24、 「何で、」
一周忌。
親戚が集まった。
皆が口をそろえて言った。「あっという間ね」と。
メグさんもきていた。
……あの時起こった色んな事。光から闇へ。
それは、他人事ならあまりにも突飛で、話題のネタにするならば最高の物語。
でも、当事者からしてみれば、静かに耳にフタをした1日。
わかってる。その瞬間の絶望とか、今更掘り起こしたりしなくても。
誰の悲劇も、誰の武勇伝も。
空気に流していってほしい。
……父さんと母さんと俺と、メグさん。4人は、何も言い合わせてないのにただ静かにその場にいた。
静かに。
時を、過ごした。
後日。
「クリスマス?」
うん、と俺は頷いた。
「というか……この前ごちするって約束したから」
丁度クリスマス近いし。
「どうかなって」
「ん……」
「あのさ。もっと正確に言うと、今年クリスマスは平日じゃん? その前の日曜日、家に来ないかって母さんが。メグさんのお母さんも呼んで、久しぶりに合同パーティーやらないかって」
「え」
「俺としてはクリスマスにその……ごちがしたいかなと思うけど。もし予定あるなら、前の祝日でもいいし。どうだろか?」
俺はじっとメグさんを見た。
メグさんは1度パチリと瞬きをして、
「わかった。お母さんに言っとく。喜ぶと思う」
「ん。そんで、俺の方は?」
「……予定ある」
「――」
「嘘。24日ね。了解。楽しみにしてる」
――う。
「うん。了解」
「仕事早く上がらなきゃ」
「俺もだ。はは、絶対定時で上がる」
お互い、ちょっと笑って。
でも目が合ったら。
……ちょっとそらして。
「兄貴の、代わりに」
「――」
「……どっかいいとこ、連れてくよ」
俺はそう言った。
返事がないから、チラとメグさんを見たら。
メグさんは俺を見ていた。
少し悲しいような、切ないような。
そんな目を……一瞬だけして。
「楽しみにしてる」
すぐに、隠して。
笑って見せて。
「……」
俺は少し、自分の言葉に後悔をした。
そして、自分で自分の言葉に傷もついた。
――兄貴の代わり。
「何食べたい?」
でも笑う。笑った振りをする。
「そうだねー、豪華ホテルディナー」
メグさんが笑ってるのに。
俺が、虚しい顔をするわけにはいかない。
切なくても。
「ホテルビュッフェ」
俺も笑ってなきゃいけない。
「楽しみにしてる」
「うん」
切ない、辛い。
そんな思いは。
……消えてしまえと、念じながら。
◇
12月。
もうすぐクリスマス。花が咲くように、町は光で溢れている。
いつもは人の声しかしない通りから、賑やかな音楽が流れ始めて。
知らず、町の至る所に目が奪われていく。
「……寒ぃ」
でも不思議と、心は躍らない。
口を歪めれば笑った振りだけはできるけれども。
去年の今頃……俺は何をしていただろうか? クリスマスの事は、思い出せない。
メグさんは?
「……」
息が白くなる。ああ、めちゃくちゃ寒いと思っていたら、雪がちらつき始めていた。
グイと空を見上げた。
どっかで笑い声が聞こえた。
俺はポケットに手を突っ込んで、駅までの道を急いだ。
「――喜多川?」
呼び止められたのは、改札を抜けようとした、そんな時だった。
反射的に振り返ると、そこに、相川が立っていた。
「嫌な偶然、とか思ったでしょアンタ」
車両の隅。優先席じゃない事を確認しつつ、座る。
「何でわかった?」
「チ……嫌な奴」
相川もドッカリと俺の隣に座る。
「このあやめ様にそんな口の利き方できるのは、あんただけだよ」
「そーですか」
面倒だな、と思ったけれども。
「どこまで?」
「米野木。そっから東線に乗り換え」
「ふーん。俺はそっから普通に帰宅」
「そ」
「……ばあちゃん、どうした?」
俺が聞くと、相川は一瞬ビクリと固まった。
俺は、相川のその顔に、答えを見た気がした。
「……やっと、長年の病気から開放された、かな」
「……そうか……」
「うん。そう思う事にしてる。ずっと、ばあちゃん……苦しんでたから」
「……」
「本当は……ほら、私が高校の時。最初に入院した時さ、あの時ヤバかったんだ。でも……ここまで頑張った」
