第十一話 「ドラグナイト・オンライン」 その③
ドラグナイト・オンラインがフルダイブ型RPGとして画期的だった点は、「竜への騎乗」である。トランステーションが人間の記憶から「感覚」を再現して錯覚させる仕組みを取る以上、記憶していない挙動をシステムに組み込むには相当な苦労があったのだ。竜の皮膚の質感、脈動から息遣い、騎乗した時のGの感覚、風を切る感触。これら一つ一つが丁寧にプログラミングされていった結果、ついに完成したこのゲームは、評判が評判を呼び、瞬く間にオンラインゲーム界で最も人気のタイトルとなった。
世界観は中世の欧州あたりのイメージで、現実世界よりも厳しい自然環境の中で生きる人々の生活を描いている。人々は大型の魔獣や竜におびえながら暮らし、また逆にそれらを利用しながらたくましく生きる。プレイヤーたちは魔獣や竜、時には帝国の侵略(これはイベントクエストである)に立ち向かわなければならない。
そして、「厳しさに立ち向かう逞しさ」がコンセプトであるこのゲーム最大のポイントは、ゲーム内でのプレイヤーの死=アカウント情報の初期化であるということだ。つまりドラグナイト・オンライン世界において、そのキャラクターが本当に死ぬのだ。
通常のネットゲームであれば敬遠されそうなこのシステムは、初期には実際にユーザーからの不満が多く集まった。けれど、運営側にとってもアカウントリセットの仕組みは冒険であり、かつ譲れないものだったのである。せっかくのフルダイブVR空間、少しでもリアルさを表現するため、気軽に死ぬことを許すわけにはいかなかったのだ。やがてゲームタイトル自体の人気と、こだわり抜かれた世界観描写のために、運営側の考えは受け入れられるようになった。
とはいえ、サービス初期は無防備に突っ込んでアカウントリセットを食らう者が非常に多かった。逆にあえて敵に突っ込むことで敵の弱点を看破し、リセットされた後での戦いを有利に進めるという考え方もあった。しかし、やはり長く遊び続けたアカウントを失うということは大きな痛手であり、次第にそういってプレイスタイルは消えていく。最近では初心者が無料プレイ期間中に何度か死亡するのみである。
死なないように戦う。敵を視察し、戦略を練り、最大の安全を考えて行動するのがこの世界のルールなのだ。(ただし大規模イベント時や対人戦の時など、死んでも復活する――実際にはHPが1の状態で病院へと転送される――アイテムが配布されることもある)
「……はあ、あのお姉さんの説明長かった……」
「まあ、仕方ないですね。この世界について右も左もわからないままでいるとすぐに死んでしまいますから」
「―――ドラゴン、早く乗りたい」
「ワタリガニさんは気が早いですねぇ。チュートリアルはまだ終わっていませんよ?」
ドラグナイト・オンラインの世界に来て、まずはじめにすることは、ギルドへ行ってシステムの説明を聞くことだ。だが、それでギルドに登録できるわけではない。ギルドというのは同業者組合を差し、所属するにあたって重要なのは分担金と信頼だ。特に信頼は一朝一夕で手に入るものではないため、まずは近くの町や村で騎士としての仕事をこなせるかどうかが重要となる。
つまり、簡単な依頼を達成し、信頼を得てからギルドへ登録を済ませる。ここまでがチュートリアルというわけだ。一連の流れをこなせば世界の仕組みがおのずと見えてくるだろう。
「まずは騎士としての資格を得るために、どこかの街へ所属する必要があります。ここは初心者用の街なので、簡単なクエストが多いんですよ。まずはあの館を目指しましょう」
ミョルニルが丘の上を指さしながら言った。まばらに木立の茂る草原の向こうに洋館が見える。立派な作りで、おそらくあの場所には街の領主が住んでいるのだろう。
緩やかな坂を登り始めて5分弱。一行は館の前にたどり着いた。この5分の移動にもちゃんと意味があり、一つは道沿いに植えられた花の種類を確認することである。花々は今後フィールドに出た際に重要になる、薬品の調合材料にもなっている。これもプレイヤー名と同じく、注視していると名前が浮かんでくる仕組みになっているが形と名前を覚えておいて損はない。無論、この場所では採取禁止である。
