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ラーメングラディエーター地獄龍流  作者: 深津 弓春


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第二話 穿て地獄龍! エコラーメン


 特殊合金製の壁に囲まれたラーメン・ラボは熱がこもりやすい。

 地獄龍(じごくりゅう)はタオルで額を拭って、ラボの空調についてしばし考えた。もっと強力な冷却設備が必要だろうと。季節は初夏だが、外気温は午前中から三十五度を余裕で超える。殺人的直射日光と焦熱地獄がアスファルトを溶かし、緩くしていることだろう。


 ラーメンラボはその名の通りラーメンのための研究施設であり、地獄龍が有する小さな工場に見せかけた建物の中に造られた特殊施設だった。外部と完全に隔離された内部を持ち、危険なラーメンの試作も可能とするためにバイオセーフティーレベル4の基準を満たすように設計されている。

 煮炊きは勿論、製麺を一から行うことも、科学的な実験や生物的培養など様々な研究行為すらここでは行える。ただ、便利ではあるが、やや暑い事だけが悩みだった。


 地獄龍は午前の作業を切り上げて、ラボを出る。試作中の新しい麺は順調に完成しつつあったが、今は涼みたかった。

 ラボに併設して作った簡易住居で地獄龍はゴリゴリ君を片手にニュースを確認する。初夏だけあって、気候変動、特に温暖化に関するトピックが多い。


「洒落にならんな」


 タブレット端末であれこれと見ながら、ぼそりと呟く。

 すでに温暖化の進行は悲惨なレベルにある。既に今後数十年で数度ほどの平均気温の上昇が見込まれ、しかもそれは地球全域の平均値であり、気温変化の鈍い海洋――地球全球面の七割だ――を除いた陸地の温度上昇幅は深刻なものとなる。生態系の崩壊、海面上昇による島嶼部や沿岸都市の水没、熱帯化による新たな疾病の流行、食料生産率の悪化……。


 明らかな科学的根拠に基づいた現状のデータや未来の予測はしかし、あまり真剣に捉えられているとは言い難い。このままでは二十一世紀中に赤道付近どころか日本のような温帯の都市すら生存が難しい土地となるだろう。

 調べるほどに、地獄龍は暗澹たる思いに駆られた。何たる人類の愚鈍さよ!


「愚昧愚劣な人類社会め、明確な科学的事実すら認めず滅びの路を突き進むというのか!」


 許しがたい行為である。なにより、このまま暑さが加速すれば当然、ラーメンにも影響が出るだろう。

 日本の食は当然、世界の生産と流通に支えられている。ラーメンにしたところで成分を食料自給率に換算してみれば厳しい数字になるのだ。地球規模での気候変動は全く他人事ではない。

 ぐう、と地獄龍は呻く。幻のラーメンクリエイターと称される彼はしかし、ただのラーメン料理人である。そのことを誇りに思っていないわけではないが、気候変動に対してなにか大きなことができる立場ではない。むしろ日常的にコンロを使い大量の湯を沸かし麺を茹で、チャーシューをあぶるのだ。二酸化炭素を積極的に排出する側ではなかろうか。


 俺も、加害者だというのか――。地獄龍は項垂れる。

 なんとも歯がゆく、また忸怩たる思いである。巨体をソファーの上で振るわせて、思わずタブレットを持つ指にも力が入る。めき、と音がしてタブレット画面のガラスにヒビが入った時、偶然何かの広告をタップしてしまう。

 鬱陶しい広告め、と地獄龍は視線を画面に向けて、そしてしばし目を見開いて動きを止める。

 世紀の大発明、新進気鋭の科学者による画期的装置、と銘打たれた製品が画面一杯に表示されている。


「……これだ!」


 そこには正に、今彼が必要としている装置がおススメされていた。地獄龍はすぐにポチって注文する。

 暑さは恐ろしく、人間の脳は時に酷暑でひどく鈍る。この時の地獄龍もまた、ほとんど知性が働かない状態であったといっていい。人類を愚鈍と指弾しながら、彼もまたあまりにも大きな愚かさを抱えてしまっていたのである。


   *


 『冷却っすー』は、水酸化ナトリウム溶液その他で空気中のCO2を固定し、麺に練り込んで固定化する装置である。地獄龍が注文したそれは小型トラックほどの大きさで、さっそく稼働させてみると、製麺と炭素固定を同時に行う画期的機構が力強く動き出した。


「なんと、科学の誤ちを科学が拭い去るというのか」


 驚きとともに地獄龍は装置を見上げて称賛していた。これで、麺を作れば作るほどに二酸化炭素が減る。温室効果ガスが削減され、地球は産業革命以前の気温を取り戻していくのだ。何と素晴らしい!

