第十話 「泰牙の誓い」 その①
3月の初め。少しずつ春めいて気温が上がってきた昨今だが、今日この日に関しては冬将軍が再来したかのように肌寒かった。せっかくの休日だというのに、空には薄い雲がかかり、北からの風が心なしか強い。
「うおおっ、寒い!」
「深矩って寒がりだよねっ」
「暑いところは割と平気なんだけどな」
「腕組んで歩いたら暖かいよっ?」
「……それはとても魅力的だけど遠慮しときます」
深矩は奥菜の胸をちらりと見てから答えた。腕なんて組んだら、小柄な体躯とは不釣り合いなサイズのソレが触れてしまうかもしれない。男を惑わす魅惑の果実。しかし純粋な高校生男子には刺激が強すぎる上に、道端では恥ずかしすぎるので丁重にお断りする。
「ざーんねんっ」
「……」
断っておいてなんだが、本当は深矩だって残念なのだ。
二人は並んで旧神竜川沿いの小路を北へ向かって歩いている。旧神竜川は、元々神竜川の本流だったものが、堰の建設により流れが変わって水量が減ったものだ。今深矩たちが歩いているのは杜陸区、対岸が華山区になる。
この川沿いの、杜陸区の外れに奥菜の家がある。今日は深矩が奥菜の家にお呼ばれしているのだ。学校で消化しきれなかった大量の生徒会の仕事を手伝ってもらう、という名目で。
「それにしても、副会長はどこに行ったんだ?奥菜は一度見かけてるんだよな?」
「うん。深矩が大ケガした日だねっ。」
「あの日か……痛い思い出しかないなぁ」
杜陸高校生徒会は、現在副会長が行方不明のため人数が足りていない状況だ。年度の後半は行事も少なく、生徒会本来の活動も目立たないものばかりであったが、先生の雑用係としての仕事、それから卒業式の準備には、人手が足りずに奥菜もかなり苦労させられた。
その副会長が一度だけ目撃されたことがあった。学校近くの幼稚園で、ハチ型の≪デオキメラ≫と深矩たちが戦っていた日だ。敵の出現を聞いて駆けつけようとした奥菜の目の前に、黒いフード姿で現れたのだ。
奥菜が呼び止めると、彼は怪訝そうな眼差しで彼女を見たあと逃げるように走り去り、慌てて後を追うも、結局姿を消してしまったのだという。それが原因で、奥菜は一番近くにいたにも関わらず現場に大遅刻してしまったという訳だ。
「相楽くん、いったい何してたんだろう?」
「怪しいんだよな、相楽副会長。学校襲撃事件の日、俺のクラスの明日菜さんを呼び出しておいて、結局誰も姿を見ていない。……しかも呼び出した先に怪物が待ち構えていたんだから、あらかじめ何かしらの事情を知っていてもおかしくないと思うんだ」
「私も怪しいとは思うよ。でも、普段から相楽くんと話してた感じでは、気になる発言もなかったんだよねー」
深矩の考えには奥菜をはじめ、≪仮面の騎士≫の全員が賛同していた。しかし、最初から怪しいとする意見と、明日菜と同じように事件後に何かしらの内情を掴んだのではないかという意見とで割れている。どのみち本人を探し出さないことには結論などでないだろう。
「わたしはさ、むしろ明日菜ちゃんも怪しく思うんだよ。あ、事件の後の話だけどっ」
「うーん、否定できないなぁ。あさみも同じ意見だし。一度は瀕死になったんだから、何も覚えていないはずがないんだよな」
明日菜本人の言う“全部覚えている”という発言の意図も、いったいどの範囲のことなのかもよくわかっていない。だが質問してもはぐらかされてしまうし、本当は何も知らなかった場合を考えると、尋問するなどすれば自分達の存在を明かしてしまうことになり、本末転倒だ。
「なかなか一筋縄ではいかなくなってきたな。」
「だねー。相良くん、明日菜ちゃん……深矩のお母さんの件も不明のままだしね。ミッドガルデが何を考えているのかわからなくなってきたよ」
「そんなもん最初からわかりっこ――ごめん、奥菜。ちょっと」
「ん?」
深矩は腕時計型通信デバイス、PMSを示した。マナーモードに設定したままだったらしく、バイブレーションと骨電動による小さな音で着信を知らせてきたため、奥菜に着信音は聞こえていない。会話を中断した深矩がPMSに軽く触れると、空間に小さなウインドウが投影され、通話が始まる。
『津野くん、今どこにいるの?』
「あ、えっと……ちょっと、奥菜の家に向かってるところ」
