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第100話 とある王都の一幕

 

 王城のとある部屋―――――


 警備局長のノランは疲れ切った顔でイスの背もたれに上体を預け、口をあんぐりと開けて天井を見つめていた。


 かれこれ5時間ほどぶっ続けの『面接』は気力も体力も彼から根こそぎ削いでしまった。


 元をたどればアルマン王の一言からはじまり、結果的に彼の仕事として圧し掛かっている。

 『兵士登用申込書』なるものだけでは真に欲する人材の登用は出来まいと、一念発起して始めたのがこの『面接』。


 最初はよかった。

 どうにも登用できない人材の振るいだしができると意気揚々と臨んだものの、とても登用するに至らない人間が多いことが時間を追うごとに明らかになり、心身共に疲弊していった。



 あれは何番目だったろうか――――


 ある者は子どもだった。

「メルウェルとかいうやつだって成人前に近衛騎士団に入れたんだろ?俺も10歳だから入れてくれよ」

「剣術の心得は?」

「あぁ、あるぜ!」

「ほぅ、それはどれほどのものだ?」

「市場で野菜をかっさらうときに店の親父からボコボコにされるから、毎日修行してるようなもんだぜ」

「・・・両親は?」

「いないよ」

「住まいは?」

「家と家のすき間で寝ている」


 ・・・落選・・・あぁいやいや、ハンス孤児院へ送致。紹介状をしたためよう―――――



 ある者は老人だった。

「なんとか・・・なんとかこの老人にも王の恵みをおねげぇしますだぁ・・・」

「まぁまぁ。えっと・・・歳はいくつだ?」

「いくつじゃったかのぉ・・・去年までは83歳と言っていたが85歳かもしれんなぁ・・・」

「・・・若い時の仕事は何をしていた?」

「はて・・・なんじゃったかのぉ・・・」

「家族はいるのか?」

「いたにはいたが、みんな出て行ってしもうた」

「どうして?」

「嫁さんは()()()儂のことを好いてくれていたが、()()()()()は違ったなぁ。好色爺とかいって気持ち悪がられて、今はみんなバラバラじゃ・・・」

「・・・そのぉ・・・妻にあたる人物は何人いたのだね?」

「6人じゃ。みんなかわいくてのぉ。放っておけんかった」

「はぁ・・・」

「だがみんな病気で先に逝ってしまった。ほんとに寂しくてな・・・」

「食うための金はあるのか?」

「まったくないの・・・」

「さてあらためて聞くが、軍職勤めの経験はないのだな?」

「頼む!食うための金がないんじゃ!ほれ、このとおり剣もこうやって振るっヴェ―――ウギャアアア!」


 医務長ぉおおお!!!!じいさんの腰が!!!泡吹いて倒れたぞ!!!



 ある者は妖艶な女性だった。

「軍職の経験は・・・なさそうだな」

「あら。でも兵士の皆さんとはご一緒させていただいたことがるのよ」

「ほぅ、それはどんな?」

「一緒にお酒飲んで、一緒にバカ騒ぎして、それからその軍人さんの家に行くの」

「・・・で?」

「んもう!女の口からそれを言わせるの!?はっ、あなた、もしかして責める側なのかしら・・・ふふ!だったら私と合うかも・・・ふふふ♪」

「ゴホンゴホン!えぇ・・・では落選ということで、家に帰りたまえ」

「嫌よ!!お願いよ!!お店を追い出されていくところがないのよ!!私どうしたらいいかわかんなくてすがる思いでこれに応募したのよ!!フィロデニアバンザイ!!」

「とはいっても・・・兵士として登用するからなぁ・・・」

「お願いします!!なんでもします!!ここに置かせてください!!さっきはフザけた真似して本当に申し訳ございません!!」

「本当に何でもするのか?」

「はいっ!!何でもしますっ!!」


 ―――兵士食堂の調理員不足の報告が度々上がっていたのを思い出し、すぐに内務大臣に確認。一人ならいいということで、早速調理員として働いてもらうことに。あぁ、土下座までしなくていい。いや、結婚とかいいから。いや、ほんとに。