 それから地獄龍は、新たな麺の試作と並行してCO2固定を『冷却っすー』で行い続けた。小さな一歩だが、皆がこうして温暖化対策に踏み出すことで未来の環境を修正できるのだ。


 地獄集の頭は、夏の日差しですっかり茹だっていた。彼は柄にもなく、己が行為の意義に酔い、SNSなどという魔界吐瀉物ランド的ネットスペースに己が行為の素晴らしさを書き込んでしまった。夏の暑さが彼をすっかり狂わせていたのである。

 当然、無数の指摘がすぐにリプライされた。


 曰く、『冷却っすー』は確かにミクロな範囲で見れば二酸化炭素を吸着するが、そもそもの水酸化ナトリウム溶液の作成や装置の稼働自体に電力が必要であり、現在の世界の発電に占める再生可能エネルギーや原子力の割合が限定的である以上CO2収支は赤字であり、使えば使うほどむしろ温暖化を招く。また、装置の根幹のメカニズムは何ら新しいものではない。そもそも、その大量の麺の処分はどうするというのか?


 そんな反応に、はじめは驚き、戸惑っていた地獄龍も、涼しい室内に退避し落ち着いてみると、精神的にも物理的にも冷えた頭がようやく理性を取り戻し始めた。


 なにをやっているのだ、俺は。


 次第に一つ一つ問題を理解していき、地獄龍はわなわなと震えはじめた。全身の筋肉が痙攣し、持っていたタブレット端末は地獄龍の二百キロを超える握力でバラバラに砕けていた。 


「俺は愚かだ。何と言う愚かさだ。目先の分かりやすさと願望につられて、あんなインチキ商品に手を出した。複雑な気候変動原因や、二酸化炭素吸着の仕組み、そもそもの環境対策の優先度や全体像の把握をおざなりにして、ボタン一つで地球が冷やせる装置を望んだのだ。俺は、俺の愚鈍さが許せぬ!」


 地獄龍は憤激していた。己が未熟さと短絡さ、知性の貧困具合に怒っていた。地獄龍は若い頃からさすらいのラーメン修行に明け暮れてきた。勉学にいっとうの自信がある、とはとても言えない。意識されざる知性やアカデミズムへのコンプレックスが、分かりやすく一発逆転を与えてくれる「発明品」に飛びつく動機へと変換されたのだろう。

 自覚して、地獄龍は涙した。何もかも俺のせいだ。俺が馬鹿であるせいだ。言い訳も責任転嫁もしようがない。辛いが、認める。今は、自身の欠点を見つめるしかないのだ。


「まあそれはそれとして。俺を騙した奴らは粉々にしよう」


 心に決めて、地獄龍は家を出るのだった。


   *


 『冷却っすー』の販売元の住所は簡単に判明した。少し検索すればすんなり出てくる、とある郊外のオフィスビルと、併設された工場だった。

 地獄龍が両の眼に憤怒を宿して敷地に近寄ると、正門前には二人のピンクのモヒカン頭の男が立っていた。守衛だろう。二人は半裸の上半身に鋲付きベルトを巻き付けて、噛み煙草をクチャクチャ言わせながら手に持った棍棒をゆらゆらと見せつけるように揺らしていた。


「てめぇで五十人目だぜ、文句をつけに来たおバカなカスタマーさんはよ」


 モヒカンの片方が片眉を吊り上げてヒャヒヒと嗤う。もう一人が背後の壁を指し示した。


「このビルと工場はご覧のとおり高強度の防壁に覆われててな、ちっとやそっとじゃビクともしねぇ。ビルの方は十階建てだからな、最上部は壁の上に出てるが、あの壁面やガラス面も高度な防護仕様だ。対戦車ロケット弾が直撃してもあのガラス窓一枚さえ抜けねぇぜウヒャヒャ」


