30、 花火 -1-
市民公園には、弓道場があった。
年に2回、そこで市民講座として弓道教室も行っていた。
それを知ったのはダーツサークルを抜けた頃。母さんがパート先で聞きつけてきたのがきっかけだった。
最初は近寄る気になれなかった。
でも……結局そちらに足を向けたのは、大学4年の時だったかな。
就職活動の合間に。俺は、久しぶりに弓を持つ気持ちになった。
市民講座から入った。経験者ではあるけれども、もう何年も経っていたし。改めて一から出直したいような気分になっていた。
久しぶりに弓を手にし、つがえた瞬間、背中がゾクっとした。
やっぱり好きだと思った。俺は、弓が好きだ。
何で離れてしまったんだろうかと、そう思った。
そうして、市民講座の規定回数を終えてからも通うようになり。
俺は、打った。
……そこで再会したんだ。
弓ともう一つ。
メグさんに。
メグさんとはずっと離れてた。
大学に入ってから……ほとんど会わないまま。
「瞬君」
声をかけられた時、振り返っても一瞬、わからなかった。
「あ」
でも……わかって。
メグさんと再会した時は、正直、震えた。
メグさんがそこにいる事に。会えた事に。
「メグさん……」
「久しぶり」
きれいになった。
久しぶりに見たメグさんは、見違えてしまうほどに、きれいになったように見えた。
言葉が出なかった。
嬉しさと同時に沸き起こった罪悪感。
もしあの時会えなかったら、忘れる事ができていたか?
……いや。
会えなくても俺は……ずっと、メグさんの事を思っていた気がする。
思わないように懸命にしながら。
でも。
「……ちょっと待ってて。着替えてくるから。お昼一緒にしよ?」
一瞬焦った。
でも俺は、「うん」と答えた。
メグさんは笑った。
光みたいだった。
「元気にしてた?」
市民公園の傍にある喫茶店。
昔からやっていそうな作りのお店だ。あまり繁盛しているようには見えないけれども、きっと市民公園でイベントがある時は混むんだろう。他には飲食施設がないから。
「うん。メグさんは?」
「まぁ、ね」
……ちょっと、ぎこちなかった。
何より、俺が。
何話したらいいのか、向かい合って座ったらぶっ飛んだ。
「瞬君、大学4年?」
「うん」
「就職活動?」
「うん」
「内定出たの?」
「……まだ」
大学4年……もう、来年は卒業だよ。
俺は22歳だよ。
メグさんは23歳。
……。
「厳しい? よね、私も就活の時、大変だったし」
短大だったメグさんは、この年社会人3年目という事になる。
大人の女性なんだと、思った。
「……」
「……」
少し会話が途切れた時に、注文したオムライスが運ばれてきた。
「弓道、いつから通ってたの?」
「3年になる前……かな、1年半くらい」
「そうなんだ? 私は半年前くらいからだよ。何だ、そっか」
弓道が、結びつける糸。
「今度いつ来る?」
「んー……来週末くらいかな」
「じゃ私もそうする」
週末に会おうって、決定的に約束したわけじゃなかったけれども。
暗黙に。次が生まれた。
その日はご飯食べて、帰った。メグさんはもう少し打つからと言ったので、その場で別れた。
結局最後まで、メグさんは俺に何も言わなかった。
この数年、連絡、無視した事とか。そっけなかった事とか。
……兄貴と、どうなったのかとか。
会ってるのかとか。そういう事も。
俺も、何も、聞けなかった。
次の週末、弓道場でまたメグさんに会った。
「遅いから、帰ったかと思った」
俺が行くとメグさんは少し苦笑してそう言った。
「母さんに、出がけに用事頼まれて」
と言ったけれども、嘘だった。
正直、行くか迷った。
会いたかった。でも会うのが怖かった。
迷った結果……でも結局ここに足を向けて。
「ほら、打ってみ。久しぶりに先輩が見てあげるから」
その声が。
その顔が。
その空気、その感覚が。
弓を放つ瞬間とリンクして。
的に当たった時、俺はタイムスリップしたのかと思った。
「最後、少し曲がったね。もうちょい姿勢を正して、」
記憶と共に感情が蘇る。
強く、胸の鼓動が。
もう一度、ここに向かって引かれて行く。
――抗えなかった。
就活、バイト、卒論と迫って行く4年生のタイムリミットの中で。俺は時々ここでメグさんと会うようになった。
約束しなくても、行けば必ず会える。
「来ると思ったよ」
そう言って出迎えてくれる人がいた。
弓道場以外では会わなかったけれども。
それでも、十分に満足だった。
何回会ったら聞けただろう?
何回会った時、聞かれただろう?
