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第74話 イリア、穀倉地帯へ

 

 こっそり王城を出たのは言うまでもない。

 イリアに続き、近衛騎士団も時間を置いて城を出た。


 待ち合わせ場所は王都西城門を出て最初に見える大きな木の下。


 馬車もない、徒歩での移動となる。



 イリアは、今ではすっかりご用達となっている抜け道を使って城を出ると、後に続いたメルウェルと共に中央ギルドへ赴いた。

 イリアはこのまま西城門を出ようと画策していたが、メルウェルがストップをかけた。

 メルウェルはより大勢の冒険者の力が必要と唱えたのだ。

 バレて連れ戻されることを恐れてかイリアは異を唱えたが、それでも必要であると訴えた。


「我らだけでは広大な耕作地帯を守りきることは困難です。冒険者たちに加勢を促すと同時に、冒険者たちに味方になってもらうことが大切です」

「なぜ味方になってもらうの?」

「まぁ、それは後々お話しします。とはいえ、黙っていても今のイリア様を見れば、どの男共も簡単に味方するでしょう」

「・・・?」


 イリアにとってはいつも通りの『外出着』だ。しかし、メルウェルにとっては目のやり場に困るミニスカートは目に余るものがあるようで、顔を渋くさせた。



 中央ギルドに入ると、見慣れた冒険者たちの歓談の姿に溢れていたが、イリアを見た途端に静けさに包まれた。


 カウンターに進むと、リタが目を丸くさせて立っていた。


「お久しぶりですね、リタさん」

「お・・・お・・・」

『王女様!!』と叫びたくなる口を必死に隠すリタ。だがイリアは逆にそれを制した。

「本日は『第三王女イリア』の立場で参りました」

「お、恐れ入ります!」

 リタは深々と頭を下げた。

「ギルドマスターはおられますか」

「呼んでまいります。お待ちください!」


 リタは猛速で奥の部屋へ駆けていった。

 間もなくリタがギルドマスターを率いて戻ってきた。


「イリア様、ギルドマスターのゴルドンであります。お久しぶりですね。その節は大変お世話になりました」

「こちらこそ、大変貴重な体験をさせていただきました。わたくしも御礼申し上げます」

「なんとありがたきお言葉・・・。さて、本日はどのような御用で?」

「王城から依頼の為された、穀倉地帯の魔物討伐に係ることで参りました」

「ふぅむ・・・」

 ギルドマスターは苦々しい顔を一瞬見せた。イリアはそれを見逃さなかった。

「ふふ、なにやら訳ありのようですね」

「申し訳ございません。これには私も思うところがありまして。それに冒険者の評判がすこぶる悪いのです」

「なるほど。ちょうど大勢の冒険者の皆さんもいらっしゃるのです。皆さんからもお聞きしましょうか」

「いや、しかし、それは・・・」

「メルウェル。あなたの思惑を現実のものにするのなら、これはやっておかなければならないことでは?」

 メルウェルはうなずいた。

「その通りです。イリア様なら朝飯前でしょう」

「ということです、ギルドマスター。申し訳ございませんが冒険者の皆さんをご紹介いただけますか」

「承知いたしました」


 ギルドマスターの平伏する様子に、ロビーにいた冒険者たちは違和感を覚えていた。

 あのマスターが脂汗を滴らせながら話す相手とはいったい何者なのか?

 っていうかあの短いスカートは見てもいいやつなのか?と・・・。




「冒険者たちよ、耳を貸してくれ」

 ギルドマスターの野太い声がロビーに響く。すでに彼らの耳はイリア達の様子を窺うように静かに立てられていた。

「こちらにお出でになられる御方こそ、フィロデニア王国第三王女、イリア様であられる」


 どよめきのあとに、次々とイスから立ち上がったと思いきや、皆跪いた。

「皆さん、かしこまらず楽になさってください」

 イリアの声に、お互い顔を見ながら、ゆっくりイスに腰を落ち着かせた。

「ご紹介に与りました、第三王女イリアです。本日はたっての希望でギルドに参りました。みなさん、王城から依頼の為された穀倉地帯の魔物討伐についてはご存じですか?」


 ロビーの各々はうなずいた。


「単刀直入に申します。ぜひこの依頼を受けてはもらえませんでしょうか」


 しん、と空気が固まった。


「穀倉地帯は我が王国にとって非常に重要な食糧庫です。この穀倉地帯の穀物類が魔物によって次々と略奪の憂き目にあい、生産が極端に低下しているのです。このままだと近い将来、皆さんをはじめ、周辺地域の皆さんの食料事情に危機が訪れてしまいます。王城でもこの危機を打開しようと常駐兵を回して対応しようとしましたが、如何せん対応に『不備』があり後手に回りがちです。そのため王城は冒険者の皆さんに力添えをいただきたく依頼をかけた・・・というのがこれまでの経過です」


