第30話 ばぁばの回復
ハンス孤児院を出たあと真っ直ぐ図書館へ向かう。
図書館に入ると、カウンターには以前と同じ女性が座っていた。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「はい。あ、先日初めて利用された方ですね」
「覚えていてくれたんですね」
「なるべくそうするように心がけているんです。それで、聞きたいこととは?」
話を促されたので、バッグからばぁばの紹介状を取りだし、女性に渡した。
「閲覧禁止にされている本を読みたいんです。それは紹介状です」
女性は頷く。
「封がされていますので、開けてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
女性は丁寧に封を開けて中身を読みはじめた。
「・・・・・ミルキー様の紹介状ですね。ミルキー様であれば紹介権限がありますので許可します」
さすがばぁばだ。どこにでも顔が利く。
「すぐご案内しますか?」
「お願いします」
「わかりました。少々お待ちください」
受付の女性は一旦奥の部屋に入ると、すぐにでてきた。
「ご案内します」
連れられたのは、鍵のかかった大きな扉を3回ほどくぐった先にある、広さでいえば30畳ほどの広さの部屋だった。もっと小さい部屋を想像していたのだが、思ったよりも広くて感心した。
扉が部屋の間取りの真ん中に位置していて、左右対象に棚が奥に向かって伸びている。
「おおよそ時間が経ったらまた来ますので、ご用命のある時はその時にお申し付けください」
「そうですか、わかりました。ちなみに、魔法関連の本はどのあたりになりますか」
「右手側の奥から3列すべてが魔法関連です」
うわぁ・・・。そんなにあると、探すだけで日が暮れてしまう・・・。
「あの・・・誠に申し訳ないのですが、一緒に探してもらえますか?」
「・・・」
ですよね。仕事しないといけないんですから。
やっぱりいいです、と言おうと思って口を開けたその時、女性がほほ笑んだ。
「えぇ、喜んで。仕事するより本に囲まれている方が好きですから」
ということで受付の女性にも手伝ってもらうことになった。
探す本は、魔法の種類や魔法陣の典型例などが掲載された本と、回復魔法について書かれた本だ。
受付の女性も、ここにどんな本があるのか読んだことがないのでわからないそうだ。
仕方なく1冊ずつ手に取って確認していくしかない。ましてや表紙に本のタイトルが記載されていないからなおさらだ。
1ページずつ捲っていても時間がかかってしまう。どんどんその速度を上げていくしかない。
だが、捲れば突然論文が始まるものもあって中々はかどらない。
「この本はいかがでしょう」
受付の女性が持ってきたのは、『魔法と魔法陣 その自由性の提唱』という本だった。
「魔法についてはよくわかりませんが、見たところ様々な魔法陣が掲載されています。ご所望の物に近いのではないかと」
ペラペラ捲ってみると、確かに魔法陣がいくつか掲載されている。説明のような文章も目立つ。
キープだな。
「ありがとうございます。それっぽいです」
「次は回復魔法ですね。このあたりにその関連かと思う本がいくつか並べられていたのですが・・・」
女性が指差したあたりの本を手に取ると、それは薬水について記された本だったのだが、回復魔法との関連や研究がなされたものだった。
実に興味深いが、今日のところは置いておく。
他にも手にとってみるが、指し示されたあたりにはこれといってなかった。
今日はこの魔法陣についての本を少しかじって終わりだろうか・・・。
そう思った時、女性が俺を呼んだ。
「すみません、これ、そうじゃないですか」
女性が手に持っている本を隣に行って覗き込む。
目次には・・・確かにこれかもしれない。そのほとんどが回復魔法に関する記載だ。
「これかもしれません。すごいですね。こんなにすぐに見つかるとは思いませんでした。さすがです」
「いえ、とんでもない。お役にたててうれしいです」
「それじゃあ少し読ませてもらいます。そうそう、確か魔道具による模写が可能と聞きましたが」
「可能です。ですが、この部屋の本の模写については身分証の提示が義務付けられています。自筆模写についても、模写の確認と身分証の提示が必要になります」
「そうですか・・・。わかりました。必要になればお願いします」
「はい。それではごゆっくりどうぞ」
アニーにばぁばの看病をお願いしている手前、早く帰らなければと気だけ焦ってしまう。
必要な情報だけ確認して帰るようにしよう。
まずは回復魔法の記述のある本だ。
目次には・・・まさにドンピシャだな。回復魔法の概論とか、回復魔法の限界とか、本当に知りたいことが載っている。
『 ・・・ 回復魔法は、他の魔法と同様に魔方円陣を利用したものや詠唱を利用し発動される。さらに、魔力を用いて発動することも然りだ。
ただし、決定的に違う点は以下のとおりとなる。
1 発動に必要な「想像力」が、他の魔法のそれに比べ極めて高いものでなくてはならない
2 発動者による『回復』に対する執念が極めて高くなければならない
3 体内魔力の循環適正、発動適正が高くなければならない
4 発動者は、以上3点を実装し、発動の際は魔法円陣ではなく詠唱発動できるほどの経験と実力を兼ね揃えなければならない
よって、この4点を総じて実践することで初めて回復魔法を会得していると言える。
なお、この4点は適切な訓練を行うことで実践可能となるため、特に国の魔法士隊においては積極的に臨むべきものと考えられる。しかし、この実践を「適切に指導する者」自体が不足しているため、事実上回復魔法を扱う者の絶対数が少ないことにつながっている。
さらに、回復魔法を扱える者が対人または対魔物戦の前線で戦うよりも、より多くの兵士や冒険者が回復魔法の恩恵にあずかることのできる「薬水」を作成する方が、実質の「利」に適っている。
ついては、回復魔法及びそれを扱える者というのは総じて、
1 貴重な人材となる
2 暗殺の対象となりやすい
3 国の庇護下に置かれる場合が多い
4 適正者同士の伝承的傾向の強い魔法となる
といえるのである。 ・・・ 』
発動させたからこそ分かる節がある。これを書いた人は回復魔法が使える人だったんだろう。
さて、次は・・・『回復魔法の限界』だ。ページを辿る。
『 ・・・ よって、どうしてもすべての病気やケガ、状態異常を回復魔法で根治しようとしてしまう。ところが、『回復』の限界は意外にも回復魔法を扱える者すら理解していないものが多い。
『回復魔法』は削がれた体力を戻し、意図的に削がれた欠損部位を間もなく戻すという名の『回復』であって、『治療』ではない。
治療とは、先天的に備わっていた病気を治すことをいい、病気とは先々から個人に備わっていた『悪しき個性』であるといえる。回復魔法はこの領域に関知しない。
また、老人に大量の回復魔法を施したとしても老人から若者に様変わりするわけでもない。
つまり、時間をかけて『個性化された先天的な病気・加齢』は回復魔法の『回復』対象外だといえる ・・・ 』
う~ん、なんか矛盾しているような、合っているような・・・。
まぁ、一応『限界』はあるし、先天的な病気も治療が不可能ということをここでははっきり語っている。
ということは、ばぁばに『フル・ケア』をかけても体力が戻らなかったということは・・・。
・・・ばぁば、何か病気があるってことか?
