28、 クリスマスと
雪が降るかもしれない。
昨日から母さんが騒いでいた。明日はホワイトクリスマスかもねと。
「わー……」
「どしたの?」
メグさんが感嘆の声を上げる。俺はそれに、サラリと振り返る。
「だって、こんな所」
メグさんが唖然とするのも無理ない。俺も唖然としてるから。
「よく予約できたね」
余裕の顔を繕って、俺は、レストランの入り口に立っていた人に話しかけた。
「予約した堺ですが」
「少々お待ちを。……はい。堺様ですね。お待ちしておりました」
ホテルのレストラン。駅前の、地区有数の有名ホテル。クリスマスの1週間前に予約ができるような場所じゃない。
「堺って?」
「ああ、友達」
夏から予約していたんだと言っていた。この日のために。
……でも、結局一緒にくる相手が見つからなかったからと。譲ってくれたんだ……。
「あれ? 聞いた事がある気がする」
かわいそう過ぎる……堺、いつかどっかで借りは返すな。
クリスマスに豪華ホテルディナー。物凄いシチュエーションになったけれども。
「瞬君ッ」
メニューを前に、俺たちはコソコソと話し合いを始める事になった。
「何頼んだらいいのか、まったくわからないっ!」
「メグさん、これ、何? カタカナ多すぎるっ」
「ビーフテンダーロインって何なの?」
「俺に聞かないでっ、とりあえず牛肉でしょ」
メニューを見ても何が何だかわからない。
「値段っ」
メグさんは唖然とした。
仕方なく、結局意味が分かる程度の日本語で書かれたコースを選んで注文した。
値段は……とりあえず、そこそこの物を。
ポーカーフェイスを装いたくても、慣れてないのがまるわかり。ああ、情けない。
こういう時、ビシっとエスコートしてあげたいのに。
「瞬君、逆よ逆。スプーンは外側から取るのよ」
……情けない。
「でも本当に、こんな所。びっくりだよ」
「ごちするって言ったじゃん」
「でも……うん。びっくり。もっとオシャレしてこればよかった」
そう言ってメグさんは、周りをチラチラと見回す。確かに中には、ドレスのような人もいる。
でも俺にしてみればメグさんは十分にオシャレで。
「……かわいいから」
「え?」
「……全然。それで、いいから」
目を見てなんて言えない。言えるわきゃない。
「……ありがと」
メグさんの胸元には、あの指輪のネックレスがぶら下がっていた。
「夜景、綺麗だね」
35階にある窓からの景色は、とてもとても素晴らしかった。
しかも今日はクリスマス。
街の光の1つ1つの下に誰かがいて、それぞれがそれぞれの物語を刻んでいる。
「美味しいね」
最初に出てきたスープを一口。もうそれだけで美味しい。メグさんは満足そうな顔をした。
クリスマスにこんな場所で食事をする……どう見たって、誰が考えたって、これは特別な夜。
きっと、他のお客さん皆そうなんだ。特別な夜、特別な思い出のために過ごしている。
でも、俺たちは違う。
「うまい」
「これ何だろ? すっごく美味しい」
「うん。本当だ」
俺とメグさん。
今は向かい合ってる2人の人生は。
でもこの先……きっと、決定的に重なる事はない。
「うまい」
こんな豪華な食事と、こんな綺麗な夜景と。
メグさんを前にして。
幸せなはずのこの時間に、でも俺は決定的に思い知らされた。
――俺たちは、交わらない。
「デザート何かなぁ」
もっと早くにたどり着かなきゃいけなかったんだ。
もう俺たちは。
「メグさん、食いしん坊ー」
「えー?」
昔には戻れない。
中学の頃言えばよかったんだ。高校の時言わなければいけなかったんだ。
大学の時……。
だけど全部から逃げた結果。
俺は……メグさんは、枷を背負った。
メグさんは兄貴を選んだ。その兄貴が死んだ。
俺は一瞬でも、兄貴がいなくなる事を願った。
俺はメグさんを……。
「楽しいね」
「うん」
「今日ありがとうね」
「俺こそ」
「……えへへっ」
好きだとか。
愛してるだとか。
もう、口にすらできない所に。
……立って、しまった。
帰りの電車。
いつもと同じように一緒に乗って別れる。
じゃあね、バイバイ。
電車の扉が閉じていく。
まだ日付も変わってない。
俺は笑顔で手を振る。メグさんも手を振って。
……電車が走り出して。それから。
俺は、目を閉じた。
めり込むくらいに、ぎゅっと、強く。
――戻れないから。
どこに戻ったら?
