第十話 「泰牙の誓い」 その③
進行性神経性筋萎縮症。原因は不明とされているが“カラーズ”の遺伝子に起因するという説が有力だ。
他種の生物の遺伝子情報が毛髪や皮膚の薄い部分や網膜などに発現し、色素沈着をもたらしたのがカラーズと呼ばれる人々だ。人間は普通、黒か茶色、赤、金など、黒系の色素しか持たない(色素が薄いと金色っぽく見える)。ところが、カラーズとして生まれた人は、ピンクや青など、様々な色の体毛・瞳を持つことになる。非常に神秘的で美しく、カラーズに生まれたことを誇りに感じる人も多い。
ところが、そのことが様々な病気の原因になることもある。もちろん五体満足の者の方が多いが、普通の人と比べると遺伝子疾患にかかる割合が高い。
カラーズの正体が過去に行われた人体実験の被験者の末裔だと噂されている――実は正解なのだが――のも、こうした遺伝子疾患の多さも要因の一つだ。生存競争の果てに獲得した形質ならば、ここまで不利益なことがあるはずがないというわけだ。
「――師匠!泰牙師匠!」
「ん?おお、どうした津野」
「どうしたじゃありませんよ。早く降りないと、扉閉まっちゃいますよ!?」
深矩の呼びかけに我に返る泰牙。気が付くと、リニアの扉がいつの間にか開いていた。竜都市駅、つまり既に降りるべき駅であった。
「すまねえ、ボーっとしてたぜ」
彼らが降りると同時に扉が閉まる。間一髪だった。
「もう、何やってるんですか」
「なんつーか、世の理不尽を噛みしめてたわけよ」
「はい?」
「忘れてくれ、考え事をしていただけだ」
深矩と泰牙が出会ってから、ちょうど一週間が過ぎていた。土曜日に行ったトレーニングは日曜日だけでなく週いっぱいまで深矩の体に影響を及ぼし、筋肉痛地獄からようやく解き放たれたのが昨日一昨日の話だ。深矩だけでなく、泰牙も例外ではなく、太った体に久々に鞭打ったのと、自重が重い分負荷がかかったのとでかなりの痛みにさいなまれた(それも、2日遅れで。老化現象だね!)。
週の中ごろには仕事もあったので一度竜都を離れ、再び戻ってきたのが今日である。もう若いとは言えない体を酷使したため、疲労困憊といった様子であった。
「疲れてますね。師匠」
「いやぁ、こんなもん歩帆が味わってる苦痛に比べたらなんてことねぇよ。おれが弱音を吐いていてもしょうがねぇしな」
実際は歩帆に弱音を吐きまくっていて、病に冒されている本人がなだめていることは秘密だ。
「お前の母さんも大変だな。脳波には問題ないんだろ?」
「ええ。先生曰く、ずっと眠っているような感じらしいです。流石に点滴だけで過ごすのはまずいので、先日喉から流動食を流し込みました」
「体……手足な、適度に動かしてやれよ。人の手で刺激を与えることでも多少筋肉の衰えを軽減できるらしいからな」
「わかりました、やってみます」
泰牙の恋人・歩帆と、深矩の母親は同じ竜都第一病院で入院している。竜都の中で一番設備が整っているのがこの病院なのだ。中央区にあるため敵組織の製薬会社ミッドガルデの息がかかっている可能性が高い場所だが、それでも優秀な医師が揃っているので致し方ない。もっとも、たとえミッドガルデ社員や研究員だといっても、裏で動いている軍事部門以外はまじめに働く善良な市民なのだ。
二人は駅からの道を歩き、病院のロビーまで一緒にやってきた。道すがら、深矩は泰牙からいろいろな話を聞く。
かつて出演していたジオファイターズのこと。意外にも、ラスボスのカムイ役だった武藤という男と泰牙は親友同士であったらしい。武藤も竜都出身のカラーズだったからだ。残念ながら武藤は亡くなってしまったようだが、最近でも戦隊のメンバー同士での交流は続いているらしい。
それから≪仮面の騎士≫のこと。メンバーに加わったいきさつや、他の面子との絡みの話。女性陣、とくに八百神姉妹とは親しく、よく手合わせをお願いされるらしい。いさみについては別の師匠がいるらしく、なかなか筋が良いと褒めていた。
