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第63話:リクルーターの女 <薫サイド>

見直しました。

◆7月28日(火)


昨夜は、水草薫みずくさかおるのバイト先の同僚で、妹のかえでの友人、牧野野愛衣(めい)とその母親の由利ゆり、弟の智也ともやの三人を呼んで、夕食を一緒に食べた。そうした機会は久しぶりだったこともあって、その夜は十時近くまで話し込んでしまい、薫が三人三人を近所のアパートの部屋まで送って行ったのだった。


ところが、二階にあるアパートのドアの前まで来た時、そのドアの真ん中辺りに男物の靴の足跡がいくつもあった。

それを見て、愛衣と智也がほぼ同時に言った。


「お父さんだ」「父さん、来たんだ」


少し遅れて、由利がのんびりした口調で、「ああ、あの人だね。ドアが壊れなくて良かったわ」と言った。

薫が、「そんなことより、近所の人からのクレームとか大丈夫ですか?」と聞くと、由利は相変わらずのんびりした口調で、「大丈夫だよ。この辺は、どこでも似たようなことがあるからねえ。お互い様なんだよ」と返されてしまった。


「姉ちゃん、このドア、補強しといた方が良くね?」

「智也、どっかにべニア板とかあったら、拾ってきなよ。釘も一緒にね」

「さすがに釘は買わないと駄目なんじゃないの?」


そんな会話を兄妹きょうだいでしているのを横目に、薫はその場を離れたのだが、さっきはいなかった男達が天王シネマの前に大勢いて、一斉に薫の方を睨み付けてくる。当然、薫は弾かれたように全力疾走し、適当に男達を巻いた所で遠回りして自分のアパートに戻ったのだった。



★★★



そして今日、バイト先での薫のシフトは、正午から夜の十一時迄だった。深夜まで働くのは、先週の木曜日以来だ。

本当は、もうそんなに働く必要は無いのだが、お世話になった店長と、愛衣が心配だったから未だに続けている。でも、愛衣の方は八木颯太(そうた)が送って行ってくれることになったので、『せめて深夜勤務は、もう止めよう。来週からは、勤務時間を減らそう』と薫は考えていた。


職場のコンビニ(エコ)マートに着くと、愛衣が既に更衣室で待っていて、いきなり昨日の夕飯のお礼を言われた。


「それと、今日の智也の件、さっき楓ちゃんには、お願いしてありますけど、本当にどうもありがとうございました」

「私の方は良いよ。面倒みるのは、楓だもんね……それよか、天王シネマの前は気を付けた方が良いよ。ちょっと面倒だけど、大回りした方が良いと思うんだ」

「そうですね。そうすることにします」

「颯太にも言っておいてね……あ、そうだ。今日の智也くんの夕食、きっとギョーザだよ」

「えっ?」

「うちさあ、にんにく増量のギョーザ―が冷凍になってるんだ。スーパーで余ってるの、お母さんが貰って来たんだよ」

「へえ、きっと智也、大喜びです」

「えっ、においとか、大丈夫なの?」

「智也には、歯磨きしっかりするように言っときます」


楓とは違って、愛衣の反応は、意外とあっさりしたものだった。これは、困窮生活のキャリアの差かもしれない。あっけらかんとした愛衣の顔を見ながら、そんな風に薫は感じてしまったのだった。



★★★



今日も午後四時になって、女子大生の斉藤美月(みづき)が来てくれた頃から徐々に忙しくなり、気が付くと外がすっかり暗くなっていた。

薫は短い休憩を取って、破棄品のおにぎりと野菜サラダを食べる。しばらくしてから美月を見送って、更に一時間が過ぎた頃、日比野ひびの店長と八木颯太(そうた)が一緒に店に入って来た。


「店長、体調は大丈夫なんですか?」

「うん。今日はちゃんとベッドの上で寝たからね」

「でも、夜間に働ける人、あと二人くらい見付けとかないと、本当にマズいですよ。それか、深夜営業を止める交渉を本部とやるかですね」

「そうだね。あ、でも、そうすると大島君と原田君が困るんじゃないかな」

「毎日二十三時までは営業するんですから、大丈夫ですって。彼らだって大学の授業、もっとちゃんと出るべきなんです」

「まあ、そうかもね。あ、牧野さんが来た」


愛衣は、Tシャツとジャージ姿だった。これでも女子であることは一目瞭然だけど、セーラー服よりはいい。以前、彼女が言っていたように「男の劣情」を煽ってしまうような服装はすべきじゃない。