……戻れないから。
俺は、涙を流した。
――兄貴の代わりに守るなんて。死んでも言えない。
俺が兄貴にできる、最後の事は1つだけだと思った。
……きっと、メグさんから……離れる事と思った。
忘れる事だ。
代わりに守る? ――そんなの、偽善者だ。
◇
『フン、馬鹿者め』
翌々日。
〝クロスリンク・ワールド〟で。【ハム】は会うなり俺にそう言った。
『何ですか一体』
『なぜ昨日・一昨日こなかった』
え……。
24日はメグさんと食事してたし。昨日は……普通に残業して疲れて寝たんだけど。
『昨日メグちゃんは来てたぞ!』
『そ、そうなんですか?』
『そして昨日・一昨日は〝クロスリンク・ワールド〟大クリスマス祭だったんだ!』
え……。俺は画面の前で固まった。
『何ですかそれは』
『まず、全フィールドがクリスマス仕様になっていた。メグちゃんはとても感動していた。空には24時間サンタが飛び回っていたし、全部雪化粧とライトアップバージョンだ』
え、2日間限定でっ!?
『そして、レベルアップ率が5倍だ』
『ええっ!!??』
『全敵キャラ、経験値・獲得ゼニー、5倍のスペシャルデー。敵キャラが落とすアイテムも5倍だ』
そ、それはまさか……敵が【おなべのフタ】を落とした場合も、通常1個が5個に!?
うわー……何か、それは微妙だな。
『なので、メグちゃんのレベルも跳ね上がった。お前、越されたぞ』
えー!!!???
『あ、あのっ、俺のレベル上げ分は?』
『だーかーらー、何で2日間来なかったんだっ。バカ、アホ、クソ、死ね』
ぐわー……。
【ハム】の罵詈雑言も耳をすり抜ける。メグさんにレベル抜かれたかー。
『メグちゃんはしかもっ、お前がいない間に新しい技も覚えたぞっ』
『えー!!??』
あの人、人には進めるなと怒るのにっ! 何で勝手に進めてんの!?
『どんな技をっ!? また、変な技じゃないでしょうね』
『変な技? そんなもん教えた覚えはない』
自覚が足りねぇっ。
メグさんが昨日レストランでも、穴掘りについて熱く語ってたのをこの人は知らないんだ……。「今年はお母さんに、プランターじゃなくて畑にしないかって勧めてるんだー」とまで言い出した。目的は絶対に穴堀りだ。
『本人に聞いてみろw』
いやーないやーな予感がする。
……ちなみに2人で話しているのは、【カサム・エンブレム】の中央広場。さすがに第二都市だけあって、奴隷服の初心者は歩いていない。
『お前、イベント情報に疎すぎるぞ。ちゃんと掲示板見てるか?』
『……たまに。1ヶ月に1度かそこら』
正直に答えたら、バサリと、『死ね』という返事が返ってきた。
『じゃあ31日にやるイベントも知らないんだな?』
『年末年越しイベントですか?』
大晦日なら想像がつく。皆でカウントダウンでもやろうっていうイベントだろう。
『そうだ』
【ハム】はふんぞり返るように言った。実際のアバターは動いてなかったけれども。
『皆で一緒にカウントダウン大会だ。画面上に特別デジタルクロックが表示される。プレイ中は常にその秒数を読み上げ続けなければならない』
『すいません、大晦日は忙しいので』
『経験値10倍イベントッ!! そして大花火大会だっ!! 死んでも来い、いいな、絶対だ』
……うえ。
『彼女と初詣の約束なんか絶対にするな。するなら〝クロスリンク〟内にある【ウジャジャの丘】にある【ウジャ神社】に参拝しろッ。毎年年末年始は、長蛇の列が【テネシーブルー】まで続く人気スポットだ』
ただし、その付近はゾンビが出るがなと言って、【ハム】アバターはくしゃくしゃと笑った。
「……って事で、カウントダウンあるらしいんだけど……」
『面白そう。行くよ』
電話で。メグさんは案の定ノリノリの様子で言った。だろうなと思った。
メグさん、一体何の技を覚えたの……? 恐る恐る聞こうとしたら。
『そう言えばさ、【花*きく凛】のロイヤルパフェ、破られたって』
「え?」
『この前のクリスマスの時だよ。推定30人分のパフェ、1人で食べつくした人がいたんだって。パフェの底にあったハートのペンダント、その人に取られちゃった』
そ、そうなんだ……というかあれを1人で食べるなんて……。蘇る、高校時代トイレとお友達になった記憶。
『欲しかったのになぁー。あれってさ、食べられちゃったら景品変わるじゃん? ハートのペンダント、二度と手に入らないや』
「いや、それ、普通に買った方が絶対に体にいいよ」
しかもメグさん、自分で食べる気は絶対ないし。
『次、何だろなぁ……』
メグさんは呟いていた。その声を聞きながら、俺は別の事を考えていた。
花火、か……。
「メグさん、休みは何日から? 俺は結局31からなんだけど」
『私は30かな』
大晦日、あっちで会う事を約束して切った。
「花火……」
切ってから、俺は、ぼんやりと天井を見つめた。
――メグさんと花火を見るのは、あの時以来だ。
メグさんが、兄貴にプロポーズされたって言った、あの時以来……。




