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第55話 ミニンスク市へ出立(馬車の中で)

 

 王城に来て数日が経過した―――――。



 この数日間、即席のしきたり講座を、イリアを講師に勉強。空いた時間にメルウェルさんと打ち合い。

 さらに別の時間には色々なお客が部屋を訪ねてきたので、その応対を余儀なくされた。大勢来たので名前も全く思い出せない。「うちの娘をよろしく」とか「学院の講師に招きたい」とかなんとか言われたけど、丁重に断った・・・つもりだ。何をどう話していたのかなんてことも思い出せないほど疲れた。



 そしてあっという間に出立の前夜。


 王城での食事は一人だったけれど、出立前夜のこの夕食だけはアルマン王とイリアと会食することになった。


「ジンイチロー殿、イリアからはすべて聞いた」

 そう言うと、食事を終えたアルマン王はナプキンで口を拭き、水を一口飲んで俺を見た。

「大森林のゴブリン集落の壊滅、マグナ村での依頼達成。そして、魔法の発動・・・。城に籠ったままでは到底為し得なかったことを、君がいたおかげで娘は大きな経験として会得できたのだ。礼をいうよ」

 大きくうなずいた王に、俺は頭を下げた。

 周りには給仕もいない。イリアの魔法のことはなるべく誰にも知られたくないから都合がいい。

「いえ、むしろ危険な目に合わせてしまい、申し訳なく思います」

「いや、何かを得るには、多少の危険は大目に見なければならない。このたびのことは私の想定以上の収穫だった」

「お褒めいただき光栄です」

「褒美を与えたいと思うのだが、なにか希望するものはあるかね」

「滅相もありません。報酬を目的にイリアと行動を共にしていたわけではありません」

「ふむ・・・見込み以上、だな」

 アルマン王は俺を見ながら、小さく何度もうなずいている。

「俺に報酬を与えるとなると、相応の働きがあったと周囲は見ます。何を為したのかと詮索する者もいるはずです。ここは静観していただけないでしょうか」

「それもそうだな。では褒美については何かの機会に回しておくとしようか・・・」

「お父様、例のことは・・・」

「おぉ、そうだった・・・」

 イリアの言葉で思い出したのか、アルマン王は少し居直り、真っ直ぐ俺を見た。

「さて・・・ひとつ相談なのだが、貴殿は大賢者マーリンのことはご存じだな」

「えぇ、もちろんです」

「実は、我が国は大賢者マーリンに昔から懇意にしていただいているのだ。それもあって年に数回、定期的な連絡を魔道具を通じて行っておるのだ」

「そうなのですか・・・」


 驚いた。マーリンさんとこの国はそんなに関係が深いのか・・・。

 それに便利な魔道具があるんだな。まるで『電話』じゃないか!


「もしよければ、その定期連絡の際に貴殿も同席してみないか?」

「・・・よ、よろしいのですか?」

「もちろんだ。いつも互いの近況を話すだけなのだが、今回は事情が変わってな。この城で起きた魔物襲撃に係ること全般を相談しようと思っているのだ。そこで、その解決に寄与してくれた貴殿にも同席してもらった方が、何かと都合がいいと思ってな」


 何かを話せと言われたらすぐには思いつかないけど、マーリンさんと連絡がとれる機会があればぜひ参加したい。


「ありがとうございます。ぜひ同席させてください。」

「うむ。決まりだな」

「よかったですわね、ジンイチロー」



 そして少しの雑談のあと、イリアの魔法発動について話が及んだ。

「・・・というわけで、わたくしも魔法発動に至ったわけです」

「なるほど・・・」

 顎に手を当てて、難しい顔で話を聞くアルマン王。詳しい経過については初めて耳にしたのだろう。

「で、そのナターシャ魔法店で聞かされた、発動を抑制する魔道具の指輪――――。確かに私がイリアに贈ったものだ」

「お父様、あの魔道具はどなたから?」

「当時、イリアが師事していた魔法士だ。もはや名も思い出せんが・・・。城の宝物庫に無断で侵入していたところを取り押さえ、国から追放したことは覚えている。その一件があって、イリアに贈った魔道具も処分させようとしたが、次に着任した魔法士の話で、れっきとした魔道具であるから肌身離さずつけていろと言われたのだ」

