第20話
前島がテーブルにつく頃には、もうすでにみんな打ち解け、和気あいあいモード。
「なんかみんなノリノリじゃない?」
(今日は普段より全然楽に進みそうじゃん♪)
ご機嫌な前島を見て、なぎとは(せいぜい今は存分に笑っとけ♪)と心の中で冷ややかに笑った。
「ま、とりあえず乾杯しよ♪」
前島な仕切りで、アルコールナシのドリンクで乾杯をして、会が始まりを告げた。
「どんどん食べなよ♪のぞみ♪」
前島はのぞみに食事を勧めるが、
「えっ…あ、はぁ……」
のぞみはさすがに中々箸が進まない。
「あ、そういえばさぁ、みんな、グルメサイトの『3つ星ナビット』って知ってる?」
なぎとはみんなの顔を眺めて話をふる。
「それって超有名なサイトだよね~♪この前ガイドブックも出たよね~?
私あの本即買いしたよ♪」 流行に敏感な金髪ショートヘアがが食いつく。
「そうそう、審査が厳しいのが有名で、あそこのサイトに叩かれた店は地図から消えるって有名だよね。
一度3つ星もらった店に行った事あるけど、超満員でさぁ!でも流石は3つ星、超いい店だったよ」
眼鏡男の横の少し賢そうな黒髪の男はちょっと自慢気に笑った。
「あのサイトさ、実は俺の叔母さんが運営してんだよね♪」
なぎとはなんの躊躇もなくサラっと言った。
「う…っそ!!マジ…?」
前島は、なぎとが医者の息子で親が総合病院を経営していて、金持ちという情報は知っているが、叔母の話はもちろん初耳である。
なぎとに一斉に視線が集まる。みんな半信半疑であるが、なぎとの着ている服や装飾品(CHROME HEARTS)を見て、結構なボンボンであることには気付いているようだ。
「俺ん家、病院経営してるんだけどさぁ、元々、グルメなウチの親戚の叔母と良く食事一緒にするんだけど、趣味がこうじて、ネット運営することになったからって、ちょっとだけ時々内緒で協力もしてるんだ。
いい店あったらリサーチしといてって頼まれてるんだよね♪実はさぁ」
「し、知らなかった。あんたが病院の院長の息子だっていうのは知ってたけど!」
予想以上の驚きを見せた前島を見て、(やっぱ金持ち、セレブなんだ)と周りが同調しはじめる。
(よしよし、あっさり食いついてきたぞ♪)
なぎとは話を続ける。
「前島さんてさ、ここのオーナーと知り合いっぽいけど、仲いいの?」
なぎとはニッコリと笑って尋ねる。
「えっ??」
前島の顔が小さな期待感に高陽の色を見せる。
「ここ、かなりいい店だよね~♪知り合いならさぁ、オーナー紹介して欲しいなぁ~、なんて思ったりして。あ、でも、唐突過ぎて迷惑だよなぁ……」
ちょっと遠慮がちに笑みを浮かべたなぎとに、
「うそっ!!マジで?」
サギ島は喜び驚いて、
「ちょっと待ってて!!
オーナーは実は私の彼氏なんだっ!すぐに呼んでくるっ♪」
ダッシュで厨房に入って行く。
男子女子共にすげ~だのなんだのと盛り上がる中、
「あ、俺がサイト関係者だってことは絶対に誰にも言わないでね。真剣に仕事してる叔母に迷惑がかかるから」
そんな口添えも忘れずにするなぎとを見て、みんな感嘆してはすっかり信じているようだ。
(ふふ、かかったな…)
なぎとはアイスコーヒーを飲み口角を上げて、腹の中でどす黒くニヤリと笑う。
もちろんのぞみはその
悪そうな口角の上がり具合を見逃すわけがなく。
(ああ…、一体この先どうなるのでしょうか…)
ハラハラしながら黙って事を見守るしかない。
そんなのぞみに気がつき、ニッコリと笑うなぎとであった。
「お待たせっ♪オーナー呼んで来たよ♪」
前島は溢れんばかりの喜びに満ちた笑みでなぎとに語りかけた。
「どうも、初めまして」
なぎとは屈託のない顔でニッコリと笑う。
「こちらこそはじめまして、創作キッチン《みらい》のオーナー兼シェフの橘と申します」
深々と頭を下げる。
「本当に素敵なお店ですね♪店の雰囲気も料理も悪くないし、なによりワンコインで出会いを提供するって大胆なサービスの発想が素晴らしいです」
店を適当に賞賛し、巧みな話術でオーナーを気分良くノセて、店の蘊蓄を語らせた。