「……大変、だったな」
他に言う言葉が浮かばず。
「……ん。アンタだって」
相川の返事も、……絞って出したようだった。
「そうか……」
「先輩は、元気にしてるの?」
メグさんの事だ。
俺はどう答えたものか迷った末に、「ああ」と言った。
「元気に、してる」
自分で言ったその言葉が、自分で気に入らなかった。
そしてそれは、相川も同じのようだった。
「会ってる?」
「うん」
「笑ってるんだ?」
「……うん」
「……」
「……」
電車のアナウンスは女性だった。女性の車掌さん。
「笑ってるのが、イコールで元気とは、違うからね?」
わかってるよそんな事。お前に言われなくたって。
「虚しくても悲しくても辛くても。たとえ心が空っぽでも」
「……」
「……だから、すがるように笑う……なんて、ね」
少し自嘲気味に笑う。だけど俺は決して笑わなかった。
「でも、笑わせてくれる人がいるなら、先輩は安心だ」
「……」
メグさんを笑わせる……。
「お前は、」
いるのか? 一瞬そう言おうとして。俺は言葉を消した。
それに相川は鼻を鳴らして。
「いるよ。笑わしてくれる人」
「そうか……」
「見くびらないでよ」
何がだよ。
ハハっと、思わず吹き出してしまう。
「何よ」
「うんにゃ」
「アンタ……基本的に私の事、バカにしてるよね? 昔から」
「何を。バカにしてんのはお前の方だろう?」
「は? あったり前でしょ? チビの瞬介」
「いつの話だよ。とっくにお前よりデカイだろうが」
「いっちょ前にスーツ着て、カッコつけて。私はね、あんたが鼻垂らしてた頃から知ってるのよ?」
ガタンゴトンと、電車が刻む音の中に。
「……先輩よりも、もっと前から……」
「あ?」
「――何でもない」
「ほら、着くぞ」
「……」
米野木の駅、相川と2人、改札を出る。
俺は右へ曲がって地元へ向かう電車へ。
相川は左へ曲がった先にある違う乗り場へと向かう事となる。
「じゃな」
人が流れ行く。その川の中、俺はヒラヒラと手を振って別れを告げようとした。
「喜多川」
けれども。
……振り返ると相川は、じっと俺を見ていた。
病院でもこいつはこんな目をして俺を見た……真剣な目。弓を射る時のような目。
「何だよ」
少し気圧された。
だが相川は何も言わなかった。俺を見続ける。
何なんだ? 俺はもう一度口先で問い直そうとした。
「何で?」
だがそれより早く、相川は言った。
「……何でユキ兄ちゃんだったの?」
「……?」
意味がわからない。通り過ぎる人がチラと俺たちを見た。
「何の事だよ」
「どうして先輩は……ユキ兄ちゃんと」
「……」
何を言い出すんだ。それを俺に聞いてどうする?
「……どうもこうも、ないだろ」
「違う」
「……?」
「何で、あんたじゃないのよ」
――。
「あんた、先輩の事、ずっと好きだったんでしょ?」
「……」
「何であんたじゃなくて、ユキ兄ちゃんなの? どうしてっ」
「……………」
「先輩はッ」
「……」
「……喜多川ッ」
「………………………」
相川はまた、搾り出すように。
「何のために、私はっ」
と言った。
俺は。
……背を向けた。
相川はもう、呼んでこなかった。
でもまだあいつは俺を見て立っているんだろうと思った。
「……知らねぇよ」
いいや。知らないんじゃない。
いいや、全部本当はわかってる。
全部、俺が悪かった。
「何であいつに」
言われなきゃいけない?
俺がずっと、メグさんを好きだったって、何であいつがそんな事……。
――何であんたじゃなくて、ユキ兄ちゃんなの?
次の電車に乗り換えても、あいつのその言葉は頭から消えなかった。
ずっとずっと、叫び続けて。
……いつしかその声は俺の声と重なって。
悔恨に、落ちて行く。
「結婚してって言われたの」
――メグさんにその話をされてから、もうすぐ2年が経つ。
その日までに、しておかなければならなかった事。
その日からでも、できた事。
もう、戻らない。
何もかもが。
もう、俺たちは、元には、戻れない。
そういう所に、来てしまった。




