大掃除(2024年 お年賀小説)
2024年のお年賀小説です。
今日は冬休み。
学生としては嬉しい限りで、新年を迎えればお年玉と言う名の臨時ボーナスも貰える。
ただしこのお年玉というものは、労働への対価ではない。その為この期間は親を怒らせないに限る。そうでなければ、親の心しだいで減額もあり得るのだ。
「莉緒、古いおもちゃ、いるものいらないものを分けてちょうだい」
「はぁい」
何故冬にやるのか、大掃除。
寒いのに面倒だなと思わなくはないけれど、親に勝手に捨てられたくないものまで捨てられないために、私はいるものいらないものに仕分けしていく。
「あー、懐かしい」
もう遊ばなくなった恐竜の人形たち。壊れてしまっているものは、寂しいが今までありがとうと心の中で言いながらゴミ袋へ。
その仕分け中、フクイラプトルのぬいぐるみを見つけてた。
ふわふわなぬいぐるみだけれど、下に電池が入るようになっていて、しゃべりかければ同じ言葉を繰り返すというおもちゃだった。【らぷー】と名前を付けて、遊んでいた記憶がある。
ただひたすら声真似をしてうるさいので、電源を切っておくことが多かった。でもある時から、まるでこちらの想いを察したかのように、電源を入れてもウンともスンとも言わなくなってしまった。まあ、幼い私の遊び方が雑で、落としたりもしていたので普通に壊れただけなのだろう。でもしゃべらないで欲しいと思ったからしゃべらなくなった気がしてしまい悲しかった記憶がある。
とはいえ、しゃべらなくても外見はかわいらしい恐竜のぬいぐるみなので、そのまま私は遊び続けた。ある時は患者さんとなり、ある時は正義の味方となり、らぷーは大活躍だったなと思う。
壊れてしまったおもちゃは先ほどからゴミ袋行きにしていたけれど、この子は……まだとっておこう。
私は丁寧に、箱の中に戻し、次の人形を手に取った。
次の人形は――。
ゴトン。
「ひょっ‼」
突然重い頭部が床に落ち、生首状態の人形を見て、私は声なき悲鳴を上げた。さらにその頭がころりと転がり視線が合う。
「メ、メリーさん⁈」
何で通知音は? と思ったところで、私のスマホが部屋に置かれたままだということを思い出した。なるほど。だからいつもの着信音がないのか。
いや、なら、いつからメリーさんはここで待機していたの?
中々気づいてもらえず、それでも何度も驚かせようと罠を張り続けるメリーさんを想像すると切なくなる。でも何時でも私が気が付くとは限らないので、こういうことはよく起きていたのかもしれない。
私はひとまず部屋にスマホをとりに向かう。
メリーさんは声帯がないので声を出すことができない。女子高校生も真っ青な早打ちをするけれど、こういう時不便だなと思う。いや、でも突然しゃべりだす市松人形も怖いかな?
電池を入れてしゃべるぬいぐるみは、何というかとても愛くるしいイメージだ。でも市松人形がしゃべりだしたら……うん。愛くるしさより不気味さが際立つ。
なんだろう。人型というのがよろしくないのだろうか?
そう言えば、今なら人形をしゃべらせることも可能だけれど、しゃべる市松人形や雛人形が売られているのは見たことがない。……ただ夜に飾ってあるお部屋でしゃべているのを見てしまったら、トラウマになる気がする。うん。やはり技術が進んでも、人形はしゃべればいいというものではないようだ。
とあるアニメ映画ではおもちゃの人形がしゃべっていたけれど、人間の前ではしゃべったり動いたりできない設定だったなぁと少し思考が脱線したところで、部屋に到着した。
「莉緒、片付け終わったの?」
部屋から出れば、ばったり母と会ってしまった。
「まだ終わってない。スマホを部屋に忘れたから取りに来ただけ」
「そんなの見てたら終わらないでしょ?」
「でも友達からの連絡を無視するわけにはいかないもん」
出張中の父が明日帰ってくるためか、母は張り切って大掃除をしている。でも張り切りすぎて、休憩=さぼり=悪となっていてピリピリしていた。
私は小言が飛んでくる前にさっと再び物置部屋に戻る。お年玉もあるし、母は朝からずっと掃除しているわけなのだから、今は逆らわない方が吉だ。
部屋のドアをしめてスマホを確認すれば、ラインの通知が沢山入っていた。
「わぁ。メリーさん、ごめんね」
開けば、私メリーから始まる言葉がずらずら並んでいる。あ、結構前からある。結構前から仕込みがされていたのだろうと思うと、気が付いてあげられなくて申し訳ない。
メリーさん、結構体を張っていたんだね。
そう思いふとメリーさんを見れば、いつの間にか胴体と首がくっついていた。……くっついているのが普通だけど、どうやってくっついたのだろう。メリーさんの手だと小さすぎてメリーさんの頭を持てない気がするのだ。
だとしたら頭が自主的に動いて跳ねて、ジャストフィット的な?
