第十話 「泰牙の誓い」 その④
目前で暴れる超巨大≪デオキメラ≫。高さ15メートルはあろうかという巨体に、二本の巨大な触手。肉塊のような体には余計な装飾は一切無く、表面が粘液でぬらぬらと怪しく艶めいている。その粘液には物を絡めとる性質があるようで、破壊された建物の木材やコンクリート片がところどころに付着していた。
顔に相当する部位は一見すると見当たらない。というのも、体のサイズに反して顔は矮小。最頂部に人間の顔サイズの目・鼻・口が存在するだけだからだ。四肢も備わっているようだが、こちらも小さく、動くたびに自重に負けて押しつぶされていた。≪デオキメラ≫の特性である再生能力のため、やがて復活してもすぐに潰れる、というようなことを繰り返していた。
よって、見た目の巨大さの割に被害の範囲は少ない。ただし、建物を破壊できてしまうようなパワーを持つ触手が脅威であった。加えて、再生能力の高さと粘液による攻撃の阻害が深刻な状況を作り上げてしまっている。≪仮面の騎士≫の攻撃が有効でないのだ。
「やっぱり、ボクのハンマーはダメです。別の部位ならと思って試してみましたが、攻撃が通っている感じがしません。それに打撃部の面積が広いので粘液に絡め捕られてしまいそうです!」
「わたしの方は大丈夫。粘液は火に弱いみたいだねっ。ただ、表面を焼いているうちに再生が始まっちゃって、埒が明かないってのがつらいかなっ」
トールと奥菜の二人が現状を報告。その場にいるのは二人だけだが、最近導入されたヘッドギアによる通信が可能なため、全員へ情報が伝わるようになっている。
『二人はそばにいるのか?』
返事をしたのは深矩だった。深矩はいま、周辺の建物内に人がいないか確認のために走り回っている。幸いにも取り残された人は今のところいないようだ。
「ええ、一緒にいます」
『じゃあ、奥菜が粘液を焼いて、その部位をハンマーで掘っていくのはどうだろう?』
「残念ながら、あれだけ柔らかいと衝撃が逃げてしまって、肉を抉るのも難しいのですよ」
提案をしてみたものの、難しいようだった。しかし何かの手立てを立てねば、敵は倒せない。
『じゃあオレと場所替わってくれよ。オレが触手を引き付けるよりも、トールに任せた方がよさそうだ。……おっと!』
いさみからの通信が入ったと思ったら、大きな衝撃音が聞こえてきた。敵が触手を地面に叩きつけたのだ。近くに会った木造の一軒家が破壊される。まだ、深矩やあさみが確認していない建物。人がいないことを祈るしかない。
『見ろよ、アイツの触手。ぶっ壊した建物の建材が張り付いちまって、すっげぇ固くなってんだよ!オレの力じゃメイスでも受け流せなくなってきてる』
『俺の盾で受けるのは?』
「「『却下』」」
またしても、深矩の提案は却下される。
「死ぬ気ですか?武器自体は受けきれても、変身できない体ではその勢いを殺し切るなんて不可能ですよ」
『ですよねー』
結局のところはいさみとトールの立ち位置を変更するのがベターであることに変わりなく、≪騎士≫はそれを選択するほかない。もっとも、“ベター”というのは“今ある策の中では一番マシ”というだけにすぎず、決定打とはなりえない。――何か。戦場をひっくり返すような何かが必要だった。
深矩は必死で考えた。どうすれば倒せる?敵はあまりにも巨大で、[ 攻撃によるダメージ < 回復力 ]になってしまっている現状、こちらのスタミナが尽きてしまえばおしまいだ。バッドエンド。お疲れ様でした。
事前に内藤から入った連絡によると、≪デオキメラ≫の姿が既に報道されてしまっているという。秘匿情報でなくなった以上、一番手っ取り早い打開策は、生物災害として軍に任せることだ。そうすれば、世間はミッドガルデへの疑惑の念を強めることにもなるだろう。一石二鳥である。これがミッドガルデの計画のうちでなければ、だが。
そもそもこんな巨大な生物兵器を用いること自体、なにか思惑めいたものを感じるのだ。世に晒すような真似をして、奴らにメリットがあるのだろうか。逆に、映像を通じて誰かにアピールしているようにも捉えられなくもない。もしそうであれば、≪仮面の騎士(マスクトナイツ)≫の活動が、敵に利用されてしまう。
「私達は、できる限りのことをしよう。他の機関に頼るのは、最後の手段だね」
相談の結果、あさみが言った言葉だ。メンバー全員がそれに同意し、今も真剣に戦っている。だから、希望がすべて潰えない限りは、深矩も考えるのを止めないのだ。
Q.敵の動き方は?