「颯太くん。愛衣ちゃんには言ったけど、天王シネマの前、危なそうな男の人達がうろうろしてるから、気を付けてね。特に、うちにいる智也君をピックして愛衣ちゃんのアパートに行く時は、気を付けなよ」

「了解っす。回避するようにします」


そうして、愛衣と颯太を見送った後、薫は店長と二人で夜の勤務を続けた。


それから一時間半以上が過ぎた頃、薫の元カレ、藤田(かける)は、リクルーターの女と遭遇していたのだが、当然、そんなことは薫のあずかり知るところではない。

しかし、その直後、リクルーターの女は、すぐ近くのコンビニ(エコ)マートへと向かって行ったのである。



★★★



店内の壁にあるデジタル時計は、午後十時四十五分を表示していた。薫のシフト終了まで残り十五分だ。

ところが、この日は夜間のお客さんが予想外に多く、商品の陳列や在庫確認などの作業が何もできていなかった。日比野店長の方はというと、さっきから、ようやく明日の発注作業に取り掛かった所で、とても手伝ってくれそうな感じではない。

このままでは十一時から店長と一緒に働くことになっている大島くんに負担を掛けてしまう。少し残って手伝ってあげようかと、薫が思い始めた時だった。


パぴパぴ……。

「いらっしゃいませー」


薫は脳内で「また、お客さんかあ」と呟きながらも、反射的に口から挨拶の言葉が出てしまっていた。そして、入口の方に目をやった途端、「えっ?」と小さく声を上げた。

入って来たのは、こんな夜なのに黒いサングラスをした長身でスーツ姿の女性。彼女は大きな歩幅で薫の前まで来ると、低い声で「ちょっと出られないか?」と訊いてきた。そうかと思うと、薫の返事など聞きもせず、さっと横を通り抜けてレジカウンターの方に行ってしまう。そして、その奥でPC端末に向かって作業中の日比野店長に、「悪いけど、この子、ちょっと貸りるぞ」と言い放った。

それから彼女は、カウンターの上に名刺を置くと、驚いて立ち上がった店長の方に顔を向けること無く、再び薫の方にやって来る。薫が「あれ?」と思った時には、薫の手首は彼女にガシッと掴まれていて、そのまま薫はグイグイと引っ張られて、店の外へと連れ出されてしまったのだった。



★★★



夜空には、半分より少し太ったアーモンド形の月が出ていて、周囲をほんのりと照らしていた。

公園に近付くにつれて、虫の鳴き声がどんどんうるさくなって行く。普段ならうっとおしく感じてしまう所だが、今夜は外が割と涼しいせいか、あまり気にはならない。


薫にとっては既に顔なじみであるリクルーターの彼女は、天王池公園の入り口辺りの茂みまで来て、ようやく立ち止まってくれた。握られていた左の手首が微かに痛んだので、彼女の前で薫は、これ見よがしに手首を動かして見せる。

そんな薫を無視した彼女は、何やら銀色の物体を差し出してきた。

月明かりに照らされて光り輝くその物体が、本物の拳銃だと気付いた途端、薫はビクッと身体からだを震わせた。それでも、しっかりと両手で受け取って、彼女の方に顔を向ける。


「この拳銃は、水草に渡しておく。女性向きに作られた最新型だ。これは、訓練の一環だと思って欲しい」

「訓練、ですか?」

「大丈夫だ。そんなに難しいことじゃないからな」


そのリクルーターは穏やかな口調になって、薫にその後の説明を続けた。


「これから入隊までの間、実弾を込めた状態でこれを肌身離さず身に着けておくこと。水草にやってもらいたいのは、それだけだ。簡単だろう?」

「……?」


薫は、ヒンヤリとするその物体を見詰めながら、しばらく無言のまま固まっていた。薫の小さな手にもすんなりと収まる大きさだ。素材が特殊なセラミックか硬質プラスチックで作られているのだろう。重さはあまり感じられない。その代わりに、それが持ち主に与える精神的な重圧は半端ではなかった。


――これは、人を殺す道具なのだ。


そんな物騒な物を、コンビニの制服を着た間抜けな女が手にしても良いものだろうか?