 笑う二人の前で、地獄龍は黙って仁王立ちする。彼はアマティの巨大な楽器ケースを脇に抱えており、ケースからは太いケーブルが背後に伸びていた。すぐ傍の街路に大きなトラックが停車しており、その荷台に積まれた巨大な発電装置へとケーブルは繋がっている。


「なんだ、だんまりか? それとも暑さでやられちまってんのか?」

「とりあえず、すぐ回れ右して帰るなら良し、そうでなけりゃ、俺らの暇つぶし相手になってもらうことになるぜ」


 涎を垂らしながら二人が棍棒をぎゅっと握り直して地獄龍に近づく。棍棒は太い樹木の枝に所々金属片を突き刺した凶悪な代物で、これで一撃されれば人間など茹で過ぎた麺同然、簡単に潰されてしまうだろう。

 と、にじり寄る二人に、何かが高速で飛来する。次瞬には、モヒカン二人の両目、四つの眼球を、ラー油漬けメンマが覆っていた。


 ぎゃああ、と叫び身を折る二人に、地獄龍は更に近寄る。彼はケースを抱えていない方の腕を掲げて、親指の先でメンマを弾いていた。ラーメン具材による指弾は優れたラーメン料理家であれば珍しいスキルではないが、地獄龍のそれは神速の妙技だった。


「な、なんだこいつ、タダもんじゃねぇ……」


 なんとかメンマを引きはがして涙をこぼしながら地獄龍を見やる二人が、ようやくその正体に気づく。


「まさか、この風体――幻のラーメンクリエイター、地獄龍流(じごくりゅう ながれ)!」


 言葉で肯定する代わりに、地獄龍は屈みこんで、足元のアスファルトの小さなひび割れにメンマを飛ばしたばかりで濡れた指先を突き刺す。そのまま彼は「ふん!」と声を上げ、畳一畳ほどのアスファルトを、腕一本の動きで道路から剥がして持ち上げ、そのままモヒカン二人に投げ放った。ふらつくモヒカンたちはなすすべもなく、夏の日差しで焼けたアスファルトに上下からサンドされる。圧殺されるほどの重量ではないが、黒い鉄板かグリル網さながらの高温アスファルトに挟まれた二人は動物じみた叫びを上げて抜け出せないままにもがき続ける。


「そこで低温調理されながら見ているといい」


 言うと、地獄龍は脇に抱えたケースを開ける。中から出てきたのは、麺だった。

 ただの麺ではない。全体にぎらつく金属光沢を纏った麺で、しかも奇妙な形状に固められていた。長い麺が二本の太い棒のような形状に纏まり、二本の棒の根元にはプラスティックと電子部品が取り付けられ、そこからなにかのグリップが飛び出ている。グリップにはトリガーが存在しており、また、グリップの底には先から見えていた太いケーブルが繋がっていた。

 ケーブルの先で、発電機がぐおんと音を立てて震える。大電力が生産され、金属麺に送り込まれる。


「これは、新開発の麺だ。導電性の金属を多層に練り込んだエレクトロ麺だが、それを更に改良し、大電力を一気に流し込むための特殊麺として成形した」


 地獄龍がグリップ付近の小さなレバーを操作すると、棒状の麺が二本ともバチンと音を立てて二倍の長さに展開される。

 並んだ長大な棒状のメタル麺の間、根元の部分に、同じ楽器ケースに入っていた箱型の金属フレームを取り付ける。フレームの中には綺麗な紡錘形に固まった替え玉の麺が十個ほど整然と並んでいた。替え玉もまた、輝く金属色を強い日差しの下で辺りに振りまいている。


「何をする気だ、地獄龍……」


 アスファルト・バーガーの具になったモヒカンが呻く。


「勿論、真のエコのための戦いだ。俺自身の愚かさと共に、グリーンウォッシュという、人の善意の詐取の原因を、そして同時に人の愚かさを引き出す原因でもあるこの工場を、穿つのさ」


 ギラリと真っ白な歯を輝かせて地獄龍が荒々しい笑みを浮かべる。

 発電機の轟音が湿気を多く含んだ空気を震わせ、地獄龍の肌を音波が叩く。彼はグリップを握り直し、トリガーに指をかけた。二本の棒状麺の間に、虫の羽音を無数に重ねたような鈍い擦過音のようなノイズ音が生じ、同時に青白いスパークが散る。


