第39話:大衆酒場(4) <翔サイド>
再度、見直しました。
「ごめん、遅くなっちゃった。すっごい待たせちゃったよね? あれ、皆、どうしちゃったの?」
居酒屋「大衆酒場」に遅れて現れた水草薫は、開口一番、そう言って皆に詫びた後で、三人の雰囲気がおかしいことを訝った。
「あ、薫、お疲れ-。えっと、ビールで良いよね」
山口沙希が薫の返事も聞かずに注文用のタブレット端末を操作しながら、話を続けた。
「……陽輝がさあ、変な話をするから、しらけちゃったんだよね」
「ふーん。そうなんだあ」
薫は、いつもよりずっとテンションが高かった。藤田翔は、そんな薫のことを、昼間の市民病院の時とは、大違いだと思った。その彼女は急いで来たからか、額や頬に大粒の汗が見える。顔に手を振って風を送る仕草が、子供みたいで可愛い。服装は昼間と同じで、黄色のTシャツにデニムのパンツ。家に帰ってないのだから、当たり前だろう。
薫は、周囲の様子を興味深げにきょろきょろと見回している。なのに翔の方は素通りしてしまい、なかなか目を合わせようとしてくれなかった。
翔の隣で松永陽輝が、「ちぇっ、オレのせいかよ」と愚痴るのが聞こえた。そんな松永に、薫がすかさず声を掛けた。
「もう、どうしたの、松永くん。せっかく四人揃ったんだから、楽しく飲もうよ」
薫は、自分の中ジョッキが来ると、率先して乾杯の音頭を取った。
「じゃあ、翔くんが無事に私達の街に戻って来てくれたことを祝って、かんぱーい!」
その乾杯が終わった後で、松永がボソッと言った。
「戻って来たって言ったって、どうせまたすぐ行っちゃうんじゃんか」
「それでも良いじゃない。また会えたんだから。だって今、海外って危険なんでしょう?」
「まあ、日本だって最近は物騒なんだけどさ」
沙希の指摘に、薫も「そうだねー」と頷いてみせる。その薫の仕草に、翔は何故か少し安心した。
「こうやって会えるってのは、やっぱり良いことだよ。私、今日は特にそう思えるの」
薫が何を指してそう言っているのかは、聞かなくても分かる。当然、圭介のことだろう。やっぱり、薫も彼のことを気にはしてたようだ。
「まあ、そうだよな。翔、お前は幸せもんだよ。ここにいる奴の中で、いっちばーん、幸せな奴だ」
「そうだね。こんなかで翔が唯一の上級国民だもんね」
沙希が相槌を打つと、薫が自嘲的な笑みでこう言った。
「そんでもってね、この私が、いっちばーん、落ちこぼれだよー」
薫は、そう言って自虐的に笑ってみせた。それ自体は普段の薫と同じなのだが、その後、「あー、お腹すいたあ」と言ったかと思うと、残っているつまみを次々と小さな口の中に放り込んで行く。沙希の前にあった大きな唐揚げの残りを手で掴むと、いきなり齧りついたのには驚いた。
頬をぷくっと膨らませ、小さな口をもぐもぐとリスのように動かす薫の様子には、松永も不振に感じたようだった。
「薫、お前、肉とか嫌いじゃ無かったんかよ?」
薫は、尚も急いで口をもぐもぐと動かして、それを何とか飲み込んでから、元気な口調で答えた。
「ふう、美味しかったあ。あのね、松永くん。今までは私、お肉って嫌いだったけど、最近、少しは食べれるようになったんだよ。ほら、今の私って、ビンボーじゃない。好き嫌いとか言ってられる立場じゃないもんね」
薫が貧乏なのは、ずっとなんじゃないのか。東京にいた時だって、そうだっただろうに。
翔は、そんな風に思ったのだが、言わないでおいた。
「それにね、ここの鳥からっておいしいんだよー。あ、そういや、私が初めて鳥から食べたのって、ここのお店だったなあ」
「それって二月でしょう?」
「そうそう。あん時、沙希もいたっけね」
「ふーん。お前らって、ちょくちょく飲みに行ったりしてるんだ」
「もう、松永くんったら、そんなわけないじゃない。えーと……」
それから薫は、自分の指を折って数え始めた。
「えっと、今日で五回目だよ。うーん、なんか全部、奢ってもらってるような気がするんだけど……」
