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第10話 灰色ローブの男達と魔道具

 ギルドを出てから一心不乱に走った。誰が見ていようと構わない。とにかくあの場所から遠くに行きたかった。

 自分がやったことは間違っていなかったかもしれないけど、それでも後ろめたさを感じた。『大賢者』に期待する周りの目と、何にもできない自分との乖離。それはとても辛い現実で、できればそっとしておいてほしいものだった。間違っていなかったかもしれないけど、俺は今こうして()()()()()


 『大賢者」だからといって何でもできるなんて思わないでほしい、と強く言い聞かせる自分がいる。でも『大賢者』とはかくあるべきという期待はもっともで、未来を想う人たちからすれば、ああやって目を輝かせて希望を抱くのはごく普通のことだろう。そういう人たちへの後ろめたさを感じているから、いま俺は足早に駆けているんだ。

 それでもわかってほしい。俺は『大賢者』になりたくてなったわけじゃない。なりたい自分になったわけじゃない。『大賢者』は、今の俺がなりたい生き方じゃない。


 幼いな―――そう思うと、駆ける足が鈍る。できない自分を周りのせいにしていることにイラついている。いくら大賢者になりたくなかったとしても、なりたい生き方ができないわけじゃないのに。


 いずれにしてもあんな去り方をしてしまった以上、おいそれとは戻れない。この街を出ていくほかはないのか。そうはいってもお金はない。日銭でもいいから稼がないと・・・。

 あぁ、そう思うと、やはり一番のアテだったギルドを去ったのはまずかったなぁ。あのときのギルドマスターの態度はおかしいと思うけど、俺もカッとなってしまったところがある。


 でも、過ぎたことをクヨクヨ考えても何にもならない。

 ここは思いついた方法を試してみよう。

 それは単純な考え。どこかのお店で働かせてもらえないかお願いするという方法だ。

 賑わい通りに入ったので、行き当たりばったりでいくつかのお店に入って交渉してみた。


 ・・・全滅だった。


 お店のほとんどは家族経営で他人を雇う余裕はないという。それはごもっとも。最後に入った店の主人が丁寧に教えてくれた。他人を雇うのは、誰もやりたがらない汚い仕事と夜のお店、兵士養成機関(兵士になれということか)だそう。汚い仕事というのは糞尿堆積所の掃除で罪人がやる仕事らしく、一般人がやるものじゃないから中央ギルドにでも行って探してこい、とアドバイスをもらえた。

 広大な王都だから何かあるかもと楽観していたけど、お店の経営はシビアのようだ。王都に来る出稼ぎ者もいるだろうに、そういう人たちはどこに行くのか―――あぁ、中央ギルドか。そういうことか。

 軽い眩暈が襲う。俺の居場所は、この街にはないようだ・・・。


 のんびり歩いていると、あの果物屋に差し掛かった。贔屓にするといった手前、立ち寄りにくい。でも、一言謝らなければ・・・。

 お店に近づくと、あの娘さんが俺に気が付いた。

「あ!あのときの!」

 まさか1日も置かずに会うとは思わなかっただろう。それでも娘さんは笑顔で店から出てきて、俺の手をぎゅっと握った。

「嬉しいのです!約束守ってきてくれたのですね!」

 笑顔が俺を包む。この笑顔を曇らせるなんて、本当に申し訳ないな。でも正直に言わないと・・・。

「すみません、また話があってきたんです」

「話・・・?」

 娘さんは笑顔のまま俺を見つめる。

「贔屓にするって話、その約束守れそうになくて、謝りに来たんです」

「そ、そうなんですか・・・」

「えぇ・・・本当にすみません」

「いいのですよ。この店はそれなりに繁盛してますから。大丈夫です!」

 力強く彼女はうなずいた。

「でも、何かあったのですか?教えてくれませんか?」

 笑顔から一転して心配そうに顔を曇らす。手はまだ握っている。

 俺は事の顛末を話した。もちろん『大賢者』抜きに。


 ・・・

 ・・

 ・


「あのギルドマスターの依頼を断ったのですか・・・」

「えぇ、まぁ・・・」

 この娘さんでもギルドマスターを知っているのか。余程の有名人なんだな。

「じゃあ、お仕事がないからお金も稼げないから贔屓にできない、ということなんですね」

「えぇ。ですから、俺はこの街を離れようと思って・・・」

「えっ!!」

 びっくりした娘さんはようやく手を離した。

「どこかに雇ってくれそうなお店はないよね?」

「そうですね・・・だいたい家族でやりくりしますし・・・。仮に雇うととしてもギルドに依頼します。なんだかんだいってもあそこは『依頼を仲介するところ』ですから。職斡旋もたまにあるんですよ」

 ですよね。やっぱり去ったのは間違ってました。

 この世界に来てからというものの、失敗ばかりだな。

「色々ありがとう・・・と、そうだ。自己紹介がまだでしたね。俺はジンイチローといいます」

「私はミーアといいます」

「ミーアさん。今日は本当にありがとう。またいつか」

「あの・・・」

 ミーアさんの声を背に聞き、軽く手を振って応えた。


 果物屋を出る直前、シルバーのメイルを装備した数名の兵士が、城門方面へ駆けていくのが見えた。行き交う人たちが物珍しげにその様子を見ていた。確かに普通の兵士には見えないけど、滅多にお目にかかれない人たちなのだろうか。

