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第31話 ばぁばの戦い その1

 

「さて、アニーと別れてから私は・・・」



 ばぁばはアニーと別れた後、すぐに家に戻った。

 寝室の戸棚から大ポーションを一本取り出す。戸棚の上に置いてある埃の乗った腰巻きポシェットを取り上げ、大ポーションをねじ込んだ。ベッドの下に潜り、鞘に入った短剣を取ると、腰巻きにひもでくくりつけ、それを腰に巻く。手が少し震える。腰に巻きつけるだけでも少し間を取られてしまった。


 装備が整ったところで外へ出ようとした。


 ―――不意に、その足を止める。


 とにかく時間が欲しい。王城では恐ろしいことが起きているだろう。ジンイチローの身を考えれば一刻の猶予もない。頭上の魔法陣の原因たる魔道具を破壊しなければならない。

 ばぁばは自分の足を見る。

 この足でその『一刻』を稼ぐことができるだろうか。


(仕方ないねぇ・・・まさかアレが役に立つ時が来るとは思わなかったが・・・)


 ばぁばはもう一度寝室に戻り、ベッド脇に置かれていた木箱に手を伸ばす。様々なアイテムが無造作に入れられていて、その中から厚底靴を取り出す。何の変哲もない革靴だ。

 ばぁばはこ革靴をひっくり返す。

 靴底の真ん中にはうっすらと魔法陣の刻印があり、靴底全体に幾何学模様が広がっていた。

 魔法陣の上に片手をかざし、ふうううぅっ、と大きく息をつく。


 焦ってはいけない。

 百戦をこなしていようとも、急いて魔力のもつれを生み出せば身を滅ぼしかねないからだ。


 十分な落ち着きを得たと、ばぁばは魔力の循環を身に編んだ。


「『我が魔力をもって力を成し、羽ばたき生まれよ、マーリンの(ことわり)よ!』」


 ばぁばの詠唱により、瞬く間に眩い青光が魔法陣から発せられ、魔法陣から流れ出たかのように、幾何学模様に青光が広がってゆく。

 すると、ばぁばの手から離れた厚底靴が独りでに浮き上がった。

「マーリンの言うとおりに詠唱してみたが・・・ふむ、一先ずは成功だね。マーリンからは杖を使って歩くようになったらと貰ったものだったのに、まさかこんな時に使うことになるとはね」

 浮き上がった靴を手に戻し、その場で履いてみる。


 ばぁばの足が床から離れる―――。


「後は使ううちに感覚を掴むしかないね。さ、いくよ」

 少しだけ前傾姿勢になると、音もなくばぁばの体は進みだした。

 ゆっくりと動く様子は、まさしくホバーそのものだ。


 ばぁばはこの靴の構造を探る。早さは装着した本人次第で、体内の魔力の循環が靴と同化し、魔力の続く限り自分の足となって働き続けるもののようだ。

(マーリンめ、とんでもない魔道具を作ったものだ)


 玄関を出たところで速度を速めた。

 ぐんっ、と体に重みが増す。

 ばぁばの頬が風で揺れた。

「ほぉおおおお!これは気持ちいいねぇ!!」

 かっかっかっ!と乾いた声が小道に響いた。




 街でばぁばを見た者は、一様に口を開け呆然とした。

 その移動方法は見たこともないほど異様なものだったからだ。

ばぁばはそんな街人に目もくれず、見ている先は紫の光だけだ。

(まずはあの光線からだね)

 ばぁばは手始めに、家から一番近くの光線を吐き出す魔道具を潰すことにした。



 なんとも不思議な光景だ。光線を吐き出している場所は()()()()()()()()()()()、その付近には『忌避結界』が張られているためか、誰一人として見に来るものがいない。