 固まる空気を裂くように、ギルドマスターが声を上げた。


「イリア様、大変失礼ながら意見してもよろしいでしょうか」

「えぇ、もちろんです」

「王城はなぜ王都の兵を派遣しないのですか」


 イリアはうなずいた。


「よい質問ですね。わたくしがここに来た理由がまさにそれです」


 イリアは一息つくと、冒険者たちを見やった。


「王城は王との守備を喫緊の課題としており、穀倉地帯への守備兵派遣に慎重になっています」


 冒険者たちが表情を重くし、仲間たちと『そりゃねぇよな』と声を重ねた。


「皆さんの言いたいことはよく分かります。ですがわたくしは皆さんと同じく、王城の出した結論に異を唱えているのも事実です」


 冒険者たちはイリアの言葉に耳を傾けた。


「王城をひそかに抜け出したわたくしは、穀倉地帯の魔物討伐に向かいます!」


 ロビーが喧騒に包まれた。


「静まれ!」

 ギルドマスターの一喝で、ロビーはすぐに静まり返った。

 イリアはその様子を確認してから口を開いた。

「皆さん、わたくしはこう考えます。自らの血を流さずに得られるのであれば、それは確かに楽な方法です。しかしわたくしにはそれが耐えられません!冒険者の皆さんに託したまま見て見ぬふりをすることなどできません!わたくしは、たった一人でも赴いて魔物と対峙し、皆さんの暮らしを守る礎となりたいのです。ですが一人だけではどうにもならないこともあります。ですから皆さん、わたくしに協力していただけますでしょうか・・・」


 イリアは深々と頭を下げた。頭を下げたままの姿勢でいること5秒。一向に上げぬ気配を感じ、ギルドマスターとメルウェルでさえもオロオロとしはじめた。

「王女、もういいのです」

「イリア様、頭をお上げください」


 イリアは首を振った。


「お願いします、皆さん!どうか、このイリアに力をお貸しください!」


 ギルドマスターはロビーに視線を送った。


「皆の者よ。私も実のところ今回の依頼については、自らの手を汚さぬ王城の姿勢に疑問を感じていた。しかしイリア様は自ら討伐にあがろうと、処罰を恐れず立ち上がられた。これをどう思うか!私は思う。強き想いを抱く施政者のいる国にこそ未来がある。我らギルドも暮らしを守るための組織だ。この想いに応えたいと思うのだ。皆はどうだ」