いや、良いわけないじゃない。


「どうした、水草?」

「あ、はい」

「ははは、確かに持ってるだけじゃ、物足りないか?」

「えっ?」

「簡単な訓練はやったと思うが、実弾を撃つのはまだだったな。と言っても、お前がやった訓練と何も変わらないんだが……」

「……?」

「まあ、良いだろう。じゃあ、今度、射撃訓練に連れてってやる。そこで、思いっ切り、撃ちまくってみろ。訓練場には他にもいろんな銃があるから、他のも試してみるといいさ。そうすれば、こっちも水草の能力が確認できて、一石二鳥だな」


彼女は、おもむろにスマホを取り出すと、しきりに画面を長い指でなぞっている。


「うーん、今週は駄目か。早い方がいいんだが……まあいっか。時間ができたら、連絡する。何か質問はあるか?」


「あ、あの、いつも持ってなきゃいけないんですよね? だったら、お風呂に入る時とかは、どうしたらいいんですか?」


頭の中が真っ白なままの薫は、ついつい変なことを口にしてしまった。それでもリクルーターは、真面目に答えてくれる。


「ある程度は防水が効くから持って入っても大丈夫だとは思うが、何も普通の入浴時まで携行しろとは言わないよ。ただし、脱衣の際の置き場所には気を付けておけ。置き忘れにも注意することだな」


そう言って彼女は、薫に笑い掛ける。自分でもまぬけな質問だと思った薫が黙って顔を伏せていると、更に続きがあった。


「……水草が拳銃を持っていることは、家族の人になるべく知られないようにした方が良いな。お前だって、家族をむやみに怖がらせたりしたくないだろう?」


その言葉を聞いた薫が、ふと疑問に思ったことがあった。訊こうかどうか迷ったが、やっぱり訊いておくことにした。


「あの、まだ民間人の私が拳銃を持ってることって、本当は犯罪なんじゃないですか?」

「そうだな。『普通の民間人』なら、犯罪だな」


それから彼女は、不敵な笑いを浮かべながら続けた。


「だが、水草は既に普通の民間人じゃない。まあ、厳密にはまだ民間人なのかもしれんが……うーん、詳しいことは、聞いてみんと分からんな……。まあ、少なくとも、あれだ。マニュアル運転車の運転免許があるだろ。昔はみんなが持ってたが、最近は持ってる奴が減ったけどな。あれで言うと、仮免って奴だな。分かるか?」

「……仮免、ですか?」

「そうだ……あ、いや、待てよ。そういや、軍の特別幹部候補生としての登録は済んでる訳だし、だったら、身分証が発行されてるんじゃないか?」


彼女に言われたことで、薫は思い出した。

海の日の前の日曜日、薫は軍のリクルートセンターに呼び出され、軍の採用内定通知書を受け取った。それで薫は、その日の夜、母の佳代と妹のかえでに、自分が軍に入ることを打ち明けたのだ。

そこまでは良いのだが、その翌日の海の日、再度リクルートセンターに呼び出された薫は、軍の身分証と軍のクレジットカードを手渡された。ところが、採用内定通知書が出された翌日に身分証が発行されることなど、普通は有り得ないということで、渡してくれた係官の方がとまどっていた。

その係官には、『たぶん、仮のだと思うけど、確認しておくよ』と言われたのだが、その後、未だに連絡はない。


その話を目の前のリクルーターにしたら、彼女は苦笑した後で言った。


「その身分証、今、持ってるか?」


薫は、『確か、ここに入れた筈だけど……』と思いながら財布を取り出すと、そこにあったカードを一枚ずつ確認して行く。月明かりなので見づらいが、しばらくごそごそやっているうちに見付けられた。


