第2話 ポンコツ小悪魔女子が仲間になりたそうにこっちをみている
「切音お兄ちゃん、お待たせ。部活終わったよ」
「……ん? あれ、花音、無事か……? ここは、学校……だよな?」
「もう、なに寝ぼけてるの? 疲れてるなら待ってなくてよかったのに」
目を開けると、薄暗い放課後の教室で妹の花音が心配そうな顔をしていた。
ああ、そうか。どうやら俺は、花音の部活終わりを待っている間に、教室で眠ってしまったらしい。
秋が近いせいか、最近は陽が落ちるのが早い。窓の外は暗く静かだった。
「うす暗い帰り道で、ストーカーに襲われてもいいのか? 花音は発育が良いから、お兄ちゃんは心配なんだ」
「もうお兄ちゃんのエッチ、最低! ぷんぷん!」
コスプレ系インフルエンサー、かのん。
俺の妹は、巷で話題の動画配信者だ。
持ち前の明るさと天然の不幸体質を武器に、最近は人気を伸ばしている。
かく言う俺の長所は、人より少し手先が器用なだけ。
花音のために衣装を作ることが、俺なりの応援だった。
「えへへ、実は最近、中学生の頃に作ってくれた衣装を着ると、胸のあたりがきついの。バレてた?」
「当たり前だろ。サイズを直して欲しい衣装があったら言えよ」
「ありがとうお兄ちゃん。大好き!」
これである。眼も止まらぬ掌返し。
さっきまで頬を膨らませ、ぷんぷん怒ってたくせに。
小動物みたいにコロコロ表情を変える。
天然の人垂らしの本領発揮だな。
妹との何気ない日常会話。
毎日飽きるほど通った学校。
刺激も魅力もない、色褪せた日常風景。
その全てが、今は何かが違って見える。
「どうしたの、お兄ちゃん。帰ろう?」
「あ、ああ……」
不思議そうに首を傾げる花音。
寝起きだからだ。
そんな言い訳を口にして、違和感から目を背けた。
その時、急に教室のドアが大きな音を立てて開いた。
反射的に立ち上がる。
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「痛ってーー!!」
まるでフライパンで殴られたかの様に、頭に激痛が走る。
卵のように頭蓋骨がバリッと割れるところだ。
俺はすぐに自分が何処に……いや、何んの中に入っているのか理解した。
ここは古びた檻、つまり牢屋の中だ。
目の前には腐食しきった鉄格子。
頭上には錆ついた鉄の天井。
地下牢ではない。辺りは悲壮感漂う石造りの部屋で、穴だらけの暗幕から朱色の日差しが入り込んでいる。
ここは、気味の悪い廃墟の一室だ。
部屋の端に転がるガラクタの中に、人骨でも転がってるんじゃないかと息を飲む。
すると部屋の隅でキラリと、何かが瞬いた。
微かな明かりが、彼女の異形を照らす。
「まさか……ハーピィってやつか?」
薄朱色の翼。足先の鋭い鉤爪。その左足には、鎖が繋がれている。
まるで警戒する野鳥のように、覗くように俺を見ていた。
ぱっと花開くように表情が明るくなる。
「起きた……人間が起きました、マオキナ様!」
流石ハーピィ、翼を広げ軽々と檻を飛び越えて滑空する。
堅牢な鎖がジャラジャラと鼓膜に響く音を立てた。
そして、翼を広げた事で露出する、豊満なふたつの”たわわ”
本能的に目で追ってしまう。
こんな物騒な状況にも関わらず、年頃男児って奴は……。
と自分の中で感傷に浸る。
すると急に、暗幕が開かれた。薄暗い部屋が朱い日差しに満たされる。
「にっしっし。やっと目覚めたわね、ひんじゃく人間!」
現れたのはピンク色の髪に角を生やした少女だ。
お尻からは、如何にも悪魔という尻尾が飛び出し、落ち着きなく左右に揺れている。
青空の様な瞳をギラギラと輝かせ、まるでおもちゃを見つけた子供のようにご機嫌だ。
「その眼、見覚えがあるぞ……まさかお前が俺を拉致したのか?」
「”お前”なんて呼ばないで。アテシには立派な名前があるの。それはもう、あんたなんて聞いただけでおしっこ漏らしちゃうくらいの名前がね」
口が悪い!
