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第29話 鑑定屋と孤児院と取り巻く噂と

 界隈をのんびりと歩き40分程経った頃だろうか、目的の鑑定屋に到着した。アニーの言ったとおり、5件隣は中央ギルドだ。もちろんギルドに用はないので立ち寄らない。


 鑑定屋のドアを開けると、小さなテーブルと背もたれのないイスが置かれていて、正面のカウンターには細身で茶髪の、齢は30代後半だろうか、ふてぶてしさを隠さない男が気だるそうに本を読んでいた。


「すみません、鑑定屋さんでよろしいですか?」

 本から目を離した男は、気だるそうな顔そのままに、俺に視線を移した。

 はっきりとした二重瞼が俺を見据える。思った以上に目力がある。

「あぁ、そうだよ。ケルナー鑑定事務所だ」

「よかった。鑑定してほしいものがあって・・・」

「りょーかい。鑑定してほしいものってのはなんだい?剣か?防具か?それともお宝かい?」

 カウンターまで歩み寄り、肩掛けバッグから中身を慎重に取りだし、カウンターに置いた。

「これです」

「・・・」

「あの・・・」

「これは薬水か?」

「多分、ポーションだと思うのですが」

 男は頭をボリボリかきむしる。

「薬水の鑑定依頼はたまにあるが、わかってて依頼する奴は初めてだな」

「すみません。わかってるような、わからないような・・・。とにかくはっきりさせたいんです」

「ふぅん・・・」

 男は俺をじっと見つめた。

 そして、途端に目を丸くさせて口をあんぐり開けてしまった。

「あの・・・どうかされたんですか」

「あんた・・・あの噂の大賢者か」

「噂・・・せっかくなんでどんな噂か聞いてもいいですか」

「くっ・・・ふふふっ!あははははっ!」

 男は急に笑い出すと、すっくと立ち上がり、カウンターを勢いよく飛び越えてきた。

 意外と高身長だ。

「いやいや、急に笑ってすまない。あらためて、俺はこの事務所の代表のケルナーだ。以後よろしく、大賢者さん」

 握手を求めてきたので俺も手を差し出し、固く握る。

「よろしく。わたしはジンイチローと言います」

「あぁ、知ってるよ。たった今『鑑定』したからな」

「え・・・あなたが鑑定するんですね!てっきり店番の方かと思いました」

「はは、会って早々辛辣だな」

「すみません。つい本音が」

「いいってことさ。ま、座ってくれ」

 勧められるまま、背もたれのないイスに腰掛ける。

「いや~、ちょうど暇で暇で仕方なかったんだ。あんたが来てくれてちょうどよかった」

「それはどうも」

「王都に大賢者が現れたって噂は数日前からこの辺りでもちきりになっていたんだ。てっきりどっかのオッサンかと思っていたんだが、こんなに若い奴とは思いもよらなかった。だからさっきはあんなに吹いちまったのさ」

「もしかして、噂は冒険者からですか」

「あぁ、確かに俺が初めて聞いたのは冒険者からだった。大賢者がギルドマスターと大喧嘩したってな」

 当たらずも遠からずだな。まぁ、噂なんてそんなものだろう。

「そういえば最近聞いた噂によると・・・」

「はい」

「イリア王女とできてるなんて聞いたぞ」

「ブホォアア!カッ!ゴホッ!おえっ」

 ど、どういうことだ!?なんでそんな身も蓋もない噂が!?

