連絡
年が明けた。
正月気分もそこそこに、瑞穂の保育園や俺達の仕事も始まり、明ける前と変わらない日常の光景に戻りつつあった。
2回目のカンファレンスの時に河西さんから伝えて貰った『次回のカンファレンス』は、結局開かれる事はなかった。それどころか、何の連絡すらも来ていない。
年が明ける前に一度検討の状況はどうかと尋ねてはみたのだが――
『必要性等について検討中でして』
――回答はそれだけだった。
必要性があるかどうかを考えているという事は、もう必要はないという判断も選択肢としてあるという事か。
こちらが伝えている事がちゃんと伝わっているのかが不安だとも告げてはみたが、反応は変わらなかった。
何か、居心地の悪さのようなものを感じる。
今回の一件に限らず、これまで役所への問い合わせというのは何度も行っている。
その中で、こんなにも暖簾に腕押し感を覚えた事はなかったはずだ。
とは言え、こちらから押しかけるような事をするべきではない、と思った。
行政を敵に回すような形になるのは避けたい。
今後この地域で生活をしていく上で行政の支援は絶対的に必要になるのだから、それはあまりにも悪手だろう。
そんな事を考えながら仕事をしていた、ある日。
「――はい、もしもし、大竹です」
美里の電話が鳴り響いた。画面の表示を見ると、区役所からだった。
少し逡巡してから、息を落ち着けて電話に出る。
「はい。あ……そうなんですね……。はい。え、16日ですか? ちょっとお待ち頂いてもよろしいですか?」
電話で話しながら、美里が俺の方に目をやった。
一瞬、美里の声のトーンが落ちた気がしたので、思わず眉をしかめる。
反応が鈍い所を見ると、少なくとも嬉しい内容ではなさそうだ。
「すみません――克己くん、16日って時間とれる?」
「16日?」
すぐに手元で予定を確認する。
平日なので普通に仕事ではあるが、これと言った予定が詰まっている訳でもない。
今日中に調整できれば、仕事は休める。
「うん、大丈夫」
「分かった――あ、お待たせしました。大丈夫です。はい、はい、分かりました、13時半ですね。伺います」
程なくして、美里は電話を切った。
ふぅ、と大きく息をついていた。
たったそれだけの仕草なのに、役所との電話が美里にどれだけ負担をかけているのかが分かった。
「何だって?」
「えっとね。保育園が決まったんだって」
まぁ――そうだろうな。
1月末に決定通知が来るはずなのだ。16日ならもう決まってないといけないはず。
「それで、瑞穂の場合事前に調整しないといけない事が色々あるから、先に結果を通達させて欲しいみたい」
色々って何だよと少し思ったが、保育園側の体制を整える期間も必要なのだろうと思い直した。
しかし、事前の結果通達か。
やはりカンファレンスはもう必要ないという結論だったのだろう。
それならそれで連絡があってもいいのに。
「分かった。今度は必ず行くから」
「うん、河西さんに連絡しておくね」
すぐさま手元のチャットを開き、上司に簡単に事情だけ伝えて有給休暇の申請をする。
急な話ではあったが、ここは外せない。
大して間を置かず、上司から承認の連絡を貰えた。
予め事情を伝えていたとは言え、ありがたい。
申請の投稿につけられたOKのアイコンを一瞬だけ眺めてから、天井を仰ぐ。
今回こそ、自分の目で見て、自分の耳で聞こう。
今までは美里や河西さんに任せてばかりだった。
よくよく考えれば、俺はほとんど役所の担当者と話していない。自宅訪問の時に少し言葉を交わした程度だ。
もちろん、俺だって何もしなかった訳ではないが、役所とのやり取りはその大半を任せてしまっていた事は事実だ。
伝えている内容も、受け取っている説明も、ほぼ全て誰かを挟んだものだった。
美里や河西さんに落ち度はない。伝えなければならない事は全て伝えたし、やるべき事は全てやったつもりだ。
ただ。
どうも区役所の中で情報の整理が成されていないような気がしてならない。
誰が、何を基に判断しようとしているのかが見えてこない。
タイミングの問題かもしれない。俺がそう感じたのは1ヶ月も前の事だ。
どこの保育園に通わせるかなどという、その後の人生に大きく関わる判断を、何の情報整理も行わずに下せるとは流石に思えない。
普段携わる仕事でも、そんな状態で物事を決める事はまずない。
前提や条件を洗い出して、判断の根拠を揃えてからでなければ、結論は出さない。
そこには必ず、通すべき筋がある。
少なくとも俺は、そういう順番で物事が決まるべきだと思っている。
結果は、俺達が思い描いていた理想通りにはならないかもしれない。
それでも、筋の通った説明さえあれば受け入れられると思っていた。
しっかり判断された結果なのか。それだけは自分の目で確かめたい。
それが確かめられれば、この違和感にも答えが出るはずだ。
何故その判断をしたのか、その理由を知りたい。
だからこそ、今度こそ俺自身が行く。
「……うし」
一度だけ、深く息を吸う。
きちんと確かめに行こう。
そう心に決めながら、俺は目の前に仕事に向かった。




