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落ちこぼれ機械闘士の病熱【完結】  作者: 日野月詩
第一試合 螺鈿とは
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第一試合:勝敗

 僕は、一瞬であらゆる戦法の可能性を試算し、そのほとんどを切り捨てる。

 まず前提として、間合いはフェンシング型の螺鈿の方が遠く有利だ。

 だが、攻撃する際に、剣先に少しでも相手の刀が掠れば、狙った攻撃線を逸らされる。剣の太さからして、威力に違いがあり過ぎるためだ。致命傷を与える為には、スピードで相手を上回る必要がある。

 これ以上、一度でも刀の斬撃を食らうことは可能な限りは避けなければならない。一撃あたりの威力、攻撃範囲共に相手の方が上だ。


 加えて、フィールドが正方形な部分にも相手に分があるので、注意する必要がある。フェンシングは前後移動が主であり、左右の移動には適していない。

 ただし、その点に関しては、剣道の動作について事前にラーニングしたことが役に立った。

 今回の試合においては、フェンシングに限らず、他の技術を積極的に学習することを僕は決意していた。これは、伽藍の言葉が無ければできなかった決断かもしれない。

 しかし、いざ実際に学習してみれば、非常に簡単で、それどころか僕にとって非常に有益だった。もはや、すべきかすべきでないかなどと事前に思い悩んでいた時間はまったくの無駄だったと思う程だった。