「その魔法士は・・・確か・・・」

「うむ、故郷に戻ると言って、ある日突然姿を消してしまった・・・。それから幾名かの魔法士がイリアの専属魔法指導として着任したのだが、実を結ばなかったのだ」

「まさか、魔道具が発動の妨げをしていたとは夢にも思いませんでしたわ。ですが、魔法店でご指摘をいただき、マグナ村でようやく発動に至りました」

「うむ。これも、何度も申してはいるが、ジンイチロー殿の導きのおかげだ。貴殿がいなければ一生為し得ることはできなかったのだ」

「魔法の発動はイリアの実力です。これまでイリアが人知れずがんばってきた成果ですよ。ね、イリア?」

「ジンイチロー・・・」

「そしてついに明日・・・出立だな。イリアよ」

「えぇ、お父様。ハピロン伯爵の鼻をへし折ってやりますわ」

 不機嫌そうにイリアは鼻息を鳴らした。

「そう気負うな。何が起きるかわからん。すまないがジンイチロー殿、イリアの警護を頼んだ。信頼できる者は数少ないのでな」

「はい。精一杯務めます。それよりも、警備は他にもついていくのですか?」

「うむ。近衛騎士団から数名、魔法士も1名、兵士を30名、付き人を20名、外交局員も数名つけさせる。もう少し多くさせてもいいのだが、これ以上連れて行くと、城の警備が手薄になってしまうのでな。ただでさえ魔物襲撃があって人手が足りんのだ」


 俺からすれば十分な人数だ。これだけいれば道中の警備は問題ないだろう。


「わかりましたしっかりと警備します」

「ジンイチロー、あなたは特別警護人だのですから、ずっとわたくしにはりつくのですよ?おわかりですか?」

「ひと時も離れないでいる、ということ?」

「その通り!()()()()()()、わたくしのそばにいるのです!」


 ふふん、と得意げに話すイリア。

 何だろう、企み感がハンパない・・・。


「ふぅ・・・わかったよ。ずっとそばにいるよ、イリア」

「・・・もう一度、確認のため、今の言葉をお聞かせください」

「ずっとそばにいるよ、イリア」


 やけにうっとりとした表情になるイリア・・・。


 あれ、もしかして、今の言葉・・・。

 盛大な勘違いをされるとちょっと・・・。


「あの、警護のことだからね・・・?」

「ふふふ・・・」

 頬に手を当てたまま宙を見つめるイリア。

 ほほぉ、と顎に手を当ててうなずくアルマン王。



 もしもーし!!二人とも聞こえてますかぁ!!