「はぁ・・・」

 数々の対応を思い出してはため息しか出てこない。

 必要な人材を欲しても、これといった人物を見つけるのは容易ではない―――

 ノランは痛くそう感じた。


 すると、ドアをノックする音が響いた。


「あぁ、もう休憩の時間が過ぎたか・・・」

 ノランは上体を起こし、カップの水を一飲みすると立ち上がった。

「どうぞ」

「失礼します」

 ノランは入室した男を見てピンときた。


 この男は使えそうだ・・・しかし問題は()()()()()()()()、ということだけか―――


「座ってくれ」

 ノランがそう言って座ると、男も合わせてイスに腰掛けた。

「名前は?」

「グレースだ」

「うん。では身分証の提示を」

「あぁ、ここに・・・」

 グレースと呼ばれた男はポケットに入れていた身分証をノランに差し出す。

 ノランはそれを手に取った。


 確かに、グレースと名が刻まれている。申請書と同一人物と確認したところで、職業欄に目が留まった。


「職業が・・・農夫とあるが・・・」

「あぁ、どうにも天候不良が続いてな。農夫としての家業は捨てて王都に来てみたんだ」

「この兵士募集がなくとも当てはあったのか?」

「ないな。だからギルドにでも登録すればいいかと思ってきてみたんだ」

「ふぅん・・・」


 マーリン水晶による身分保証があるから、確かに『殺人』や『盗賊』の類ではないのだろう―――


 しかしそう思うノランであったが、このグレースという男からはもっと違う匂いを感じていた。

 それは、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた独特の余裕と空気・・・。

 曇りのない瞳と真っ直ぐにノランを捉えるその眼差しからも、何時間も登用できない人間と面接を通して見たものとは格段の違いがあった。


「本当に、『元農夫』なんだな?」

「あぁ。そこにそう記されているはずだが」

「正直に言う。お前からは兵士と同じ・・・いや、もっとすごい修羅場を越えてきた空気を感じる。もちろん水晶を使っての身分保証があるから疑うわけではないが、他の人間の面接をしてきて、そのもの達とは明らかに違うものを感じた。登用は保証するから、何をしていたのかを話してくれないか」


 グレースはノランをじっと見つめたあと、軽く口元を緩めた。


「いいのか?俺みたいなやつの言うことを信用しても。話してもいいが・・・あとでやっぱりやめますなんてことはやめてくれよ。結構真剣に食い扶持を探してるんだからな」

「俺が保証するんだ。誰にも文句は言わせん」


 グレースは『それなら』と小さくつぶやき、浅く座っていたイスに深く座り直し、ノランを見た。


「俺はこのフィロデニアのずっと北にある教国から来た」

「教国?」

「まだまだ新興の国だからな。国としての体裁を整える前からそこで働いていた」

「ずっと北というが・・・ノーザン帝国のあたりか」

「そうだ。ノーザンとは隣国に当たる」

「聞いたことがない・・・」

「だから言っただろう?新興の国だってな。興味があるならくだりはまたあとで話してやってもいいぜ。いずれあんたたちも知らざるを得ない状況になるだろうからな。手遅れになる前に知っておいてもいいかもしれない」

「・・・分かった。それはまた別の機会に聞くとしよう」

「それで・・・そうそう、前の仕事のことだったな。俺はそこで魔法やら剣術を指導していた」

「なるほど、教師か」

「いや、そんな学院みたいなもんじゃない」

「じゃあなんだ?」

「・・・簡単に言えば、人殺しと戦争ができる人間を養成する、そんな立場だった」

「・・・なんだと」

「ふふ、だから『やっぱりやめた』なんて言わないでくれっていったじゃないか」


 グレースは大きく手を広げて『やれやれ』と肩を落とした。


「ではグレースよ、聞くがなぜお前はその職を離れたのだ?」


 ノランの言葉に、グレースは眉をひそめた。


「とにかく離れたかった。あんないい奴らを『実験台』にして人殺しに駆り立てさせるなんて、俺にはもう耐えられなかった」

「実験台?」

「あぁ。あんたらも知ってるだろう?『魔人石』ってやつを」

「なっ!!おい、それは!!」

「あぁ、知っているなら話は早いな。訓練して一人前に育った奴らをその生贄にされちまうんだ。素力があるやつらは生き残るが、そうでない奴はただの魔物に変貌してしまう。目の前でそれをされてみろ、誰だって神経がおかしくなるのはわかるだろ?」

