真実と愛情の狭間で
「カイル。私にはもう時間があまり残されていない。だからお前にずっと隠していた真実を告げなければならない」
カイルの父は亡くなる数日前カイルを部屋へ呼び出した。
父の真剣な眼差しにカイルは彼の手を握り真摯に向き合った。しかし彼から発せられた内容は思いもしないものだった。
「この家の者は誰一人信用してはならない」
カイルの家は代々女神リーズを信仰する一族だった。
各地の教会で信仰を広げて活動している。
カイルの母もかつて聖女だったと聞いている。
父は他家からこの家にやってきた婿養子だった。
「この家には代々決して誰にも触れられぬ様に守られてきた物がある。お前の母は表向きは病死になっているがそうではない。殺されたのだ」
カイルは黙って父の話を聞いていた。父の顔は怒りと悲しみが入り混じっていた。
「実の父親と、神に選ばれし聖女に」
「神に選ばれた?」
なんだそれは。そんな者聞いたこともない。
「そして私も罪を犯した。私は憎しみのあまり決して持ち出してはならない物を奴の懐に忍ばせてしまった。それがこの家に代々伝わるものだ」
父の瞳から涙が溢れ落ちた。カイルはこんな父の姿を初めて見た。
「それは手のひらぐらいの大きさの箱で蓋を開けると音楽が流れる"オルゴール"というものだ。本来の物はネジ仕掛けになっている。それを回して蓋を開けると音楽が流れるが我が家にあったそれはネジがない。そして只人が開けようとしても蓋を開けることは叶わない」
だがお前には見ればすぐわかる筈だと父は言った。
「しかし本来開ける事が出来ないそれをお前の母は開けてしまったのだ。お前の祖父と聖女の所為だ」
父の涙がカイルの手のひらにポタリと落ちた。
カイルはただ呆然とそんな父を見た。
「カイル・・・そのオルゴールを探して処分して欲しい」
カイルは頷いた。頷くことしか出来なかった。
「もし、見つけても決して開けてはいけない。誰にも見つからない所へ隠すか処分してくれ」
何故今までそんな大切な事を隠していたのだろう?もしや誰かに監視されているのだろうか。
「あのオルゴールは破滅の箱。禁忌の産物なんだ」
にわかに信じがたい。そんな物本当に存在するのだろうか。カイルは眉を顰めた。
「それがどこにあるかは分かっている。ここから南北へ向かうイントレンス付近。森の中にある教会にそれはある。」
そんな所に教会があるなど初めて聞いた。
正式に登録されていない秘匿された教会なのだ。
「やっと場所を探し当てたが私にはもうそこまで行くことは叶わない。他の者は皆私の敵だ。カイル・・・お前にしか頼めないんだ」
その時カイルは15歳になったばかりだった。
父は教会の司祭だったが剣の腕がたち、よくカイルにも剣を教えてくれていた。
「私が死んだらすぐここを出て戻ってはいけない。ラーズレイに行き冒険者になりなさい。そして力をつけ私の願いを叶えて欲しい。その後は出来ればどこか安全な場所で幸せに暮らすんだ」
父の手が何度もカイルの頭を撫でた。今までこんな風に父に頭を撫でられたことなど無かったのに。
「オルゴールを持っているのは、俺の祖父なんだな?」
カイルの言葉に父は頷いた。
「お前の母や私達を奈落の底に突き落とした元凶がそこに住んでいる。レイヴァン・スタシャーナお前の実の祖父だ」
****
(間違いなく避けられてるよね?)
ステラはじっとカイルの背中を見つめている。
今日は四人で依頼をこなしに行く。何回か依頼をこなして大分慣れてきた為、今回は少し遠出をする事にした。
「しかし女神の雫なんてロマンチックな物、今時欲しがるのねぇ?」
それはソルフィアナと言う国の泉で採れる聖水だが実は中々難易度が高い。
ソルフィアナはエルフの国である。
中に入るにはそれなりの身分証明とギルドの推薦状。そして滞在理由がはっきりしていないと入れない。
しかも島国なので船を使わなければならないのだ。
「全く面倒な国だ。そんな物人となりが分かれば良いではないか」
ノゼスタが珍しく悪態をつく。
ステラはこれには驚いた。
「珍しいですね?ノゼスタがそんな風に言うなんて」
それにはリュナが噴き出した。
「ステラ。エルフとドワーフはね、あまり相性が良くないのよ」
え?とリュナとノゼスタを交互に見る。ノゼスタは渋い顔をしている。
「エルフは気位が高い上にガサツな振る舞いを許せない。品性を重んじる一族なのよ、ドワーフは大らかで細かいことは気にしない。拳と拳で語り合えばすぐに打ち解けれるタイプなのよ。だから全く反りが合わないの」
へぇ?とステラはノゼスタを見る。
しかしステラから見たノゼスタは決してガサツには見えない。礼儀正しいと思う。
「よく分からないです。ノゼスタはちゃんとした大人だと思いますけど・・・・・」
「見た目だ」
そこに急にカイルの言葉が割り込んできた。
ステラはビックリしてカイルを見上げる。
「ドワーフは背が低いだろ?それを侮蔑の視線で見てくる。隠しもしない。誰だってあからさまにそんな目で見られればいい気はしないだろ?」
そう言われてステラは改めてノゼスタを見た。
そして首を傾げる。
「それの何が問題なの?背が低いから差別される理由が分からないのだけど・・・・・」
本気で分かっていないステラにノゼスタは目が点になってすぐに大きな声で笑い出した。リュナも吹き出す。ステラは益々訳が分からない。
「え?え?何で笑うの?私大真面目なんですけど?」
