家族
その日の朝。
ステラは珍しく朝早く目が覚めた。
カイルはまだ隣で寝ている。ステラはそっと抜け出すと着替えて下に降りて行く。まだ誰も起きていない。
いや、一人だけ起きていた。エルディだ。
「早いですね。相変わらず」
そんなステラにエルディは驚いた様子だ。こんな早くステラが起きてきた事など今までない。
「ステラこそ。どうした?」
何だそれは。酷いな。と思いながらも苦笑いでキョロキョロと辺りを見回した。
「いや、なんか妙に落ち着かないと言うか・・・まるで教会に居た時見たいな感じがして・・・・・」
[相変わらずボケてるのにそういう気配には敏感だなぁ、ステラは]
「そうそうボケ・・・・・・」
そこまで言ってステラはピタリと動きを止めた。エルディも驚いた顔でそちらを見ている。ステラはギギギっと首を横に回した。
[久しぶりだねステラ。元気そうで何より]
そこには。ステラのよく知る人物がいた。透けて。
「ひぃやー!!!!お化けぇ!!」
ステラはピョンと飛び跳ね慌ててエルディの背後に隠れた。エルディはしばし考えまさかと思いつつ口にした。
「まさかと思うが。レイヴァン・スタシャーナか?」
[はい。正解です。ステラ、他人の彼が冷静に気づいたのに身内の貴方のその態度。全くいただけない]
いやいやいやいや。誰だっていきなり半透明の男が横に立ったらこうなるだろうとステラは悪態をついた。しばらくじっと見て段々と実感が湧いてくる。
「は、本当にレイヴァン様?何で?」
[実はウッカリ死んでしまって、身体が使えなくなったので魂のままバッツについていたんだが。バッツは鈍感だろう?なかなか私に気付かないのでステラなら私が分かるかと思って来てみたんだ]
え?そういうノリ?ノリなの?ステラはこれは突っ込んでもいいのでは?と思わず思った。
[もう直ぐバッツがこの街に着く。まだ怯えているので迎えに行ってあげてくれないか?カイルと一緒に]
「バッツは何に怯えているの?」
[お前に見捨てられるかもしれないと、そんな事を思っているようだ]
ステラはパカリと口を開けた。
見捨てる?ステラがバッツを?あり得ない。
[ステラにはちょっと難しいかも知れないがバッツはとても繊細でね?難しいお年頃なんだよ]
エルディはレイヴァンの人物像を改めた。コイツ性格が悪い。
「もっと分かりやすく教えてレイヴァン様」
[つまりね。私が死んだ原因がバッツにあるから彼は怖くてステラに会えないんだ]
やはり。と、ステラは納得した。
ずっとバッツに避けられていたのはやはりそんな事情があったからなのだ。
[バッツはね。自殺しようとしたんだよ。自分の役目が終わったと思い込んで。それを助け出すのに失敗して私は死んでしまったんだ]
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?何それ」
それはステラの想像を遥かに超えた事実だった。
バッツが自殺?考えられない。
「それは、事実だ。本人から聞いたからな」
エルディもこれを肯定した。しかしステラには全く理解出来なかった。
「意味が分からない。なんでバッツが死ななきゃならないの?」
[17年。17年かけても私はあの子に私の愛を伝える事が出来なかった。彼の心は欲しているのにそれを受け入れる器がなかったんだよ。だから彼は自分は道具だと思うようになったのかも知れない。自分が愛する者を守り役目を終えたら廃棄される物だと]
ステラの心はこれを聞いて酷く痛んだ。しかし同時に怒りと悲しみも湧き上がった。
「何故もっと早く教えてくれなかったの!!そんなの間違ってるのに!私はバッツを・・・・」
愛してると言ったことがあっただろうか?