「うむ・・・」

「まぁ、唯一それをしなかった奴も少なからずいた。一番印象に残っているのは・・・どこぞやの奴隷の女だったな。金で訓練させると聞いたときはかわいそうな奴だと思ったが・・・。まぁそれはいいか。とにかく、俺はもうその職から離れたかった。教国として成ったあたりに、俺は離職してその地から離れようと決意して、依願した。そしてその晩、寝込みを襲われた」

「なるほど。そしてそいつらは・・・」

「無論叩きのめした。殺しちゃいないぜ、そのときは大事な教え子だと思ったからな」

「お・・・教え子が襲ってきたのか!?」

「あぁ。魔人石を埋め込まれて洗脳されちまったが同じ飯を食った大事な奴らだった」

「むぅ・・・」

「そして俺はそのまま国を飛び出して逃避行。フィロデニアの領内に入ってまだ日は浅いが、その間にも何度か襲撃を受けた。よほど情報を漏らしたくないんだろうな」


 ノランはため息をついて腕を組んだ。


「いいのか?兵士になればそいつらと剣で突きあうことになるかもしれんぞ」

「構わない。ここに応募したときから覚悟した。それに責任も感じている。俺があいつらを()()()()()ことも必要だってな」

「そうか・・・。ということはハピロンの・・・。最後に聞くが『灰色ローブの男』とはその教国のまわしものということでいいのか?」


 グレースは大きくうなずいた。


「そう思ってもらっていい。この国は運が良かったな。この王城も襲われたらしいが甘言にほだされる前に『灰色ローブ』が事件の真犯人だとわかったからな。よく魔物の襲撃から守れたもんだ。ここの兵士は相当訓練を積んでいるんだな」

「いや、そうではない。大賢者がいなければ王城にいる者すべてが喰われていただろう」

「大賢者?あぁ、マーリンとかいう・・・」

「いや、そうではないが・・・彼はたった一人で何十体もの魔物を迎撃した。もしやするとそろそろこの城に王を尋ねてくるやもしれんがね」

「ふーん、なるほど・・・ジュノアールってやつか?」


 ノランは怪訝そうに首を傾げた。


「じゅの・・・なんだそれは?」

「ふふ、いや、いいんだ。気にしないでくれ」


 ノランはグレースから目を離して机の上の資料にサラサラと署名をした。


「うん、これでいい。これでお前は我がフィロデニア王国の一兵士となった」

「・・・あんた、さっきの俺の話を聞いて本当に信じるのか?それに俺が間者とは思わないのか?」

「思わない、といえば嘘になる。だが少なくとも、殺人と盗みは働いていないというマーリン水晶の保証がある。それに間者なら間者らしく情報をかっさらっていけばいい。それにお前の歳で殺人と盗みを働いていないというのなら、この先もそれをしないだろう」