「王城の兵士が見たっていってたらしいな。イリア王女が大賢者に抱きついてたってな」

「・・・」

 あの時だ。公衆の面前でイリア王女が・・・。

 娯楽に縁遠い人たちにとって、こういう話は一つの楽しみなんだろうな。それにしても口が軽すぎるよ、兵士の皆さん・・・。

「その顔は、必ずしも間違いじゃないって感じだな」

 ケルナーさんがにたっと口元を歪ませる。

「頼みますから、ケルナーさんは確証めいたことを吹聴しないでください」

「ははっ!俺はこうみえても顧客の秘密は守る主義なんでな。あんたがここに来たのは正解だ」

「えぇ、助かります・・・」


 変な噂が先行していて困ってしまう。女好きみたいに思われてはいないけど、あんまりアニーには知られたくない噂だな・・・。

 って、どうしてアニーに知られたくないなんて思うんだろ・・・。


「おっと、四方山の話はこれぐらいにして。大賢者の依頼をこなすか」

「すみませんが、よろしくお願いします」

「これが俺の仕事だから構わねぇさ。そうそう、『鑑定』は前払いなんだ。1回の鑑定で銀貨3枚だ」

「あ、はい。金貨しかないんですが・・・」

「つりならあるぜ・・・はい、どうも、確かに。ちょいとお待ちを」

 俺が金貨を渡すと、ケルナーさんはカウンター越しに、さっきまで腰を下ろしていた辺りの陰に隠してあった箱の中から釣銭を用意してくれた。

「つりの銀貨7枚だ」

「・・・ありがとうございます」

 銀貨3枚の支払いに対し金貨1枚を渡したところ、釣銭として銀貨7枚が返ってきた。

 つまり、銀貨10枚が金貨1枚の計算になる。

 一つ勉強になった。


 ケルナーさんはカウンターに置かれたポーションを、俺の前に運んだ。

「これの鑑定だな。では始めるぞ」

「はい」

 ケルナーさんは、さっき俺に向けた目と同じようにポーションにもその眼光を向けた。

「・・・・・ん、わかった」

「どうですか」

「ちょっと待ってろ。証明書に書くから、そのあとに説明するわ」

「あ、はい・・・」

 古ぼけた茶色い紙に、ケルナーさんはポーションを見ながら何やら色々と書き込んでいる、


「よし、書けた。まずは鑑定結果だ。この薬水は・・・」

「・・・」

「中ポーションだ」


 ―――よしっ!!


「お、嬉しそうだな」

「はい!どんぴしゃです!成功してよかったぁ~」

 ふぅっ、と肩を撫でおろす。

 初めてのポーション作りで意図したものが出来た。それに、『回復魔法(小)』もかけられたし、コントロールが出来つつある証拠でもある。

「ただな、この添え書きなんだけどな」

「ん?」

「『大賢者ジンイチローの処女作 持ち合わせた者には幸せの御裾わけがある』とある。ただの中ポーションならそれ以上のことは出ないんだが、この中ポーションは鑑定の結果、そういう説明がくっついていた。あんた、一体何をしたんだ?」

 俺は手を振って必死に抗議した。

「普通にポーションを作っただけですよ。特段何もしてないですよ」

「そうだとしても結果的にそういう鑑定が出たんだ。鑑定証明書をつければ通常価格よりは高く売れるだろうさ」

 中ポーションができたことも嬉しいが、若干高く売れるのなら孤児院の運営の足しに貢献できるだろう。


 鑑定後、ケルナーさんはお茶を出してくれた。いろいろ話をする中で、ケルナーさんの『鑑定スキル』について話が及んだ。

「この鑑定屋は10年位前からやっているんだ。それまで店を出す前の俺は『鑑定スキル』なんて持っていなかったんだ」

「え?そのスキルは生まれつきのものじゃないんですか?」

「あぁ。ちょっとしんみりする話になっちまうが、このスキルは親父が死ぬ直前に親父から『譲り受けた』ものなんだ」

「スキルを『譲り受ける』?」

「不思議な話だろ?俺もそれまでは全く知らなかった。この鑑定スキルだけはそうやって伝わっているものらしくてな。鑑定スキル持ちがこの世にそんなにいない理由はそういうことなんだとさ」