「ははは。そりゃ、そうだろうな。で、毎回、沙希も一緒なのかよ?」
「まあね。前回は、六月だったっけ。私と薫の二人で飲んだんだ」
「うん。あん時も奢ってもらっちゃって、ありがとうね」
「ううん。私の方が全然、多く飲んでるんだから、当然だよ。愚痴もたくさん聞いてもらったしね」
「ちがうよ、沙希。あん時、いろいろ聞いて貰ったのって、私の方だよ」
「あれから、どう? うまく行ったの?」
「うん。うまく行ってる」
そこで沙希は「そう」と頷いた後、何やら考え込んでいる様子だった。
「それって、良かったのか悪かったのか、微妙なんだけど……」
「ううん。間違いなく、良かったんだよ」
そう強く言い切った薫は、チラっと翔と松永の方を見てから続けた。
「ここじゃ、詳しいことは言えないんだけど、ちゃんと決まった」
「決まったんだ」
「うん。だけどね、本当は、まだ自信ないんだ。私で大丈夫なんだろうか……って、今更、後には引けないんだけどね」
今度は俯いてしまった薫に、沙希は優しい声音で相槌を打つ。
「まあ、そうだろうね」
薫の表情は、変わらない。というか、ずっと無表情のままだ。
それでも沙希の方は、厳しい顔付をしていた。沙希がこんな顔付をするということは、やはり、薫に何か重大なことが起こっているということだ。
そのことには松永も気付いていたようで、彼はストレートに尋ねた。
「お前ら、さっきから何のこと話してんだよ?」
そこで沙希にじろっと睨まれた松永が、少しビビった表情になる。
「あんたは、まだ知らなくて良いんだよ」
翔は咄嗟に「俺もか?」と訊きそうになったが、何とか堪えた。それを訊いてしまったら、何か恐ろしいことに足を突っ込んでしまうような気がしたからだ。
でも、本当にそれでいいのか?
すぐにそんな疑問が頭の片隅で沸いてくる。彼は、いつだってそうだった。そうやって、いつも薫のことから目を背け続けてきたのだ。
「もう、沙希ったら、そんなに怖い顔しないの」
すぐに、聞き慣れた薫の澄んだ声がした。だけど、何故か、いつもよりも乾いた響きだった。
「あの、松永くん。ごめん、今は、まだ言えないかな。もう少ししたら、ちゃんと言うから、待ってて」
「それって、薫にとって良い話なんだな?」
「うん、そうだよ……たぶんだけど」
薫の返事に、沙希が何故か悲しい顔をした。ところが松永は沙希の方は見ないで「そっか。まあ、良かったよ」と言った。
翔が何か言おうと思っていると、薫が話題を変えてしまった。
「あ、私さあ、実は、お昼、食べてないんだ。だから、お腹、ぺこぺこ」
「えっ、そうなの?」
「だって、午前中のバイトが終わったら、すぐに病院に来ちゃったじゃない。それに、圭介の病室でも、思ったより長くいたから、慌てて戻んなきゃいけなかったし」
「ごめんね。何か食べるもの用意しとけば良かったね」
「ううん、良いよ。圭介の所では、どっちみち食べられなかったでしょう」
「まあ、そうだね。あ、そうだ。ご飯ものとか、頼みなよ」
そう言って沙希が松永の肩をポンと叩く。彼の脇にある注文用のタブレット端末を寄こせという意味なんだろう。
薫は、そのタブレット端末を指でスライドさせながら、メニューを見て行く。
「うーん。まずは、ビールのお代わり貰って良いかな。それから、ポテトサラダと揚げ出し豆腐でしょう。春巻きも良いなあ。あ、このシーザーサラダもお願いしよっかなあ。ベーコンのトッピング付きで……」
「ふふっ、どんどん注文しちゃってよ。今日は翔がいるから、高いのでも全然オッケーだしさ」
要は翔が多めに払えと、沙希は言いたいんだろう。もっとも、翔は最初からそのつもりだったので、特に何も思わなかった。
「けどよー、ここで高いのって言っても、あんま、無いよな。えーと、サイコロステーキかあ」
「それは、さすがに駄目なんじゃない?」
「そだね-。あとは、お刺身だけど、大丈夫かなあ」
「あ、鮮度とかなら、大丈夫だと思うよ」
