第54話 フレアは豹変する
こんな険しい顔のメルウェルさんを見るのは初めてだ。
素人の俺ががむしゃらに青龍刀を振っているだけなのに、それを必死に受け止めている。
ほとばしる汗が、決してそれが演技でないことを証明している。
俺の身体は飛ぶんじゃないかと思うほど軽い。思った以上に腕も軽く触れるし、足も無理なく踏ん張れる。
こうして落ち着いて考えられるだけでも先ほどとはまったく状況が違う。
メルウェルさんの剣を弾いて腕があがったところで、俺は勢いで刀を横に振ってしまった。
しまった!! あたる!!
金属が擦れた音が耳に響いた。メルウェルさんのメイルが横一文字に切れた。
腕を上げたまま固まってしまったメルウェルさんが、剣を落とし、膝から崩れ落ちて横たわってしまった。
「メルウェルさん!」
もしかして、どこか斬ってしまったのか!?
俺はメルウェルさんを背中に腕を回し、抱き上げた。
「メルウェルさん!しっかり!」
「ふふ・・・ジンイチロー殿、完敗だ・・・」
「どこか斬ってしまったんじゃ・・・大丈夫ですか!?」
「いや、どこも斬れていない。もう、腕と足の踏ん張りがきかなくて・・・」
疲労困憊のようだが、その顔はとても晴れ晴れとしていた。
「これです・・・この感覚・・・王城にいたままでは味わうことができない、この切羽詰まったやりとり・・・うっふふふふふ!」
「メルウェルさん・・・?」
「あはははははは!!」
思わずポカンとしてしまう、俺とフレアさん。フレアさんに至っては目を丸くしたままピクリとも動かない。
「ふふふ・・・失礼しました。あまりにもすごくて、想像以上の速さと重さに・・・ふふ・・・思わず・・・」
「そ、そうですか・・・」
「フレア、次はお前だ」
「ひぃいいい!私がこの方とやるのですかぁ!!」
「いや、お前なら太刀打ちできるだろう。なんとなくだがそう思う。ジンイチロー殿が勝つだろうが、お前の経験値をさらに高めてくださるだろう」
俺とフレアさんは相対して立つ。
俺はすでに魔力を循環させ、いつでもOKだ。
「て、手加減を――――」
「だめだ。ジンイチロー殿、手加減は無用です。何だったらさっきの倍の速さでも構いません」
「ひぃいいい!やぶへびぃいい!!」
倍の速さって・・・もはや魔物以上の存在だ。
今のところ体のどこにも異常はないけれど、あまり無理すると筋肉が切れるかもしれない。
そうか・・・剣を振るための体をつくるということも大切か・・・。
そうなれば、筋肉に一番詳しい―――――――
フハハハハハ!私を呼ん―――――
さぁ!切り替えよう!!
「フレアさん、俺から行きますよ」
「ふぁ、ふぁい!よろしくお願いじまず!」
フレアさんは片手剣。細い体に剣を構える姿勢がとても美しい。
見たこともない姿勢―――妙な違和感―――
違和感の正体は・・・目だ。
構えた瞬間から、フレアさんの目が据わった―――
一撃目は止めてくる・・・そう感じた。止めて、俺の振りの重さを測る・・・。
何となく、彼女の気持ちが読めた。
それならその通りにしよう。
俺は踏み込んで一気にフレアさんの間合いに入った!
勢いよく振り下ろした刀を、フレアさんは柄を両手で持って剣筋で耐えてみせた。刀と剣がぶつかった瞬間、火花が飛び散った。
「ジンイチロー様、わざとやりましたね」
「よくおわかりに」
「すごい・・・こんなに重い剣を受けたのは初めてです。力を抜いたらただじゃすまない・・・」
がちがち、と剣の軋みが耳に障る。
「メルウェル様の気持ちがわかる。うふふ・・・」
ぞくり、と全身を鳥肌が覆った。
俺は込めていた力を抜いて慌てて間合いを取った。
なんだ、今のは!?
「ジンイチロー様、初いですね・・・」
フレアさんがにたりと口角をあげた。でも目は笑っていない。フレアさんの人格変貌ぶりに狼狽してしまう。
「逃げないでくださいよ。ちょっとだけ、殺しちゃおうかなって思っただけですから、ね?」
こ、怖えぇぇぇぇぇ!!
