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終わらないまま、終わった話  作者: 高杉零
説明されないまま、揺れる前提
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表裏の感情

「……先程調整していると仰っていましたが、具体的には何を調整しているのでしょうか?」


 そうだ。


 今はまだ調整中。確定した訳ではない。

 まずは、それを確定させなくては。


「あ、そうですね。今、下行ひかる保育園とは枠――いう言い方で良いか分かりませんが――と広さが問題ないか、いう点については調整がついております」

「枠と広さは調整ができている、という事でよろしいんですか?」

「はい、できています」


 保育園が受け入れる園児数と、その園児数を受け入れられる広さは問題がない。


 だとすると。


「後は何を調整しているんですか?」

「この後は、看護師をどのように配置するかという段階に来ております」

「看護師の配置、というのは具体的に何か検討されているという事でしょうか?」


 俺と美里が交互に質問を繰り返す。


「それについては私からお答えします」


 真ん中に座った眼鏡の女性――原口さんが声を挙げた。


「実際に瑞穂さんが週何日保育園に通うのか、それに合わせて看護師を調達できるのかという点が、現状未確定の状態です」

「……瑞穂が週何日通うかというのは、我々の都合で決めていい事ではないのでしょうか?」

「もちろんです。ですので――」


 原口さんが鞄から出していた紙の束から、数枚の書類を取り出して机に並べる。


「本日この場で、先日決定いたしました如月町保育園の辞退、および、下行ひかる保育園を希望園とした2次調整の申請をして頂き、そちらを基に次の検討に進めようと思っております」


 1枚の紙に、何曜日の何時から何時まで通園予定かを記入する欄があった。


「……1次調整の決定を辞退した場合、2次調整には申請ができないと聞き及んでいるのですが?」

「今回はこちらの説明不足等々により大変ご心配をおかけしましたし、何より、先日のお話でいかに私共の判断が保護者様に寄り添えていなかったかを思い知らされました。ですので、市とも協議はいたしましたが、結果として2次調整を受け入れる形で調整ができた所です」

「……看護師の調達というお話ですが、以前お伝えしたひすとりあ保育園の看護師派遣という形で入れて頂く事は選択肢に入っているのでしょうか?」

「はい。というよりも、既に2月半ばですので、ここから4月までに常勤の看護師を探すというのはあまり現実的ではなく……看護師を派遣頂く形での調整を方針としております」


 ……。


 何だ、この気持ち悪い感じは。


 出された言葉をそのまま受け取るなら。


 ――瑞穂が、下行ひかる保育園に通える、らしい。しかも、ひすとりあ保育園の看護師さん達に、引き続き見て貰える。


 考えられる限り、最高の結果だった。

 俺達が望んでいた形に、ようやく辿り着いたはずだった。


 なのに。


 どうしても、胸の中に落ちてこない。


 嬉しいはずなのに。

 ほっとしていいはずなのに。


 何かが、決定的に置き去りのままだった。


「……改めて伺いますが、下行ひかる保育園に通える事自体は確定した、という事で良いのですね?」

「はい、確定とお考え頂いて構いません。後は看護師が配置できるかどうかですので、どうしても看護師が配置できない曜日などは通園予定との調整はあり得るかもしれませんが」