電話の相手はあさみだった。奥菜の名前を出した途端、ガタガタと妙なノイズが混じる。おそらくPMSタブレットで通話していたところ、手を滑らせて端末を落としてしまったのだろう。
『聞いてないんだけど!?』
あさみが大声で叫んだ。なぜか慌てているようだった。
「俺もう監視対象じゃないなら言わなくてもいいかなって……」
『そういうことじゃなくって……ああ、もう!』
なぜか珍しく感情をむき出しにしているあさみ。彼女が深矩を監視の目から外してから、もう1か月近く経過しているというのに、今更なんだというのだろうか。
「もしもしあさみん?」
『……奥菜先輩!やっぱり一緒にいるんだね』
「もしかして、やきもち妬いてる?」
『妬いてない。――少し焦っているのは認めるけど』
「ほっほーう?てことは今のところわたしが一歩リードだねっ」
「二人とも何の話だよ……」
「『 お前の話だよ! 』」
深矩には、二人が何について競っているのか皆目見当がついていない。色恋沙汰どころか友達関係も希薄な生活を送っていた深矩には、人の情緒など読み取ることはできないのだ。
とはいえ、実のところ奥菜が自分に対して好意を寄せているのではないかとは感づいているし、あさみが少し接し方を変えてきたことにも気づいている。しかし、深矩はその好意が恋愛感情の一種だとは思っておらず、親しい友達に対するものだと思っているのだ。
もっとも、あさみについては友達としての“好き”という認識で間違ってはいない。しかし、彼女は表情にはあまり出さないものの、負けず嫌いな性格であり、そこのところを深矩は考慮に入れていないのだ。あさみは今、奥菜がいつの間にか深矩と距離を縮めているという状況に、何か底知れぬもどかしさを感じているのだった。
「はっはっは!まあ、わたしがハートを射止める前に精々あがくといいよっ!」
『いえ、あの奥菜先輩。別にそこまで深い仲になろうとは思っていないのだけど。あと、本人を目の前にしてよく発言できるね?』
「大丈夫大丈夫。ここまでされても、少年には理解できないと思うからっ!」
(わからない……なにかの勝負なのか!?)
ここまで言われても気づかないとは、筋金入りのニブさなのであった。
「ところで、あさみはどうして電話してきたんだ?」
自分がついていけないから、無理やり話題転換。というよりは軌道修正か。奥菜とは違って、何も用がないのに電話をしてくるあさみではあるまい。それがこうしてわざわざ連絡をしてきたということは、必ず何かあるということだ。
『そう、それだよ。津野くんに会わせたい人がいて連絡したの』
「会わせたい人?」
『そう。さっき病院に行ってたら、偶然その人に出会っちゃって。』
「病院?どこか悪いのか?」
『いいえ。中央方面へ用事があったから、ついでに津野くんのお母さんに会っておこうと思って』
「え、母さんに?相変わらずだったろ」
『相変わらずね』
深矩の母親はいまだに意識不明の状態だった。あさみが何かと気にかけてくれるのは、たとえ直接でなくとも、自分たちが原因で何者かに襲われたのではないかという懸念を抱いていたからだ。一度でも関わった人間に対する思いやりは人一倍強い。
『それはとりあえず置いといて、その人が今から時間を作ってくれるそうだから、アジトで落ち合いたいんだけど…… お 邪 魔 だったかな』
なんだか後半部分にすごく悪意が込められている。
「アジトってことは≪仮面の騎士≫絡みか」
「……ハッ!そうか、わたし、てっきりあさみんがご両親でも紹介するのかとっ」
『しません』
「ですよねっ」
『良ければ奥菜先輩も一緒に来て。私が紹介したいのは、泰牙さんだから』
深矩には聞きなじみのない名前だった。彼の脳内では「タイガーさん?」となっている。一方の奥菜は知った名前だったのだろう、嬉しそうにポニテを左右に揺らしていた。実際は体を揺らしていて髪の毛はそれに従っているだけなのだが、深矩にはそれが気を良くした犬の尻尾のように見えた。
「あの人帰ってきてたんだねっ!行く行く!」
「あれ?生徒会の仕事は?」
「そんなの後でいいんだよっ!」
(……??溜まりに溜まったプリントの山って聞いてたんだけどな……?)
