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第21話 イリアの苦悩

 謁見の間を出てからは、アルマン王が居室へと案内してくれた。メルウェルさん含む数名の騎士団員が、後ろを固めた。

「ジンイチロー殿、この部屋だ」

 アルマン王がドアをノックする。返事を聞かぬ間に入室する王。

「イリアよ。大賢者殿をお連れしたぞ。さ、入られよ」

 会って間もなく自分の居室に入らせるなんて、普通なら考えられないことなんだけどな。今さらそんなこと考えても仕方ないので、促されるまま入室した。


 中に入ると、大きな窓の横に立つ女性がいた。この人がイリア王女か・・・。

 青と白を基調としたドレスは柔らかなふんわりとした印象を与えるが、肩と肩甲骨が露わとなり腰のくびれも相成って、体の細さを際立たせている。その肩甲骨あたりまで真っ直ぐ伸びた髪は、一見すれば黒色に見えるが、よくよく見ると深い藍色だ。鼻筋の通った顔立ちは誰しもが見惚れるほどの美しさで、スタイルの良さは口元に浮かべる笑みと重なり、より一層高貴な雰囲気を醸し出していた。


 イリア王女が物腰静かに俺の目の前までやってきた。

「初めまして。わたくし、フィロデニア王国アルマン・ダグノーが娘、第三王女のイリアと申します」

「私はジンイチロー・ミタと申します。礼をわきまえないふつつか者です。先じてお詫びいたします」

「いえ、よいのです。わたくしのことは『イリア』とお呼びください」

「わかりました、イリアさん。それでは私のこともジンイチローと」

「はい、ジンイチローさん」


 ドアを閉めたアルマン王が、部屋の中央にあるソファへと歩き、座る。

「二人とも、座って話そう」

 アルマン王と俺が対面になり、イリアさんが王の隣に座った。

「さて、ジンイチロー殿。あらためてわが国へようこそ。この国で居を構えて暮らすと聞き及び、本当に嬉しく思う。感謝する」

「いや、そんな大したことではありません。家無し金無しで困っていたところをばぁばに拾われただけです」

「ほぅ、大賢者であれば金策など如何様にもできると思うが」

「ははは・・・。ちょっとした事情でどうにも・・・」

「お父様、人には各々理由というものがあります。失礼ではありませんか」

「いやははは。すまぬな」

「ジンイチローさん、ごめんなさい」

「いいんです。王の言う通りなんですから」

 ううむ、俺のスカスカスキルについていつ暴露しようか・・・。

「いやはや、てっきりギルドで討伐依頼を片付けているものと思ってな。メルウェルからの報告を聞いた時はたまげたものだ」

 メルウェルさんからの報告・・・あぁ!

「フォレストホーンラビットの件ですか」

「えぇ!話を聞いただけで胸が踊りました!だって、たった一人で16体ものフォレストホーンラビットを!本当に素敵です!」

 イリアさんは前のめりに拳を握り瞳を輝かせた。イリアさんが面会を所望したのはそれが理由かな?

「あれはまぐれですよ」

「あれはまぐれで倒せるような魔物ではありません!実力がない訳がありません!」

 フンス!と鼻息を吹き出す勢いだ。美人が台無しですよ・・・。

「一人で16体、確かに実力だ。して、どのような魔法を用いたのだ?詠唱時間を与えぬ程のスピードを持つと云われるフォレストホーンラビットを仕留めた魔法、詳しく聞きたくてな。メルウェルは倒した報告はしたのだが、どのように倒したのかまでは報告せんかった」

「そうなのです、お父様。わたくしもそこが知りたかったのです!」

 あれ?メルウェルさんには話していなかったっだろうか?

 もしかしたら、腰の武器をみて『剣で片付けた』と思い、俺のことを『剣士』と言ったのかもしれない。

 でもどうして大事なことを報告しなかったのだろうか。

 あとでそれとなく聞いてみることにしよう。

 いずれにしても、この人たちには本当のことを言わなくては。

「期待にそぐわない方法で倒したのですが・・・」

「ジンイチローさん、ぜひ聞かせてください!そしてその魔法をわたくしにもご指導ください!」

「うむ、私からもお願いしたい。実はな、イリアさんの個別魔法指導をミルキー先生に先日依頼したのだが断られてしまってな。以前から別の者が指導にあたっていたのだが、イリアは未だに魔法が使えんのだ。最後の頼みの綱がミルキー先生だったのだが・・・」

