第十一話 「ドラグナイト・オンライン」 その①
「おーいミョルニル、コイツどうすればいいんだ!?」
「ガーネットさん、まずは頑張って相手に触れてください。絶対に危害を与えてはいけませんよ」
「難しいな……」
「見て。捕まえた」
「わー!すごいね!ワタリガニさん、もうドラゴン捕まえちゃったよっ!」
太陽がさんさんと照り付ける広い平原に、4人の人間がいた。男女比は2:2。それぞれが細やかな装飾が入った中世風の鎧を身に纏っている。ただし緑色の髪の男だけがより煌びやかな衣装であり、残りの3人は汎用の鎧をベースにカラーリングなどを変更したものを着用していた。彼はいかにもリーダーというような堂々とした態度で3人の働きぶりを眺めていた。
リーダー以外の面子は何をしているのかと言えば、目の前の平原に何頭かいるドラゴンの捕獲を試みているようだ。ドラゴンはブラウンやベージュなどの地味な色のウロコを基調とする者が多く、翼の大きさや角の形などに個体差があるようだった。
「この子……黒っぽいね。名前は何にしよう」
紫の髪の少女は、捕獲したドラゴンに名付けを行おうとしていた。ドラゴンは捕まえられたばかりなのに、ある程度少女に従順に見える。
「ワタリガニさんがなんて呼ぶかは自由ですが、正式に名前を付けるならギルドを介して申請しないとですね。ネームド・ドラゴンは性能が1段階上がるので積極的に名付けしたいところですが、申請にかかる金額も馬鹿にならないので、今は後回しにしましょう」
リーダーの緑髪の男がそう答えると、紫の少女――ワタリガニは少し残念そうに目を伏せた。
「そう……なら仕方ないね。じゃあ、しばらくは“暫定ブラック”と呼ぶことにするわ。よろしくね、“暫定ブラック”」
「なんだかその名前に懐かしさを覚えるんだけど。っていうか、ブラックって呼ばれるとどうしても反応しちゃうよ、俺が。こう、体が自然に動くっていうか」
赤髪の少年が、ワタリガニにそう答える。ブラックという響きに体が反応してしまうということであるが、赤い髪に赤い鎧と“黒”の要素はどこにもないように思われる。
「もうっ!だめだよガーネット。最初にトー……ミョルニルも言ってたじゃん、リアルとドラナイの世界は別だから、現実世界の自分は一旦置いといてキャラになりきりましょう、って」
銀色の鎧を身に付けた少女が、桃色のポニーテールを揺らしながら、赤色の少年――ガーネットに向かってそう言った。どうやら彼らはこの世界の住人ではないらしい。自分たちの住む世界を“リアル”“現実世界”と表現したということは、この場所が虚構の世界という意味だ。
「……クナ。今ミョルニルのリアルネーム言いかけたよな」
「言ってません」
「(じ~っ)」
「すみません、以後気を付けますっ」
「“リアルとドラナイは別!”……だろ?」
今彼らがいるのは、フルダイブ型RPG「ドラグナイト・オンライン」の初心者マップである〈西部遺跡平原〉だ。彼らは村の防衛、要人の護衛などのチュートリアルクエストをこなし、ついに最終クエストであるドラゴンの捕獲へと挑んでいる。これができればやっと竜騎士としてギルドに認められるのだ。
ギルドへの登録さえできてしまえばゲームの世界観は一気に広がる。一部プレイヤーからは“ストーリー放棄”とまで揶揄されるほど無限に遊び方があるのがドラグナイト・オンラインの特徴だ。ゲームのメインは竜を駆り様々なクエストをこなすことだが、世界を旅してまわったり、ドラゴンを使ったレースに興じたりすることもできる。
「それにしてもドラナイの世界はすごいね。ドラゴン見て、改めてそう思ったよっ!肌の質感とか本物を見てるみたい」
ワタリガニの捕まえたドラゴンを眺めながら、クナが言った。その発言にゲームの先輩ミョルニルが返答する。
「ここまで再現するのは苦労したみたいですよ。視覚だけなら何とでもなるようですが、ウロコの触感や騎乗時に案じる風の感覚はよくぞ作ったと思います」
「あー!それ聞くと早くわたしもドラゴン欲しくなってきたっ!頑張るぞっ」