「そっか……まあ、でもいいや。イカ焼きにしよっと」
普段は小食の薫なのに、次々と注文して行く。もっとも、食べ切れなければ松永や沙希が食べるだろうから、問題は無いのだが……。
「しっかしよう。和洋中と、ごちゃごちゃだよな」
「良いでしょう。ここのは全部、おいしいよ」
「まあ、そうだけどよ……」
「お待ちどおさまでーす」
追加オーダーのビールはすぐに来た。
薫は、いつの間にか一杯目のビールを飲み干してしまっていて、新しいのが届くと、いきなり三分の一程を一気に飲んでしまった。
東京で薫を居酒屋に誘ったことが無かった訳ではないのだが、いつも中ジョッキのビールをちびちびと飲むくらいで、こんな飲み方をする薫は見たことがない。翔の記憶の中にある薫とは、まるで別人みたいだ。
見た目は相変わらず、あの頃のままだというのに、やはり中身はだいぶ違ってしまったようだ。
翔は、そんな様子の薫に対して、どう言葉を掛けて良いのか考えあぐねているのだった。
★★★
「お待ちどおさまー、あれっ?」
「あ、颯太くんだあ」
「薫さん、こんちわっす」
しばらくして、薫がオーダーした料理が運ばれて来た。それを運んで来たのは高校生っぽい細身の男で、薫の知り合いらしかった。
その彼のことを薫に尋ねたのは、沙希だった。
「えーと、彼は?」
「ほら、颯太くん、自己紹介」
「はい。八木颯太です。天王北高二年です」
「颯太はね、うちの分家の子なんだ。特に楓と仲良しで、幼馴染ってとこかな」
「てことは、親戚?」
「うーん、たぶん、遠い親戚ではあると思うんだけど……、八木家はね、水草の一族の中で、最大の分家なの」
「ふーん、つまり水草家筆頭家老ってことかな?」
「うん。そんなとこ」
沙希の表現が翔には仰々しく感じたのだが、それが少しも冗談っぽくなくて、しかも薫がすんなり肯定したことに翔は違和感を感じた。
それに、普通なら、「筆頭画廊って何だよ。江戸時代の大名か?」とツッコミを入れそうな松永でさえ、当然のようにスルーしている。
「あ、颯太くん。こっちは私の高校の同級生でね、剣道部の仲間なんだ」
「へえ、そうなんだ」
「うん。颯太は、今日も九時迄バイト?」
「はい。そうです」
「そっか。愛衣ちゃん、今日は五時までだから、えーと、次は火曜日かな」
「あ、はい」
「また、宜しくね。あ、それと、颯太も帰りは気を付けるんだよ」
「はい。あ、じゃあ、俺、戻りますんで」
「うん。バイト、頑張ってね」
彼が行ってしまった後、沙希が薫に訊いた。
「愛衣ちゃんって誰?」
「バイトで一緒の子だよ。楓のクラスメイトでもあるの」
「ふーん。じゃあ、天高生なんだね」
「うん。高三の受験生。その子、うちの近所なんだ……あ、このポテトサラダ、おいしい」
「なるほど。それは、凄いね」
「そだよ。うちの近所から天高に行ける子って、めったにいないもんね」
「だろうね。じゃあ、バイトは、学費稼ぎってことかな?」
「うーん、どうだろう。実際は、食費に回っちゃってるみたいだけどね。弟くんもいるし」
「てことは、薫とおんなじ境遇になっちゃいそうなのかな?」
「そだね。はっきりは言いたくないんだけど……」
「うん、それは分かるよ」
そこで沙希は手元のビールをぐびぐび飲んで、薫の方は春巻きをおいしそうに齧っている。
「それでさあ、さっきの男の子って、愛衣って子のバイトの送り迎え、してあげてるってことだよね?」
「帰りだけだよ。それも夜遅くなる時だけ。方向が全然違うんだけど、楓が強引に頼んじゃったんだよねえ」
「そっか。まあ、良いんじゃない。男の子なんだし」
「でもね、私は颯太の方が心配なんだよ。あの子、何となく頼りないっていうか……」
「まあ、可愛い顔してるもんね。女子にはモテそう」
「それはそうなんだけど……うーん、やっぱり、このシーザーサラダ、おいしいよ。ドレッシングが良いんだよね」
「そういや、薫。こないだも、それ、頼んでたもんね」
「うん。沙希も少し食べてみなよ」