……やめよう。想像するとものすごいシュールだ。怖いとか色々吹っ飛ぶので、口にするとたぶんメリーさんが怒る気がする。うん。手品と同じでタネも仕掛けも、気が付いてはいけないものなのだ。
ピロン。
『私メリー、今、失礼なことを考えたでしょ』
「か、考えていないよ。メリーさん、今日はどうしたの?」
『柳田の家に柳田の親の友人が遊びに来ているのだけれど、霊感が強い人がいるから、柳田が悪魔にそそのかされたと言われないためにこっちに来たの』
「そっか。零君のために……」
『違うわ。柳田のためなはずないじゃないの。これからも心置きなくあいつを恐怖の谷に落とすためにも、私はまだ祓われるわけにはいかないのよ!』
メリーさんはおこのスタンプを貼ってきた。
ツンデレなのかなんなのか。もしかしたら霊感が強い親戚というのが怖くてというのも考えられるが、私もメリーさんが祓われてしまった困るので、ここに避難してもらうのは構わない。
ただ零君がメリーさんに驚いてくれる日は来るのだろうかと思うぐらい、メリーさんはこれまで連敗している。でも諦めたら試合は終了だって、どこかのアニメの先生が言っていた気がするし、あきらめない限り可能性はあるよね。
『私メリー、今、失礼なことを考えたでしょ』
「考えていないよ。メリーさんを応援しているだけ」
『多分、天野がエイプリルフールに『きらい』の一言をラインで柳田に送れば、アイツも心臓が止まるぐらいびっくりするはずよ』
「それはショックの種類が違うのでは?」
そして零君の反応次第では私への攻撃力も強い、諸刃の剣だ。
『福の神からの脱却を願っているのだから、アイツは少しぐらい絶望すればいいのよ』
メリーさんの後ろにはかっこで相変わらず福の神の文字がついてしまっている。そのため、一刻も早く元のメリーさんに戻りたいらしい。
神様には簡単になれるものではないのだから辞めるのはもったいない気もする。でも何になりたいかも、何に価値を置くかも、人間それぞれ違うのだから、妖怪もまたそうなのだろう。
『そういえば、天野は何をしているの?』
「大掃除だよ。お母さんに、おもちゃの整理をしなさいと言われて仕分けしているの。人形が捨てられるのを見るのは、メリーさん的には気分がいいものではないかもしれないけれど」
『別に? ここにあるのは、ただの物だもの。私とは全く違うわ。そもそもものに命が宿るには百年の年月が必要とされているの。百年経たないうちは、違う存在ね』
「でも百年経ったらもしかしたら付喪神になるかもしてないなら、その手前が赤ちゃんに見えるとかはないの?」
『ないわね。百年経ったら必ずなるわけでもないのだし。それに私たちはそれぞれ、まったく別の存在よ。天野も人の赤子は可愛くても、カエルの卵を愛おしく思うことはないでしょ?』
「たしかに」
というか、同じ妖怪でもそんなに種族差があるような感覚なんだ。
親も違えば、媒体も違う。言われてみると、怪異だからと言っても同じではないというのは当たり前かもしれない。
「メリーさん、掃除が終わるまでちょっと待っていてくれる? お母さん、ピリピリしているから、さっさと片付けを終わらせないと怖いから」
メリーさんに一言断り、私はいるものといらないものをその後も仕分けした。
流石に高校生になると、人形遊びはしないので、正直に言えばほとんどがいらないものだ。でも思い出が詰まっているので中々捨てるという判断ができない。
「服は一年着なければ捨てようかなと思うけれど……」
『大掃除は厄払いの意味があるのよ。百年経つと妖怪になって怪異を起こすと思われていたから、年末に道具を処分するの。ただ捨ててしまうには惜しいと思えば、蚤の市という場所で他者に渡して、新しいものとなったとするのよ』
「蚤の市ってなんだっけ?」
ピロンと入ったメリーさんの言葉に首を傾げる。
『今でいうところの、フリーマーケットというものかしら?』
「ああ。なるほど」
『譲っても、命が宿る時は宿るし、宿らない時は宿らないから、妖怪にさせないためというのはあまり意味がないかもしれないわね。でも人に執着された物ほど意思を持ちやすいから、執着を離せば妖怪になりにくいのかもしれないわね』
フリーマーケットにそんな意味があったんだ。
ただいらないものを捨てるにはもったいないからだと思っていた。もちろんその意味が、今は一番大きいのだろうけれど。
フリーマーケットに出すならばと、私は捨てるのは壊れてしまったものだけに留める。母にはもっと減らしなさいと怒られそうだけれど、フリーマーケットに出してみると話せば多分大丈夫だろう。
ひとまず全部整理をつけて、私はらぷーだけを取り出した。
『それ、どうするの?』
「部屋に飾っておこうかなって。昔からのお気に入りだったから」
『ふーん。まあ、いいのではない?』
後日、何故からぷーとメリーさんと飼い猫のシロが戯れていて、ギョッとすることになるのだけれど、怪異馴れしてしまった私は、メリーさんはぷりぷり怒っても本気で怒っているわけではなさそうなので、良しとした。