 とりあえず俺も城門へ向かって大通りを歩く。空はもう夕暮れだ。あと少ししたら兵士の宿舎付近だ。

 今日の宿はどうしようか・・・。そんなことを考えていたとき、裏路地から慌てるようにして出ていく人たちとすれ違った。


 灰色ローブを着た男達だった。


 あのローブは、俺がこの世界に引き込まれる直前に会った男が着ていたものと全く同じものだ。

 ローブの男達の背中が小さくなるのを見届けたところで、その裏路地に入ってみた。何かまとわりつくような気持ち悪さを感じる。湿気が多いのか?大通りとは違う空気に感じる。建物と建物の間にあるためかやや暗い。真っ直ぐ進めば違う通りに出るようだ。狭いとはいえ通りと通りを繋ぐ路地のはずなのに、誰一人歩く者はいない。

 半分ほど進んだところで、右に入る路地があった。見るとこの路地よりも暗く、それでも奥までは見える。5mほど進めば行き止まりになる袋小路だった。


 だけど、この袋小路に入る気が全く起きない。奥が気になるんだけど、この場所にいたくないと思っている自分がいる。不快にすら感じる。この場所に来た時から急にそんな風に感じた。

 まさか・・・な。元の世界にこれと似たものがあったけど・・・。

 それは誰にも入られたくないところに掛ける『忌避』の結界。神聖な場所に仕掛けると、不思議とその場所への興味をなくすらしい。

 もしこれが『忌避結界』だとして灰色ローブの男たちが仕掛けたとすれば、『忌避』させたい理由は奥に見える魔法陣とその上に立っている魔道具らしきものだろう・・・。


 放っておく、という選択肢もある。この街を離れる以上、明らかに面倒なことを引き起こすであろうあの鎮座した魔道具をそのままにしておくのは賢明にも思える。

 でも、と思いとどまる。大勢の人に危害を加えるおそれのあるにおいがプンプンするあれを、そのままにして街を出るのはしのびない。

 どうしようかな・・・そう思った時だった。

 大通りの方から大きな声が聞こえた。


『大賢者を探した奴は報償がもらえるらしいぞ!』

『このあたりにいるはずだ!』

『城門は騎士団が押さえているらしいぞ!袋の鼠だぁ!』


 うええぇぇ!なにそれ!指名手配されてる!


 もし路地を出たら大捕り者騒動になることは確実・・・。

 選択肢などなかったな、うん。

 この袋小路でほとぼりが冷めるまで待った方がいいだろう。


 仕方ないな、と思いながら袋小路に入った。

 ふぅ~、さて、いつまでここで待機していればいいのか・・・。


 ・・・・・。


 あれ?なんで袋小路に入れたんだ?多分だけど、これ忌避結界だろ?

 スカスカスキルな俺がそう簡単に入れる理由が―――


 あ、『青龍の加護』ですか。あぁ、はいはい、忘れてました・・・。

 そういえば結界魔法も使えるってステータスには出てましたね。これも忘れてました。

 もし普通の人が間違って入っちゃったらどうなるのだろう。気持ち悪くなるとか、立てなくなるとか、そういう状態異常がついてしまうのかもしれない。ちなみに、俺の体は何にも変化がない。

 強いて言えば、ちょっと安心したせいで、お腹が急速に減ったことぐらいです。


 さて、誰も来ない場所を確保できたのはいいとして、俺としてはこの魔道具をなんとかしたい。

 この魔道具、2つの四角錐の底辺部を重ねた形になっていて、その中には紫色の宝石のようなものが入っている。それだけならいいが、この宝石から黒っぽい・・・瘴気と言った方がいいのか?それがわずかに魔道具の外へ漏れ出している。この四角錐ケースは地面に突き刺さっていて、突き刺さったところを中心に、魔法陣が描かれている。魔法陣は光ったり消えたりを繰り返している。

 ここまで見れば、もうヤバイ物だと素人の俺でもわかる。何かを意図したものだと。

 放っておこうかとも思ったけど、どうやら今日は遅くまでこの場所にいるから、この魔道具を壊すことに決めた。


 まずはコンコン叩いてみよう。・・・変化なし。

 次に、抜いてみる。・・・抜けた・・・大成功。こんなに簡単に抜けていいのかと思ったが、あえて詮索しないでおく。


 俺は魔道具を地面に置き、そして黒迅青龍刀を抜刀する。壊すと言ったらコイツでぶった切るしかない。

 両手で刀の柄を握り、集中する。上段の構えをとり、数回深呼吸すると、大きく上からたたきつけるようして魔道具向けて振り下ろした!


 パキャアアアァァン―――


 魔道具は、中の宝石ごと真っ二つになった。相変わらずの切れ味だな、この刀は。

 宝石から黒い瘴気が一瞬飛び出したが、すぐに霧散した。

 魔法陣はどうしようか。コイツも壊しておくことにするか。


 青龍刀を地面に突き刺し、魔法陣を二つに割るように一気に()()()

 バチバチと火花が飛び散り、白い粒子になって宙へ待った。


 ふぅ、と軽くため息をつき、壁にもたれかかるように座った。忌避結界以外は、もはや何もない真っ暗な空間があるだけだ。


 大きくお腹の音が響く。何も食べていないから仕方がないけど。お金がないって大変だな、本当に。

 宿にも泊まれないし食事にもありつけないのだ。


 俺は、異世界に来て初めての夜を野宿で締めくくることになってしまった。





 

7/23 文章・刀の名称を修正しました

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