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T‐ショック アブソーバー  作者: 木柚 智弥
大好き。だからその先へ行こう。
11/11

新しい出発!……だよね?


 その夜、僕は悩んだ末、俊くんからもらった鍵のことを拓巳くんに打ち明けてみた。

 なぜ悩んだかといえば、なんとなく拓巳くんの反応がコワかったからだ。案の定、彼は鍵を見た瞬間、

「ゲッ!」

 と言ったきり、青い顔をして硬直してしまった。

「やっぱり、返したほうがいい……?」

 あまりの反応におそるおそる尋ねると、拓巳くんは我に返ったようにしゃべりだした。

「イ、イヤ、それもまずい。今となってはテオクレ……」

 彼はしばらく頭を抱えていたけれど、やがて顔を上げて大きくため息をついた。

「そこまで……しょーがねぇな……」

 なんだか祐さんと同じようなセリフだ。

「僕、持っていていいの?」

 拓巳くんは、しばらく僕の顔をじっと見つめてから聞いてきた。

「おまえならいい。……雅俊がそう言ったんだな?」

「うん」

「必ず一人で来い、と」

「うん……あの、これって……?」

 拓巳くんは僕の手から鍵を取ると、感慨深げな顔つきでながめながら説明しだした。

「あのアトリエは、昔、雅俊の大切な人の持ち物で、その人が亡くなった時にあいつが譲り受けた。この鍵は、あのアトリエに代々受け継がれてきたもので、持ち主が心をわけた人に二つのうちの片方を渡す」

 心をわけた人――。

「受け取った相手は、いずれアトリエを託される」

「ええっ?」

「雅俊は、あいつの世界観を理解するおまえを選んだんだな」

 拓巳くんが僕に目を向けた。

「大事にしろな」

 僕はさすがに黙っていられなくなった。

「そんな大事なもの、僕……」

「おまえに受け取って欲しかったんだろうから、いいさ。――まあ、やつは五分の二、混じってるんだから、それもありか……」

「え?」

「なんでもない」

 拓巳くんはちょっと寂しそうな顔をした。

「今はまだ、深く考えるな。あのアトリエは好きだろう?」

「うん」

「じゃあ、出入り自由になって嬉しい、それでいいさ」

 僕はなんだか誤魔化されたような気がしたけど、拓巳くんが言うのでそれ以上は考えないことにした。必要があれば、今の拓巳くんなら僕に言ってくれるはずだと思えるから。



 それから一ヶ月後、〈T-ショック〉は記者会見を開いた。

 メインは、来年の六月から十二月にかけて行われる予定になった全国ツアーの発表で、俊くん緊急入院騒動から噴き出した、解散とか決裂とかの悪いイメージを一掃するのが狙いだ。

 集まったマスコミ各社はおよそ五十社余り。その様子を健吾と一緒に控え室のモニターで見守っていた僕は、いくら人気のわりに滅多に記者会見をしないからとはいえ、想像以上の人で溢れ返る会場の熱気を目の当たりにして、改めて〈T-ショック〉というバンドの持つ力を見た気がした。

「さすがは〈T-ショック〉、報道陣の数が他とは段違いだ」

 健吾も感心しきりだ。

「やっぱりそうなの?」

「普通のロックバンドじゃ、この半分だな」

「へえぇ……」

 最近、僕は健吾にロックバンド事情をレクチャーしてもらっている。僕も自分なりに考えて、まずは出来ることから努力することにしたのだ。それはもっとロックを、〈T-ショック〉の、拓巳くんたちのいる世界をちゃんと知ること――。

 俊くんのもとから帰って来た次の日、僕は健吾の家を訪ねた。そしてこの前の情けない態度を謝り、俊くんの事件に関わることを、伝えられる部分はすべて伝えた。

 居場所はどうやら四日後にわかったこと。けれどツアーの件の答えを出すために、あえて外には出てこなかったこと。拓巳くんがやりたがらなかったのが、七年前にあった僕の事故のせいだったこと……さすがに事件性のあるものだったとは話せなかったけれど、今までの感謝と、これからもよろしくの気持ちを込めて話した。健吾は笑って受け入れてくれた。

 今日の記者会見に健吾を誘ったのは拓巳くんだ。

 僕が、これからは〈T-ショック〉のイベントがある場合は、なるべく見に行くようにする、と伝えると、最初は喜んでいたのに途中で思案顔になり、しまいには青くなったりして、でもそのあとでひらめいた顔になり、