「ローレンツ・ラーメンだ」


 宣言と共に、トリガーが引き絞られる。替え玉がレールに送られて、大電力が二本の棒――レール麺の間を駆け巡り、挟まっている金属替え玉麺をその途中で通過する。

 電磁気力が目に見えぬエネルギーを一瞬のうちに目に見える運動エネルギーへと変換する。

 見えるといっても、人間の視力――時間的分解能など、話にもならない運動である。モヒカン二人の視界に弾体は見えず、ただ地獄龍が引き金を引いたのとほぼ同時に、二人はすぐ傍の防壁が粉々に吹き飛ぶ驚異的な光景だけを目にしていた。


 レールガンと化した地獄龍の新作ラーメンの威力が炸裂する。


 あまりに無数の破砕音が連続して折り重なり、モヒカンたちの鼓膜が破壊され二人の世界から音が消える。それでも骨は空間の振動を受け取り、びりびりと破壊の大音声を伝え続ける。

 壁に大穴が空き、その先の工場の壁面が砕けながらひしゃげて四方に吹き飛び、内部の機械類が紙かプラスチックでも撃ったかのように何の抵抗もなく破砕され、熱で歪みながら破片が飛び散る。高速で撒き散らされる破片が散弾のように辺りに降り注ぎ、何もかもが穴だらけになる。秒速数千メートルの超高速弾が空気を掻き乱し小さな嵐を起こし、机や椅子、書類などが吹き荒れる風に乗って舞い上がり、壁や天井を強く打ち据える。


「これが俺の温暖化対策だ! 鉄槌を受けろ、未来のラーメンのために!」


 地獄龍は続けざまにトリガーを引き絞る。巨大な電力が電力車となったトラックの発電機から送り出され、極大な殺傷能力を速度という名で替え玉に与える。

 二発目三発目が工場に突き刺さり、天井を引き裂き、全ての壁を貫き、ラインのベルトコンベアが千切れ、洗浄用の水が水道管ごと蒸発する。


 更に地獄龍は残りの替え玉を工場に隣接するビルへと撃ち込む。

 鉄筋コンクリートや鉄骨が粉砕・破断され、何重にも強化層が重ねられた強化窓が風穴を開けられる。引きちぎられたガス管にスパークが引火して炎が噴き出し、黒い煙が勢いよく上がる。

 工場とビルから大勢の人々が逃げ出し、泣きわめき狂乱しながら辺りを走り回っていた。


 何もエコじゃない、という叫びが破壊の音と足音と悲鳴の間のどこかで上がる。

 その通りだ、と地獄龍は胸中で同意する。何もエコではない。人と人が争い、エネルギーと質量がぶつかり、文明が引き裂かれる。何もエコじゃない。


「真にエコを考えるのならば、人はその理性と知性と知識で互いの無知と不信を打ち破り、協働せねばなるまい」


 全ての替え玉を打ち尽くして、地獄龍はその場で天を仰ぐ。美しい空の青色に、上がる黒煙が哀しい黒を混ぜていた。

 許せよ、と地獄龍は独りごちた。

 融和と協力のために、それを阻害するものを根こそぎ破壊し尽くす。その自己矛盾を抱えて、ラーメングラディエーター地獄龍流は崩れ落ちる工場とビルに背を向けるのだった。


 愚かな自己、愚かな社会、愚かな種。逼塞(ひっそく)した世界を変えるもがきを肯定しつつも、その困難さを体現してしまった今、地獄龍の心にあるのは苦い後悔だった。

 いつかこの後悔も、未来を繋ぐためのラーメンにしてみせると、萎えそうな心を叱咤して、地獄龍は歩き出す。


 予告


 世はAIブームの只中にあった。ひっそりと生成AIにエッチなラーメンの画像を作らせて楽しむ地獄龍だが、ある日自分のラーメンよりもAIが生成したレシピのラーメンの方が美味いとネット上で語られているのを見て愕然とする。「ラーメンを奪うというのか、この俺から……!」呆然は自失に、自失はやがて激怒に変わる。地獄龍はAIを殺すため、世界の半導体製造をラーメンで壊滅させようとするが……ラーメングラディエーター地獄龍流、次回第三話『邂逅せよ地獄龍 サイバーラーメン』

 

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