A.体本体の動きは恐ろしく鈍い。触手はとてもしなやかで、360度全範囲に届きそうだ。ただし今は自分の前方、おそらく視界に入っている場所にしか振り降ろさない。そして滅法強い。
Q.弱点は?
A.今のところ見つからない。体内に宿るコアまで届きうる攻撃手段を模索中。
Q.≪騎士≫の戦闘力は?
A.大ケガを負っている者はいない。ただ、いさみが若干スタミナ切れか。
――答えのようで、答えの出ない問答が頭の中で続いている。
分かっているのは敵の動き方だけだ。相手の巨大さと個々人のスタミナを無視すれば、攻撃を躱し続けることは難しくない。兎にも角にも決定打が欲しい。
「畜生!こんな時泰牙師匠がいてくれたら、何か秘策でも編み出してくれるのかな!?」
『津野くん、泰牙さんを当てにするのはやめよう?みんなで、そう決めたじゃない』
「わかってるよ、あさみ」
今日は泰牙の大切な日だ。何があっても、頼るわけには行かない。
(くそっ!なにか決定打はないのか!?)
――考えろ、考えろ、誰に、何ができる!?
(決定打……圧倒的な攻撃力……)
――誰に、何が、できる!?
「――ッああああああああああああああああああああああああ!!!」
『『『『深矩うるさい!!!』』』』
通信をオンにしたまま、深矩が叫んだ。全員が彼に対して苦情を入れる。通信用ヘッドギアは後頭部にスイッチがあり、自由に切断できる(受信時はオートで繋がる)。また、戦闘時の声が入ってしまうと邪魔なので、一定以上の音量の声は、ある程度音量を下げた状態で人に伝わる。その低音量の中でも耳障りなほどに深矩の声は大きかった。
『なんだよ深矩!?うっせぇぞ!』
「思いついた……思いついたんだよ!!」
『なにをっ??』
「敵の、倒し方だ!!」
――――
――
『さっすが、わたしの深矩だっ!よくぞ思いついた少年っ!』
『ちょっと。いつから津野くんが先輩の物になったの』
『あー、もしもし、そういうのは後にしてくんねー?』
『そうそう。正妻戦争は戦のあとでお願いします。で、問題は誰がソレをやるかですね』
深矩の作戦により≪騎士≫は勝機を見出しつつも、いまだに不安要素が残っていた。その作戦を実行できる人がいないのである。
『誰がやんだよ、あの怪獣の上に飛び乗るなんて』
深矩の作戦はこうだ。誰かが怪獣本体の上、ちょうど目の位置に乗り、挑発する。すると怪獣は、ソイツに向かって触手を叩きつけるだろう。超巨大かつ超強力な一撃をもって。つまり、怪獣自身が怪獣を倒すカギとなるのだ。
そして問題は、そこまで跳び移れる人間がいないことだ。ビルの上を走り抜けるようには行かない。なぜなら、ビルへ登るときには三角跳びという手段も使える事が多く、そもそも窓枠や配管など、足掛かりに使えそうなものも意外と多いからだ。それに、跳躍を続けることでスピードに乗っているのもある。
敵の体の上へと一気に飛び上がるのは、周りの建物を破壊されてしまった今では難しい。
それからもう一つの問題は敵表面の粘膜である。敵に触れれば、そのまま絡めとられてしまい身動きが取れなくなる可能性があった。そうなると最後、触手の一撃を喰らってあの世行きが確定する。
『しゃーねぇな!それじゃ、いっちょおれが出るか!!』
さて、この中の面子でかろうじて跳躍できるものと言えば、かろうじていさみくらいだろう。棒高跳びの要領で跳び上がればあるいは……。しかし、万が一の時に攻撃を受け流せる可能性があるのはトールの方だ。安全策を取った方が良いだろうか。
『だから、おれが出るって言ってるだろうが』
ん?
