白石の大噴火
老中土屋相模守と
幕府呉服商の後藤縫殿助が
越前守の私室を訪れて間もなく。
熙子が京に帰りたいと爆弾発言をした直後。
同じく越前の私室で
幕府の儒学者で政策の立案者の
新井白石が
資料を切っては捨てるように読みながら
その手をわなわなと震せている。
相模守や
縫殿助が持ち寄った資料には
江島の代参の後の芝居通いや役者買い
江島に取り入ろうとする商人達からの収賄
懇意の幕臣達との詳細が記されていた。
それから
亡き家宣が今際の際で残した
密かな遺言にあった前代未聞の醜態までが。
白石の眉間には
火之児と異名を取る
火の字がくっきりと浮かび上がる。
「月光院様は
将軍生母のお立場を
ご理解しておられるのか?
文昭院様は大奥に倹約令をお出しになり
商人の斡旋や収賄を禁じられたのだぞ!
それに御年寄たる者が
なんという醜態じゃ!!!
折角、文昭院様の思召しで
幕府典礼や大奥を御所風にしたというのに
月光院様達は江戸下町風に変えているなどと
不遜極まりない!!!
文昭院様への御恩を
仇で返しておるではないか!!!
許さぬ!!!許すまじ!!!」
家宣と家継への忠義と
儒学の理想を国政に追い求める白石。
白石の大噴火である。
「白石殿、少々お声が大きゅうございますぞ」
白石を宥める越前の美しい眉も
主君家宣と家継に泥を塗られた
悔しさに歪んでいた。
白石は怒りを含んだ声で続ける。
「この有様では
一位様が京にお帰りになりたいと
零されたのも致し方ない。
幼い上様の御威光を高めるため
月光院様に従三位を賜るよう
わしが一位様に働きかけたが
恩を仇で返すこととなってしまった。
責任は取らねばならぬ」
そう言うと
鬼の形相の白石が
越前に詰め寄った。
「して、相模守様はなんと仰せなのか?」
「御心は我らと同じと存ずる」
「先々代の公方様の頃より
風紀は乱れておる。
上様に相応しい御代にするため
徹底的に掃除せねばならぬ。
塵ひとつ残すものか!!!」
白石の日ノ本一の頭脳が
月光院達を追い詰めるという。
既に詰んでいる。
越前もまた
その相棒に相応しい
頭脳と胆力を持っていた。
越前はその美しい顔で
増上寺の無理な要求に対し
踏み潰すと言ってのけ
即刻詫びを入れさせた男である。
そして将軍家継は
幼いながらも
父 家宣譲りの徳を発揮し
老中達をも虜にしていた。
筆頭老中の相模守など
家継の幼児とは思えぬ優しく賢い振る舞いに
度々感涙するほど。
あまつさえ月光院達は
その重鎮達の
忠義という燃え盛る燃料に火を付けた。
彼女達は栄達に驕り
敵を見誤った。
月光院達は熙子達に驕ったが
その実
この江戸城で
最も敵に廻してはいけない軍団を
大噴火させたのである。
恐ろしい結末は自業自得であった。