可愛い顔してなんてこと言うんだ。
年だって花音よりずっと下に見えるのに。
まあ、どう見ても魔物だから実際の年齢は分からないのだが。
少女は絶句する俺を見て気を良くしたのか、鼻息を荒くして高らかに声を上げた。
「よく聞くがいいわ、ひんじゃく人間。アテシの名前はマオキナ。魔界を統べる偉大な魔王の娘、サタナス・エクス・マオキナよ!」
「魔王の娘だって? 何でまたいきなりそんな奴が出てくるんだよ」
「にっしっし。さあ、アテシを恐れ、心をぽっきりと折ってしまうがいいわ。もし抵抗でもしたらどうなるか。きっと後悔するわよ。できない? 恐くてできない? え~~残念、臆病者なのね、ぷぷぷっ」
「おい、さっきから口が悪いぞ。魔王の娘って事は魔界のお姫様だろ? もう少しお淑やかにだな」
「うっ……うるさいわね、逆らうなって言った! タコハゲ、どうてい!」
「どっ……! 大きなお世話だ、子供のくせに」
足を乱暴に踏み慣らすマオキナに、ハーピィが震える声で縋りつく。
「マオキナ様、お願いします。もうじき主が目覚めます。わたしの籠を返してください」
「ペッティー邪魔しないで。それにもう、あなたが籠へ戻る必要はないのよ。何なら足枷も外してあげるわ」
「わたしはこのままでいいですから、早く籠を」
俺が捕まっている檻は、元々ペッティーが囚われていた鳥籠らしい。
マオキナに懇願するペッティーの姿を見ていると、あることに気付いた。
全身の生傷。
そして不自然に大きさが違う左右の翼。
故意に翼を切断されているのだ。
魔物に道徳観念なんて存在しない。
しかしペッティー本人はそれを受け入れている様にも見える。
とりあえずここに長居はまずい。早く逃げないと。
鉄格子は錆びだらけだ。思いっきり蹴れば壊せるだろうか。
「コホンッ、無駄だ、逃げられないぞ人間」
聞き覚えぼある声。
視線を下げと、檻の傍にニンジンの姿が。
こいつが喋ったのか?
「お前、もしかしてさっき俺の口の中に入ってきたニンジンか?」
「致し方なく。不本意ながら」
「不本意に人を窒息させるなよ」
ニンジンはシルクハットとスーツ。そして腰には爪楊枝のようなレイピアを下げている。
チャームポイントと言わんばかりの口髭が、何故か腹立たしい。
俺はさっき、こんな奇妙な物を飲み込んだのか……泣けるぜ。
「あっ晴れです、マオキナ様。結果的に【異世界転移者】を捕獲したのですから、目標は達成されています。いや、素晴らしい」
「やっぱり? そうだよね? そうでしょうとも!」
マオキナが髭ニンジンの手を取り合って、ぴょんぴょん跳ねる。
まるでただの無邪気な子供だ。
「お前ら、目的は何だ。どうして俺を攫ったんだ?」
「ふむ。当初の計画では勇者がターゲットだったのですが。勇者は余りの強さに断念。そんな時、手ごろな異世界転移者を見つけたと言う訳です」
「そうよ。あの勇者は、思ったより強そうでこわ……」
「ん? 恐かったのか?」
「違うもん! アテシは魔王の娘よ。そうそう恐がることなんてないんだから! バカにしないで!」
マオキナは両腕を組んで、しなる悪魔の尻尾を、鞭のように床に打ち付けた。
八重歯を見せて不敵に笑う。
「アテシは真の魔王を目指す者よ。その為なら手段を選ばないわ。さあ、異世界転移者、アテシに人間を襲わせたくなかったら、アテシの仲間に――」
「コホンッ、マオキナ様、下僕です」
「――げ……げぼくに成りなさい。あんたの珍しい能力をアテシが有効に使ってあげる。馬車ウマみたいに……いや、あんたなんか馬車ブタよ!」
「え? 馬車……なんて? 豚?」
さっきから罵倒が意味不明な言葉になってきている。
まるで子供が背伸びをして、覚えたての言葉を一生懸命使っているようだ。
俺はそんなマオキナがどこか憎めないでいた。
「下僕か。もし断ったらどうするんだ? 人間を襲うとノエr……あの恐い勇者が飛んでくるかもしっれないぞ?」
マオキナが眉を吊り上げて睨み付けてくる。
「断ったらどうなるかぁぁぁ? 決まってるわよ。その辺の弱くて小さい人間を攫って、あんたの目の前で食べてやる! 首を縦に振るまで、ひとりひとり痛めつけながらね」
さっきまでの自由本坊な少女ではない。
その眼には決して冗談で言っている訳ではないと、狂気に似た意志が込められている。
甘かった。いくら可愛くてもマオキナは魔物だ。
それも魔王の娘。
分かりあえるわけない。こんな化物たちと。
「その怯えた顔、にっしっし! さあ、どうするの? アテシの下僕に成るわよね?」