 忌避結界の前で止まり、手をかざした。

 忌避結界が見る見るうちに消えてなくなる。ばぁばにとっては他愛もないことだった。


 ここも路地裏だ。薄暗くて、忌避結界がなくても人通りは少ないかもしれない。

 ばぁばはゆっくりと進む。右に折れると、すぐに魔法陣と魔道具、そして光線があった。魔道具が魔法陣の上に立っていた。

(これだね・・・)


「誰だ!」

 魔法陣と魔道具の向こう側から叫ぶ声が聞こえる。薄暗くて見えないが、男の声だ。

「はははっ、それはこっちのセリフってもんだね」

 魔法陣の中をすり抜けて、男が目の前に立ちふさがる。紫の光線でわかりづらいが、灰色っぽいローブを纏っているように見える。

「けっ、ばばぁかよ。ケガしたくなかったらすぐにここから立ち去れ」

「そういうわけにもいかないんでね。あんたの後ろにあるソイツをぶっ壊さないと大変なことになっちまうだろ」

「ふん、わかっててここに来たのか」

「悪いことは言わない。あんたこそ帰んな」

「ばばぁが・・・調子に乗りやがって・・・」

 男は腰の剣を引き抜き、ばぁばに切っ先を向けた。

 ばぁばは大きくため息をついた。

「私は、警告したよ」

「っるせぇ!」


 男がつま先に力を入れた、その時だった。


 紫の光線をも凌ぐほどのまばゆい閃光と音が、男の身を貫いた。


 男は()()()()()姿()()()、地面に倒れ伏せた。


「訳無いね」


 ばぁばがジンイチローに言った『無詠唱魔法』の醍醐味、まさにこれに然り。無詠唱魔法や四大魔法だけでなく、今のような雷系魔法もジンイチローにもしっかりと身に着けてもらいたいと脳裏によぎるばぁばであったが、すぐに雑念を散らす。

 ばぁばは男に放った雷を、魔道具と魔法陣にも放った。


 魔道具はへし折られ、魔法陣も地面をえぐられたためか描かれた円陣が消し飛んだ。

 そして、自然と紫の光線も消えた。

 ばぁばは頭上を見上げる。建物の陰で良く見えないが、王城の魔法陣は未だ健在のようだ。


(こいつは厄介だね。全部ぶっ壊さないと王城の魔法陣は消えないということか。考えた奴は私みたいな者がいることを想定していたようだね。一個壊せばなくなることも少しは期待していたんだけどね)