もう一つが、坂を上った際のスタミナ消費について学ぶことだ。緩やかな坂でも、上り続ければスタミナが減る。視界の端に見えているスタミナゲージが消費され、枯渇してしまうと回避行動に遅れが生じたり、的からのダメージが増えたりするので注意が必要だ。
また、丘の上から振り返って街を見れば、街の様子が一望できる作りになっていて、初心者でも道に迷うことが無いように配慮されている。
「さあ、この転移ゲートに触れてください。手持ちの結晶にゲートの位置を記憶させれば、今後瞬時に移動が可能となります」
「うおっ、これ便利だな。げ、現実にもほしい……」
「確かに便利だね」
空間転移さえあれば、街のポイントごとを瞬時に移動できる。残念ながらいろいろと制限があり、隣町程度ならば移動が可能だが遠距離は無効。また、一日に回数制限がある。この回数制限については、ギルドでのランクが上昇すれば上限が解放されていく仕組みだ。それ以外にも課金アイテムで回数を補う方法もある。
このように面倒くさい規制がかけられているのもリアリティのためだ。ゲーム性を失わないように配慮されてはいるものの、基本的には“その世界に飛び込む”ことをコンセプトとしている。
「“物”だけだったらリアルでもできるんだけどねっ!」
「クナさん、その話はここではちょっと……」
クナが何かを口走り、ミョルニルが止めた。ガーネットは今の会話の流れについていけて無いようで、頭に疑問符を浮かべているのだった。
〈仮面の騎士〉には秘密が多い。ガーネット=深矩でも把握しきれていない情報はまだまだあるのだった。その中にはメンバーが伝えた気になっていて伝え損ねている、アイテムの空間転送も含まれていた。ミョルニルはガーネットの表情を見て、彼が空間転送のことを把握していないと気付いたが、今はゲーム内。秘密の会話は控えておく。
「それよりなにより、領主さんに話をしてみましょう」
ミョルニルの発言により、一行は館の中へと足を踏み入れた。
館の主から、簡単な街の案内を聞かされる。今回はギルド受付嬢の時とは違い手短で済んだ。ハイランカーのミョルニルがいたからである。ゲームのシステム面以外の所では、経験者同席だと話が短く済む場合が多いのだ。
そして、新参者の3人については街の守衛として働くことを要求された。もちろんゲーム内でのことなので、実際に何日も勤務するわけではなく、守衛の任務を開始した時に起きるイベントを2、3クリアすれば良い。要するに本当に守衛という職業で働く訳ではなくて、雇われの傭兵のような立場なのだ。
このように初心者用の街である程度任務をこなせばギルドへの紹介状――つまり信頼の証が手に入り、そこから先は各街を転々と移動しながら防衛任務に就いたり討伐に出かけたりする。これがドラグナイト・オンラインの最初のミッションだ。
「竜に騎乗できるのはギルドへの紹介状をもらってから、つまりチュートリアル後です。ある意味ドラゴンの捕獲が最後のチュートリアルともいえますが……なのでしばらく作業のようになりますが我慢してくださいね。」
「むううう……」
「俺たちはそのチュートリアル受けてくるけど、ミョルニルは付き合ってくれるのか?」
「ああ、チュートリアルの最中は僕なんかよりもよっぽど丁寧なガイド役のNPCがついてくるので安心してください。僕は皆さんのために回復薬の材料でも調達しておきますよ。ぶっちゃけ、騎竜の獲得クエストは結構ハードなのでね」
こうして、ガーネットたちとミョルニルは別行動をとることになったのである。
――――
――
一人になったミョルニルは、久々に訪れた初心者の街・カッセロールの空気を楽しもうと、しばらく散歩をすることにした。メインストリートは出店で溢れており、そこそこの賑わいを見せている。店頭に並ぶのは果物や野菜などの農作物が中心。丘陵地帯に位置するカッセロールの特産品だ。
「へい、兄ちゃん!何か買って行くかい?」
店の主人であるNPCが、ミョルニルに声をかけた。みずみずしい果物がいくつも売られている。
「じゃあ、イクレナの実を1つ……いや、4ついただきましょうか」
「あいよ!75ドランね!」
仮想通貨のドランは、支払いの際、掌を上にすると自動的に出現する。これを相手に渡すと通貨の移動が起こるのだ。わざわざこの動作をするのは誤作動防止、購入の最終確認の意味も含まれている。