生徒会の仕事というのは、もちろん深矩を誘い出すための詭弁である。生徒会が忙しかったのは数日前の卒業式まで。その後もプリントの整理などを頼まれはしたが、家に持ち帰るような仕事など、そもそも存在しない。深矩を家に連れてきて、いじって遊ぼうという魂胆であった。
その奥菜の優先順位が、かしゃりと切り替わる。彼女にとって深矩とのひと時も大事だが、泰牙という人物に会うのも大事だった。
「よし、行こうっ!すぐ行こうっ」
『……ちょっと意外。津野くんより泰牙さん優先するなんて』
「わたしあの人にblack numberの清水さんのサイン頼んでたからねっ!」
『あ、さいですか』
black numberとは巷で流行っているバンドの名前であり、そのヴォーカルの名が清水である。
『今、泰牙さんは恋人さんのお見舞いに行ってるから、先にアジトで待ってて。私は泰牙さんと一緒に行くね』
「了解っ」「わかった」
通話が終了する。深矩は、ほぅ、と軽くため息をついた。なんだか短いわりに疲れる電話であった。泰牙という人物のことも気になるし、自分のことで競う二人についても解せないことが多い。
自分のことについては追々聞いていくとして、今は泰牙なる人物について聞いておくべきだろうと判断し、奥菜に遭遇尋ねてみることにする。
「で、タイガさんって誰?」
すると、深矩の予想だにしない返答が帰ってくる。
「玲楠 泰牙さんはね、我らが≪仮面の騎士≫のイエローだよ」
「聞いてないんだけど!?」
――――
――
竜都中央部にほど近い、≪仮面の騎士≫のメインアジト。雑居ビルの8階に位置するこの場所は、株式会社ポッケという架空の会社名義で場所を借りている。2~7階もそれぞれ別の名義で部屋を借りているが、すべて空き家である。要は人を近づけないための策だ。
1階の店舗部分だけは別のテナントで、≪仮面の騎士≫の人払い活動により経営は今のところ鳴かず飛ばずである。≪騎士≫の活動が終わるのを待っていてほしい。きっと繁盛するであろうから。
さて、8階事務所には奥菜と深矩がすでに待機状態である。ここに来るまでの道すがら、深矩は泰牙について質問してみたが、奥菜は
「絶対に驚くよっ」
と言うのみで、肝心なところははぐらかされてしまい、詳細はいまだに不明であった。会ってからのお楽しみ、というわけだ。
「……」
「……」
事務所に着くなり、話題がなくなってしまい、黙ってしまう二人。目下最大の関心事である泰牙の話を、奥菜自身が秘匿のため“封印”してしまっているのでなおさらだ。加えて、向かい合って座ればいいものを、わざわざ隣り合って腰かけてしまったので緊張に拍車をかけてしまっている。
「「あの」」
話しかけるタイミングが重なってしまう二人。
「「あ、どうぞどうぞ」」
譲り合うタイミングまで一致。流石にここまで息が合うと、なんだかとても可笑しくて、つい笑ってしまう。声をあげて笑ったことでようやく重苦しい空気から解放された。
「なーんか二人きりだと緊張しちゃうねっ」
「だな。俺、女の子とこんなに話したこともないし」
「深矩は誰かと付き合ったことはあるの?」
「そんな経験ないし、そもそも友達がいなかったですハイ」