 ばぁばは薄暗い通りを抜けると、たむろしていた街の男たちが目に付いたので声をかけた。男たちは路地裏に入り込むべきかどうかを話し合っていたようだった。

 ばぁばはすぐに入り、倒れている男を拘束するよう離し、首謀者の一味だと兵士に伝えて引き渡すよう進言した。



 次の光線の場所へ向かうばぁば。

 ジンイチロー破壊した魔道具のあった場所だ。


 到着すると、やはり忌避結界が張られたままになっている。

 だが、ばぁばは敢えてそれを破らずに路地裏に入り込む。狭い路地だけに、忌避結界を破っておくと万が一街の人間が入り込んだ際に巻き添えをくらう恐れもあったからだ。


 案の定、見張りの男がいた。


「けっ、頭の言ったとおりだ」

 ばぁばを見るや否や、男は『無詠唱』で炎のバレットを打ち込んできた。

 ばぁばは目前で結界魔法で防御。何事もなかったかのように男に迫る。

「ちっ、結界魔法使いか。厄介なばばぁめ」

 男はそう言い放ち、ばぁばと距離を置いた。

 路地裏の狭い中での戦闘に、男も少々やりづらく見えた。それを見逃さなかったばぁばは、相手の背後と目前に結界魔法でスクリーンを張る。

 男はそれに気づかずにもう一度炎のバレットをばぁばに繰り出そうとした。

「死ねっ!」

 放たれた炎のバレットは、敢え無く結界魔法に阻まれた。

「なっ!」

「おいたが過ぎるね」

 ばぁばが手を伸ばすと、男を挟むようにして張った結界魔法の中に炎の柱を出現させた。

 男の着ているローブに瞬く間に火が移る。

「どうだい、少し吐く気になったかい」

「ぎゃあああああああああああああ!」

「さっきの奴は突然襲ってきたから何の情報も得られなかったんでねぇ」

 燃え盛る炎の中にいる男もそうなのだが、ばぁばにしてみれば『猶予』を与えているつもりであった。

「早くしないとあんたも燃えちまうよ」

「ぐぞおおおおおおおお!」

 男が必死の形相で、抜いた剣を結界に叩きつけた。

「ふん、結界にほころびができちまったか。少しは見込みがあるってもんだね」

 何度も叩きつけるうちにひびが入り、思いっきり振りかぶって叩きつけたことで完全に破壊された。

 勢い余って男が一度前転するように転んでしまう。

 ばぁばが手を伸ばして水魔法を発動。バケツを引っくり返したような水が男と炎に被せられた。

 炎が消え、水煙が立ち込める。

 男がよろよろと立ちあがった。

「首謀者は誰だい」

「ハァッ、ハァッ、こっ、答える義務なんかねぇっ!」

「私はね、大切にしている人を傷つけられるのが一番嫌いでね。あんたたちはそれをやっちまったのさ。答えられないのであれば容赦はしないよ」

「くそ・・・こんなところで『力』を使うわけには・・・」

「吐いてしまいな。もう一度さっきのをやってもいいんだよ」

 ばぁばは再び男を挟むように結界魔法を施した。

 男はそれを感じ取ったのか、力なく膝から崩れ、座り込んでしまった。

「・・・くそ、アイツの話・・・違うじゃねぇか」

「ふん、どうやら上手く言いくるめられたようだね。どんな事情があったんだい」

「・・・どんな魔法でもものともしない強靭な体と、どんな魔法にも打ち勝つ魔法と魔力が手に入ると聞いて・・・俺は、そいつにすがった・・・」

「・・・」

「冒険者を続けてもにっちもさっちもいかず、借金も重ねた俺はどこにも頼る先もなかった。そんな時にそれを聞いた。もっと強くなれば受ける依頼も報酬もあがる。だから、俺は『あれ』に手を染めてしまった・・・」

「『あれ』・・・?それは何だっていうんだい?」

 ばぁばが男の次の言葉を聞こうとしたその時だった。

 男が急に腹を抱えて苦しみだしたのだ。

「ぐぅううううう・・・・・うが・・・ああああああ!」

「なんだい、どうした!」

 激痛のためか、仰向けに寝転がり足を地面に叩きつけてもがいている。

「だぁああああああああ!違う!違うんです!これはぁあ、これ、はがぁああっ!!」


 男の内腑が爆発するように飛び出て、男は動かなくなってしまった。

 ばぁばはすぐに男に駆け寄り回復魔法を施すが、時すでに遅く、男は事切れていた。

「何だっていうんだい・・・」


 後味の悪い結果に顔をゆがめつつも、1個目と同じように雷を降ろして破壊。

 紫の光線も消えてなくなった。


 男の死体はこのままにしないほうがいいだろう。

 男の前で目を瞑り、弔う。

 少し離れてから、男を炎に包ませた。勢いと燃焼温度を上げる。

 離れてその様子を見るばぁばにも高熱が伝わり、汗が流れ落ちた。


 やがて人型にも見えないほどの黒い跡だけが残った。


 ばぁばは忌避結界も消す。もう一度男の方を見やって、そして次の光線の場所へと向かうのだった。




「くたばれ!ばばぁめ!」

 男が手にする紙切れが地面に舞い落ちると、その紙きれを中心に魔法陣が地面に描かれ、黒い物体が浮かび上がってきた。

 グランドベアだ。


 今度の場所はちょっとした広場だった。広場全体に忌避結界がかかっていて、その広場の隅っこに魔道具と魔法陣が展開されていた。ばぁばが忌避結界内に入ると同時に男がどこからともなく現れ、その紙きれを取りだしたのだ。