「そのときはなるべく健吾と一緒に来い」

 と言ったのだ。

 僕もそれは嬉しい提案だったので、さっそく今日、連れてきて、さっき控え室に入っていったら、拓巳くんがわざわざ健吾をそこにいたみんなに紹介してくれた。

 さすがの健吾も、あこがれの祐さんや俊くんが記者会見のために身なりを整えた姿ですぐそこにいては、いつもの飄々とした調子とはいかないらしい。祐さんからの挨拶に、彼らしくもなく頭を下げるだけで、僕の隣で硬直ぎみに突っ立っていた。

 そしたら俊くんがやっぱりわざわざやってきて、健吾の手を取って握手までするもんだから、健吾はキンチョーのあまり、トイレへ逃げていってしまった。

 すると拓巳くんと俊くんがお互いの顔を見合わせて火花を散らし始めた。なので僕は拓巳くんが何のために健吾を呼んだのかわかってしまった。

 その後トイレから戻って来た健吾から、

「なぁ。あの二人、なんかおまえを間に挟んだときだけコワくね?」

 とか言われたけど、黙ってた。

 記者会見自体は思ったよりも平穏に済んだ。スタッフやメンバーの努力(?)もあったけど、プロダクション側の根回しが功を奏したらしい。

 会社側も前回のツアーの失敗は繰り返したくないようで、記者団の質問内容をチェックするなど、ガードに徹したようだ。それでも中には拓巳くんと俊くんの決裂疑惑に対する鋭い質問があったりしたけど、以前の調子を取り戻した俊くんの敵ではなく、

「えー? おれ、その頃病院で激痛に耐えてたから知らないデス」

 とか、

「そうスか? 拓巳の不機嫌ヅラなんて珍しくありませんよ。いつもだから」

 とか言って受け流していた。

 拓巳くんも、普段の記者会見のときと同じく無言を通し、記者からの質問への対応も俊くんに丸ナゲだった。けれど、どこかいつもの無表情より氷点下の割合が多かった気がする。

 拓巳くんを真ん中に、向かって右が祐さん、左に俊くんが座っていたんだけど、僕の見たところ、テーブルクロスの裏側で、二人がフンだりケッたりしてるのを、祐さんが諌めてたと思う。

 こうして記者会見は無事終わり、一連の騒動は終結した。ツアーの準備が始動する年明けまでは、しばらく平穏にすごせる……んじゃないかな。すごせるといいな。



「えー? じゃ、これが最後なのぉ?」

 残念そうに友加里が言った。

「うん。向こうでの生活があるからね。参観は今日で終わり。そのかわり、来年は卒業式に来るよ」

「や~ん、そうなんだぁ……寂しいねー」

 そして今日、十一月二十五日。ついにあのお母さんが来る最後の参観日がやってきた。気になりだしてから苦節三年、短いようで僕には長い三年間だった……。でもそれも今日で終わり。

「じゃあ、今日はお母さんもお支度、念入りかもねー」

 友加里の言葉に「そうかな」と返しながら、僕はつい、朝の拓巳くんとのやり取りを脳内でリプレイしてしまった。

 昨夜、早々に寝た拓巳くんが、朝早くに起きてきて、僕が登校する時間には出かけようとしていたので、思わず「今日は早いんだね」と声をかけたら、

「今日は最後だから支度に時間をかけるって、夕べ芳弘が言ってたろ?」

 と答えられてしまった。

 確かに、僕はそのセリフを真嶋さんの家から帰るときに聞いた。父親二人が遅くなる、というので、昨日は中沢さんの夕食を優花の家のほうで食べたからだ。帰りぎわの玄関先で、打ち合わせをしていた二人の会話にそのセリフは含まれていて、もちろん僕は仕事の話かと思っていた。けど……?

 何の時間? →化ける時間。

 誰に言われた? →そりゃ、やってくれるプロのスタイリスト……。

 僕の脳天に新たな衝撃が加わった。

「ちょっと待って、拓巳くん! 拓巳くんをお母さんバージョンにしてたのって、もしかして真嶋さん⁉」

 僕の剣幕に、拓巳くんは戸惑った顔をした。

「……他のダレに頼めるんだよ、こんなコト」

 僕は目の前が真っ暗になった。

 ちょっと特殊(特に約二名)な大人が周りに多いこの環境の中で、真嶋さんは数少ない僕のオアシスだった。普段の、常識をわきまえた大人の落ち着きが漂う姿から、てっきり拓巳くんの一連の異常行動については、感心しないけど仕方ない、目をつむろう、くらいに考えているのだと思ってた。それが、毎回アレを作っていたのがよりによって真嶋さん……!

「あ、ゴメン。服は違うか」

 訂正するとこ、そこ?

 やってること自体じゃないの?