そして、恋人のこと。余命半年とされていたが、最近、筋力の落ちるペースが加速度的に早まり、長くはもたないのではないかと言われているようだ。最早回復は不可能。彼女を孤独のまま、無縁仏にするわけにはいかないと、泰牙は息巻いていた。
病院の入院棟までやってきたところで、泰牙は深矩に対して親指を立てた。
「ちょっくらビシッと決めてくらぁ!」
そう宣言すると、廊下の向こうへと歩き去っていく。
(頑張ってくださいね、師匠)
深矩は心の中でエールを送るのだった。
――――
――
「おれと結婚してくれ!歩帆!!」
「ちょっと!?泰牙さん、声が大きいわよ!恥ずかしいじゃない」
部屋に着くなり、泰牙は煌びやかな宝石のはめ込まれた指輪を手渡しながら、恋人にプロポーズをした。5年前を初回として、3回目のプロポーズ。しかし、病気を理由にした先延ばしの約束でしかなかった初回とは違う。今回の泰牙は本気だった。
給料の3か月分とまではいかないが、高価な指輪を買い、俳優仲間や≪仮面の騎士≫のメンバーからアドバイスをもらいながら、ラブレターまでしたためてきた。バラの花束、なんてのはすでにやったことがあるので今回はパス。スーツを着込んで戦場へと向かった。
「今回は本気だぞ、歩帆!頼む、受け取ってくれ!」
「いつもは本気じゃなかったの?」
「言い方が悪かったかな。今回も本気だぜ」
熱意あふれる眼差しで歩帆を見つめる泰牙。歩帆だって、泰牙の気持ちが本物であることは分かっているのだ。しかし、自分には時間が残されていないことも分かっている。知らされてはいないが、半年なんてとてもじゃないが持たないことだって、気付いているのだ。
泰牙が焦る気持ちも、彼の苦悩も、自分の本当の気持ちも、全部知っている。だからこそ泰牙は必死だし、歩帆は頑ななのだ。
「おれはお前を一人になんてしたくない」
「泰牙さん、わたしはあなたに余計なものを背負ってほしくないの。わたしは先が長くない。すぐお別れなんて、辛すぎるでしょう?」
かみ合わない二人。それも、お互いが相手を思っているからこそ想いがすれ違うのだ。いつもであれば、ここで泰牙が折れてしまう。歩帆の気持ちを汲んであげようと、自分の気持ちを押し殺してしまう。でも、今日は違った。アプローチの仕方を変えてみる。
「お願いだ、歩帆。おれと同じ墓で眠っていてほしい」
「――え?」
「おれが死んだ後も一緒にいてくれなきゃ嫌なんだ。おれが寂しがり屋だって、歩帆も知ってるだろ?歩帆が先に死んでしまうなんて嫌だ、信じたくない。でも、本当にそうなってしまうとしても、先に同じ場所で待っていてほしいんだ。頼む!」
歩帆が泰牙を想って断っているのだとすれば、自分の願望を突き通すまで。歩帆のためだけじゃなく、あくまでも自分の欲求なのだとストレートにぶつける。どうだ、これでは断れまい――泰牙の土壇場での駆け引きだ。
歩帆は困ったような表情で泰牙を見つめる。何かを言おうと喉までこみあげてきて、でも言えずに押し黙るような動作を数回繰り返す。しまいには目を伏せてしまい、首の角度も徐々に下がっていった。長い髪が彼女の表情を隠す。
ポッ……と、空調の音にかき消そうなくらいの小さな音がした。ベッドの上に丸い小さな染み。それが一つ二つと数を増やしていく。古いものからジワリとにじんで見えなくなってしまうが、それでも後から後からしずくが落ち、シーツを湿らせていく。
泰牙は何も言わず、歩帆の頭をそっと撫でた。返事を急かすような真似はしない。ただ歩帆の心のままに。
「わたし、泰牙さんの子供産めないよ?」
「知ってる」
「すぐに死んじゃうよ?」
「……それは、もう少し踏ん張ってほしい」
「でも死んじゃうの」
「だとしても、おれの気持ちは変わらねえよ」