「ジンイチロー殿、これがフレアの長所でもあり、短所でもあります。この意味がわかりますか」
メルウェルさんは座って休んでいて、フレアさんのこんな様子を見ても動揺していない。
「この意味・・・攻略の糸口ということですか」
「その通り。フレアの剣を何筋か受ければ感じるはずです」
俺はフレアさんを見た。足を引いて、片手で剣を上げている。切っ先は俺に向けている。
「戦場で余所見は『死』を意味しますよ!!」
彼女は剣を上げたまま俺に駆けてきた!
なっ!?速い!?
間合いに入りこまれたと思ったら、その切っ先を俺に突き立てた!
寸でのところで避けられた!セーフ!
空を切った剣筋をキョトンとした顔で見つめるフレアさん。俺はそこへ刀を振り下ろした!
しかし、なんと彼女はノールックで受けた!
「いいです・・・いいです、ジンイチロー様。こんなゾクゾクするの初めてです・・・」
ニタッと口元だけ歪めるフレアさん。
だから怖いんだって!!
俺の刀を弾いたフレアさんは、さらに突きを連ねてきた。俺は右へ、左へとその剣を躱す。相変わらずその筋が速い!
さらに一筋、突きを重ねると思いきや、途中で剣を止めた。流れで躱す動作に入ってしまった俺。
フェイクか!!
胸に向かって突いてきたところを、辛うじて後ろへ跳躍して避けた!
しかし、当たっていた。シャツに血のにじみが浮き上がってくる。
「もう少しでしたのに・・・」
相変わらずの気味の悪さ――――――
でも、メルウェルさんの言っていることがようやくわかった。
確かに、致命的な弱点かもしれない。
次で決める。
フレアさんがまた駆けてきた。今度は斜め上から振り下ろしてきた。それを難なく避けるが、さらにその筋を途中で止め、首元へ突いてきた。自然と腕が上がり、その筋を下から弾いた。
俺もその隙を見て刀を振るが、敢え無く受けられる。
しばらくつばぜり合いを演じ、弾いて間合いを取ると、彼女はまた駆けてきた。
ここだ―――――!
真っ直ぐにその切っ先を俺の首筋に立ててきた。
避けるふりをして、姿勢を低くとり、俺も彼女同様に刀の切っ先を彼女の胸に飛び込ませた。
「ひ・・・」
彼女の引くような声が聞こえてきた。
彼女の駆ける勢いが止まらなかったので、素早く刀を引いた。
「そこまで!!」
メルウェルさんの号令が飛ぶ。
「フレア、剣を納めろ」
フレアは言われたとおりに納めた。すると、地面にお尻を押し付けるように勢いよく座り込んでしまった。
「こ、怖かったですぅうううう!!!」
こっちのセリフだ!!
「ジンイチロー殿が刀を引かなかったら、フレアは今頃血まみれとなって絶命していただろう」
「ううううう・・・・・」
「ジンイチロー殿、彼女の短所が視えましたね」
「なんとなく・・・ですが・・・」
「わたしの短所?」
「そうだ。フレア、お前は殺気が過ぎると自身の剣も見えなくなる。殺気立ったお前は、ひたすら相手の急所を叩こうと躍起になる。だがそれは、自分の急所も相手に知らしめる格好になる。剣術に長けていないジンイチロー殿でさえ、ちょっとの教えですぐに気付くほどだ」
「ううう・・・」
「いいか、自身の殺気に飲まれるな。近衛騎士団の任務は王家を護ること。襲ってきた相手を必死に追いかけまわして、気付いたら王家が討たれていたなどシャレにならない。周りをよく見て、討つべき相手か、殺気を向けるべき相手か執拗に追うべきか・・・。よく見て判断できるようになれ。そして、自分をないがしろにせず、自分を護る剣も備えるべきだ。わかったな?」
「は、はい・・・」
メルウェルさん、俺の指南といいながら、俺をダシに使ってフレアさんに気付かせるように立ち回らせたのか・・・。
お願いした立場だから文句をいう筋合いは全くないけど、俺にとっては命がけだった・・・。
それにしても、片手剣で突きを多用していたフレアさんの剣使いは独特だ。片手剣じゃなくて細身の剣であれば効果もあると思うんだけど・・・。あの剣に思い入れでもあるのだろうか・・・。
「フレアさん、その剣は何か特別な思い入れでも?」
「ひゃっ!こ、これは、私のおじいさんの剣なんです!この剣を持ってると安心するんです!」
「ふぅ~ん・・・」
見たところ普通の剣だけど・・・。変わったところと言えば、剣のつばに赤い宝石のようなものがついているぐらいか・・・。
「えへっ、この剣、おじいさんによると、『生き血吸い』という二つ名のある剣なんですって!」
怖っ!!!
