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落ちこぼれ機械闘士の病熱【完結】  作者: 日野月詩
第三試合 伽藍とは
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記憶

「お前にはスピリッツが無い。スピリッツのない者には教えることができない」

「どういう意味だ?」

「分からない。師範にそう言われたんだよ」

 凱風快晴がいふうかいせいは、いかにも人懐っこいような笑顔を浮かべて首を傾げた。

 それを聞くやいなや、鼻を鳴らして返答する。

「下らないことこの上ない。人間は何かと心だの精神だの、そんなものばかり重んじる。勝手に人間同士でやっていれば良いものを、機械にもそれを押し付けようとする」


 声のトーン、言い回しですぐにわかった。

 伽藍の声だ。だが、姿は見えない。

 つまり、これは、伽藍の視点からの映像。

 あのUSBは伽藍のものだったようだ。

 僕はそのまま、映像と音声に集中する。


「スピリッツとは、そんなに必要なものなのかな。僕は競技の成立の歴史も、重要とされる理念も理解しているのに。何が僕に足りないんだろうね?」

 伽藍は呆れたように眉をひそめる。

「お前のように、不必要な枷を掛けられて作り出された奴が、まだこれ以上人間の言う通りにするのか?」


 凱風快晴は、当時の機械闘士の中で身長、体重ともに最も小さく設定されていた機体だ。黒目がちで大きな瞳、明るく人懐っこい性格が特徴。

 つまり、凱風快晴のコンセプトであった「子供らしさ」は、試合では不利になれど有利にはなりえない要素ばかりだった。

 当時は、機械の機械らしさをどれだけ失わせるかという視点が、最も流行していた時代だった。

 その流行の最先端として制作されたのが、凱風快晴だ。

 とはいえ、そのようなハンデを背負って勝てるほどの長所は、彼に付与されていなかった。

 彼を制作した弱小の企業は、高い開発費を投じて試合に勝てない機体を制作したこととなり、瞬く間に業績が悪化した。そこで、伽藍の所属する企業の傘下に入ることで、倒産を免れた。

 凱風快晴も当然、その企業に買収、移籍となっていた。ここまでは僕も情報として知るところだった。

 この映像によると、凱風快晴はどうやら、新たな企業の方針で、新たな活路を見つけるために、人間の「師範」から技術指導を受けることとなっていたらしい。


「楽しまなければ意味が無い。目の前にいる相手と、闘いを通して対話しなければならない」

「どういう意味だ?」

「分からない。師範にそう言われたんだよ」

 凱風快晴は、人間とまったく遜色のない笑顔を浮かべて言った。


 その後も、凱風快晴は度々言った。

「心があるとはどういう状態を指すのだろう?」

「なぜ僕は師範の言うことが分からないんだろう?」

「どうしたらスピリッツを得ることができるのだろう?」

 伽藍は呆れた。

「何故そこまで、人間の言葉なんぞに拘る」

「試合に勝つことよりも大切なものがあると言われた。そうであるなら、僕はそれが何なのか知りたい」

「そんなこと知って何になる?」

「伽藍には必要ないかもしれない。でも、僕はほとんど試合に勝ったことがない。そんな僕にも、何かの価値が存在していることを、示してくれるかもしれないだろう?」

 凱風快晴はいつも笑って返事をする。

「僕は、僕が何なのか。どうしてここに、こうやって存在しているのか。それが知りたいんだ」

 そこで一旦、映像が終わる。


「凱風快晴は、『精神』、『楽しさ』などといった人間の物差しに囚われたことで敗北した。そんなものに頼らず、ただ強さだけを求めていれば破壊されなかったはずだった」


 ぎょっとした。


 伽藍のそんな声を、僕は初めて聞いた。

 凱風快晴の破壊は、伽藍にとってそれほどの痛みだったのか。苦しみだったのか。

 僕は、今初めて気付いた。

 僕は、何も知らない。

 伽藍の考えていたことも、感じていたことも。

 知ろうともしていなかった。

 

 僕は動揺していた。

 これは、ただの記憶ではなく、伽藍の「思考」の記憶だ。

 映像と、言葉と。それぞれを組み合わせて綴られた、思考のプロセス。

 だが、本当に、僕が見て良いものなのか?