クナは頬を両手で叩いて気合を入れなおすと、意気揚々と捕獲クエストへと取り掛かった。ドラゴンを捕まえるには、まずその体に触れなければならない。動き回り、攻撃までしてくるドラゴンに触れるのはかなり危険を伴う行動だ。それでも触るのがマストなのは、ドラゴン族が皮膚を介して信頼を図るからだ。触れ合うことでお互いの相性がわかる。触れ合うことでよりなついていく。そういうシステムだ。
さて、もうお分かりかもしれないが、今プレイしているのは〈仮面の騎士〉のメンバーたちである。
ガーネット = 深矩
ワタリガニ = あさみ
クナ = 奥菜
ミョルニル = トール
なぜこの人選で、なぜここで遊んでいるのか。まずはその経緯から説明しよう。
◇ ◇ ◇
技術の進歩はすさまじいもので、少し前までは実現不可能と思われていたことが簡単に再現できるようになってきていた。空間投影スクリーン“プロジェクション・ビューア”もその一つだが、五感までをも完全再現したフルダイブネット環境はここ数年で最も画期的な開発の一つだ。
視覚だけでのVR技術というのは実は難しくない。ゴーグルのようなもので映像を見せれば、それだけで実現可能である。しかし、触覚や味覚に関しては課題が残ってしまう。
そこで、人間の“記憶力”を利用した。現在のフルダイブネットは、いわば睡眠時に見る夢のようなものだ。人間の記憶力を引き出し、その脳波を読み取って増幅させる。こうしてVR空間内での触覚や重力感覚の再現に成功したのだ。
ある程度個々人の脳波パターンを解析してしまえば、記憶にない味なども再現可能となるはずだ。ただし現状としては難しい。その点はまだまだ発展途上な技術だと言えるだろう。
「泰牙さん、ぜひ一緒にプレイしましょう!」
ある日、堀辺 トールは玲楠 泰牙に対してこう持ち掛けた。
1ヶ月前、泰牙は妻を亡くし、意気消沈していた。芸能人である彼は、世間には結婚したことも妻をすぐに失ったことも公表せず、表面上は元気に働いていた。
しかし、番組を見ていたトールは彼の食欲が衰えていることに気づいたのだ。また、視聴者からも“いつもの食べっぷりではない”“タイガ玲楠、痩せた?”などの指摘が出始めていた。見るに見かねたトールは気晴らしに、とゲームに誘ったのだった。ちょうど大型連休も控えており、学生である他の〈仮面の騎士〉達も参加しやすいだろう。
「連休中にキャンペーンがあって、新規に始めた人には特別装備が与えられるんですよ!」
「しかし、おれは遊んでいるわけには」
「……お仕事ですか?」
「まあ、そんなところだ。すまねえな堀辺」
がっくりと肩を落とすトール。しかし仕事で忙しいのであれば仕方がない。精神面での不安もあるので、あまり根を詰めすぎないようにしてもらいたいものだ。
「本当に済まねえ。お前も特典が欲しかったんだろう?」
「げ。気づいてたんですか!?」
「ッたりめぇだよ。ドラナイのCMやってるの同じ事務所の後輩だぞ?」
「CMってヒビキの二人ですよね、お笑い芸人の。同じ事務所だとは……」
トールの本当の目論見はこれであった。新規アカウント作成者だけでなく、それを紹介したものにも特典があるのだ。もちろん泰牙の気を紛らせたいという気持ちも嘘ではないが、わざわざドラグナイト・オンラインを選んだのにはこういうカラクリがあったのだ。
「ま、他をあた「 話 は 聞 か せ て も ら っ た ! 」
泰牙の台詞に被るようにして、事務所に飛び込んできたのは、奥菜と深矩の二人であった。彼らは部屋に入って来るや否やトールへと詰め寄った。
「トールっ!泰牙さんに声掛けるんだったら、わたしたちも誘ってよ!」
「仕事の合間でもいいので、皆で一緒に遊びましょうよ、師匠!」
「いやあ、しかしだな……」
目を輝かせながら誘う深矩の言葉に、泰牙は反応に困ってしまう。泰牙を元気づけたいという想いは深矩が最も強い。出会って間もない彼らだが、深矩の泰牙へのリスペクトの想いが人一倍強いからだ。
皆が自分のことをどんなに気遣っているかは泰牙にもひしひしと伝わっている。もし仕事のスケジュールがなければ喜んで提案を受け入れただろう。ただ、オンラインゲームなので確かに仕事の合間にできなくはない。しかし妻を失って間もない泰牙には気を休める時間も必要だった。
「んー、やっぱりすまん!お前らの気持ちはうれしいけど、今はちょっと無理だ……」