「……今の声誰だ?」
『え、深矩くんじゃないんですか?』
「わたしはいさみんの発言かと……』
『オレ、声まで男声にした覚えはねえよ!?』
全員が考え込んでいる間に、自分が行くという趣旨の声がした。声の主は低めの声の男性で、トールや深矩ではないらしい。ということは、この場にいないはずの……
「ま、まさか……師匠!?」
深矩は探索していた建物の窓辺に寄り、その姿を探す。すると、瓦礫の山の頂上に、黄色いボディアーマーの人影が見えた。少し小太りなシルエット。間違いない、泰牙であった。
別な場所であさみも泰牙の姿を確認したのか、声をあげた。
『泰牙さん、どうして!?』
あさみが驚くのも無理はない。彼の結婚式の邪魔などしたくなかったので、誰も連絡しないようにしていたからだ。トールなどはニュースで映像が流れたと聞いた時、あるいは泰牙の耳にも情報が入ってしまったのではないかと危惧していたが、まさか本当にやってくるとは思っていなかった。
「ニュース見てたら居ても立っても居られなくてよ。」
『だからって、こんな日に来なくてもいいでしょうに』
「すまんな堀辺。こういう性分なんだ」
それでも、妻・歩帆の一言が無ければいまだに迷っていただろう。背中を押してくれた妻に感謝する。今では精一杯、戦いに集中することができる。素早く事を済ませ、式場へと戻るために、最大限のパフォーマンスを発揮できる。
「さて、嫁を待たせてるんでな!さっさと片付けさせてもらうぜ!!」
泰牙は、両手に≪イド・ウェポン≫を構えると、高らかに宣言した。
「――着装!!」
刹那、泰牙の手にしたスティックから光の粒子があふれ出した。粒子の量は他の≪騎士≫の比ではなく、半径2メートル圏内がまばゆく発光しているように見える。粒子は球状に泰牙を取り囲み、やがて彼の双肩へと集中していく。
やがて粒子に引きずられるように、がれきの中から鉄骨や釘など、金属類が泰牙の周りに集まり始めた。それらの建材は表面から崩れていき、そのうち粒子と共に泰牙に集う。様々な金属粒子が一つの巨大な武器へと姿を変えていった。
「あれが……師匠の武器!?」
泰牙の腕に装着されたのは、巨大なロボットアーム。少し屈めば地面に付いてしまいそうなほど長く、細身の女性の胴回りほどの太さを持つ。こんなもので殴られたら、痛いでは済まない。見た目の重厚さだけであれば、トールのハンマーを裕に上回るだろう。
「おい津野!!お前さんの作戦では、相手の顔の前に跳べばいいんだよな?」
「そうです師匠!でも、どうやって……」
見るからに重そうなロボットアーム。跳躍するには不利そうに見えるが。
「まあ、見てろ?」
泰牙はロボットアームの両手を開くと、地面に突き立て、肘関節をググッっと曲げた。腰を落とし、下半身にも力が入っている。腕のパワーと脚の力。全身のバネを使って怪物に挑もうというのだ。
「いくぜえええええええええ!!」
瞬間。爆発音とともに泰牙の姿が消えた。先ほどまで彼がいた場所を中心にショックウェーブが巻き起こる。砂埃を巻き上げながら、同心円状に広がっていく衝撃波。深矩のいる建物のガラス窓も激しく振動した。
どこかでガラスの割れる音。風が勢いよく建物内にも吹き込んできて、それに含まれる大量の粉塵を深矩は浴びせかけられた。
「ううっ!?」
もろに粉塵が直撃してしまった深矩は、思わず顔を腕で守った。腕の隙間からわずかに仰ぎ見る空には、高く高く跳躍した泰牙の姿が見える。瞬時にあの高さまで移動するなど尋常ではない。深矩はこの時想像すらしていなかったが、泰牙のジャンプの際に感じた衝撃波は、一瞬音速に達した時に音の壁にぶつかって発生したものだった。
それほどのパワーを発生させる強化アームだ、当然弱点もある。今の挙動でオーバーヒートしてしまったアームが、赤い光を発生させたかと思うと強制的に武装解除してしまったのだ。スティック状に戻った≪イド・ウェポン≫はしばらく使用できない。泰牙は空中で、腰のジョイントに武器を戻した。
「届けええええええ!!」
泰牙は自由落下に任せて怪獣へと向かっていく。闇雲に跳んだのではなく、実は落下地点までも計算したうえでの行動だった。彼の向かっている際にあったのは……。
『そうか!体に付着したコンクリート片ですね!』
『どういうことっ?』
『泰牙さんは初めから、相手の目の付近にある、建材の破片めがけてジャンプしていたんです。粘液によって付着したあの“足場”に』
「そうか、粘液に直接触れなければ脅威じゃないんだ!」
相手の視界を掠め通るようにして、標的の足場にたどり着いた泰牙。地上から見えていたのは今立っているコンクリートだけだったが、実際近くで見てみれば、木片や泥などありとあらゆるものが粘液によって付着していた。直接攻撃をくわえようとしていたら、これらの建材が「鎧」となって、非常に邪魔だったろう。今は逆に、足場が増えて助かっている。
「さあ、来いよバケモノめ!てめぇの触手で、てめぇの脳天かち割りやがれええええ!!」
怪獣はゆっくりと触手を降ろし、しばし停止した。これまでとは逆の挙動、すなわち、振り上げてから降ろすのではなく、下から上へと跳ね上げるための予備動作。
ピタリと動きが止まったのも束の間。轟、と素早く空気を切り裂く音を立てながら、怪獣の触手が泰牙へと迫った。泰牙はギリギリまでそれを引き付けるつもりなのか、動く気配がない。
「師匠おおおお!!」
「泰牙さん、避けてっ!!」
泰牙はそれでも動かない。
(ギリギリまで……引き……つけるッ!!!!)