「うん」
しばらくの間、沈黙。泰牙はハンカチで歩帆の頬のしずくを拭ってやった。すると、彼女にも少し笑顔が戻る。そして同じく沈黙の時間が流れる。でも、この沈黙は悪くない。お互いを見つめ合ったまま、想いを確かめ合うがごとく目くばせを交わす。
「泰牙さん」
歩帆が、意を決したかのようにしっかりと泰牙を見た。眉がきりっと上を向き、意志の固さを感じさせた。いよいよか、と泰牙も息をのむ。
「――喉が渇いたわ」
「は?」
いきなり突拍子もないことを言い出した歩帆に拍子抜けしてしまう。今のは完全に返事をするタイミングだったろ、と抗議の視線。彼女はそんな泰牙の様子を見てくすくすと笑うのだった。
「ねえ、自販機で何か買ってきてくれないかな」
「……わかったよ」
がっくりと肩を落とし、泰牙は部屋を後にした。
自販機の所でちょうど深矩に会う。軽く話をした後、すぐに病室へ取って返した。泰牙が部屋の扉を開けたとき、信じられない光景を目にした。
「お帰り、泰牙さん。どう?これ、似合うかな?」
歩帆の左手薬指にしっかりとはめられたダイヤモンドの指輪。永遠の絆、変わらぬ愛を意味するその指輪は、泰牙が歩帆のために購入したものだ。
「あゆ……ほ……!」
指輪のケースは、ベッド脇の台に置いておいた。今の歩帆では、その台に手を伸ばすのも一苦労したはずだ。彼女は泰牙にお使いを頼んでいる間に、自力で、自分だけの力で指輪を手にし、はめたのだった。彼女が恋人に捧げる、ちょっとした、一方で力の限界を振り絞ったサプライズ。
「よろしくお願いします、泰牙さん」
「ありがとう。よろしく頼む、歩帆――!」
歩帆を抱き寄せる泰牙。抱擁を交わしながら、泰牙は泣いた。止めようと思っても、後から後から涙があふれてくる。どうしようもなかった。感情が止まらない。
「もうっ!本当に泣き虫なんだから」
そういう歩帆も涙を流していた。声をあげて泣き始める二人。抱きしめ合いながら、嗚咽はしばらく止まることなく響いていた。やがて涙が枯れ、目が腫れてしまうまで、二人は泣き続けるのだった。
◇ ◇ ◇
1か月近くが過ぎた。二人に残されている時間は少なく、婚約してから6日後には、役所へ婚姻届けを提出。二人は晴れて夫婦となった。
ささやかでも式を挙げたいと思い、急いで式場を調べる。が、やはり日柄の悪い日しか空いていない。急な話なので当然である。二人にはあまり猶予がないため、仕方がないと、その日に決定した。
芸能界には知人や友人も多くいるが、彼らには事情だけ説明して、式には呼ばなかった。二人を育ててくれた施設の関係者や古い友人、そして泰牙の年老いた父親だけが式に参加することになった。披露宴は行わない。本当にささやかな、二人の記念日になる……はずだった。
日柄の悪さは天気にも影響するのだろうか、当日は雨。それもかなり強い雨が降る日だった。
式を前にして、控室にいる泰牙は、どこか落ち着きがなかった。当然緊張しているのもあるだろうが、理由は別の所にある。
「どうしたの、泰牙さん」
車いすに乗せられている歩帆は、泰牙を心配そうに見つめている。夢にまで見たウエディングドレス姿の歩帆。先ほど記念撮影までは終わらせたところで、次はいよいよ式本番だというのに、泰牙の表情は晴れない。心配する歩帆に「なんでもない」と笑顔を見せる彼だったが、そんな作り物の笑顔に騙される歩帆ではない。
「何か不安な事でも……さっきのニュースのことかな」
「!!」
「また街で怪物騒ぎだって。しかも、今まさに騒ぎが起きてるんでしょ?」
「そう、みてえだな」
写真撮影を控え、何気なくPMSでニュースを閲覧していた時、竜都の北部で怪物が暴れているという情報を目にしたのだ。現在進行形で怪物のことが報道されるなど、今までにはなかったことだ。どう考えても緊急事態なのに、泰牙には招集がかかっていない。
