表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/40

36 無効

 それは、突然の出来事だった。


 セシリアとアレクシウスの婚姻届が()()だという書類が送られてきたのだ。

 また、時を同じくしてアレクシウスの実家からも『誠に不本意ながらも、二人の婚姻は無効とする』といった内容の書簡が送られてきた。


 ――理由(わけ)がわからなかった。


 初めて見るアレクシウスの顔だった。 人というのは怒りが頂点に達すると、こうも無表情になるものだろうか。

 表情筋が死に絶えたかのように、眉一つ動かない。 が、能面のような彼の顔からは、うねるような怒りが感じ取られた。

 それは、書簡を握りしめるアレクシウスの指先が、白く硬直し節々が軋んている様子や、彼の腕にそっと添えたセシリアの腕に伝わる、細かな振動からも察する事ができた。


「取り合えず、家に戻って()()を調べてくる。 一度、受理された婚姻届が今頃になって無効だなんて……。 納得できない」

「えぇ、お願いするわ。 私には調べる術もないから……」


 セシリアは俯く事しかできなかった。


(私の身分が問題になったんだわ……。 きっと、そうよ)


 自分では同仕様もない物事に、無力さを思い知らされた。 何もできない。 何もできないのだ。

 その事実が、哀しみとなってセシリアを襲う。 ポロポロと彼女の瞳から絶望が溢れ出る。


「大丈夫。 きっと、何かの間違いだよ」


 セシリアの顔を伝う涙を、指先で柔らかくすくい上げたアレクシウスは、流れるような仕草で、その頬にそっと口を寄せた。


「アレク!!」


 悲鳴にも近い声を上げながらセシリアは、アレクシウスの首筋に腕を絡みつけ、その口唇にむしゃぶりついた。

 そうでもしていないと、不安に、恐怖に押しつぶされそうだった。


 セシリアは全体重をかけて、アレクシウスを冷たい板張りの床に押し倒した。

 困ったような表情を見せたアレクシウスだったが、セシリアは気にすることもなく馬乗りになり、手慣れた様子で彼の服を剥ぎ取った。

 そして、その鍛えられた彼の白い胸に、紅い花弁をつけ始める。


(アレクシウスは誰にも渡さない)


 まるで、自分の所有物であると主張するように、その身体に『セシリアの刻印』を刻みつけていた。 


 ******


 アレクシウスがヴィンドストランド国へ旅立ってから、いくつかの夜が流れた。 

 眠れぬ夜を過ごしているセシリアは、生欠伸を噛み殺し、瞼を擦りながら鏡の前に立つ。 

 そこには、赤く腫れた瞼の哀れな女が映っていた。 寝衣の隙間から覗く、胸元に散らされた紅い花弁に、指先でそっと触れる。

 もう、だいぶ色が薄くなっていた。 それなのに――。


「なぜ、なんの連絡もないの?」


 考えれば考えるほど、悪い予感しかしない。 


「こんな事なら、初めから反対してくれていれば良かったのに……」


 あの日、あの時「平民との婚姻は認められない」と、言われていたほうが傷は浅く済んだだろう。

 こんなに幸せを感じてしまった後では、さすがに辛すぎる。


 セシリアは溜息をつく。 もう、溜息と涙しか出てこない。


「奥様……」


 ノックの音と共に扉の隙間から、アンナの顔が覗いた。 彼女に()()と言われるのは、まだ慣れなかった。


「何?」

「王城から書簡が届いてます……」

「今度は何よ……」


 セシリアはぶっきらぼうに手紙を受け取ると、その封蠟を確認した。 確かに国璽が押されている。 王族からの手紙のようだ。


 ――エヴァーグリムの妖精店『セシリア』


 その宛名を見た瞬間、自分の中から不安と恐怖、それと、憎悪に近い黒い感情がこみ上げてくるのを感じた。


(本当にアレクとの婚姻を認めていないんだわ)


 身体の震えは恐怖からなのか、それとも怒りからなのか。 

 少しふらつきながらも彼女は、サイドテーブルに近付き、その引き出しを乱暴に開けた。

 そして、ペーパーナイフを手に取ったのだが、その手は笑えるほどに震えていた。


 ジャッ…シャッ…と不器用な音を立てながら開いた手紙には『呼出し』の文字が一際目立っていた。

 そして、重く存在感のあるその文字は、セシリアの瞳を射貫いていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