第75話 黒の魔装団
冒険者たちの到着はいつになるかわからないため、今いる兵力で第二地域を守る作戦を考えることになった。
しかし・・・。
「イリア様、大変申し訳ございませんが、作戦という作戦は立てられないのです」
ブランが至極残念そうに言った。
「近衛騎士団の兵力をもってしてもですか?」
「はい。第二地域の残存常駐兵は16名。近衛騎士団は15名、私とイリア様を含めて33名です。人数でいえば歩兵中隊程度の兵力ではありますが、何せこの広さです。兵力をまとめて配置すれば、配置していない箇所に魔物が集中します」
「今までの戦い方は、広く兵力を分散して連携のない個別戦闘だった、というわけですね」
「お恥ずかしい話、そういうことになります」
イリアは唸りを上げた。
(個別戦闘になれば・・・。魔物と1対1で戦闘をしている中、もう1匹の魔物が穀物を盗み、その魔物に剣を向ければたちまち背後から討たれる・・・)
「負傷者は?」
「現在は中央にある兵士詰め所にて療養中です。回復魔法を扱える者がおりませんのでじっくり回復を待つしかありません。中ポーションも配給はされますが、瀕死に至った者だけに配給しています。一晩で全ての兵士に使ってしまっては元も子もありません」
自分で選んだ道だ。ジンイチローを呼ばないといういばらの道だ。イリアは後悔しそうになる自分にムチを打った。
「では・・・2人一組になる戦法はいかがですか?近衛騎士団が加わって人的余裕は増したはずです。メルウェルはどう思う?」
「15組ですか・・・。少ないことに変わりはありませんが、負傷を抑えつつ確実に魔物を減らすことを考えればその作戦もアリです。しかし、穀物の被害は抑えられません。ある程度の被害を覚悟しないといけません。冒険者たちの到着が早まればこの作戦はより効力を発揮します。森林に面した辺りを中心に護衛すればよいのですから」
「魔物の種族は?」
「主にゴブリンとオーガです。オークも稀に。ですので、特にイリア様は要注意ですぞ」
「えぇ、わかっています・・・」
イリアにとっては、それも覚悟の上だった。
とその時、詰め所を乱暴に走る音が聞こえてきた。部屋に入ってきたのはフレアだった。
「イリア様!」
「フレアね。ここは王城ではないのです。もう少し静かに」
「申し訳ございません。ですが、外に・・・」
「外に・・・どうしたのです?」
「冒険者の集団が到着しました!」
「!!」
イリアは咄嗟にブランを見た。
ブランは大きくうなずいた。
「戦力が追加されましたな」
「ええ。行きましょう!」
多い。イリアは詰め所前に集まる冒険者たちを見て素直に思った。
フレアがイリアに寄った。
「イリア様、とりあえず到着した冒険者たちの人数、団体名を確認しています」
「ありがとう。ブラン殿、作成した名簿はお渡しします」
「すまない。それと、名簿を作成するときは特技や特性、使用できる魔法なんかも聞いてくれ。配置の参考にしたい」
「承知しました」
フレアは小さくうなずき、確認を取る団員に指示をした。
やがて勢ぞろいした冒険者たちの前で、イリアは改めて挨拶をした。ちなみに中央ギルドで自身の想いをすでに述べていたため、それは割愛した。
パーティーで参加する者、個人で参加する者多々揃ったが、そのなかでも特に目を引く異質のパーティーがイリアの好奇心を誘った。
冒険者達との作戦会議は一時間後と伝えられると、皆は詰め所前でくつろいだ。
その様子をじっと見つめるイリアの隣に立ったメルウェルは、小声で話しかけた。
「あの者達が気になりますか」
「えぇ。特に異質なの」
「確かに。あの4人、互いに全く話をしようとしない」
「それにあの風貌。『怪しい』としか思えない」
