覚醒と後悔
「…………」
うっすらと目を開けた時、そこは知らない場所だった。
鼻につく消毒液、最早それだけでここが何らかの医療施設だと推測出来て、自分がそこで寝ているのだと認識していた。上体を起こそうと試みるも体の節々が痛くてそれもままならない。
(あれからどうなったんだ…………?)
意識があり、手足の感覚がハッキリとある以上、とりあえず生還したと考えていいだろう。
多分あの後、 騒ぎを聞きつけ教師達がすぐさま病院に運んでくれたのだと推測できる。
「……ッ!」
ギシッと、 ベッドのスプリングが軋む音と共に慎は起き上がる。
顔を上げたことで、今まで見えなかった自分の姿が露わになる。
「ははっ、 包帯だらけだな」
右肩から右手、 腹部にかけて包帯がぐるぐるに巻かれている。
最近は魔法治癒の分野もあるため、 基本的に傷の治りは早いが、 それでも完全にとはいかない。
今の状態を見る限り、相当重傷だったらしい。
「そういえば姉さんは――」
ふと漆の事が頭を過ぎるが、
「……起きたのね」
「ッ!?」
ぐりんと頭を右に曲げる。
すると、 そこにはイスに座る漆がいた。
両手はちょこんと膝の上に乗せられており、いつもより縮こまっている風にも思える。
「ね、姉さん。 いつからそこに……」
あわあわと視線を泳がせながら、 慎はイスに座る漆を見る。
「ずっと……居た」
「へ……へぇ、 そ、 そうなんだ」
慎は動揺してかうまく言葉を発することが出来ない。
沈黙。
静かな病院内にさらに閑散とした空間が続く。
二人の間に言葉はなく、目だけは見つめ合っている。
そして呼吸を合わせたかのように、
「「あのっ」」
二人の声が重なる。
普通ならこの後"先にどうぞ"とか"いや、そっちこそ"などといったベタな展開になる所だが、残念ながらこの二人は恋人同士でもなければ初々しい男女でもない。
なので、慎が先に先陣を切ろうと口を開いたが、
「……ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げ、 漆が突然慎に謝る。
「……え、 あ……え?」
うまく呂律が回らなく、 慎の頭は一瞬で混乱する。
「……私が、 あなたをこんな重傷にさせちゃって……」
漆は俯きつつ、ポツリと小さく呟く。
心なしか膝に置かれている手が震えていた。
「……」
慎はただ黙って彼女の言葉を聞くしかない。
彼女の……漆の瞳に、 うっすらと涙が溜まっていた。
「私……私、 優しくなんかない。 あなたを殺しかけた、 傷つけた、 だから……私は化け物なのよ」
ポツリと涙の滴が手の甲に落ちる。
慎は、 胸の内が熱くなるのを感じていた。
興奮でも感動でもない。
怒り、 その感情がふつふつと湧き上がっていた。
だから慎は叫んだ。彼女に――漆に伝える為に。
「違う!」
「――っ!?」
ビクッと漆は肩を硬直させ、 彼女の頭が僅かに揺れる。
「それは違うよ姉さん。 姉さんが本気で攻撃してたならきっと僕は死んでた。 でも、 僕は死んでない、 生きてる。 これがどういう意味か分かる?」
「……」
口では返答しなかったが、漆はふるふると首を振る。
「姉さんが……無意識の内に力を加減してくれたから、 僕は生きてる。 もし本気だったら最後の攻撃で死んでたよ」
「……でも、 私は――」
尚食い下がる漆だったが、不意に
「面会終了時間です。 御堂さんそろそろ弟くんとお別れしてくださ~い」
ガチャと病室のドアが開き、隙間から看護士が漆に呼びかけた。
「……」
ぐっと言葉を呑み込み、漆はすっとイスから立ち上がる。
そして小さく、
「また……来る」
背を向きながら僅かに慎を一瞥して、 漆は看護士の方に促されるまま退室した。
「……はぁ」
再び一人となった病室で、 慎は盛大にため息を吐く。
今日1日で色々な事がありすぎた。
怪我の状態を考えても、 恐らくは一週間は入院せねばならないだろう。
退院したらしたらで、怪我のことや漆のこと、 家のことに学校。
「やっぱり軽率過ぎたかな?」
一番の問題は勿論、 今回の入院の原因である漆のことだ。
だが、後悔などはない。
確かに結果的に大怪我は被ってしまった。
しかし、 間違っていたとは思っていない。
あの時校舎の影から飛び出さなかったら、 依然の二の舞で漆はきっと責任を取らされていた。
「退院したら学校にちゃんと事情を話さないとな……」
ごろんとベッドに背をおろし、 白い天井を仰ぎ見る。
「姉さんも明日来てくれるって言ってたし、ちょっとずつ話していこう。 心なしか少し話しやすくなったし……それに、姉さんは悪くない、 ってちゃんと伝えたい」
決意を胸に決め、 慎は瞳を閉じる。
これから新たに始まる一歩を踏み出す音を聞きながら。
―――――――――――
「それから毎日お見舞いに来てくれて、 ちょっとずつ話していったけど……」
ふと慎は自分のベッドに目を向ける。
「むにゃ……慎君」
そこにはシーツを被りながら、 むにゃむにゃと寝言を呟いている漆がいた。
「まさか、こんなことになるなんて……」
はぁ、と慎はため息を吐いて額を手で押さえる。
あの日以来、 漆はちょっとずつ心を開いてくれたが、 それは日を跨ぐ度に大きくなった。
入院から一週間。ようやく退院できた時には漆は信じられないくらいの変化を遂げており、 それからは大変な毎日である。
「どこに行くにも、 僕の後ろに着いてきて、 挙げ句の果てにはベッドにまで忍び込んでくる始末……」
勿論、 慎は抵抗した。それはもう激しく。
いくら姉弟とはいえ、男と女。
教育上よくない。
たが、当の本人である漆は――
『ずっと傍にいてあげるって言ったじゃない……』と上目づかいで言うものだから、慎はぐっと反論を押し留めるしかない。
それからは今の通り、弟大好き姉さんになってしまった所存である。
「はぁ……姉さんも少し過激過ぎなんだよな……」
幸せそうにベッドで寝ている姉を見ながら慎は呟く。
「とりあえず、起こさないように下に……」
慎はそろりと足を動かし、部屋から出ようとするが――
「慎君~っ!」
突然目の前に覆い被さる影一つ。
それは紛れもなく漆で、慎の顔に抱きつくように飛びかかってきた。
もがっ、 と息を詰まらせながら、 慎は悶える。
完全なるホールド。 慎は既に落ちる寸前である。
どうして突然漆が起きたのか、そんなのはどうでもいい。
「もが~~!」
今はただ、このブラコンな姉をどうにかするのが最優先だ。
これが僕の日常であり、これが毎日の苦悩である。