「そうですか……」
そこまで言われてしまえば、食い下がってまで誘うことはできまい。3人は泰牙勧誘をあきらめざるを得なかった。
けれども、一度火が付いたオンラインゲームへの興味は失われることがなかった。深矩と奥菜はトールの紹介という形でドラグナイト・オンラインを始めることになったのだ。元より暇を持て余していた〈騎士〉であったから、新規アカウントキャンペーンはとても魅力的に映ったのだ。
実は超大型の〈デオキメラ〉が街を襲ってから1ヶ月経つが、その間に新たな〈デオキメラ〉の出現は全く無い。映像として怪物の姿が捉えられたことにより敵も警戒したのか、それとも別の思惑があるのかはわからないが、ともかく1件もない。
なので〈騎士〉としての活動はもっぱら深矩をいじめ……もとい指導する以外に何もなかったのだ。
「いさみん達もやるかな?」
「あの二人は興味持ちそうにないですけどね」
「一応、声掛けるだけかけた方がいいだろ」
そう言うと、深矩はPMSで二人に連絡を試みる。数回のコールの後、通話が開始された。
『なに?津野くん』
少し掠れた気怠そうな声。あさみだ。惰眠でも貪っていたのだろうか、寝起きのような声だ。
『ん?これグループトークか?津野?それと、あさみか』
そしてもう一人。似たような声質だがよりハツラツとした元気のよい声。いさみである。
「すまん二人とも。……あさみ、寝てたのか?」
『春眠暁を覚えずって言うでしょ』
「暁覚えなさすぎだろ。もう昼だぞ」
『少し夜更かししちゃったからね』
『それより深矩、どうしたんだ?オレらになんか用か?あとあさみ、メンドクセ―からそっちの部屋行っていい?』
どうやら二人とも家にいるようだ。いさみが言いたいのは、せっかく同じ場所にいるのだから、1台のPMSを介して話した方がラグが少なくて良いということだろう。
いさみが一旦通話から外れ、あさみの部屋にやってきたところで一連の経緯を話した。もっとも八百神姉妹はゲームの話に食いつくような人間ではないように思われる。と、いうのもどちらかと言えば体を動かすことの方が好きなタイプだからだ。一見おとなしそうなあさみも、その実ヒーローになるための修行に生きる熱血タイプである。
やることがないのならゲームでもどうかという深矩の誘い文句に、トールが被せて「戦闘のイメージトレーニングにも」と付け加えた。なるほど、二人にはその言い方のほうが興味を引くかもしれない。
「ゲームの世界に入っていくような感覚ですからね。ボクのハンマー捌きも、そこで培ったものなんですよ!」
すると案の定、いさみが食いついた。
『そいつぁ面白そうだな!最近あさみに喧嘩禁止されてるから暴れたりなくてよ!』
何やら物騒な理由だった。
「いさみんのストレス発散って暴力しかないの?」
『そんなことないぜ、奥菜先輩。オレゲーセンとか好きだし。パンチングマシンとかな』
……やはり暴力関連なのだった。〈デオキメラ〉との戦闘は、ある意味で彼女のストレス発散なっていたのかもしれない。なんにせよ、この流れで行けばいさみはドラグナイト・オンラインに参加するだろう。
ところが、誰も予想していなかった人物が興味津々な様子で話にノッてきたのである。
『ねえ津野くん。私、それやってみたい!』
「え?」
『どうやるの?何を準備すればいい?お金かかるよね、月額いくら?』
最もゲームと縁遠いだろうと思われていたあさみだ。通話越し――今は映像通話ではない――でも目を輝かせている様子がありありと浮かんでくる。側にいるであろういさみは、妹の思わぬ食いつきようにおどろき、……ちょっと引いていた。
『……珍しいのが釣れたな、深矩』
「ああ。ちょっと予想外だった」
ゲームとはあまり関わってこなかった分、逆に興味を抱いたのかもしれない。その後しばらくはいつやるか、どこれやるかなど必死で質問しまくっていた。しかし、今のメンバー全員が参加するには一つ障害があったのだ。
「ところでみなさん、VRゲーム機持ってますか?」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ あ 」
ドラグナイト・オンライン編開幕。
意外と重要な話だったりします。