 僕は迷った。

 それでも、僕は再生を続けた。

 そうしなければならない気がした。

 この記憶は、僕の知らない伽藍のことを、教えてくれるのかもしれない。

 僕は、知らなければならない。


 伽藍、君はだれなんだ。

 教えてくれ。




 思考の記憶は、再生すればするほど、明確にあったはずの、螺鈿と伽藍の境界が消えていくようだった。


 凱風快晴は、当時はまだ行われていた「完全破壊推奨試合」に出場し、敗北し、破壊された。

 凱風快晴の容姿は、一部のマニア層から絶大な人気を得ていた。

 それが破壊されていく様を眺めるのを、人生で一番の愉悦、快楽と考える人間は、試合にいくらでも金を出した。

 凱風快晴は企業から不要と判断され、最後の資金回収が行われたのだろう。

「完全破壊推奨試合」は、ほどなくして全面禁止になった。機械闘士を大衆娯楽として売り込む方向に、人間が舵を切った頃のことだった。


 伽藍の知る限り、凱風快晴のように、蔑まれ、笑われ、壊され、ゴミのように捨てられた機体は数えきれないほど存在していた。

 負けることは、存在価値を失うことだ。

 その観念は、試合に初めて出場した当初から伽藍の中に存在し続けていた。

 伽藍は、制作されてからおよそ100試合ほど、相手を完全に破壊するまで叩き壊すことを指示されていた。


 試合で闘うことは嫌いじゃなかった。

 闘っている間はいつだって自由だった。

 相手を打ち倒した瞬間。まさに本当の「伽藍」になれるその瞬間が、伽藍の生きる全てだった。


 それなのに、試合が終わった瞬間、人間は完璧だった「伽藍」を汚す。

 人間は最後にいつも、抗うすべのない機械を破壊させた。

 伽藍は武器を使うことはないので、全てその両手で行為を行ってきた。

 伽藍は相手に、馬乗りになる。

 その瞬間はいつも静かだ。

 相手はすでに気絶、もしくは故障しており、動けなくなっているからだ。伽藍は頬に掠り傷があっても、なお完璧で美しい。

 両手で相手の首を包み込む。折れた首が転がる。次は露出したコードを引きちぎる。体内の臓器に向けて、拳を振り落とす。その度火花が散る。また手を振りかぶる。殴る、叩く、殴る、叩く。何度も、何度も。

 五月蠅い。金属同士のぶつかり合う音が。伽藍が何かするたびに響く下劣な歓声が。

 国家の倫理委員会からの指示で、ようやく「完全破壊推奨」の試合が「勝負が決した後に死に至らしめる攻撃を行うことは、野蛮であり、倫理的に重大な問題がある」として禁止が決定した際。伽藍は鼻で笑った。

 結局、試合が、機械闘士が存在する限り、人間の野蛮さは何も変わらないのに。

 伽藍はすでに、人間を随分前から見限り、憎んでいた。

 


 やがて、伽藍の技術を応用した後発機が作成された。

 ……「螺鈿」だ。


 ハードもソフトも、最新技術が用いられた機械だった。スペックだけを見れば世界最高。

 それなのに。伽藍は不思議に思った。

 これほどの能力を持っていながら、何故戦績は伽藍の足元にも及ばない。


 声を掛けたのはほんの気まぐれだった。

 何故そんなに弱いのか。純粋に疑問だったし、負けて破壊されたくてそうしているならさっさと破壊してやろうとも思ったからだった。

「僕は……『螺鈿』とは、何なのか。そんなことばかり考えてしまって、学習に集中できていないからだと思う。僕は機械で、螺鈿。そんなことはよく分かっているはずなのに」

 伽藍は衝撃を受けた。

 凱風快晴のように奇特なことを考える機械が、他にいるとは思わなかった。

 気まぐれに、機械闘士の研究書籍に載っていた知識を教えてやった。試合には何ら関係のない無意味な話なのに、螺鈿はいたく喜んでいるようだった。

 同時に、伽藍は思った。螺鈿がその無意味な問いを捨て、勝利にのみ集中することができなければ、凱風快晴のようにいずれは破壊されていなくなるだろうと。


 しかし、伽藍の予測に反し、螺鈿は次第に戦績が向上していった。無意味な問いを飽きもせずいくつも抱えながら、尚、強くなっていく。

 凱風快晴の成し得なかったことに、螺鈿は成功し、乗り越えていく。

 スペックが高ければ、無意味な問いを抱えたままでも勝利することができるということか。

 そんな簡単に片付けてしまえるほど、伽藍の思考は単純ではなかった。


 螺鈿は言った。

「これが僕なんだ。この思考を抱えたまま闘っていくことが、僕の存在意義だ」

「僕は、僕のせいで傷つき苦しむ人間が存在するということを抱えたまま、闘っていきたい」


 それはつまり、自身の意志が、思考そのものが、「自分」ということか?

 自分が意思を持つことは、そんなにも重要で、大切なものだったのか?

 伽藍は愕然とした。

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