触手が泰牙に振れるか触れないかという刹那のタイミングで、泰牙は側方へと逃れた。同時に横目で触手の様子を確認する――わずかに、泰牙の方へと攻撃の軸をずらしてきていた。怪物は見ていたのだ。泰牙の動きを。そして、追尾するように触手を動かしていたのだ。
しかし手前に進む触手の勢いを止めきれず、怪獣は自分の本体を深く大きく抉り、傷つけた。これがもし泰牙が早めに回避行動を行っていたら、触手は本体に接触せず、空中の泰牙を追って横薙ぎに転じていたかもしれない。怪獣の行動を予測し、避けるのを我慢し続けた泰牙のファインプレー。
「紅玉は!?」
いさみが叫ぶ。肝心の紅玉がどうなっているのかが、下からでは見えなかったのだ。
直後、15メートルの高さから落下してきた泰牙が受け身を取っていた。
「紅玉は、露出してるが壊れちゃいねぇ!!もっかい跳ばねえと」
泰牙は片膝をついたまま答える。落下の衝撃は変身状態でもかなりきつかったのだろう、立ち上がることもおぼつかない。無理して立ち上がろうとした泰牙を、いさみが手で制する。
「八百神姉、どういうつもりだ?」
「いいから見てなって泰牙さん。――トオォォォォオル!!」
「本名叫ばないでください!」
「うっせぇ、面倒くせぇんだよ。トール、オレをかち上げろ」
一瞬何を言われたのかわからず、頭に疑問符を浮かべるトール。
「オレを、ハンマーで上までぶっ飛ばせっつってんだ!!」
「……なるほど!」
トールはハンマーを構え、いさみはタイミングを見計らっていた。阿吽の呼吸で合わせねば、いさみが大ダメージを負ってしまう。しかし二人には、やり遂げられる絶対の自信があった。
「「はああああああああああッ!!」」
いさみがジャンプするのと、トールが救い上げるようにハンマーをスウィングするのはピッタリ同じタイミングだった。ハンマーを足掛かりに、さらに自分の脚でも跳躍するいさみ。二人のパワーが合わさり、いさみの体をはるか上空へといざなう。
たどり着いた触手の一本を足蹴にし、今度は下方向、怪物本体へ向かって跳躍。重力加速を受け、ぐんぐん敵の紅玉へ迫る。
「“シックル”!!」
いさみはメイスでなく、鎌モードを選択。光の粒子が噴き出すとともに、折りたたまれていた刃が展開、巨大な鎌となった。
「しねええええええええええ!!」
光の粒子が尾を引き、見た目も流星のような勢いで敵へと突っ込んだ。すべてのエネルギーが刃へと集約し、むき出しになった敵の紅玉を切り裂いた。
勢いはそれだけで終わらず、地面に激突するかの勢いで敵の体内を貫く。やがて肉を裂きながら体内から抜け出たいさみは、返り血……というにはあまりにも大量の血液を被った状態で皆の前に帰還した。
「くっせええ!? 汚ねぇし、どうしてくれんだゴルァ!」
腹いせに、横たわる怪獣の体を蹴るいさみ。
『おかえり、いさみ』
「あさみぃぃ……髪の毛まで血でベトベトだよ……これお母さんに怒られるかな」
『きっと殺されるね』
「マジか!?」
後頭部が露出している≪騎士≫の衣装では、髪の汚れまでは防げない。向こう見ずで突っ込んだいさみは、今更自分の行動を後悔するのだった。