すっかりその気になったオーナーに(こんな程度で俺のこと信用するなんて、アホだよな、このオッサン) そんなことを思いつつ、
「ですが……」
小さく顔を曇らせて、
「なんか、実は、うちの大学ではこの店……、ちょっとばかり変な噂がたってるんですよね」
なぎとは前島に視線をやる。
ギクリとするその表情を勿論見逃すわけがなく、なぎとは残念そうに小さく息を吐いた。
「は?…どのような…?」 オーナーは、なぎとの言葉と顔色にみるみるうちに顔を曇らしていく。
「食事会と称して支払いを特定人物からぼったくる…いわゆるサギ行為が行われているという噂、オーナーはご存知ありませんか?」
なぎとの問いかけに、参加者から不穏な空気が出始めた。
ますますオーナーの顔色が変わってゆく…。
「そっ、そんな事は…、」 必死の作り笑いのオーナーは横目でジロリとサギ島を見る。
「いやいや、つい先日ね、俺の友人がその詐欺行為で一文無しになってしまった人を偶然にも助けちゃったりしたんですよね~♪」
なぎと思い出し笑いをしながら何とも軽やかな口調で暴露を始める。
「みんな、聞いてよ。
月に60万だって!その人が詐欺られた金額!」
「は…?マジっ!?」
「うそ…ぉ」
「ろく、…マジかよ…。それって犯罪じゃん…」
テーブルがみるみるうちにざわつく。
「かわいそうにさぁ、その子はね、食事会に誘ってくれた子は大事な友達だからって…信じてたのにさぁ…」
サギ島は蒼白してのぞみをキッと睨んだ。
「いいえ…、当店ではそのような行為は決して!」
「え?でもさあ、さっきオーナーは彼氏だって言ったよね~?サ・ギ・島さん♪」
「うわ~ッ!マジでぇ?」「グルじゃん…」
前島を凝視して、更にざわつくギャラリー……
「ちょっと待って下さい!何かの勘違いです!!
私はこんな女、彼女にした覚えはありませんよ!」
「はあ?ちょっと待ってよ!何それっ!?」
前島はテーブルを叩き、オーナーに噛み付く。
「あんたが学校にいるアホな金持ち捕まえてこいっつったんじゃん!」
彼女ではないと否定され、プライドに触ったのであろう思わず切れる前島。
「は?知らねーよ!そんな事っ!!」
暴露されて、オーナーも大人げなく切れる。
「あれれ?何?仲間割れしちゃった?」
なぎとは愉快そうに指さし笑う。周りはかなり引いた感じで事の運びを見つめている。
「ひどいじゃん!のぞみの裏切り者っ!」
前島の怒りはのぞみに飛び火。
「えっ……?」
いきなり名指しされ、軽くパニックになるのぞみ。
「ちなみに夢食いちゃん、総計被害金額はいくらだっけ?」
なぎとはのぞみに問いかける。
「…よ…、4ヶ月で240万円です」
のぞみはおずおずと金額を口にした。
「う~ん…、立派に刑事告発できる金額だよね~♪」 なぎとはケロッとして言う。
勿論、更に青ざめるオーナーと前島に、なぎとは追い討ちをかけるように楽しそうに話を続ける。
「はい、という事は?
警察にパクらて店が潰れるか、サイトの酷評で潰れるか…。
いやあ~、オーナーは一体どちらがお好みですかねぇ~?」
やれやれと笑みを浮かべるなぎと。
「すみません!!
お金は必ず、必ず!!お返しします!」
この場をしのごうと、必死で頭を下げるオーナー。
「あのさぁ、勘違いすんじゃねーぞ、オッサン」
なぎとは笑顔から一転して、冷酷な表情でオーナーを見つめる。
「240万なんてはした金、本当は俺らにとっちゃあ全然痛くも痒くもない額だから」
冷たく刺すようななぎとの表情に、テーブルの人間は瞬時に凍りつき、空気までもが冷たくなる感覚を覚える。
「…その気になりゃこんな店…、超簡単に地図から抹殺できるんだよね、あっは♪」
冷たい瞳…、口元だけはやたらと笑っているなぎとを見つめて、気持ちがどんどん追い詰められていくオーナー。
「どうするぅ~?夢食いちゃん?オーナー上っ面だけは謝ってるけどさあ、俺はぶっちゃけこんな腐った商売してる店は認めたくないんだけど」
「………」
のぞみは黙ってわなわなと奮える前島に視線をやる。
「私は関係ないわよっ!!悪いのはコイツだもん!
私は全部コイツに頼まれて――――!!!!!」
ビシャビシャッ!!
