不思議だがね」
公爵は居直ると、手を振って俺と村人を見やった。
「それではこれで失礼する。また会おう!」
馬車が土煙をあげて街道を走っていく。
見送る村人は笑顔で手を振っていた。
そのあとディアヌさんの家に戻り、俺とモアさんも身支度を整えた。
ディアヌさんに大山脈への道を尋ねると、このキリマン村を抜けて一日ちょっと馬車を走らせれば麓までたどり着くらしい。
だがそこは『死の入り口』と呼ばれるところで、そこを抜けるとワイバーンの生息領域だとか。公爵が言っていたことは本当だった。
そこへ行くのかと本気で心配されたが行脚の目的がそれである以上行かなくてはならない。
馬車に乗り込んだ時、ディアヌさんが寄ってきた。
「そうそう、ジンイチローさん」
「ん?」
「この前飲んでいただいた新種のカフィン、あれに名前を付けたんです」
「へぇ~。どんな名前に?」
「・・・秘密です」
「え?」
「ふふ!そのうちわかりますよ!」
「はぁ・・・気になるな・・・」
「気になるなら、キリマン村にもエルドランにも忘れないように来ることですね」
「・・・わかったよ。また必ず来ます」
「必ずですよ。また会いましょう」
「えぇ、お元気で」
モアさんが手綱を揺らすと、馬がゆっくりと駆け出しはじめた。
俺が手を振るとディアヌさんも大きく手を振ってくれた。
ほんの十数秒後、気になって背後のキリマン村を見た。
遠くでもわかる。
街道にうずくまって伏せているディアヌさんがいた。
見なければよかった――――
「ジンイチロー様」
手綱を握るモアさんが前を見据えながら言った。
「ジンイチロー様の事です。別れの間際に何て声を掛けたらよかったのか悩んでおられるのではないですか」
「さすが俺のメイド。自分の情けなさに反吐が出そうだよ」
「確かにジンイチロー様はディアヌ様にはっきりとお気持ちを伝えませんでした。これはいわゆる女の敵といえるものです」
「う・・・」
ていうか、昨晩のあの現場のどこかにモアさんは潜んでいたのか・・・。
「ですが、彼女にとってはあれでよかったのではないでしょうか」
「え?」
「彼女のあなたに対する気持ちがカフィンを作る情熱となっていると思われます。あなたが態度をあいまいにさせ、『また来る』といえば、一筋の希望を抱いて彼女はいつまでもジンイチロー様が素敵だと言ったカフィンの景色を彩らせるでしょう。父親の夢だけでなくジンイチロー様との思い出を紡いでいくという想いも、デイアヌ様は実らせるのです」
でも、ついさっき見てしまった彼女の嘆き悲しむような姿からはそれは想像ができない。
「ジンイチロー様、それは甘いお考えです」
「え?」
「あと数日・・・いえ数時間後には、彼女は笑顔でカフィンの収穫に携わるでしょう」
「はぁ・・・」
「女とは、か弱くみえても強い生き物なのです」
モアさん、もしかして俺のことを慰めて・・・
「それにしても、昨晩の口づけのあとのジンイチロー様の、一人で悶々とされているお姿は私の興に入りました」
やっぱり覗いちゃダメ!!
いつもありがとうございます。
次回予定は12/11の予定です。
よろしくお願いします。