「あの、これですけど?」


薫は、身分証とクレジットカードの両方を彼女に渡した。


「ああ、これだ。万が一、警察に銃の携行を咎められたら、これを出せば良い」

「……は、はい?」

「それから、こっちのカードも有効だ。もっとも、お前の将来の給料から引き落とされるから、使い過ぎるなよ」

「はい」

「つまりだ、その二つを持ってるってことは、水草はもう民間人じゃない」

「えっ、私って、もう軍人なんですか?」

「そうだ。ほら、暗いから見づらいと思うが、ここの階級欄に『准尉』とあるだろう? これが今のお前の階級だ。つまり、お前も将校の端くれということだな」


彼女が二枚のカードを返してくれた。薫は、それらを再び財布にしまった。

ちなみに准尉というのは、将校の一番下の階級だそうだ。


「でも、ひとつだけ守って欲しいことがある。その銃は、絶対に失くさないこと。お前がそれを失くしたりすると、最悪、私のクビが飛ぶことになるし、いろいろと手続きをしてくれた人にも迷惑が掛かる。だから、取り扱いには充分に注意すること。良いな?」

「はいっ」

「で、それとだ……」



★★★



そこまでは軽い調子で話していた彼女の表情が、急に硬いものになった。薫は、自然に心を引き締めた。


「水草、お前、例の貸金業者の方は、その後、どうだ?」

「あ、はい。お陰様で、あれからは一度も接触がありません」

「そうか。一応、軍の方からバックにいる組織に当たってもらってはいるが、まだ話が付いてないんだ。それでだ……」


彼女が強い目線を薫の方に向けてくる。


「連中が、もしまたアパートの方に来ることがあって、お前やお前の家族が何かされそうだったら、その拳銃を使って良いからな。但し、できるだけ殺すな」

「……えっ?」

「どうした。ただ引き金を引くだけだ。お前なら、できる筈だが」

「……?」


確かに、引き金を引くことはできる。薫は、本物そっくりのオモチャを使った講習を既に軍の施設で受けているからだ。それは「簡単な」テストを兼ねた講習だったのだが、それで一通りの銃の扱い方を学ぶことができた。

ただし、実弾の入った本物の拳銃となると、おそらく勝手が違う筈だ。コンマ数秒の反射神経が問われる射撃においては、ごく僅かな感触の違いが致命傷にもなりかねない。薫がその時の講習で学んだことだ。


「まあ、万が一、連中を殺してしまったとしても、私の方で何とかするから、そんなに心配するな」


薫がしばらく黙っていると、彼女は更に過激なことを言い放った。


「お前も研修の時に何度も聞いたと思うが、大事なことは、ためらわないことだ。本当の戦いでは、一瞬のためらいが生死を分ける。だから、お前が必要と判断したら、ためらわずに引き金を引け」

「……はい」

「どうした?」

「あ、いや。本当に良いのかと?」

「大丈夫だ。私は、お前の判断を尊重する。確かに、正式な訓練はまだだが、それくらいの判断なら、今のお前にできる筈だ」

「はいっ」


薫は、六月の頭から七月の中旬にかけて合計十六回、軍から呼び出しを受け、軍人としての様々な適性検査を受けた。その際、検査に必要な射撃とかの講習に加え、護身術等の基礎的な訓練をマンツーマンの形で受けていた。

今思えば、それらの訓練の中には、リクルーターが追加で頼んでくれたものがあるのかもしれない。


「だからな、水草、お前は気楽でいろ。お前自身とお前の家族を、それで守れ」

「あ、はい」

「本当は、もっと早くお前に渡してやりたかったんだが、すまん。いろいろと面倒な手続きがあって、今日まで掛かってしまった」


彼女が軽く頭を下げてきたので、薫も慌てて、「いや、大丈夫です。ご配慮、どうもありがとうございます」とお礼を言って頭を下げた。



★★★



静かな筈の夜の公園なのに、やたらと虫の音がうるさく響く。


薫は、非日常的な会話内容を整理するのに必死だった。

そんな薫の胸中を察してか、リクルーターが問い掛ける。


「他に何か、聞いておきたいことはあるか?」


薫は即座に「ありません」と答えようとしたのを、少しだけ考えて思い留まった。どうせなら、例のことを訊いてしまおうと思ったからだ。


「あの、北島さん……」

亜紀あきで良いって、こないだ言っただろう。まあ、ちゃんと入隊したあかつきには、北島一尉って呼んでもらうがな、それまでは亜紀で良い」

「あ、はい。では、亜紀さん。あのー、私、未だに納得できてないっていうか……」


それまで俯き気味だった薫が、そこでパッと顔を上げ、初めてリクルーターの目をしっかりと捕らえた。


「何でこんなに良くしてくれるんですか? 冴えない私なんかに亜紀さんがおっしゃった才能なんてものがあるってこと、どうしてもまだ信じられないんです。あ、別に死ぬのが怖いだとか、今更、戦場に行きたくないとか、そんなんじゃないんです。お約束のものが頂けるなら、私の命なんかどうだっていいんですけど、でも、後で間違いだったなんてことになったらどうしようって、それが凄い不安で……」