まさか、構えた時に性格が変わるのって・・・。
「ジンイチロー殿。懸念されていることはよくわかりますが、どの剣であっても彼女は変貌します」
やっぱり性格か!!
「あ、剣を触ってたら切れちゃいましたぁ」
フレアさんの手のひらに赤い一筋が見えた。すると、剣の宝石が鈍く光ったと思ったら、僅かに付着した彼女の血液が剣の中に吸い込まれた!
フレアさんもこの現象には気味の悪さを感じ得ないだろう・・・。
「たま~にこうしてごはんをあげるんです」
ごはんかよっ!!!
「さてジンイチロー殿、そろそろあがりましょう」
「・・・えぇ、そうですね・・・」
「ジンイチロー様、ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ。いい経験になりました」
「さて・・・」
メルウェルさんが立ち上がったその時、立ちくらんだのか後ろにゆっくり倒れていく。
危ない!!
咄嗟に抱きかかえた。危ない危ない。
「メルウェルさん、大丈夫ですか?」
「はい・・・。年のせいですね、調子が戻りません・・・」
「自分が闇雲に打ち付けたせいです。すみません」
「私がそうしてほしいと言ったのです。あなたに罪はありません」
微笑みながらメルウェルさんは俺を見た。
「・・・」
「・・・」
不意に、彼女のメイルに目が留まった。勢いよく斬りつけたせいで、大事な防具がボロボロになってしまった。
「メルウェルさん、防具もこんなにしてしまって・・・」
「これはもう使い物になりませんね」
彼女は俺に抱かれながら、横についていた留め具をとって、メイルを外した。
「もう大丈夫ですよ。ジンイチロー殿、ありがとうございます」
彼女が自分で立ち上がれるのを確認し、俺も立ち上がって王城の方へ体を向けた。
「め、メルウェル様!!それ!!」
急にフレアさんが声を上げたので、何事かと振り返ってみた。
―――振り返らないほうがよかった・・・。
メルウェルさんの来ていた服までぱっくりと切れていて、それがだらんと下に垂れ下がっていた。
胸から腰のくびれが露わになって―――。
「あぁ・・・」
メルウェルさんはまったく意に介さずに、切れた箇所を撫でていた。
「ジンイチロー殿の剣はすごい切れ味ですね」
「いやいやいや!今それを言っている場合じゃないです!なにか隠せるものは――――」
「・・・」
あたふたする俺とフレアさんを余所に、ボーっと立っているだけのメルウェルさん。キャーとかワーとか言ってもらえた方がよっぽど気が楽だ。
『ジンイチロー!!』
ん?なにやら声が・・・。
「ジンイチロー!メルウェル!」
手を振りながら駆けてくる美少女、その名はイリア。
あっという間に俺達の目の前まで来てしまった。
「ここにいると聞いたから慌てて駆け付けたのですよ」
「イリア様、いかがなされましたか」
「用という用はないのだけれど、二人をみたという給仕の――――」
イリアが固まった。
メルウェルの上半身を見たのだろう。まぁ無理もないな。
「まさか、ジンイチローが・・・ジンイチローが・・・」
「えぇ、イリア様。確かにこれはジンイチロー殿の為した痕です。私の見込みのとおり、ジンイチロー殿は『手練れ』に近い能力をお持ちでした」
メルウェルさんは満面の笑みでイリアに語った。
「て、手練れ・・・もう早速・・・はぁ~・・・」
あぁ!今度はイリアが倒れる!
ここ数日の無理が祟ったのか!!
しっかりしろ!イリアァ!
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回は9/8の午前深夜に投稿します。