イリアの見つめる異質の雰囲気を漂わせるパーティー・・・。
メンバーは4人。皆が黒いバンダナを巻き、黒いマスクをつけて顔を隠し、地面スレスレの黒いローブを纏って体を隠している。その中の1人は背が小さくうずくまっているようにも見える。
メンバーの一人がイリアを窺っているようで、じっと視線を送っていた。
「まさか『灰色ローブ』の仲間なんてことは・・・」
「わかりません。ですが注意は必要です」
「パーティー名は?」
メルウェルが名簿をじっと見つめる。
「えぇっと・・・ありました、『黒の魔装団』と呼ぶそうです」
「ギルドにはいなかったわ」
「あんな目立つ格好ならすぐにわかりますから、我々がギルドを去った後に依頼を受けたのでしょう」
「あの者達・・・本当にこの依頼を完遂するつもりかしら・・・」
「といいますと?」
「何か別の目的があるんじゃ・・・」
「それはどういった?いえ・・・あるとしたら、イリア様の誘拐あるいは・・・」
「・・・それはわたくしも考えましたわ」
「いずれにせよ、イリア様は警戒してください。近衛騎士団はいついかなる時もあなたをお守りいたします」
「ありがとう」
メルウェルは一礼すると、ブランの元に歩いて行った。
イリアはそれを見届けると、再び『黒の魔装団』に目を移す。
再びメンバーの一人と目が合った。
(あの人たちは相当の手練れのよう・・・。戦いぶりは拝見させていただきます)
作戦会議の時間になり、兵士と冒険者達全員が外に集合した。
ブランが第二地域の見取り図を地面に描いた。
「この戦いは消耗戦といっても過言ではない。王都からは食料は届くが中ポーションの配給が追いつかない。各自ポーションの持ち合わせはあろうが、いざという時の為にとっておいてくれ。此度の戦いは個別戦闘に限りなく近いものとなる。この森林部に接する広大な地域を守るには、人員をいかに減らさずに戦い抜くかが大きな課題となる。現に常駐兵の多くが負傷し現場から離れている。残った者達で戦い抜くのは困難を極めていたのだ。よって王都に追加派兵を依頼したわけだが、君たちがここにいる理由もギルドに依頼する方針を立てたからだ。さて・・・この地域によく登場する魔物は一様に強力な部類の方だ。冒険者諸君は経験豊かであろうから、ゴブリンが連携して戦う厄介さとオーガの獰猛性、オークの力強さはよくご存じだろう。そして時折、フォレストホーンラビットも登場する。フィロデニア大森林由来と思われるが、生息地域を広げつつあるようだ。心して戦ってほしい。それでは各々の配置について教示する」
冒険者たちはブランのいる方へ歩み寄る。
「色々考えた結果、ある一定の担当区域を設けようと思う。最初は2人一組で戦うことだけを考えていたが、冒険者の皆はほとんどパーティー参加の者が多い。ある程度戦い慣れた仲間と共にいるほうが意思疎通も連携もしやすいだろう。名簿をもとにして担当区域を決めたのだが、担当区域の四方に色付きの布を巻いた棒を先ほど立ててきた。これからそれぞれの色を伝えるので、指定された色のところへ行って各自確かめてきてほしい。何か質問はあるか」
すると、一人挙手をする者がいた。
イリアは顔を険しくさせた。
手を挙げたのは、『黒の魔装団』の一人だった。
「これは我々の提案だ。我らが魔法士はある程度の土魔法が使える。もしよければ、各パーティーの希望に沿った位置に自由な高さの壁をつくってもよい。もちろん、壁などない方がいいという者には無理強いしないが」
これには一同が唸った。
「ただし、互いの区域の境界には壁は作らない。助けが欲しいときに壁があったのではまずいだろう。それと、穀物の近くには作るのも避ける。この壁はあくまでも築き上げる場所にある土を使うものだから、穀物の根を痛めてしまうかもしれぬ」