「へ~・・・」

「だからこそ、俺はこうしてのんびり鑑定業ができるってわけだ」

「あははっ。競合相手がいないですからね」

「そういうことだ。王都には俺を含めて3人の鑑定スキル持ちがいて、もう一店舗、鑑定業をやっているところがある。だが、あと一人は誰だか全く知らないがな」

 この後も、ケルナーさんの身の周りの話とか女事情とか色々聞かされた。本当にいい暇つぶしになっているようだ。

 それに、若い奴を連れて行けば喜ばれるからと、大人な飲み屋さんへいつか一緒に行くぞと強引に約束させられた。

 一瞬、機嫌を悪くするアニーの姿が脳裏によぎる。

 脳内アニーさん、強引に誘われたから仕方ないんですよ、これは。



「今日はどうもありがとうございました」

「いいってことよ。何か鑑定してほしいものがあればまた来てくれよ」

「はい。それでは」

「飲み屋の件、忘れるなよ~」



 以前もらった地図を参考に、ケルナー鑑定事務所からハンス孤児院へ歩いて行った。

 しばらくして孤児院へ着くと、この前と変わらず子どもたちの元気な声が聞こえてきた。

「こんにちは~」

 ちょうど玄関近くにいた子どもと目が合った。

「こんにちは。シアさんはいるかな」

「あっ!かっこいい兄ちゃん!シア姉ちゃん!かっこいい兄ちゃんが来たよ!」

 すると、奥の方からズドドドドドドと地響きが聞こえてきた。

 次々と顔を出す子どもたちが口々に「兄ちゃん」と連呼する。キラキラした笑顔がいっぱいだ。

 やがてシアさんも顔を出した。

「シアさん、お久しぶりです」

「ジンイチローさん。お久しぶりです」

「またポーションを持ってきましたよ」

「いつもありがとうございます。どうぞ中へ」

「いいんですか?」

「もちろんです。ジンイチローさんなら大歓迎です!」

 すると、子どもたちがくすくす笑い出した。

「大歓迎だって。クスクス」

「シアお姉ちゃん、あれからずっとソワソワしてたもんな」

「最近、毎日勝負服だもんな」

「ばかね、服だけじゃなくて下着も勝負決めてるのよ」

 シアさんがワナワナ震えはじめて・・・


「こぉおらぁあーーーーー!!!!」

「「「 キャーーーーーー!! 」」」


 あはは、元気いっぱいだな。

「あ、あの、勝負下着は違いますからね」

「・・・服は?」

「・・・」

 あれ?顔が真っ赤に・・・。



 この前と同じ部屋でシアさんとお茶を楽しみ、世間話に花を咲かせた。

 そして、この前と同じように子ども達がやってきてはシアさんに怒られる、を繰り返す。

 ここにいると本当飽きないな。


 そして、忘れてはいけないポーションの受け渡しだ。

「実は、今回のポーションは俺が作ったんです」

「ジンイチローさんが?」

「はい。ミルキーさんが体調不良で休養中で、代わりに俺が作ったんです」

「もしかして・・・この前の・・・」

「この前のって・・・まさか、シアさんはミルキーさんが戦っていたのを見たんですか?」

「えぇ。ものすごい魔法の応酬でした。灰色のローブを纏った男が街中めがけて炎の魔法を方々に放つその間際に、ミルキー様が方々へ次々とその炎の魔法が当たらないように防御の魔法を発動するという・・・何と言いますか、戦争を目の当たりにしているようでした」

 なにそれ、かっこいい。ばぁばすごい。

 しかし、それだけの戦闘をずっと続けてきたのだから、疲労もそれなりだったんだろう・・・。

「そうだったんですね。シアさんはケガはされませんでしたか」

「えぇ、私も子ども達も無事でした。ジンイチローさんも大事ありませんでしたか?」

「あぁ、まぁ、俺も大丈夫でしたよ」

「・・・」

 窺うような視線が痛い・・・。

「と、ということで、ミルキーさんの代わりに作ったということです。なので、今回のポーションにはケルナー鑑定事務所の証明書が付いています。お売りになる際には添付してください」

「わかりました。この証明書を―――え?」

「どうかしましたか?」

「・・・『大賢者ジンイチローの処女作』って・・・」

「あ・・・」

 しまった・・・。シアさんには秘密にしておこうかと思っていたのに、すっかりそこに俺の名前と『大賢者』についての記述があるのを忘れていた!


「ジンイチローさん・・・やはり噂は本当だったんですね・・・」

「う、噂というのは・・・」

 まさか、イリア王女との・・・!

「王城に次々に降り立つ魔物にたった一人で臨み、一撃で倒したという『大賢者』がいると・・・」

 そっち!そう、そっちがいいです!

「バレてしまっては仕方ありません。確かに私は『大賢者』です。王城では確かにそのように魔物と対峙しました」

「そうだったんですね。よもやと思っていたんです。ミルキー様がああやって戦っているのを目の当たりにしたあとのその噂。ジンイチローさんは無事なのかと心配でならなかったんです。今日来て下さらなければ、明日ミルキー様のお家へ伺おうかと思っていたんです」

「心配かけてすみません。でも、この通り俺は大丈夫です」

「でも、もう一つ・・・」

「はい?」

「イリア王女と婚約したって噂が・・・」

「ブフォオアア!」

 噂が飛躍しすぎている!これは全否定!

「シアさん、それはまったくのデタラメです(キリッ)。確かにイリア王女から魔物を退けはしましたが、王女と俺では身分が違いすぎます(キリッ)。俺が婚約なんてするはずありません(キラーン)」


 いつになく演技がハマったな。

 ほら、シアさんも信じてくれたようで、破顔して俺の手を握ってくれた。あれ、泣いてる?


「ですよね!ですよね!心配で心配で夜も眠れなかったんです!よかったぁ~・・・」

 うん、誤解が解けてよかった!不埒な噂は根絶しないといけないですね。

「王女と俺が婚約するはずありません。もしまたそんな噂を耳にしたら、俺自身がそう言っていたと噂を断ってください」

「そうですね。不穏な者は全て切り落とします!」

「あっ?・・・え、えぇ。お願いしますね」


 ということでポーションは無事受け渡し終了。

 子どもたちからはシアさんの赤目について色々ツッコまれたけど、嬉しいことがあったからちょこっと泣いちゃったんだと、シアさんはみんなに説明していた。


 もう少しゆっくりしていけばいいのに、と後ろ髪引かれるようなお言葉をシアさんからいただいたが、図書館に行って調べ物をしなければいけないと話し、再来を約束した後、手を振って孤児院を後にした。





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