 ああ、でもそういえば、前から俊くんが真嶋さんのコトを、「芳さんは拓巳を甘やかすクセがあって困るんだよな」とかグチってたじゃないか。

 甘やかすってコレッ?

 そう思ったら、さすがに気が遠くなって……。

「……君、和巳君?」

「あ? ああ、いや、なんでもないよ」

 いけない、つい現実逃避してしまった。

 心配そうな友加里を苦笑いで誤魔化していると、タイミングよく廊下のほうから健吾が僕を呼ぶ声がした。僕はそそくさと席を立ってその場を離れた。

 廊下に出ると、休み時間の生徒に混じって、すでに参観に来た保護者の人たちの姿があちこちに見え始めていた。友加里のお母さんの姿も見える。

 その人混みの中、横合いから健吾が僕の腕をムズっとつかんだと思ったら、そのまま有無を言わさずすぐそばの階段を一気に駆け降りた。

「どう、したの、健吾、五時間目、始まっちゃうよ……」

 さすがに三階からだと息が切れる。同じく息を切らした健吾はしかし、なぜか切羽詰まったような表情で言った。

「それどころではない」

 そして額の汗を手の甲で払うと「あれを見ろ」と、僕の頭を両手で回し、窓のほうに向かせた。すると。

「あ、……アレ?」

 そこに異変が起きていた。

「俺もすぐには気がつかなかったよ」

 健吾も同じく窓を向く。

 昇降口から少し外れた壁ぎわで、二人の女の人がなにやら強い口調でしゃべっているのが見える。ここからは横顔が見えていて、その一人はマギレもなく拓巳くんだ。

 秋のセレブにふさわしく、服装は白いレースを襟もとにあしらった柔らかそうな生地のタートルネックブラウスに、淡いブラウンのタイトなスーツ。頭は耳の後ろで片側だけ軽く止めた、ふんわりカールウェーブのヘアスタイル。今日もよく似合っていて、どこから見てもエレガントな美女、モンクのつけようもない仕上がりだ。

 ううっ、言いたくはないけどやっぱりスゴ腕、さすがは真嶋さん。あれは拓巳くんの容姿を知り尽くしているからこそできるクオリティの高さだったんだな。気がつかない僕もバカだった……。

 じゃ、なくてっ!

 感心してる場合じゃなかった、モンダイはそこではない。いつもなら、お母さん姿の拓巳くんは他の人との接触を避け、なるべく会話を控えるよう気をつけている。無用のトラブルを避けるため、そう努力するよう仕事仲間の皆さんと取り決めてあるからだ。それなのにあのしゃべりよう……。

「――まさか」

 僕の頭に恐ろしい予想が浮かんだ。すると。

「和巳、おまえも同じ意見か?」

 健吾の妙にひっそりとした声音が耳に届いた。思わず振り返ると、彼は気の毒そうな表情でこう言った。

「大丈夫だ和巳。俺たちの未来にはこれからまだ数限りない試練が待ち受けている。それに比べれば、たかだか参観授業の一時間ごとき乗り越えられないはずはない。むしろ強くなるためのステップになるかもしれない」

 僕は答えた。

「確かに健吾の言うとおりかも知れないね。でも、できたらもうちょっと平坦な道のりがあってもよかったんじゃないかナー、なんて時々思うんだけど」

「それは、おまえの環境では難しいな、和巳」

「やっぱりそう思う? 健吾」

 虚しいやり取りに終止符を打ったのは健吾だった。

「さぁ、勇気を出しておまえの試練と向き合ってこい。参観授業が始まる前にこの事実が判明しただけでも、おまえはまだ神に見放されてないゾ」

「……ありがとう。すべて君のお陰だよ。これからもそのチョーシで頼んだよ」

 健吾に背中を押され、僕は仕方なく窓の脇にある出入口へと向かった。別々の方向へ歩き出した僕たちの視線が一瞬、窓の外に向き、直後、お互いの顔に移された。瞬間、お互いが何を考えたかわかってしまった。

(増えてんじゃーんっっ!)