「まいど!すぐ食べるかい?」
「いいえ、1つ以外はストレージにお願いします」
ミョルニルがそう伝えると、NPCのおっちゃんはイクレナの果実を3つだけ紙袋に入れ、残りはそのまま手渡しにした。紙袋の方はミョルニルが触れたとたんに光となって消え、手渡しの一つだけが手元に残る。紙袋の方はデータ化してストレージボックスへと移動したのだ。
ミョルニルは再び散歩を開始しながら、手にしたイクレナを頬張った。ガツンと強烈な甘みが襲い掛かってきたかと思えば、すぐに仄かな酸味と良い香りに包まれる。正直、最初の甘ったるい味は好みの分かれるところだが、イクレナは後味を楽しむものだとミョルニルは考えている。
(ふふ、あの3人がこれを食べたらどんな反応をするでしょうね)
前情報なしにイクレナを食べたら、きっとビックリしてしまうだろう。どんな表情を見せるのか、楽しく予想しながらミョルニルは歩いた。この世界、食べ物によって空腹を満たすことはできないが、味わうことはできる。この世界でしか味わえないようなものも多いので、仲間にもぜひ試してもらいたい。
「……おや?」
すぐ目の前転移ゲートに、一つのグループがたむろしていた。転移ゲートは人の往来も激しいので、立ち止まっていると邪魔だ。何より転移したての人物と衝突してしまう危険性もある。集団は、装備からして初心者グループ。先輩として教えた方が良いと考え、ミョルニルは彼らに近づいた。
「おい“ケチャ”、お前の回復薬、俺に分けて!」
「あ、俺も俺も!ちょうだい」
「うん……どうぞ」
彼らはアイテムの分配を行っているようだった。人数は6人。男女比は5:1。このドラグナイト・オンラインの全プレイヤーの男女比とほぼ変わらない。ケチャと呼ばれていた少女を、男たちが取り囲むような形になっていた。キャラクターの容姿は大人びているが、言動からして中身は子供だろう。完全に通行の邪魔だった。
「ねえ、君たち。転移ゲートのそばは立ち止まっちゃダメだよ」
すると、男――いや、少年たちはミョルニルの方を睨み、謝罪もすることなく渋々離れていった。そのふてくされた態度はミョルニル以外の他のプレイヤーにも印象が悪かったようで、通りにいた何人かが眉根を寄せていた。
(うっわー、マナーが悪いですね……)
きっと休みを利用して遊んでいる中学生か何かだろう。これ以上関わるのも面倒くさいので、ミョルニルは本来の目的である回復薬の材料集めに行こうと歩き出した。
「あ、あのっ!」
その背後から、不意に呼び止められた。ミョルニルが振り返ると、そこには先ほどケチャと呼ばれていた少女が立っていた。ミョルニルは少女の顔をじっと見つめる。1秒ほどの間をおいて、名前が表示された。ケチャというのはニックネームなのだろう、プレイヤー名はケーティとなっていた。
ゲーム内のキャラクターなので、当然可愛いビジュアルをしている。かなりボリュームのあるツーサイドアップ、それ以外はショートな髪形。明るいブラウンが綺麗だ。白い肌に大きな瞳、困ったような、怯えたような表情の彼女は、思わず守ってあげたくなるような繊細さを秘めていた。
「あの、すみませんでしたっ!わたし達、邪魔でしたよね?」
「い、いや、邪魔というよりは危ないと感じたので声掛けさせてもらったんです」
「すみません、今後気を付けますねっ」
ぺこりと頭を下げるケーティ。顔をあげ、少し安心したように微笑むと、仲間たちの元へとかけていく。その後姿をしばらく見送ったミョルニルは、心の中にほっこりと暖かな感情が芽生えていることに気づいた。
彼女のハキハキした話し方は、どことなく奥菜に通じるものがある。しかし奥菜とケーティでは素直さが違うというか、逆にあざといというか、庇護心をくすぐる何かに決定的な差があった。ミョルニルにロリコンの気は無いが、それでも胸にきゅんと来るものを備えているのがケーティだった。
(ま、頑張ってください。少年少女よ)
心の内でおっさん臭いことを考えながら、ミョルニルは街の外へと足を向けた。
――――
――
「――へ…・・っくち!!」
盛大にくしゃみをしたのはクナだ。
「どした?っていうか、ゲーム内でもくしゃみって出るのな」
「風邪でもひいたの」
「ずず……っ、ん、わかんない。誰かわたしの噂でもしてるのかなっ」