 イリアさんが途端に萎んだ。

 なるほど・・・ばぁばが断った詫びと言っていたのは、魔法指導を断ったからなのか。

「ですので、ぜひ聞かせてください。そして・・・そして、お願いします。わたくしの、魔法指導をしていただけると・・・」

「う~ん・・・」

 イリアさんは俺の顔色を怯えたように覗う。

 どうしてそこまで魔法に拘るのかはわからないけどなぁ・・・。

「私の討伐の話を聞いてから、指導を受けたいかどうかの判断をしていただけますか」

「は、はい!」


「私は確かに、フォレストホーンラビットともうひとつ、紫色のフォレストホーンラビットを倒しました」

「それは・・・もしやパープルホーンラビットのことか!?なんと・・・」

 アルマン王は目を丸くしていたが、気にせず続けた。

「ですが、この魔物を倒した方法は、魔法ではありません」

「「 えっ!? 」」

「すべて、剣で切りました」

「「・・・・・」」

 二人とも開いた口がふさがらず、ぽかんとしている。

 そりゃそうですよね。大賢者が魔法使わずに何やってるんだかって感じです。

 さて、ここで俺は爆弾を放り込むことにした。


「実は私、魔法が使えないのです」


「「 えっ!? 」」

「ということで大変申し訳ございませんが、イリアさんの魔法指導は、出来ません」

「・・・・・」

 イリアさんが落胆の色を面に、俺を見つめる。

「ジンイチロー殿、それは真か」

「えぇ。嘘偽りなく」

「そうか・・・」

「イリアさん、本当にすみません」

 笑顔を取り繕い、気丈に振舞おうとしているのがよくわかる。彼女にとって俺は、最後の、本当の最後の頼みの綱だったのだろう。

「いえ、よいのです。わたくしの努力が至らなかった結果が招いたことです。ジンイチローさんが気に病む必要はありません」

「だがジンイチロー殿、なぜ貴殿は魔法が使えんのだ?」

 ごもっともな質問です。

「まぁ、これにはかくかくしかじかな理由があるのですが、マーリンさんも少なからず関係していることでして。私の魔法スキルは一部、『鍵』がかかっているんです」

「ほぉう、『鍵』とな?」

「えぇ。当初はそれでのんびり過ごすつもりでいたのですが・・・」


 そう、当初はそう思っていたけど、周りの『大賢者』に対する期待を目の当たりにしてしまった。一時は逃げようとも思ったけど、ばぁばと出会い、自分の歩むべき道を考えた。

 でも歩むべきその道は、魔法を覚える過程を経ることで進めるかもしれない・・・それをばぁばやアニーの話を聞いて感じたんだ。

 だから今は魔法を覚えて・・・かけられた『鍵』を少しでも開錠して、これからを歩もうとしている。


「幸いにも『鍵』は、頑張れば開錠できます。色々やっていくうちにそうなる、とマーリンさんからは言われていますし」

「そうか、マーリン様がそういうならば確かなのだろう。だが・・・」

「だが?」

「・・・貴殿が魔法を使えないという話は、ここだけにしてはもらえんか」

「といいますと?」

「貴殿が偽物と思われると厄介なのだ。そもそも『大賢者といえばマーリン様』が常識。新たに大賢者が登場したと言っても、「素性が知れぬ若造が大賢者であるなどと」と、貴殿が大賢者であるということに疑念を抱く者が現れても不思議ではない。現に、このたびの歓迎パーティーも反対する者がいた。それにこの王城内、実は今、少々きな臭くなっていてな。少しのさざ波を荒波に変えようとする不届き者が忍び込んでいるのだ。色々な厄介な者はいるが、その中でもごく一部に過激な者も潜んでいる・・・と私はみている」

 どの世界にもいるんだな、そういう裏切り者が。突如現れた大賢者の訪問を機に、波風を立てようとする者がいてもおかしくはない。

「そうとはいえ内部のことは内部で解決する故、貴殿は『大賢者』を振る舞いさえすればよい。だから安心されよ。おかしな者がいるといっても、ほとんどが貴殿を歓迎しているからな」