彼を家族として愛していると。いや、ない。だだの一度も。ステラはその事実に驚愕した。
「わた、し・・・・・何も・・・」
バッツが安心できるような事をステラは何も言っていない。それは家族だから分かっている筈だという。ステラのバッツに対する甘えでもあった。
[そうだね。しかしそれを口にしてもきっとあの時のバッツには届かなかっただろう。ステラ、それをバッツに伝えてやってほしい]
レイヴァンは微笑んだ。いつもみたいに。なんでもないように。ステラはギュッと口をへの字に曲げた。
「酷いよレイヴァン様。何にも話してくれないんだもの。お陰で私あの後凄く大変だったんだから」
ステラは涙目になりながらレイヴァンを睨んだ。彼は困った様に笑ってステラを見た。
[私のせいでお前には随分苦労をかける。だが、お前が生まれた事を後悔した日はないんだ。お前は私の所為で生まれる場所を間違えたが、私にとってかけがえのない宝物になった。お前やバッツと過ごしたあの日々で私の心は救われた。お前達のお陰で]
「私も。凄く凄く幸せだった。レイヴァン様・・・お父さん」
レイヴァンはそれを聞いてゆっくりと目を閉じた。その顔はとても満たされた顔をしていた。
[お前は強い子だ。カイルとバッツをお前のその強さで守って欲しい。いつでも側でお前達を見守っている。ステラ、愛しているよ]
そう言うとレイヴァンの姿はゆっくりと薄くなり見えなくなった。ギシリと後ろからカイルが降りてくる。
「・・・・・いつからいたの?」
「・・・・割と前から」
ステラは困った顔でカイルを見た。
カイルも微妙に居心地悪がそうだ。
「迎えに行ってもいいかな?」
「ああ、俺も一緒に行く」
「お前達、飯は食べて行け。もしかしたら皆で追い回す事になるかも知れないぞ?」
その言葉に二人は首を傾げる。エルディは眉を顰めて遠い場所を見つめた。
「アイツは追い詰められると物凄い勢いで走って逃げ出す癖がある。俺が何度アイツを捕獲に走ったと思う?」
「「うわぁ」」
バッツとエルディの全力疾走。追いつける気がしない。
二人は素直にご飯を食べる事にした。
****
ロゼとエルディも付き添ってステラ達は宿を出た。
ノゼスタとリュナは万が一、入れ違いになった時の為に街に残った。
「どうやって捕獲しようかしら。皆で囲み込む?」
「見つけた瞬間に俺が取り押さえる」
「ちょ!!二人とも!バッツは野生動物じゃないんですから!!」
ステラは慌てて二人を止める。そんな言い合いをしているとフワリとステラの側に光の球が現れた。皆キョトンとする。
「レイヴァン様?」
ステラがそう言うと、その光はスゥーと横を横切り森の中に吸い込まれていく。
皆それぞれ顔を合わせるとその光について行く。
すると段々と人の喋り声が聞こえてくる。
それを超えると目の前にバッツがいた。
バッツが笑いながら顔を上げ、その顔とバッチリ目が合う。
「・・・・・バッツ」
「ステラ?」
(あ・・・・・)
ステラにはバッツが怯えている事がすぐに分かった。
「あーーー。久しぶり?」
ニカっと笑うその笑顔にステラは泣きそうになった。
(私はバッツを全く理解していなかった・・・・)
バッツの下に近づいて行きながらステラは何故、自分がこんなにも鈍感で居られたのか不思議でならなかった。
17年も一緒にいて自分が一番バッツを理解していると思ってたその愚かさにステラは嫌気がさした。
バッツはステラが近づくにつれ明らかに身体を震えさせている。ステラがバッツに向けて手を伸ばそうとすると僅かに身体を硬直させた。
(どうして・・・・・)
ステラがバッツを拒絶するなんてあり得ないのに。
こんなに大切に思っているのに。
ステラはそのままバッツの頭を自分の方へ抱き寄せた。
座っているバッツに覆い被さる様に強く強く力を込めて。
「バッツ・・バッツ!!」
「・・・・ステラ?」
そうだ。きっと間違えたのはステラだった。あの時追うのを諦めず追いつかなくても走っていれば彼はきっと気づいて足を止めたはずだった。それがステラの知るバッツだ。
「ごめんね、バッツ。一人にしてごめん」
置いていったのはバッツじゃない。諦めて追いかけようともしなかった。自分自身だ。
「私が何も知らなかったから、全部バッツに押し付けた。ずっと側に居たのに助けられなかった」
彼は強いから大丈夫だと勝手に思い込んでいた。
「私がもっと強かったらバッツと一緒に行けたのに。本当にごめんなさい」
バッツが死にたいほど苦しんでたなんて、どうして想像出来ただろう。彼を全く見ていなかった自分が。
ステラは堪らず泣きそうになるのを必死に堪えた。
バッツは震えた声でステラに言った。
「・・・おれ、助けられなかったよ」
ステラは泣かないよう歯を食いしばった。
「ごめんステラ。おれのせいだ。おれの・・・・」
「違うわ。バッツのせいじゃない。私のせいよ」
その時カイルがそっとバッツの肩に手を置いた。
ステラは願った。どうか届いてほしい。
「バッツ。誰のせいでもないんだ。レイヴァンは自分の愛する者を守った。それだけだ・・・・・・すまなかった」
カイルからバッツへそれは確かに返された。ほんの僅かであったがバッツの心を芽吹かせるには充分だった。
バッツは、その瞬間子供の様に大声で泣きだした。
「っあーーーーーーレイヴァンさまぁぁぁぁ!!!あああああ!!!」
まるで三歳児が泣く様なその声はきっと今までバッツが心に溜め込んだバッツの想いだった。
ステラはそれを全身で受け取った。
彼が溢れ落ちてしまわぬ様、必死で抱きしめた。
「レイヴァン様がね?ここまで私を連れてきてくれたの。バッツと一緒に居たんだね。会わせてくれてありがとう」
ステラはバッツを抱きしめながら自分はもしかしたら、この瞬間の為に生まれたのでは?と思った。ステラとバッツはお互いにきっと必要だったのだ。
「バッツ。貴方は私のたった一人の私の家族よ」
そう。たとえ血の繋がりがなくとも彼はステラの大事な家族。彼女の帰る場所。そしてステラはバッツの帰る場所なのだ。
「貴方を愛しているわ。バッツ」
ステラはバッツを抱きしめ続けた。
そして自分がバッツを失わず取り戻せたことを神に感謝した。
二人は気がすむまで、まるで子供の様にいつまでも泣き続けた。