長生きしていればそれなりにガタは来るかもしれないけど、これまで自分のことをそれほど話してこなかった人だ、何かあるのかもしれないな。
これからはあまり無理をさせないようにしよう。
全部読んでいないから何とも言えないけど、どうしてこの本が不特定多数の目に触れることを恐れているのか・・・。
回復魔法は世に知られないようにした方がいい、という意図も感じるんだけど・・・。
でもこの記述を見る限り、回復魔法が使えるということは国の重要な戦力となりうるということであって、これだけ理論化されているものを全く知らない他国が見たらどうなるのか・・・。
いまはないのかもしれないけど、戦争状態になったらいるのといないとでは戦略戦術共に大きく影響する・・・んだろう。
この本を読んでいたら、無性にばぁばのことが気にかかってしまった。
アニーに任せきりではいけない。家に帰ろう。
本を元の位置に戻す。
魔法陣の本もやむなく戻す。また絶対来て読もう。
「ありがとうございました。今日はもう結構です」
受付のカウンターに戻り、女性に声をかけた。閲覧禁止本の部屋の鍵をはじめとする3つの扉の鍵は、帰る時のドアには簡単に開錠できる鍵が取り付けられていたので、すんなりと戻ってこれた。
「早かったですね。模写はされましたか」
「いえ、きょうのところはもう大丈夫です。部屋への鍵が開けっ放しになっているので、施錠をお願いします」
「わかりました。気を付けてお帰り下さい」
「ありがとう。それじゃ」
小走りに家に戻って、「ただいま」の挨拶をする。
ばぁばの寝室に入ると、アニーが変わらず座っていたのだが、ばぁばもベッドの上で上体を起こしていた。
「ばぁば!」
「ジンイチローかい。おかえり」
「おかえり、ジンイチロー」
「ただいま。アニーも今日はありがとう。助かったよ」
「いいのよ。ばぁばといっぱいお話出来たから」
「ばぁば・・・いつから起きていたの?」
ばぁばの顔色は吃驚するくらい良くなっていた。
「おかげさまで、お昼前には熱も下がって起きられたのさ」
「そっかぁ、よかった・・・」
俺は胸をなでおろす。アニーの隣にイスを持ってきて座った。
「アニーとはどんな話をしてたの?」
ばぁばはアニーを見ると、ふん、と鼻を鳴らして笑みを浮かべて見せた。
「内緒だよ。ジンイチローが知るような話ではないさ」
「そうよ、ジンイチロー。女には秘密が必要なの」
そ、そうですか・・・。ではそっとしておきますか・・・。
アニーが途端に真面目な顔で俺を見た。
「そんなことより、ポーションはどうだったの?」
「そうだよ、ジンイチロー。私もそれが聞きたかった」
「うん、大丈夫。ちゃんと中ポーションになっていたよ」
「そうかい、それはよかった」
ばぁばはニコニコと心底嬉しそうに言った。
親に褒められた子どもみたいな気分。
「大賢者が作ったからなのか、鑑定してもらったら幸せの御裾わけとかいう変な添え書きがあったけどね」
「見立てのとおり、大賢者仕様かもしれん。マーリンが作っても似たような効能はついていたよ」
「へ~・・・」
「何はともあれ、中ポーションが作れるということは、回復魔法の大小調整ができるようになったということだね」
「実感はないけど、そういうことかな」
「そうかい。そこまで出来れば他の魔法なんてたやすいものさ。回復魔法が一番難しいんだからねぇ」
俺はばぁばに話を切り出してみた。
「ばぁば、体調が戻って早速聞くのも悪いと思うんだけど・・・」
ばぁばは小さくうなずいて応えた。
「わかってるよ。魔道具のことだろう?私がどうやったのか聞きたいんだね」
「うん。そういうこと」
「話をする前に・・・アニー、悪いがお茶を一杯くれないかね」
「いいわ。ちょっと待っててね」
しばらくしてアニーがお茶を持ってくると、それを両手でもちながらばぁばが口を開いた。
「さて、それでは私がこの家の小道を出てからの話をしようかねぇ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回はばぁばの戦闘ですが、次回投稿が明後日にずれてしまうかもしれません。
よろしくお願いします。