イリアは黙ってその者の声色を聞いた。
明らかに女性の声の高さだ。わざと声色を低くしているようにも聞こえるが・・・。
「それともうひとつ提案だ。この者は足が速く剣も使える。また、魔法もお手の物だ。魔物などあっという間に駆逐できるだろう」
説明した女の横にいた者がすっと前に出てお辞儀をした。
ブランはふんっ、と鼻息を鳴らした。
「ここの魔物は油断ならんぞ。お前の腕がどこまでかはわからんが、あてがわれた区域を中心に守ればよい。無理はいかんぞ」
前に出たその男はマスクの中で笑みを湛えているようだ。
そして、ローブの中に隠していた剣を取出しおもむろに突き出した。
剣を突き出された先は、メルウェルだった。
メルウェルは目を細めた。
「なんのつもりだ」
「・・・剣を抜け」
「私を使って実力を思い知らせようというのか」
声色は男のようだ。こくり、と男はうなずいた。
「いいだろう」
メルウェルは剣を抜いた。
「メルウェル殿!」
「いいのだ、ブラン殿。剣を交えればこの者の考えていることが分かる。皆の者、下がれ」
兵士と冒険者たちは一斉に下がった。
「私は近衛騎士団のメルウェルだ。貴殿の名は?」
「・・・ジーンだ」
「魔法を使ってみるか?」
「・・・いや、剣でいい」
「そうか・・・では!!」
メルウェルは駆けて男に詰め寄り振りぬいた。
男は流れるような動作でそれを躱した。
メルウェルは右、左と斬りつけるが男はそれすらも躱す。マスクの下の顔はまったく動揺の色を見せていないだろう。
メルウェルは男に向かって剣を突き立てた。
すると、男は初めて剣を向けて弾いた。すぐさまメルウェルが斬りつけると、男はその剣を受け止めた。
つばぜり合いを演じる二人。
周囲の者は固唾を呑んで勝負の行方を見守る。
「ジーン殿は本気を出していないな」
「・・・あなたも」
「不思議な感覚だ。剣を突き合わせればわかる。ジーン殿は私とどこかで剣を重ねたことはないか」
「・・・」
ジーンは勢いよく剣を弾くと、何度も後ろに跳躍して間合いを取った。
メルウェルはその様子を観察した。
鋭い視線をジーンに送る。
「・・・もう十分か」
「ジーン殿、貴殿の本気を一度でいいから見せてもらいたいものだ」
「・・・ケガをする」
「ふふ、ジーン殿はそうするつもりがないように思えるが?」
「・・・ならば一度だけ」
ジーンは腰を低くした。
メルウェルは目を丸くさせた。
(この姿勢は・・・!)
ジーンはメルウェル目がけて駆けた。しかしそのスピードは見ている者が目を疑うほどの、人間が可能とする走駆とは明らかに違う速さだった。
メルウェルは思わずその戦場から身を躱すが、ジーンはそれでもメルウェルの間合いに入り込むと剣を下段から上へと振り上げた。
必死の形相で躱すメルウェル。苦悶の顔を近衛騎士団員全員に見られることとなった。
ジーンは立ち直り怒涛の勢いでメルウェルにあらゆる角度から斬りつけ、振り下ろし、そしてついには剣を弾くと、メイルを装備した彼女の胸を蹴り圧した。尻もちをつくメルウェルの目前に剣を突き立てたジーン。
勝負がついた瞬間、冒険者たちから歓声が上がった。
ジーンは剣を納めると、メルウェルの手を握って起き上がらせた。
すぐに翻って、黒の者達のいるところへと引き返してしまった。
「メルウェル!大丈夫!?」
「イリア様・・・」
「まさか・・・メルウェルが負けるなんて・・・」
「・・・いえ、よいのです。わかりました」
「え?」
「私は以後、あの者達に口出しをしないこととします」
この言葉に、近衛騎士団員たちは閉口した。