 グランドベアは、ばぁばに向かって突進した。

 それを読んでいたばぁばは慌てることなくひらりとかわす。


(あの紙には魔法陣が描かれているようだね。魔力を流して発動準備状態にして、地面に落下と同時に展開・・・。グランドベアが現れたことを考えれば・・・転移魔法かね!しかし、あれはエルフの魔法技術の・・・。もう一度魔法陣を見れば、この王都にある転移魔法陣との相違が分かるね・・・)


 ばぁばはグランドベアに向かって雷の光を降りおろした。

 路地裏で放ったそれよりも威力は格段に大きく、地響きすら感じるほどだ。


 グランドベアは力なく倒れた。


「一体だけで私をどうにかしようなんて、甘く見られたもんだね。どんどん出したらどうだい」

 苦虫をつぶした顔で、男は紙きれを地面に叩きつけた。男はすぐにそこから引くと、もう一枚地面に紙きれを振った。


 魔法陣が展開された。

 ばぁばはその魔法陣をよくよくと観察する。


「・・・・・」


 思った通り、王都にある転移魔法陣とほぼ同じブロック構造と特徴的な文字配置だ。

 ばぁばですら、あの転移魔法陣を書き写そうとは思わない。それほど細かすぎて、芸術と言えるほど繊細なものだからだ。描かれた円陣がさらにブロックに区分けされ、その区分けされた円陣にさらに古代語のような文字や記号が敷き詰められている。その文字の配置や、その間隔にも意味があるというから驚きだ。

 あのマーリンですら真似事をやめたといわれる王都の転移魔法陣・・・。

 それを紙きれに書き写せられるとなれば、誰かが直接その技術をこの男に伝えているとしか思えない。


 だが教えられるとすれば、古くフィロデニア王都に縁のあった、エルフ族だけだ。


「・・・」

 再び現れたグランドベアの爪斬撃をかわしながら考える。

 アニーに伝えるべきか否か。

 アニーは転移魔法陣の詳細は知らないはずだ。おそらく知っているのは、エルフの中でもさらに長命な『ハイエルフ』と呼ばれる種族だ。そのハイエルフはエルフの国の中枢にいるはず。


 中枢に何かが起きたのか、それとも中枢にいる者に何かがあったのか・・・。


 突進をかわされたグランドベアが踵を返したところで、再び雷を降ろす。

 グランドベアは事切れ、地面へと倒れ込んだ。

 もう一体も同じ攻撃しかしてこないため、ばぁばはため息をつきながら同じく雷を降ろした。


「あんたね、グランドベアがなぜフィロデニア大森林で優位なのかがわかってないんだね」

「・・・」

「フォロデニア大森林という特殊な条件がない限り、こんな広い場所じゃあ、グランドベアの攻撃なんて避けるのは簡単すぎるよ。こんな巨躯でも、実は攻撃の種類を考えれば狭いところが得意っていうことさ」


 男は居直り、口元を緩ませた。

「さすが稀代の魔法士、ミルキーはただの兵士や騎士とは違うな。まぁ、こんなものは俺の趣味で集めたようなものだし、それに簡単に死なれちゃ楽しめない。ただし、このまま戦っていても埒もあかないようだしな・・・」

 男は紙きれを懐から幾重にも取りだした。

 それを見たばぁばが目を細める。

「ちょっとばかり時間を稼がせてもらうぜ」

 男が紙をばら撒くと、地面に紙が落ちたところから魔法陣がどんどん発動していく。


「じゃあな」

 そう言って、男は走り去ってしまった。

 残されたのはばぁばと、魔法陣から現れたいくつもの魔物、そして、魔物を倒したあとに破壊することになる魔道具と魔法陣・・・。


「仕方ないね。あいつとはきっとまた『挨拶』することになるだろうよ」




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