無言でなぎとはサギ島の頭にアイスコーヒーを垂れ流し「カスは黙ってろ♪」と笑った。
そんななぎとの豹変ぶりにさらに固まるギャラリー。
「ははっ♪つーか、お前も普通に共犯だから、犯罪者じゃあん♪」
指さしてけらけら笑うなぎとに、コーヒーまみれになり逆上した前島は、
「何すんだよっ!!!」
店内に怒声を響かせた。
「……テメーがした事は、こんな事されたくらいで済む事じゃないんだよ~♪」 笑みを浮かべて、ゆっくりと前島に詰め寄りなぎとはその壁横にブーツの踵で思い切り蹴りを入れて、木製の壁にバキッと風穴を開けた後に、
「芸術家を心ざす人間が汚ねえマネすんじゃねーよ…。テメーひとり学校から消す事なんてよー、ゴキブリ退治するより簡単だぜ、マ・ジ・で・な」
静かに強く告げるなぎとのキレた目を見て、震え固まる前島。
殴られるより怖い……。
なぎとの猟奇的な目。
(やっぱり噂通りコイツに関わっちゃいけなかった…)
体の奥から奮えに襲われるサギ島は、目を見開きその場にへたりこんだ。
「騙して傷つけた被害者にごめんなさいは?」
なぎとは鼻を鳴らして睨む。
「ご…ご…ごめ…んなさ…い。」
なぎとに精神的に追い詰められた前島は、奮えながらのぞみに謝る。
「い、いえ、あの、その、もう、結構です!」
のぞみは恐々と両手をバタバタと振り黙りこむ。
「オーナーぁ…、まだ店続けたいの?」
なぎとはオーナーにニッコリと笑いかける。
……怒られるよりかえって不気味で怖い…、そんななぎとの笑顔に、
「すみません!!すみません!!!」
土下座する始末である。
「夢食いちゃん、どうする?」
なぎとはのぞみを見つめる。
「も、もももう…いいですから」
尋常じゃないくらいに手や首をぶんぶん振った後、
「おお金も……別に返してくれなんていいませんよぉ…。ここのお料理、本当に美味しかったですし…。
なくなっちゃうのは気の毒ですぅ…」
のぞみは泣きそうな顔で俯いた。
「オーナーぁ、料理美味しかったってさ!
料理人に大切なのは心じゃんよー…。
それを忘れないようにその腐った脳ミソに叩きこんどけよ!!」
なぎとはしゃがみ込み、オーナーの肩をポンと叩き、
「次やったら、間違いなく潰すからね♪」
オーナーの耳元で爽やかに囁いた。
憔悴しきったオーナーを見つめてなぎとは満足そうに笑って立ち上がり、ギャラリーを見つめてにっこりと笑うと、
「さて、楽しいお喋りを続けようか?」
と問いかけた。
(コイツに関わったらマジでヤバイ……)
皆、一斉にそう思い、
「い、いや……、俺ら帰りますんで…」
「わ、私達も、じ時間が……」
すっかり怯えてどん引きである。
「な~んだ…。そっかぁ残念♪」
なぎとは屈託なく笑う。
「あ、今日の事は誰にも喋んないほうがいいよ~ん♪」
なぎとは言う。
「つ~か、喋ったら、興信所使ってでも、草の根掻き分けてお前らの事全員捜すからね♪」
なぎとは笑いながらプレッシャーをかける。
皆一同に首を縦に振る。
「まぁ、コンパなんてアホらしいことするからこんな目にあうのさ~♪
出会いくらい自分でちゃんと探せよ♪
行こう、夢食いちゃん♪」 のぞみの肩を抱き、歩き出す。
「……」
無言でなぎとに合わせてついていくしかないのぞみの体は、チワワのように震えていたのはいうまでもなく……。
車に乗り込み、
「な、なぎちゃんの叔母様が3つ星ナビットの方だったなんて…、すごいですね」
のぞみは恐々だが、感嘆混じりになぎとを見る。
「あはっ♪あんなのぜぇ~んぶうっそだよぉ~ん♪
だって俺ん家医者一族だし~ッ♪叔母さんはね、産婦人科の先生だよぉ~ん♪」
「ぎゃぁああああっ!!!!
う、うううそだったんだ~ッ!」
奇声をあげて仰天するのぞみ。
「いやいや、あんな簡単なデマかせに引っ掛かるって、ぶっちゃけ驚いたよ♪」楽しそうにわらうなぎとを見て、のぞみはちょっとだけ学習した。
(なぎちゃんを怒らすのは絶対にやめましょう……)
そう密かに決意するのであった。