王城きっての剣使いである団長がわけもわからぬ者に真剣勝負で負けてしまった―――――
しかし、団員のショックとは裏腹に、メルウェルの顔は思いの外笑顔だった・・・。
黒の魔装団の小さい者が、各々の区域内に次々と壁を作っていく。どうやら時折この小さい者が壁の設置場所のあれこれをパーティーメンバーに意見をしているようで、その的確さとしわがれた声の雰囲気から、知らず知らずのうちに『師匠』と呼ばれるようになっていた。
そしてあっという間に夜が訪れた――――
松明置き場の木片に火が一斉に点けられると、あたりが橙色に灯され、炎に合わせてゆらゆらと光も揺れる。
「そろそろ時間だ」
メルウェルは閉じていた目を開け、周囲を見回した。
ブランにあてがわれたメルウェル率いる近衛騎士団の第1団は、彼曰く、一番多くの魔物が通る道になっているところだという。
メルウェルは森を見る。
雰囲気が変わった――――――メルウェルはそう直感した。
「来るぞ!!総員剣を抜け!!」
メルウェルの叫びに、彼女の近くにいた者から徐々に剣を抜きはじめた。
その時だった。森から一斉に何かが飛び出してきた。
『ゴブリンだぞ!!』
誰かの言葉で開戦の火ぶたが切られた。その言葉通りゴブリンが大勢飛び出してきた。
各区域で迎撃が始まったようだ。
すると、その様子を見てか次々とゴブリンが群れを為して森から現れた。
「コイツはいつもより多いぞ!!気を付けろ!!」
ブランが誰に言うでもなく叫ぶ。メルウェルはその言葉を背に聞きながらゴブリンめがけて斬りかかった。一刀両断にされたゴブリンは崩れ落ちた。
メルウェルはイリアに目を向ける。
落ち着いている。実戦を積んでいるだけあって、王城の兵士よりも動きが滑らかだ。剣を振るう姿にも気品を感じるほどだ。そして放つ魔法にも躊躇がない。威力を抑えているものの、炎魔法の圧倒的な威力は伯爵邸での戦闘時以上に磨きがかかっているようにも見えた。
(さすがイリア様・・・。我が騎士団員に引けを取らぬ動きを見せている。それに実戦を積んだ者の落ち着きが感じられる。討伐に向かうと言った自信は本物のようだ)
だが油断してはならない。相手はゴブリン。虚を突いてイリアに襲い掛かり連れ去ることも考えられる。魔力切れを起こす前に終わらせなければならない、とメルウェルは思った。
そこに、歓声が起きた。
メルウェルはそちらに目を移す。
黒の魔装団、ジーンが目もくれぬ速さでゴブリンに斬りかかり、冒険者たちの戦いを支援していた。そして時折止まり、指先をゴブリンに向けていた。不思議なことに、指を向けられたゴブリンはバタバタと倒れていく。
(あれは・・・何をしている?)
倒れるゴブリンの中にはまだ息のある者もいた。地面に転がってギャアギャアと喘いでいる。
ジーンは指先を見つめ、再度ゴブリンに指先を向けていた。
「なっ!!」
メルウェルは見た。今度はゴブリンが後方へ吹っ飛ばされ、息絶えた。
ジーンは次々とそれをやってのける。後方へ飛ばされる瞬間、血しぶきが松明の明かりに反射し派手に飛散するのも見えた。
(何かをぶつけているのか!?いや、しかし何も見えない・・・)
さらに歓声が上がる。
今度は黒の魔装団の上空に、氷の矢が数えきれないほど出現した。
その氷の矢はゴブリンめがけて猛速で突き刺さる。
(なんという高位魔法・・・。やはり『黒の魔装団』は・・・)
メルウェルはうなずいた。
「一気にカタをつけるぞ!!近衛騎士団も奮え!!」
「「「 おおおおおおおっ!!! 」」」
いつもありがとうございます。
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