「それは……何と言って良いのか……嬉しいです」


 美里が、見るからに安堵していた。


 当然だ。だめだと思っていたものが通る形になったのだから。


 半年以上かけて積み重なってきた。

 理解されない苛立ちも、希望が通せない不安も。

 そこから、やっと解放されたのだから。


「改めまして、この度は大変なご心配とご不安をおかけしました事、大変申し訳なかったと考えております」


 三池さんを始めとして、頭を下げられた。


「……謝罪は、結構です。これからですので。娘が保育園に通ってから、しっかり対応できているかという所に重きを置いて頂きたいと思います」

「ありがとうございます」


 美里が、静かに伝える。


 その一言で、この場はもう収まったのだと、誰もが思った気がした。


「つきましては、こちらの書類にこの場でご記入頂いてそのまま手続きに進みたいと思うのですが、よろしいでしょうか」

「分かりました」


 原口さんが美里に書類を差し出す。

 美里はペンを取りにキッチンへと向かっていく。


 その姿を眺めながら――


「大丈夫ですか、パパさん」

「……え、あぁ、はい、たぶん……」


 ――俺の思考は、完全に吹き飛んでいた。


 河西さんに声をかけられ、現実に呼び戻される。


 ……やっぱり、気持ち悪い。


 喜ばしい展開のはずだ。下行ひかる保育園に通える。

 俺達が一番望んでいた形になったじゃないか。

 これで、不服申し立てだってしなくて良くなった。


 それなのに。


 何かが喉の奥に引っかかったまま、どうしても下りていかない。


 このまま終わらせられるのか――


「……あの」


 ――そんな訳、ないだろ。


 保育所入所申請の時の、美里の涙を。

 カンファレンスの時の、引っ掛かりを。

 事前決定通知の時の、あの怒りを。


 なかった事になんて、できるものか。


「何で、1回目の決定に至ったのかを、改めて説明して貰えますか?」

「……そうですね。その話に戻らないといけませんね」


 三池さんがこちらに向き直る。


「まず、下行ひかる保育園を強くご希望されている事は、私共の方もしっかり把握しておりました」


 その上で、医療的ケアが一番しっかりできるだろうという判断の下に、如月町保育園に決定したのだという。


「下行ひかる保育園には、現在も看護師が常勤しておりません。こちらは保護者様もご認識があると存じます」


 看護師派遣についても情報は挙がってきたが、あくまでもガイドラインに沿うと看護師が常勤している保育園の方が望ましいと考えたらしい。


 如月町保育園にヒヤリングをかけ、情報を収集した。


 今現在、2名の看護師が常勤している事。

 新年度から1名新たな看護師が配置される事。


 それらを踏まえ、看護師がしっかりとローテーションにより体制を整えられるという判断だったと三池さんは続ける。


「私達としても、本当に瑞穂さんが保育園で同年代のお子さん達と共に、健やかに成長していって欲しいなという思いはあったので、そこは是非ともご理解頂きたいと思っています――」


 ガイドライン。やはりそこに辿り着く。


 事前決定通知の時にも聞いた、行浜市が出しているガイドラインとやら。


 ここについて確認して行っても、おそらく新しい情報はないように思えた。


「……如月町保育園に看護師が増えて、体制が強化されるというのは分かりました。ただ、その体制だから瑞穂のケアが行えるという判断に至る所が、どうしても私の中で繋がってくれないんです」


 だから、前回聞けなかった細かい繋がりを辿ってみる。


「如月町保育園の園長先生ともお話をして、園全体として受け入れる体制が整っているなと感じたんです」

「体制が整っているというのは、どのような受け入れ要件に適しているという判断なのでしょうか?」


 少し被せ気味に質問する。

 抽象的な話に行かせてはだめだ。


「例えば、保育士が医療的ケアが必要なお子さんを受け入れるにあたってきちんと研修をするとか、看護師とどういう連携がとれるのかというような体制を、園長さんとのお話の中でしっかり計画されている事を確認しました」

「つまり如月町保育園とは話をしたけれど、そこ以外からの情報は得なかったという事ですか?」


 出てくる話は如月町保育園の事ばかり。


 これではまるで、如月町保育園側が受け入れるか否かしか検討しなかったようではないか。


「あ、いえ、下行ひかる保育園さんとも話をしてまして、看護師の常勤はしていないという事は――」

「そういう事ではなく、瑞穂の事を実際に見ていない(・・・・・)所からしか話を聞いていない、という事ですよね?」

「……」


 ここまでこちらからの質問に間髪入れず返答を続けてきた三池さんが、ここで押し黙った。


 ――やっと、分かってきた気がする。

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