ちょっとムッとしたステラにリュナは微笑んで首を振る。
「違うのよステラ。馬鹿にした訳じゃないわ、ただちょっと嬉しくなっただけよ」
そう言って抱きつきステラの頭をナデナデする。
なんだろう。釈然としない。
「そうさな。皆がステラの様だったらきっと争わず仲よう暮らしていけるだろうがな」
ノゼスタも愛おしい物を見るような目でステラに微笑んでいる。よく分からないがみんなステラを良く思ってくれてるみたいで安心した。
そんなステラ達をカイルは複雑な心境で見つめていた。
「ようこそおいで下さいました。冒険者御一行様私この国の王を務めさせていただいております。アスターシェと申します」
ステラ達は船から降りて案内された一室でまさかのこの国の王から挨拶されていた。
皆慌てて佇まいを正し礼をとる。
一応国に入る前にこの国の礼儀作法はある程度頭に入れてある。
「皆さま顔を上げて下さいませ。私があなた方と会うことは知らされておりません。いきなりこの様な形でお会いする無礼をお許しください」
皆んなが戸惑い顔を上げ顔を見合わす。
なんか話に聞いていたのと違う。
気位が高いというより凄く謙虚な気がする。
「それはいいのだ・・ですが。一体何故我々と一国の王が面会を許されたのでしょう?」
ノゼスタの言葉に女王はニッコリ笑って「話し方もいつも通りで」とノゼスタに言った。ノゼスタは顔が赤くなっている。そりゃそうだ。この皇女。絶世の美女である。
「実は、私個人からの頼み事があるのです。あなた方が来ると知らされた時、森の精霊達が教えてくれたのです」
そういえばステラはまだ妖精や精霊と一度も会っていない。すぐに会えると思っていたのに残念だ。
「ステラ。貴方はバッツという青年を知っていますね?」
それに全員の視線がステラに集まった。ステラは驚いた顔をしている。
「私の幼馴染ですが。彼を知っているのですか?」
「はい。実は彼は赤子の時ここに連れて来られています」
え?とステラは首を傾げる。
ステラは赤子の時から教会にずっといた。
バッツはいつ頃来たのだったか。
「彼の力をステラ、貴方は知っていますね?その力は最もエルフ族と相性が良いのです。最初彼はここで保護される予定でした。しかし彼の与えられた使命がそれを阻止してしまったのです」
「バッツの使命?何ですかそれは」
皆が話について行けない中ステラとカイルだけは内容を理解していた。神の御子のそれである。
「ステラ。貴方を生かす為。彼は貴方の下へ遣わされたのです」
それを聞いた時。ステラの思考はしばし停止した。
「この世界に遣わされた使命の子は五人。中でも貴方は欠けてはならない最も重要な役割を持っています。貴方はーー」
「やめて!!!!」
突然。ステラは叫んだ。
皆が驚きステラに視線を戻した。
「こんな、こんなのもうたくさんよ!!一体私やバッツが何をしたって言うの!!!!」
アスターシェは憂いを浮かべた瞳でステラを見ている。
ステラはガクガクと震えながら両耳を塞いだ。
「私達はただ。静かにあの教会で暮らしていただけだわ!何もしていない!!ただ平穏にレイヴァン様とバッツと私三人で暮らしていられれば幸せだった!幸せだったのに!」
あんまりだ。あんまりだ。酷すぎる。バッツがステラと居た理由がステラを守る為だけなどと。そんな使命なくていい。だってそうでなければ全ては嘘になってしまう。あの教会での17年彼等と過ごした愛すべき日々。
「使命なんて知らない!運命なんて信じない!神の御子なんてこの世から無くなればいい!!!」
そういうとステラは遂に崩れ落ちわんわんと泣き出した。まるで小さい子供の様に。そんな彼女の腕をカイルが掴んだ。何だろう。こんな所でみっともなく泣き出したステラを叱るのだろうか。ステラは泣きじゃくった顔を上げた。
「ステラ。大丈夫だ」
気がつくと。ステラはカイルの腕の中にいた。
カイルの手が彼女の頭を撫でている。
何が大丈夫なのだ。全然大丈夫じゃない。
「お前。バッツがそこまで考えて行動してたと本気で思っているのか?」
カイルの言葉にステラは少し冷静になる。
・・・・・・考えてない気がする。
「仮にお前を押し付けられたとして嫌々黙ってお前を守る様な人間なのか?俺が聞いてる話では無いと思うが?」
「そうかなぁ?」
確かにそんな気がする。カイルは笑った。馬鹿だなと。
「お前がバッツと出会う経緯など、どうでもいいだろ?大事なのはそれでお前達はどうなった?」
どうなった?私達は・・・
「家族になった。だろ?」
そうだ。ステラとバッツは家族になった。かけがえのない。大切な。
「だからバッツはお前を守る。お前もそうだろう?」
そうだった。理由などそれで充分だ。他はどうでもいい。
「そうなのですね。そこまで・・・貴方はバッツを愛してくれているのですね。」
アスターシェは優しく微笑みステラの側でしゃがみ込んだ。皆驚愕で一歩退いた。
「すみません。貴方の気持ちを考えず一方的に話をしてしまいました。どうか今日はゆっくり休んで貴方に必要な物を採りに行くと良いでしょう。もし、心が落ち着いて話を聞く気になったら帰る前にお話させて下さい」
そういうと皇女は立ち上がり皆を見た。
「しかしこの話は貴方にとってもバッツにとっても必要な話になります。もし貴方が本気でバッツを助けたいと願っているのであれば必ず私の下へいらして下さいませ」
アスターシェは真剣な眼差しでステラを見つめていた。