翔は、薫と沙希の会話を聞いていて、色々と引っ掛かる点があった。
「あのさあ、うちの高校って、バイト禁止じゃなかったか?」
思わず自分の疑問を口に出してしまった翔に対して、何故か沙希の視線が厳しい。
でも、答えたのは、薫の方だった。
「大丈夫だよ。愛衣ちゃんは、学校の承認、取ってるって言ってたから」
それでも気になった翔は、更に口を挟んでしまった。
「それ、本人が言ってるだけじゃないのか?」
「もう、愛衣ちゃんは、そんな子じゃないよ。優等生だし、それに頑張り屋さんなんだからね」
「そうなのか?」
「そだよ」
「翔さあ。自分の基準で物事を判断するの、止めなよ」
薫の返事に被せるようにして、沙希が不機嫌な声音で口を出してきた。
「ど、どういうことだよ」
思わず翔が返すと、沙希はいかにも小馬鹿にした表情になる。カチンときた翔が文句を言おうとした所で、松永が仲裁に入った。
「まあまあ、翔は翔なんだから、しょうがねえじゃねえか」
「どういうことだよ」
「簡単に言うとだな。バイトしなきゃ、その子は天高を退学しなきゃなんなくなるわけだ」
「はあ?」
「金がねぇんだよ。お前には、想像も付かないことだろうがな」
「でも、公立高校の学費なんて、ほとんどタダみたいなもんだろう?」
「あのな、人は食わなきゃ生きて行けねえんだよ。学費以前に、まず食費を稼がなきゃなんない奴だって、世の中には大勢いるんだよ」
松永にそう言われても、翔にはまだ訳が分からなかった。
「だって、それだったら、親は何をしてるんだよ。子供の養育は親の義務だろう?」
それに答えたのは、沙希だった。
「あのね、さっきも言ったと思うけど、今、私が務めてる小学校って、いわゆる貧民街にあるのね。そこの子って、両親が揃ってる子なんて、ほとんどいないのよ。いたって、父親がまともに働いてないとかで……」
「働いて無いって、どういうことだ?」
「ひとつは、身体障碍者よね。でも、その場合は障碍者年金が出るから、まだ良いと思うんだけど、それよりも多いのは、父親がアル中だったり、ギャンブルにはまってたり、失踪して行方不明だったり……」
「話にならんな」
「そうよ。普通に考えると、そうなの。でも、実際、そういう家庭なんて、いくらでもあるの。それが現実」
そこで、いきなり薫が立ち上がった。
「もう、沙希も翔くんも、その話は止めようよう。せっかくなんだから、もっと楽しく飲もうよ。ねっ?」
薫の言葉に、沙希が小声で「そうだね」と呟く。それに合わせて、松永が「それよか、そろそろここ出ねえか?」と言った。
「あ、薫。お前、もっと食べたけりゃ、頼んでも良いぞ。ご飯系とか、麺類とかよ」
「私は、もう良いよ。結構、食べたもん」
「そうか?」
「うん。大丈夫」
「だったら、次、行くか?」
「えっ?」「良いねえ」
薫の声に被せて、沙希が答えた。
「薫は、お金のこと、心配しなくて良いからね。一緒に来るでしょう?」
「うん、良いけど……本当に大丈夫?」
「もちろん」
その直後、松永がポンと肩を叩いて、「翔、お前も行くよな?」と訊いてきた。
翔としても沙希や薫とわだかまりを残したままなのは嫌なので、頷いておく。
それから、支払いの時に、少し揉めた。
最初に沙希が言ったように、翔が半分以上を持つと言ったのだが、薫が割り勘を望んだのだ。
「薫は後から来たんだから、割り勘はねーだろ」
「でも、私、いっぱい食べたんだよ」
「お前のいっぱいってのは、オレらの半分以下だろうが」
「でも、絶対にいつもより多く食べてるって」
ここで、松永に代わって沙希が宥めに入った。
「薫、ここは、うちらに任せてよ。お金、無いんでしょう?」
「うん、今の手持ちはあんまり無いんだけどね。でも、だいたい目途は付いたから、大丈夫だよ」
「そっちの話は、そのうち、ちゃんと聞くから。だから、今日んとこは、うちらにまかせなさい」
「でも、この後も行くんでしょう?」