 拓巳くんの前に立つ女の人は、やはり僕の予想した人だった。

 思わず目を見張りたくなるようなエキゾチックな美貌。艶のある肌に鮮やかな色のメイクがよく映えて、緩くアップしたウェーブの何本かが額に落ちかかっているのが何とも言えず色っぽい。一歩間違うと品がなくなってしまいそうなのを、ぴったりとした黒のロングワンピースで引き締め、肩にかけたプリント柄のストールがその上に華やかさを演出している。しかもそのプリントの模様がアッシュパープルの花柄……。

 二人に近づくにつれ、会話が聞こえてきて、もう誤魔化しようもなくなった。

「だから帰れって言ってんだろっ」

 ヒソヒソ声の拓巳くん。相変わらず百年の恋も醒めちゃうケンカ腰な口調。

「おまえの指図は受けないね」

 それを、道路わきで吠えかかる、散歩中のプードルより軽くあしらうアッシュパープルの美女。

 僕がすぐそばまで近づくと、二人の美女が気がついた。

「「和巳」」

 呼びかける声がピッタリとハモる。ああ、声の相性はサイコーなのに。

「何やってンのっ。俊くんまで!」

 僕は可能な限り、眉間と目に力を込めて聞いてみた。すると俊くんは魅力的なアーモンド型の瞳を嬉しそうに細めてこう言った。

「設定はズバリ叔母」

 ………オバ?

 一発で目力を粉砕された僕の顎に、上品なパールのネイルで決めた美しい指先が添えられる。彼は僕の顔を自分のほうへ仰向かせるとさらにつけ加えた。

「おれの未来の伴侶の小学生姿を見ておこうと思って」

 だって、次は卒業式までお預けじゃーん、と言って無邪気に微笑むエキゾチックな美女。

 どう見ても女の人にしか見えない!

 ……そういえば俊くんは百七十一センチ、拓巳くんより小柄な分、違和感がない……。

「誰が伴侶だ! ふざけんな」

 もう一人の美女が青筋を立てている。こちらはノーブルな美貌の正統派。

「あ、そう? じゃ嫁でもいーけど」

 片や南国系美人。

「……オイ」

「じゃ、婿? おまえって意外と保守的だったんだナー」

 ああ、試練の内容が濃すぎてクルシイ。

「はい、そこまで」

 一触即発になりそうなにらみ合いを手刀でバッサリと両断し、僕はハッキリと言った。

「拓巳くんは短気にならない、俊くんは挑発しない。ここまで来ちゃったんだから仲良くして」

「えー」

 拓巳くん不満顔。でもこの際ムシ。

 ああ、なんだか頭が痛くなってきた。でももう教室に戻らなければならない。いっそ保健室に行くというのはどうだろう。……イヤ、ダメだ。二人も来てしまう。保健の先生は接する距離が近すぎてヤバい。

「僕戻るから。二人ともおとなしくしてね。間違っても教室で会話しちゃダメだよ」

「「……はーい」」

 二人ともイヤそうだったけど、そこまでは責任持てないや。



 教室に戻ると、すでに授業が始まっていた。先生に遅れたことを謝ると「あら、お腹もう大丈夫なの? じゃ席について」と言われた。僕はすぐにピンときて、席に戻るときにそっと健吾に感謝の目配せをした。健吾がVサインで応えている。健吾の機転はいつも冴えていてありがたい。

 ああ、友達ってこれだよね。どこかの屈折した人たちにも見習ってホシイ。何もあんな複雑な友情を育まなくても………。

 廊下からなんとなくザワザワとした気配が伝わって来た。いつもよりボリュームが大きい気がするのはきっと僕の気のせいだ。先入観が聴覚を惑わせているのだ。

(あっホラ、来たんじゃない?)

 友加里が少しこちらに身を寄せてささやいた。僕はここ数ヶ月で鍛え抜かれたカンペキな笑顔で頷いてみせた。

(きゃ~、どんなカッコかなぁ~)

 友加里は無邪気に喜んでいる。

 大丈夫だ、友加里。オシャレを愛する君の期待は裏切られないよ。だってパワーがいつもの二倍……。

「今日は叔母も一緒らしいよ」

 僕が小声で伝えると、友加里は目を輝かせた。

「叔母さん? じゃ、やっぱり綺麗な人?」

「うん、似てないけどね」

 そうなんだ、と返ってきた返事に教室の扉が開く音が重なった。瞬間、振り向いた健吾と僕の視線がぶつかり、緊張が走った。

 ガララ……


 ――その日の参観授業を、どうやって乗りきったのか、今の僕はよく覚えていない。

 案外、僕の記憶回路は都合よくできてるかもしれないと、今度、拓巳くんに言ってみようかな。



これは執筆生活(あるいは勘違い執筆ヤロー生活?)のきっかけになった作品です。今回、読者様のアドバイスを頂き、管理を改定いたしました。

 幾つになったって好きなものは好き、アニメもマンガもビジュアル系ロックもきっと一生好きだろう。だから拙くても書くぜ! という、恥はかき捨て状態の私。まあ読んでやってもいいかと思っていただけたら幸いです。次巻は和巳が中学三年生、成長した彼とちっとも変らない拓巳、ある意味、変化著しい雅俊のお話です。またお目に触れる機会を得られますように。 H18、木柚智弥

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