ここ数か月、歩帆のために時間を割いてきた泰牙は≪デオキメラ≫討伐に参加していない。それは仕事で竜都を離れていたのもあるが、他のメンバーが気を使ってくれたのも理由のひとつだ。ただし緊急の場合は呼ぶように頼んであったはずなのだ。
(馬鹿野郎……変なところに気を回しやがって、内藤め)
内藤だけでなく他のメンバーも、迷いはあったろうが泰牙には連絡しないことを決めたのだろう。ハレの日を血で汚すことは無いと。
「気になるなら、追加のニュースでも見てみたら?」
「ああ、そうする」
腕時計型のPMSを起動し、空間に投影されたスクリーン“プロジェクション・ビューア”を指で操作する。ニュースサイトを開くと、そこには破壊された街の惨状が映し出されていた。望遠での撮影で、不鮮明ではあるが、≪デオキメラ≫の姿もネットワーク上に公開されてしまっている。
「なんだこれ……これじゃあ怪物ってより怪獣じゃねえか!」
今回ももちろん人払いの思考誘導波で人々を避難させている。それでも怪物の姿が目撃されてしまったのは、サイズが規格外に大きかったからだ。3階建てのビルくらいはあるのではなかろうか。映像からは何本もの触手で建物を破壊していく怪獣の様子が分かった。
「どうだった?泰牙さん」
歩帆の側からはプロジェクション・ビューアが見えていないので、口頭で尋ねられる。泰牙は少し迷ったが、今見たありのままを歩帆に伝えた。こんな大切な日に、こんな物騒な話をするのはどうかと思ったが、どうせ先ほどのように見抜かれてしまうだろうから、隠すのはやめた。
「それは確かに不安だね」
「そうだろ?おれの育った街だぞ、竜都は!――あの野郎、派手にぶっ壊してくれやがって」
泰牙は怒りに震えた。そして激しく悩んでいた。この大事なイベントを放り出して、助けに行くべきか、否か。街を破壊されている中で挙式をあげてもよいのだろうか、少数の参列者の中にも不安に思っている人は多いだろう。しかし、救援に行ったとしても、気を使ってくれたメンバーの好意を棒に振ることにはならないだろうか。
「泰牙さん」
歩帆は優しく微笑んで、彼に言う。
「――行ってきてあげたら?」
「……!?」
泰牙が≪仮面の騎士≫のメンバーだと知る由もないはずだった。話したこともないし、データで何か残すような真似もしていない。しかし、今の一言で泰牙にも分かった。歩帆は、勘付いている。泰牙が都市伝説の中の存在と繋がっていると。
簡単な話だった。なにせ歩帆にとっても長年連れ添ってきた相手だ。何か隠していることくらいわかる。それが≪仮面の騎士≫のことだとは知らなくとも、重大な任務があるのだと気付いていたのだ。
そんな折から怪物事件のニュースが増えはじめたのだから、関連付けて考えてしまうのも当然だ。そう考えれば考えるほど、泰牙の行動ひとつひとつの整合性が取れてくるので、歩帆の中ではほぼ確信に至っていたというわけだ。
「歩帆、おれは……」
「助けてあげて。大事な、ことなんでしょう?」
迷う泰牙。歩帆はそんな泰牙を近くに呼び寄せると、震える手で彼の手を取った。
「式までまだ少し時間があるし、ちょっとくらいなら待ってもらえばいいんだから。絶対、帰ってきてね」
妻は、夫の背中を押す。
――もう、わたしたちは恋人じゃないのだから。お互いを見つめ合っているだけじゃダメ。
――二人が同じ方向を見つめる、これが愛。彼のしたいことの妨げになるようでは、妻として失格ね。
それは泰牙にも言えることだ。歩帆は、本当は泰牙に側にいてほしいはずなのだ。それを、ぐっとこらえて送り出そうとしてくれている。妻の気持ちを汲めないようでは、夫として失格だ。
「すまん。早く片付けて、戻ってくるから!」
泰牙は走り出した。控室を出ていく夫の姿を、歩帆は見送る。
「いってらっしゃい、あなた」