「そうだけど、そっちはそっちで何とかなるっていうか……」
「どうゆうこと?」
「行けば分かるよ」
「……?」
薫はまだ納得していない様子だったが、それでも、沙希に背中を押されて店の外へ出て行った。
そこで翔が自分のウェアラブル端末で時刻を確認してみると、夜九時半になろうかといった所だ。確かに、まだ解散するには早い時間だった。
★★★
結局、翔は薫とほとんど離せないままに、店の外に出ることになってしまった。
さっきの店で薫はビールの中ジョッキを空けてしまった上に、彼女も言っていたとおり、普段の彼女からすると考えられない程の食べ物を口にしていた。自分で頼んだ料理以外にも、鳥のから揚げにソーセージ、ポテトフライ等の残り物を綺麗に平らげてしまったからだ。
その間に薫は様々な話をしていたのだが、翔にしてみれば彼女のことは何も分からずじまいだった。それどころか、逆に彼女に対する謎が深まった感じさえする。
さっきは、それが沙希の妨害のせいだと思っていた翔だったが、冷静になってみると、沙希はそんな奴じゃない。ということは、何か薫に事情があるのだと思い直した。
むしろ、これは沙希に訊いた方が早いのかもしれない。
それに、松永だって、ある程度の事情は把握しているような感じだった。沙希にせよ松永にせよ、決して翔を除け者にするような奴らではない。翔が尋ねれば、きちんと分かるように説明してくれる筈だ。
そうやって思い至ると、翔は少し気が楽になった。
相変わらず頭の中は疑問符だらけではあったが、そうやって何とか状況を整理しようとしていたのだ。
もちろん、育ちが良すぎる彼にとっては、いささか守備範囲外の事柄ばかりだった。それでも、彼としては精一杯、頭を働かせていたのである。
四人が向かっているスナックは、天王通りをもう少し神社の方に行った所にあるらしい。
夜の天王通りは、まだ九時だというのに人通りがほとんど無くて、街灯の明かりも何となく物悲しく感じられた。
これから行く店は、最近、松永が足しげく通っているスナックということで、彼は戦闘を意気揚々と歩いている。ただ、松永だけでなく沙希も知っている店らしく、翔のすぐ前を歩く女子二人の会話が翔にも聞こえていた。
「ねえ、沙希も知ってるってことは、松永くんと一緒に行ったんでしょう?」
「まあ、最初は、そうなんだけどさ。その後は独りでも、ちょくちょく行ってるんだ。きっと薫だって、そうなると思うよ。先に薫には謝っておくけど、ごめん、もっと早く誘うべきだった」
「えっ、何で謝るの? 私、金欠だから、スナックなんて独りで行かないと思うけど……」
「いや、そんなの関係ないと思う。本当は、すぐにでも連れてくつもりだったんだ。でも、前は、お店の子に止められてたのもあるし、その子に連れて来ても良いって言われてからは、私の方が都合が付かなくてさ、とにかく、ごめん」
「もう、ほんとに何なの? 全然、分かんないよ」
「大丈夫。行けば、分かるから」
二人の会話を聞いていて、改めて翔は、今夜の薫がまるで別人のようだと思った。やはり、どこか変だ。
沙希も何となくそれに気付いている感じで、さっきから時々何か言いたそうな表情を向けてくる。さっきの居酒屋で、いきなり中ジョッキを開けたせいかもしれないが、思い返してみれば、店に入って来た時から薫は、ずっとそんな感じだ。何となく無理に明るく振る舞っている気がする。
やっぱり、こないだ喧嘩したことをまだ引きずっているんだろうか?
それとも、俺がニューヨークにいる間に、薫の性格自体が変わってしまったんだろうか?
翔がそんなことを考えているうちに、先頭を歩く松永が立ち止まった。
どうやら、目的の店に到着したようだった。
ここまで読んで頂き、どうもありがとうございました。
飲みやのシーンばかり長くなってしまいすいません。次は、スナックに移動しての二次会です。
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