そこまで一気に話した薫は、じっとそのリクルーターの顔を見詰めていた。

彼女は「はあー」と大きなため息を吐いた後で、ゆっくりと説明を始めた。


「水草。お前、軍の施設でこれまでに何度もいろんなテストを受けてきただろう。総合的な学力検査に知能テスト、反射速度や様々な運動能力の検査、詳細な性格検査に加えて、心理面や思考のパターン、判断能力だとか思考の傾向、それに感情面のコントロール能力とか、とにかくたくさんあったと思う。それらを総合的に分析し評価した結果、水草は非常に有能な軍人になる可能性が高いという結論になったんだ」


彼女の説明は、尚も続く。


「もちろん、検査結果が全てじゃない。お前が実際にその通りの能力を発揮できるかは、未知数なのかもしれん。だが、はっきりと言えるのは、お前には特異な才能がある。その才能は、恐らくお前が生まれつき持っていたものと、後天的に努力して身に付けたものが組み合わさった結果だと、軍の検査官達は考えている」


薫は、無言でいた。そのことが、彼女には不満だったようだ。


「それと、もうひとつ付け加えておくと、軍の検査官達は馬鹿でも無能でもない」


ハッとした薫が、彼女の顔を見た。


「つまり、私が不安に思うこと自体、その人達を馬鹿にしてるってことになるとおっしゃられるわけですね?」

「そのとおりだ」


そこまで言われてしまえば、薫も引き下がるしかない。ただ、それでも薫は、まだ納得できていなかった。

そんな不安な心とは裏腹に、薫は澄んだ目でじっとリクルーターの顔を見ていた。


「まだ、納得してないんだな」

「すいません」


薫は、素直に謝った。そして、やや早口で心情をぶちまけた。


「だって、どうしても実感できないっていうか……。私、本当に戦場なんかに行って、足手まといにならないんでしょうか? みじめになるから、あんまり口に出して言いたくないんですけど、今までの私って、ドジでのろまな亀だって思ったことはあっても、自分が優秀だなんて思ったこと無いから、どうしても納得できないっていうか……」


薫がちらっと亜紀の方を見ると、彼女は呆れながらも温かい表情で薫を見てくれていた。


「報告書にもあったが、お前の自己評価の低さは本当に筋金入りだな。お前、学校の成績はずっと優秀だったし、周囲の人達の評価も高く、仲間達からも信頼されていたとあったぞ。それに、学校の体育の成績だって良かったんだろう? 中学や高校の部活だって、結果こそ残せてないが相当に目立ってたっていうじゃないか。それでも、お前、本当は本気でやってなかったんじゃないのか?」

「……っ」

「お前に相当な金額を支払う以上、お前のことは、それなりに調べさせて貰っている。いや、はっきり言うとだな。お前のことは、お前以上に良く知ってるんだ。その結果として、お前は稀に見る逸材だという結果になったんだ。もっと、自信を持て……と言っても、自信を持てないのが水草なんだよな。まあ、これも報告書に書かれていたとおりってことだ」


薫の告白を聞いた亜紀は、首を何度か横に振ってから、今度は薫の不安そうな顔に優しく微笑み掛けた。


「分かった。要するに、言葉じゃ駄目ってことだな」


それから彼女は、いったん薫から視線を外して夜空に浮かぶ月をじっと見ていたが、やがて何かを思い付いたように軽くポンと手を打った。


「とにかくだ。水草が自分の能力を実感できるような機会を何とかアレンジしてやる。と言っても、すぐに用意できるかは微妙なとこだが……近々(ちかぢか)名古屋で何か起こりそうな情報があるんだ。ひょっとすると、意外と早く用意できるかもしれんが、まだ、はっきりとは分からん。また連絡するから、少し時間をくれ」






ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。

次話も薫視点で今日の続きになります。


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