 歓談している最中、王は別の予定があるとのことで、迎えに来た人と共に退室した。

 居室にはイリアさんと二人きりになった。

 それを見計らってイリアさんが立ち上がり、俺の隣に座った。

「ジンイチローさん、わたくしと一緒だったのですね」

「・・・魔法が使えないことですか」

「えぇ」

 そう、俺が魔法が使えないと知ったときは確かに落胆していたけれど、徐々に表情が和らいできていたことはわかっていた。それにしても・・・

「なぜそうまでして魔法に拘るのですか?」

「・・・」

「別に無理に聞きたいわけではありません。ただ、真剣にお考えのようでしたので」

「いえ、お話しします。ですが実にくだらない理由です。幻滅されてしまうかもしれません」

「そんなことはありません。他者からみればそうであっても、当の本人からすれば人生をかけるほどの理由であるものです」

 そう話した途端に、イリアさんの頬を大粒の涙が伝って落ちていった。それでも彼女は確かな口調で話してくれた。

「剥きになっていたのです。あんな人と結婚なんかしたくないって。いくら国のため・・・お父様のためとはいえ、あんな人とは・・・」

「・・・差し出がましいようですが、『あんな人』とは?」

「モサロ・ハピロン伯爵です」

 もちろん誰かはわからない。でも『伯爵』というからには高位の貴族であるのだろう。

「ハピロン伯爵はこの王国内においてはかなりの有力者で、その影響力は王都の施政にまで及んでいます。謀反を起こすわけでもないですし、彼が治める領民の満足度も高いと言われています。ですが影響力が強いばかりに、王国の施政者側にも彼に肩を持つ者が現れはじめました」

「影響力・・・それは金銭的なものですか」

「その通りです。彼はあらゆる商業を把握し、手に余る資金をもってあらゆるものを傘下に入れました。そしてさらに手に入れお金を、王国のためとして国庫に譲渡しはじめたのです」

 普通なら国にとって『いい奴』だ。稼いだ金を国の為に渡しているのなら、国は潤う。しかし、問題は・・・。

「国だけに渡しているわけではなさそうですね」

 イリアさんは首肯した。

「彼に与すれば無条件で『様々な運営資金』が手に入ります。この国は、徐々に彼に侵食されているのです」

「そして、出てきた話が、あなたとの結婚・・・」

「・・・はい。わたくしに対して、彼は猛烈に迫ってきました。わたくしはそれをあしらい続けてきましたが、いよいよそれも利かぬところとなりました。彼は、国庫への資金譲渡の停止を宣言し、与する者への資金譲渡も停止するとぶち上げたのです」

「そうなれば、周囲からの圧力が・・・」

「それはもう・・・。お父様は苦慮されました。わたくしがあの人との結婚をかたくなに拒んでいることはお父様も承知していました。いつ何時もお父様はわたくしの側に立って擁護してくださいましたが、与する者たちは重鎮ばかり。その者達の圧力に、お父様も折れるほかありませんでした」

 ハピロン伯爵・・・それほどまでに王女との結婚を望んでいるのか。

 だがそれもうなずける。今までは金で影響力を及ぼしていたところにあわせ、王女との結婚を果たせば、より王家との距離が縮まることになる。やがては自分の思い通りの王を誕生させることも近い将来可能となるだろう。それはつまり、王国の掌握だ。

 さらに、この美しい女性を娶りたい、と強く想っていることも事実だろう・・・。

「周りを固められたわたくしは覚悟を決めました。しかし、結婚の受諾を伝えようとしたその矢先、彼は断ってもいい条件を提示してきました」

「まさか、それが・・・」

「えぇ。わたくしに『魔法』が使えたら、結婚の話を反故にしてもよい、と」

「なぜ突然、そのような提案が?」

「受諾を伝えようとした前日のことです。わたくしが魔法発動の練習を城内練習場でしていたところに彼が現れました。彼は言いました。『何度練習しても無駄ですよ』と。ですがその態度といったら!彼はほくそ笑みながら言ったのです。そのとき、わたくしの中の何かが切れる音がしました。何を言ったか思い出せませんが、生きてきた中で最高の罵言を彼に浴びせたと思います。彼も顔を真っ赤にして怒り狂いました。そして言い合ううちに、彼はわたくしが魔法を使えるようになれば、結婚を反故にする。そのかわり期日までにできなければ・・・その・・・その日のうちに・・・と・・・。多くの者たちを率いての練習場への来場であったため、彼は言い訳はできません。もちろん、それはわたくしにも言えることですが・・・」

 ん~、伯爵の言動に呆れてものが言えない。

 でもこれでイリアさんの魔法に対する拘りは理解できた。何とかしたいって思うのも当然だ。

「イリアさんは、幼いころから魔法が使えないのですか?」

「はい。魔力はあるのですが、一向に発動しないのです」

 それでばぁばに最後の頼みの綱として依頼し、断られた。失望の中現れたのが『大賢者ジンイチロー』だったというわけか。でも、協力したい気持ちはあるけど、俺も魔法が使えない。

 イリアさんはそんな俺の気持ちを汲んでか、にっこり笑った。

「わたくしはその日までがんばります。大賢者であるジンイチローさんすら魔法が使えないのです。それでもジンイチローさんはがんばろうとしている・・・。ふふ、わたくしも『大賢者』も同じ立場だと思うと、なんだか勇気が湧いてきました」


 優しい笑顔をみせる彼女の瞳の奥に不安が視えた。


 話を聞くだけしかできない自分を、心底殴りたくなった。



いつもお読みいただきありがとうございます

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