七つ口
生島新五郎との
甘い一時を過ごした江島が
茶屋の離れから
ようやく宴会の座敷に戻ってきた。
待ち構えていた徒目付が
江島達の帰城を急かす。
「江島様、日が傾いてまいりました。
このままでは門限の暮れ六つにも
間に合わぬやもしれませぬ。
直ぐに御出立の御準備を」
江島が不機嫌さを隠しもせず一瞥した。
先刻の薩摩武士の件で
苦言を呈した徒目付か…
度々注意され、面白くない江島は
酔って上気した顔を
徒目付に向け平然と命じた。
「それでは
病人が出たから遅れると
御城に使いを走らせよ」
徒目付は
天下の旗本が下男のように扱われ
悔しさを噛み殺した。
言われた通りに
千代田の御城に使いを出したが
妙な寒気に襲われた。
あの様子では
女中達は酔って真面に歩けぬだろう
門限に間に合うかどうか
芝居小屋の騒ぎも目撃者が多すぎて
揉み消せまい
それに芝居小屋は妙に侍が多かった
これは拙いぞ…
徒目付の嫌な予感は的中した。
普段飲まない女中達が
羽目を外して酔っ払ったのだ。
帰り支度に手間取り
やっと茶屋から出たが
気分が悪くなる者続出で
女中達の歩みが遅い。
平川門の
暮れ六つ刻限には間に合ったが
七つ口に急ぐ奥女中達の姿は無残だった。
華麗な筈の
大名格の行列の形が崩れ
威厳などない有様。
門番達が冷たい視線を投げかける。
門を通れたが、次は
御広敷の中にある女中の出入口の七つ口を
通せ通さぬで大騒ぎに。
「どういう事じゃ。
病人が出たと知らせていたであろう」
江島が駕籠の中で呆然と言い放ち
狼狽えた女中達が七つ口の係に頼み込む。
「只今戻りましたゆえ、
開けてくださりませ!」
「病人が出たのでございます!」
江島は不服だったが
駕籠から出て直に掛け合う。
「わらわは御年寄の江島じゃ。
病人が出て遅くなった。
月光院様に取り次いでくりゃれ」
御広敷にいた月光院の御用人が
騒ぎを聞きつけ交渉の末
江島達に徒で付き添う女中達は
ようやく七つ口を通りぬけたのだった。
大名格の格式の御年寄の江島は駕籠に戻る。
駕籠に乗ったまま
御広敷の玄関から男達の働く御広敷と
大奥の女達を隔てる御錠口を
通らなければならない。
ある違和感に気付いた
御広敷の御錠口係が通行を阻んだ。
「駕籠が一つ多いようだが。
江島殿の後の駕籠を改めよ。
扉を開けられませい」
その言葉を聞いた江島が
血相を変えて駕籠から飛び降りた。
「何を仰せになるのか!
月光院様の代参であるのに
無礼でありましょう。
いつもの留守居番の平田殿を
呼んでくださりませ。
扉を開けるなど無礼千万!」
御錠口係に向かい
江島が声を荒げる。
「これは異な事を。
後ろめたい事が無ければ
問題ありますまい。御免」
御錠口係の侍は平然とそう言うと
止めようとする江島を払い除け
駕籠の扉を開ける。
そこには真っ青な顔をした
居るはずのない女がいた。
「これは…」
絶句する広敷役人達。
遂にこの騒ぎは
大奥だけではなく
江戸城中の知るところとなった。
そして、この騒ぎで
連帯責任を負わされることを恐れた
徒目付など数人が
事の次第を上司の目付に報告。
偶然にも、山村座には
当番の目付達が巡回していて
芝居小屋での騒ぎは把握されていた。
自ら報告した徒目付達は
命拾いしたのである。
翌朝、江島と宮地は
さすがにばつの悪い思いを抱えて
報告とお詫びの挨拶に
月光院の部屋に行った。
以外にも、月光院は苦笑しただけ。
ちょっと派手な門限破りだが
私は将軍生母だと。
「表には取りなしておいたわ」
「忝うございます」
江島も宮地もほっとして
何時もの生活に戻った。
江島は熱りが冷めたら
また新五郎に会いに行けばいいと
思っていた。
だが、翌月
思いもよらぬ事態が
待ち受けていたのである。