 翌日―――――。



 俺達は大勢の見送りの中、ミニンスク市へ出立した。

 俺はイリアと一緒に王家の馬車に揺られることになり、イリアと顔を見合わせるように座っている。

 近衛騎士団からはメルウェルさんとフレアさんが、魔法士は王城の魔物襲撃のときに助けた女性で、ノーラさんという名前らしい。


「いよいよだね」

「ええ・・・」

 昨日の威勢はどこへやら、今日は覇気がない。そりゃあ不安にもなるか。

「大丈夫だよ。イリアならやれるよ」

「ええ・・・」


 浮かない表情に変わりがみえない。これは重症だな・・・。

 このままじゃできるはずの魔法の発動もままならないな・・・。


「ジンイチロー、不安なのです。失敗してしまったときのことを考えると、足の力も抜け、全身に寒気が・・・」

 イリアの言うとおり顔色も悪いし、紅を塗った唇でさえ青く見える。

 それに、震えている。


 俺はイリアの隣に移動した。血の気が引いた冷たい手を取り、俺の手で挟む。

「ゴブリンの集落で女性達を助けた時のことを思い出してごらん。あの時のイリアも今のイリアと同じだった」

 イリアは力なく笑った。

「いつまで経っても成長しませんね・・・」

「あの時のイリアはこう言った。覚悟をもって臨むべきだ、でないとこの先何も生むことはない、と」

「・・・」

「イリアは成し遂げた。逃げも隠れもせず、まだ馴れない魔法を使って女性達を救った。マグナ村では魔法陣を使わずに、じぶんで魔法を発動してゴブリン達を撃退した」

「・・・」

「イリア、君は成し遂げたんだ。自分の力でどんな逆境も跳ね返してみせたんだ」

「わたくしが・・・自分の力で・・・」

「そうだよイリア。下を見ないで前を見ようよ。不安で霞んでいても、君の望む未来はその先にあるんだよ」

 イリアは顔を上げて、俺を見た。

「・・・確かに下を見ていては、見えるものも見えませんわ」

 イリアに今日初めて光が灯った気がした。


「誰のどんな言葉よりも、あなたの声と温もりは、いつもわたくしを勇気づけてくれますね・・・」


 イリアはそう言うと、顔を窓の景色に向けた。緑の平原に林が遠くに見える。


「『望む未来』・・・ですか」


 小さな声だけど、イリアは確かにそう呟いた。


「ジンイチローが望む未来とは、何ですか」

「俺の・・・」

 イリアに偉そうに説いたものの、自分にとってのそれはわからない。

 この世界に降りた当初は静かに暮らせばいいとしか思っていなかった。

 でも、色々な人に出会って、助けられて生きてこられた。


 今さら、一人だけで生きていくなんて選択肢はないよな・・・。


 そう黙ったまま考えていると、イリアはさらに呟いた。


「わたくしの『望む未来』・・・近づいたと思えば、ますます遠ざかっていくようで・・・」

「イリア?」


 指で目を覆うような仕草をしたと思ったら、その顔を窓の景色から俺に戻した。


「もう大丈夫ですわ、ジンイチロー」

 力の込められた瞳に光が射し込んだ気がした。

「それよりも、今回の件でひとつお願いがあるのですが、よろしいですか」

「俺に出来ることがあれば」

「ジンイチロー、エルフの国に二人で行こうとアニーさんとお約束されたという話なんですが、実はマグナ村であなたを看ているときにアニーさんから聞きました。」

「アニーが話したの?」

「えぇ。ですが、それよりも問題なのがひとつ」


 イリアは途端に険しくなった。

「な、なんだ・・・?」


「その話は、ゴブリンとの戦いに打ち勝ったときの『ご褒美』だったという点です!!」


 あぁ・・・確かにそう言ったぞ、俺・・・。


「まぁ・・・ね、確かに・・・」

「わたくしには、『ゴブリンとの戦いに打ち勝った』ご褒美はないのですね?」

「うっ」

「・・・いかにも忘れていたという顔・・・まぁいいでしょう。このたびの特別警護人としての帯同は、異例中の異例。『ご褒美』として預かりますわ」


 イリアに言いそびれていたことは確かなので何も言えない・・・。


「ですが『ご褒美』を求めること自体は、何もゴブリンとの戦いだけにとどまらないのでは、と考えに至りました」

「え?」

「ですのでジンイチロー。このたびの訪問に際し、わたくしの魔法発動について事が上手く運べたら、わたくしに『ご褒美』をいただけますか」

「・・・」


 にっこりとするイリアだが、目が笑っていない・・・。

 断るんじゃねぇぞ?的な雰囲気ですね・・・。


「仕方ない・・・イリアが望むようにしたらいいよ」

「『仕方ない』とはあんまりです!わたくしは真剣なのに!」

「す、すみません!」

「・・・いいですわ。では、事が終わったところで『ご褒美』の内容は発表させていただきます」



 はぁ・・・今度は俺が下を向く番になった・・・。




いつもお読みいただきありがとうございます。

次回投稿は明後日となります。



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