 特に、剣道の学習でもっとも有益であったのは、フェンシングの動作の邪魔にならないような、ごく自然な横移動の足さばきを身に着けることができたという点だ。

 足さばき……そうだ、剣道をラーニングしていて気づいたことがある。

 剣道では、攻撃の際、右足で踏み込んだらすぐに左足を引き付けることで、連続の素早い攻撃を可能にしている。

 一方、フェンシングは足を前後に開いた姿勢が基本だ。攻撃時は右足を大きく前に出すと同時に、左足で地面を強く蹴る。基本的に、攻撃時は大きく足を開くことになる。

 刺突する剣の長さに加えて、この足の動作が、遠い間合いからの瞬発的な攻撃を可能にすることを可能にする。

 僕は、ラーニングした剣道の動作とフェンシングを組み合わせ、新たな攻撃パターンを構築し、すぐに実行に移した。


 螺鈿は、相手の気迫に押されたかのように、じりじりと後ずさる。

 武蔵五号は警戒しつつも前に出て、一定の間合いを保とうとする。

 牽制するように剣先をゆらゆらと動かすと、相手の視線は自然と剣に向かう。僕はその裏で、後ろにあった左足を右足に接触しそうなほど近づける。

 相手は剣に気を取られ、足元には注意が及んでいない。


 ここだ。


 一気に踏み込む。

 最大限に遠い間合いからの攻撃に、間違いなく相手は動揺した。ただでさえ遠いフェンシングの間合いよりも、さらに想定を超える距離。

 相手にとっては、指先ほどの大きさだった剣先が、顔面を覆う程大きく見えたはずだ。先ほどの僕と同じように。

 この攻撃の欠点は、地面の蹴りが普通のファンデブに比べると弱くなり、必然的に速度が僅かに落ちることだ。

 だから僕は意表を突くことに加えて、さらにもう一つ仕掛けを入れた。

 機械闘士は人間と同様、外部の刺激の認識の大部分を視覚に頼っている。そのため、視界を奪われることは負けを意味する。目を狙った攻撃を警戒しないものはいない。

 剣先は真っ直ぐに相手の目を狙って伸びていく。

 相手は本能的に危険を感じる。

 先程睫毛を掠めても、身体にはダメージを与えられなかった攻撃が、思考面には効いていた。

 相手の姿勢が守りに入る。身体ごと下がりながら、思わず刀を顔の前に構えた。攻撃型は比較的不得手な防御姿勢。狙い通り。手元が浮いている。


 僕は、円を描くように剣先を回して滑らし、上がってくる刀を避ける。

 流れるように動かせば、勢いを殺さず、手首に向かって一直線に、剣先が吸い込まれていく。

 身体の中でも細く、面積の小さい部分。だが、きっと僕は決してこれを外さない。剣を刺すのではなくて、そこに向かって剣先が吸い込まれていくのだから。

 剣先が相手の左手首に触れる。微細な刀さばきの為にユニフォームがなく、剝き出しの皮膚。

 皮膚繊維を破った瞬間に、内部の機械部品を破壊しながら、剣が貫通する。

 突き抜けた。

 そのまま左胸まで刺し留める。いや、相手が押し返してくる。

 剣が突き刺さったまま、手を伸ばしている。手首にさらに深々と剣が刺さるが、その分刀が僕の身体に近づいてくる。左手を犠牲にして僕を捉え、斬るつもりだ。

 この攻撃態勢では、逃げることも避けることも難しい。なれば僕も進むだけだ。

 剣を上に投げるかのように思い切り振る。相手の手首から手の平まで一気に傷が広がり、指の数本が千切れて地面に落ちる。

 剣が一瞬相手の身体から離れ、自由になった。

 振り下ろされようとする刃に、僕は剣のガードを押し当てる。

 衝撃。

 手首が壊れそうになるのを必死にこらえる。戦友よ、今しばらく保ってくれ。

 ガードに刃を乗せたまま、体当たりするように、相手を押し込む。身体同士がぶつかる。剣同士が触れ合って擦れた音を立てる。至近距離で相手の黒い目と僕の螺鈿色の目が合った。

 ガードと剣の根元を使って、相手の動きを封じる。相手の刃を巻き取るように手首を動かす。

 至近距離での剣さばきはフェンシングの十八番だ。相手の刀は曲がらないので、もう僕に刺さらない方向に封じられた。

 柔軟さとしなりを活かして、剣先で身体と身体の僅かな間を縫う。

 通常の金属ではあり得ないほどの角度から、相手の首を狙う。

 剣を封じられた相手は、ついに足を動かす。

 蹴りが耳を掠めた。耳たぶが千切れた。だがもう音は必要ない。それよりもっと早く皮膚に触れる。

 相手は片足でバランスを崩している。

 瞬間。

 貫通した。もっと深く。再度押し込む。

 かかった。手ごたえをしっかりと感じた。

 思い切り、横に剣を動かす。身体中の力を右腕に集約させる。

 首をねじ切る。手の力が一気に解放される。

 成功した……

 


 ……その瞬間、僕の首にも衝撃が走った。


 何故だ、相手の刀は封じられた。攻撃が来るはずが……

 

 いや、違う。

 首だ。


 刎ねた相手の首が、飛んだ瞬間に僕の首に噛みついたのだ。


 間一髪。

 僕の皮膚を食い破った武蔵五号の首は、すぐに地面に落ちて、ごろりと転がった。

 僕の首はちゃんと繋がっていたが、喉の骨組みの部分まで少し抉られていた。

 通常であれば、首が胴体と離れた時点で、意識や思考はすべて強制的にシャットダウンされることになっている。ダメージ過多による、記憶等のソフトウェアの破壊を防ぐためである。

 それでも、武蔵五号は最後の最後まで攻撃を止めなかった。

 シャットダウンを遅らせ、ソフトウェアの破壊の危険を冒してまで。

 何と力強い。これが「意志」の力、だろうか。僕は感嘆する。


 ふと気付けば、会場全体に、割れんばかりの音が爆発していた。

 今まで気が付かなかったことに驚かされるほどの、歓声、悲鳴、罵声、叫び。


 僕はようやく実感した。

 ああ、僕は勝ったんだ。

 勝ったんだ。

 剣を持った腕を天に突き上げた。ますます大きくなる、歓声。

 安堵感と高揚感が僕の身体を包む。

 思考が、視界が、すべてが鮮明に、冴えわたる。

 

 ああ、これが僕だ。

 僕になれた。

 フェンシングを中心として闘う僕も。他の技術を学び、使えるようになった僕も。

 自分は機械闘士だと理解している僕も、自分は一体何なのかと問う僕も。

 勝てばこんなにも高揚し、敗ければあんなにも苦しむ僕も。

 僕は、僕なんだ。

 それらすべて、「螺鈿」で良いのだ。

 やはり僕らは、試合に勝つことで、ようやく自分の輪郭を思い描くことができる。


 僕は螺鈿。機械闘士だ。


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