『イリア様!俺は受けるぞ!』

 一人の男が言った。

『俺らも受けるぞ!』

『我らがパーティー『サソリの矢』も協力する!』


 次々と声の上がるロビー。そして沸き立つ冒険者たち。


 いつの間にか勝鬨のような雄叫びとなって響き渡った。


「皆さん・・・」

「イリア様、皆の心にあなたの言葉が届いたようです。ふふ、王よりも王家の人気取りになりそうですね」

「メルウェルったら・・・。でも・・・皆さん!ありがとう!」



 イリアがメルウェルと共にギルドを立ち去ろうとしたとき、次々と握手を求められた。

 普段であればメルウェルも遮るところを、今日だけは無礼講として隣にいるだけにした。




 大きな木の下で待つ近衛騎士団員と合流したのはそれから一時間ほどたった後だ。頭から布を覆って城門をくぐり抜け、後から追ったメルウェルと合流し、団員とも合流した。


 王都から穀倉地帯までは歩いて2、3時間の距離だ。

 イリアは歩きながらメルウェルに顔を向けた。


「ねぇメルウェル。わたくしたちの行動は王城にバレてるかしら」

「間違いなくバレていると思います」

「ですよねー」

「バラバラになって、かつ、違う城門から出立したので特定には時間ががかかりますが、恐らく今王城はトンデモ騒ぎです」

「ギルドには口外の禁止を訴えましたが、賛同者を集めている冒険者の口から情報が漏れるのは時間の問題です。とはいえ、それも想定の範囲内です」

「ということは、魔物の討伐ものんびりとはいかなくなる・・・」

「その通りです。短期決戦をしかけることになりましょう。勝負の最大期限は第二地域の穀物の刈り取り作業終了期といえます」

「いつまでやればよいのかは心配していたから、目安は必要ね」

「到着次第、穀倉地帯の兵士長を訪ねましょう。おそらくは第二地域に常駐していると思われます」

「それと、農務従事者にもなるべく会いたいものです」

「その方がよいでしょう。いずれの労働者にも会えば士気の高揚に繋がります」

「打ち合わせた野営の準備は?」

「問題ありません。あの通り、食糧も持ってこさせました。ただし城のような食事は期待しないでください」

 イリアはメルウェルが視線を送った先の団員を見た。3人の団員が大きな荷物を背負っていて、目を笑わせてイリアを見ていた。

「城以外の場所で何度も摂っているから平気。それに、城の食事よりもおいしかったわ」

「普通の王家であれば考えられぬことです。それだけ民と近い場所にイリア様は立っている、ということでしょう」




 やがて一行は穀倉地帯に到着。

 イリアを先頭に第二地域の兵士詰め所へ赴いた。

 ドアをノックすると、体格のいい中年の男が現れた。

「なんだ?」

「申し訳ございませんが、穀倉地帯の常駐兵長はいらっしゃいますか?」

「俺がそうだが?」

「申し遅れました、わたくし、フィロデニア王国第三王女のイリアと申します」

「・・・冗談は休み休み言ってくれ。こっちは徹夜で眠いんだ」

 男がドアを閉めようとするのを、メルウェルがイリアの後ろから手を伸ばして止めた。

「なんだ?やろうってのか?」

「私の格好を見れば嘘じゃないことくらいわかるだろう?」

 男がメルウェルはじめ、後ろに控える者達の出で立ちを見て、徐々に顔を険しくさせた。

「近衛騎士団じゃねぇか・・・」

「我らは第一近衛騎士団だ。イリア様のいるところには我らの警護が付くものだ」

「・・・」


 男はすぐさま土下座した。


「も、申し訳ございません!!非礼をお許しください!!」

「頭をおあげください。お疲れのところ恐縮ですが、お話をお聞かせいただけますか」

「はっ!!汚いところですがお入りください!!」

 イリアとメルウェルだけ建物に入り、他の団員は外で休憩となった。



 通された部屋は武具や防具、汚れた服が散乱していた。あまりの汗臭さにイリアは目眩を起こしたが、倒れそうになるのをグッと堪える。


「私は穀倉地帯常駐兵長、ブランであります」


 ここまでの経過や冒険者が大勢やってくることなど、イリアは話した。


「なんと・・・黙って王城を抜け出してきたのですか・・・」

「出かけるといっても許してはもらえぬでしょうから」

「イリア様は、本気で戦うおつもりですか」

「はい」

「近衛騎士団も?」

「もちろんだ」

 メルウェルは大きくうなずいた。

「わかりました。本気であれば何も言いません。ただしそのおつもりならこちらも当てにしますぞ」

「はい。それでひとつ頼みがあるのですが」

「なんでしょう」

「兵士達を見舞いたいのです」 


 ブランは何度もうなずく。


「ありがとうございます。イリア様がお越しになったとあれば兵士達の士気もあがるでしょう」

「それと、本日でなくともよいのですが農務従事者たちにも会いたいのです」


 ブランは目を丸くした。


「よいのですか?王家の方が直接・・・」

「魔物が蔓延るこの区域で働いているのですよ?兵士と同じく、顔が見たいのです」

「承知しました」



 ブランは兵士詰め所の隣にある宿舎に一行を案内。兵士達が並ぶ場所がないため、一行は外で待つこととなった。ブランの大きな声が宿舎の中から聞こえてきた。

 しばらくすると、慌てて外に飛び出してきた兵士達が次々と整列した。


「イリア様にぃいいい、敬礼!!」


 一同が敬礼した。


「ご苦労様です。楽になさってください」

「一同、休めっ」

 兵士たちは後ろに手を組み足を肩幅まで開いた。

「あらためまして、わたくしは王国第三王女のイリアです。皆さん、過酷な魔物退治に毎日従事していただきありがとうございます。皆さんの働きがあるからこそ、我が国の民の暮らしが守られています。応援がなかなか来ないなかで大変申し訳ございませんが、第二地区の穀物刈取りが済むまでの間、わたくしも皆さんに加勢いたしますので、共に守り抜きましょう」


 兵士達が「え?」という顔を見せた。

 ブランがここで一歩前に出た。


「イリア様は我々と共に魔物退治に加わる!全員、心してかかれ」


 兵士たちの怪訝そうな表情を見て、イリアは苦笑した。


「皆さんの()()は痛いほどわかります。ですが、お守りいただく必要はありません。わたくしもすでに何度か実践を経験いたしました。この手で何匹もゴブリンを倒しているのですよ?」


 これには近衛騎士団からもざわめきが起きた。


「ふふ、我が近衛騎士団にも秘密にしていたことですから、その反応も初々しいですね。魔法も問題ありませんし、剣を振ってゴブリンを倒したこともあります」


 おお、と声が上がった。


「慢心はいたしません。実戦経験はあくまで目安です。死はどんな強者にも、誰のそばにもあるものです。わたくしは・・・全力で、魔物と対峙します!!」


「「「 !!! 」」」


 イリアの力強い声色に、この場にいた全員に緊張の色が走った。


「共にこの地を守り抜きましょう!!!」



 兵士たちの士気は今ここに荒ぶるのだった。





いつもありがとうございます。

次回は10/24投稿になるかと思います

よろしくお願いします


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