「ま・・・いいんだけどな・・・」

「それと、どれほどかわからんが指導をしていたという点においても興味深い。場合によってはそれなりの上級職に就かせるかもしれん」

「ふふ、やけに高待遇だな。このままなら近衛騎士団とかいうのにも入れるかもな」

「・・・お前ならいけるかもしれんな」

「え?結構冗談のつもりだったんだけど・・・」


 ノランはにやりとした。


「今はあの団も人材不足でな。団長が去ったのもあって適任者を『試験』させたいというのも本音だ」

「・・・ふふ、なるほどねぇ・・・。やっぱり王都に来て正解だったな。こりゃ面白くなりそうだ」




 ――――― 一方そのころ、王都の賑わいを見せる商い通りの一角・・・



 ばぁばからお使いを頼まれたアニーは籠を片手に商い通りを颯爽と歩いていく。

 彼女が歩くだけで通りの男達は無意識に目で追ってしまう。

 貴婦人を連れた男性は肘エルボーを脇に喰らって悶絶した。

 そんな様子が視界の隅に映りこむものの、アニーは気付かないふりをした。

 ばぁばから頼まれたお使いは何のことはない食材の調達だったが、久方ぶりに賑わい通りを歩いた彼女はついつい寄り道と散策をしてしまった。


 雑貨屋で見つけた髪留め、金貨5枚もする手鏡、ジンイチローには好物であることを隠しているオナガトカゲの干物・・・時間をかけて通りを廻ったアニーの成果品だ。


 ばぁばから頼まれた品物も揃い、帰路に着こうかとしたその時だった。


 野菜売りの屋台に見覚えのある女性が店の主人と話しているのを見つけた。

 いや、見覚えどころの話ではない。できれば関わらないほうがいいとさえ思ってしまった。


 しかし家に帰るにはこの通りを抜けないと道がない。


 ―――そう、気付かないふりよ、ふり・・・


 近づくにつれ喧騒の中でも声が届く。

 何かの交渉をしているようだ。


「―――るから、また村から来ます。安心してください」

「わかった。そうなるように祈ってる」

「お願いします。それでは」


 ちょうどその女性の後ろをアニーが早足で抜けようとしたとき、不運にも籠の中の野菜が振り落とされ、店から踵を返した女性の目の前で転がってしまった。

 心の中で盛大に舌打ちしたアニーは、大きくため息をついた後に翻って歩き、転がった野菜を手に取った。


「あ・・・アニーさんじゃないですかぁ!」

「あ・・・あら・・・サリナじゃない。久しぶりね・・・」


 にっこりと口角を上げるそれはまさしく社交スマイル。

 それとは真逆に、驚きと喜びに満ちたサリナの笑顔はアニーの引きつり気味な社交スマイルとは対照的にアニーとの再会を真に嬉しく思っている証拠だ。


「サリナはここで何を?」

「マグナ村特産のマグナ茸の売りをしていたんです。といっても、今日の私のそれは、村のためではないんですけどね」


 アニーは不意に思った。


 今の質問は不味かった―――


 サリナの回答を聞いた瞬間、アニーの社交スマイルが一瞬翳った。


「そう・・・それは大変ね・・・。私もお買い物をして()()()()()と思っていたところなのよ」

「そうなんですね・・・」

 サリナは一変してアニーを不安げに見つめてきた。

 そう、これがアニーの失敗だった。


 サリナは行く当てがない、理由はわからないが絶対そうに決まってる―――――


 聞かないまま「それじゃあね」と言って人ごみに消えることもできよう。

 しかし、本当に困った顔で見つめられてはアニーも非情になれない。

 サリナはわざと目で訴えているわけではないことはアニーも承知していた。だからこそ、タチが悪い。


 アニーは一つ嘆息した。


「何かお困りのようね」

「わ、わかるんですか?」

「そりゃあね。そんな捨てられた子猫みたいな目をしてれば誰だってわかるわよ」

「・・・ですよね」


 アニーはサリナの様子だけでなく、その服装にも違和感があった。

 マグナ村で見たサリナはロングワンピースを着用していたのだが、今の彼女はいかにも男性が着用しそうな冒険者風の装いだからだ。



 ――――こんな不安そうな顔でこのままこの街をウロウロしていたら、いくら治安のよい王都だからといっても・・・



「ここで話も何だから、付いてきて」

「は、はい!」


 ぱぁああっ、と明るくなったサリナの顔を見たアニーは、もめ事を引き込む癖が彼から移ってしまったと、あきらめにも似た乾いた笑みを浮かべたのだった。




いつもありがとうございます。

100話大台に乗れました。話数を間違えていたので修正しました。

次回投稿は1/12の予定です。

よろしくお願いします。

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