「瞬君、彼女できてから相手してくれなくなったよね」
「……は?」
昔みたいに言葉を交わせるようになるまでに。
高校の時、映画をすっぽかした時は翌日謝り倒せば何とかなったけれども。大人になればなるほどに、壊れた関係を取り戻すのには時間が必要なのかもしれない。
お互いが、傷つく事を覚えてしまっているから。傷つけないようにと手探りして進める会話には、ジリジリとカタツムリの行進が似合う。
「彼女って?」
「あやめちゃんでしょ?」
「……」
何を言われているのか、まったくわからなかった。
「何回連絡してもそっけないし、シカトもするもん。あーあーって思った。彼女の方が大事だよねそりゃ」
「……なぜに相川と俺が?」
「違うの? だって、」
何か言いかけてメグさんはそのまま固まった。
じっと俺の目を見つめて。
俺がキョトンと返してあげると、最終的にふっと息を吐いた。
「そっか」
「昔も言ったけど、俺と相川はそういうんじゃないから。相川だって前に言ってたでしょ、こんな馬鹿は嫌だって」
「んー」
もう一度メグさんは、「そっかぁ」と言った。今度は天を仰ぐようにして。
「てっきりそうだと思ってたよ。んじゃ……大学の子?」
「何が?」
「いや、だから、彼女」
「……付き合ってないから、俺」
「嘘だー」
「ホント」
俺も聞きたい。
目に焼き付いてる、大学1年に見たあの光景。兄貴といたメグさんの姿。
あの時一緒に夜を過ごした他校の先輩の顔は……おぼろげにしか覚えてないのに。そんな俺は、薄情なんかな。
「兄貴と、会ってるの?」
ドキドキして。ギクギクしながらそう聞いたら。
メグさんはまた一瞬固まった。そして少し気まずそうに顔を歪めた。
「ユキ兄ちゃん? んー……たまに」
「そか」
「就活の時にさ、ちょっとお世話になって。それからたまにご飯行くかな。え? ユキ兄ちゃんに聞いた?」
「……」
見た、とは言えない。
でもきっと、俺の態度が何か別の言葉を言ったかもしんない。
メグさんは苦笑した。
「別に、そんだけだけど」
「え?」
「付き合ってるとか、そういうんじゃないし。私も、ユキ兄ちゃんは、お兄ちゃんって感じだし。向こうにとっても私は妹じゃないかな」
「……」
「ユキ兄ちゃんに、一応こっそり聞いてた。瞬君どうしてる? って。瞬君連絡くれないもん。生きてるか死んでるか、生存確認はしときたいじゃん? 部活の先輩だし」
「……俺は、確認できてなかったよ」
「私が死ぬわけないじゃん」
「確かに」
「何よ。か弱い乙女に向って」
「自分で今言ったじゃん。はは」
そか……兄貴とは、付き合ってないんだ……。
そか、そか……。
俺は、正直安心した。
ほっとした。
早合点だったんだ。何してたんだろ、俺。勝手に勝手な解釈して閉じこもって拒絶して。
もっと早く、会えていたら。
「でもユキ兄ちゃんに聞いてもはっきりしないもん。バイトに通ってるって言っても、どこのバイトだか知らないとか言うし。大学でも何専攻してるかわからん、とか」
「そうなんだ……」
――もっと早くに、勇気を出して会っていれば。
「本当に、ユキ兄ちゃんって抜けてる。もういい大人なのに、頼りないし。物の見方おかしいし。話してても専門分野でサッパリわからないし」
「はは、それ、よく言われてるみたいだよ」
「天才と馬鹿は紙一重って、ユキ兄ちゃんのためにあるような言葉よね。頭はいいのにね……女心とかはまったくわからないし」
「うんうん」
「――でも、まぁ、純粋な人だけれども」
「兄貴?」
「うん。そう思わない?」
――就職。内定が出たのはその2週間後の事だった。
俺はそこに就職する事にした。
堺も同じ所の内定が出たと知ったのは、それからさらに2週間後。一緒に飲みに行った時だった。
「お前も出たか!!」
「お前もか!!」
大学は離れたけれども、つるんでいた俺たち。仲間内で『隠れ家』って呼んでる行きつけの店で祝杯を挙げたわけだけれども。
俺は、自分に内定を出してくれた会社に感謝しつつ、先行きに少し不安を覚えた。
高校で1、2を争ったこのバカ2人を一緒に雇った会社……大丈夫なのかと。
「でもよかった」
酔いつぶれた堺を見て俺は心底思った。
こいつがいるなら、1番バカの座だけは逃れられそうだ。
就職決まった、メグさんともまた前みたいに話せるようになった。
目の前は光り輝いているようだと思った。
未来には希望があると思った。
――やり直す事はどこからだってできる。
そう信じて疑わなかったけれども。
進んだ時間は二度と戻らない。
……タイムリミットに向かってのカウントダウンは、いつだって続いている。