彼女より先に友達が何より必要だった深矩である。色恋沙汰などの経験はほとんどない。
「良かったね、友達できてっ」
「友達っていうのは奥菜たちのことだよな……?」
深矩は腕を組んで考え込む素振りそ見せた。深矩が竜都に越してきてから仲良くなったのは、≪騎士≫の面々くらいで、仲間とは言えど友達かというと少し怪しい。クラスメイトの明日菜にしても、友達というには少し足りなかった。
「え゛。ひょっとして深矩、私たちのこと友達として見てない……?」
「う~ん、奥菜が俺を友達として考えてくれているのは分かるよ。でも俺にとっては一応先輩だし、友達というか仲間だし、あさみだってクラスメイトで監視役で……」
「あーもうっ!面倒くさいわっ!仲良くなったらとりあえず友達でいいじゃん?ゴチャゴチャと考えすぎなんだよ、少年っ!」
奥菜は少しお姉さんぶるとき、深矩のことを少年と呼ぶことが時折ある。今なんかは説教モードだ。
「いちいちカテゴライズするんじゃなくて、いちばん親しい人が親友、そこそこの人が友達、そうでもない人は知り合いでいいんじゃないの?それだって境界の曖昧なものだし、深く考えすぎたらだめだよねっ」
「ひょっとして、だから友達できないのかな」
「違うよ。相手は友達と思ってるかもしれないのに、深矩はそうじゃないからだよ。価値観の違いが歩み寄ることを邪魔してるんだよっ」
あ、自分、今いいこと言ったと奥菜は胸を張る。一方の深矩はまだ納得できていない様子であったが、
「わかった。とりあえず、みんなのことは友達と考えて良いんだよな?」
と、一応の理解を示した。
「そうそうっ!いさみんやトールはどう思ってるかわからないけど、少なくともわたしとあさみんは友達でしょっ」
「そうか……ありがとう!」
深矩は笑顔になった。重いものから解き放たれたときの、安心感がそのまま表情になったような明るさだ。奥菜はその顔が好きだった。あまりにもじっと見つめられるものだから、深矩は頬をかいて照れてしまう。
「深矩はかわいいねー」
「ど、童顔って言いたいのか!?」
「それもあるけど。何というか……かわいいねぇ」
「はああ!?」
深矩は顔を真っ赤にしてうろたえる。そういう一挙一動がお姉さんたる奥菜にとっては愛くるしく映るのである。同時に、奥菜の中に眠る小さなサディズムをくすぐるのだ。かわいいね、ウフフ、と。
「あのーお二人さん?見つめ合っていい感じのところ悪いんだけど」
「あ、あさみん!おっつー」
「おっつー奥菜先輩。もうすぐ泰牙さん来るよ」
いつの間にか、あさみが室内に入ってきていた。途中コンビニに寄っていたのだろう、ビニール袋をぶら下げている。その中からブラックの缶コーヒーと、コーヒー牛乳を取り出して深矩と奥菜に配った。
「普通の牛乳は大きいパックしかなかったから、コーヒー牛乳にしたけど、良かった?」
「うん!ありがとうあさみん我がライバルよっ!」
「勝手にライバル認定はしないでほしい……」
そう言いながら買ってきたレモネードに口をつけるあさみであった。
しばらくして扉の開く音がした。現れたのは小太りの男性。彫りが深く、きりっとした眉、高い鼻筋、それでいて優しい瞳。あごのラインはひげが多少生えている。一見すると外国人か、ハーフのようにも見える。髪は黄色だが、耳ぎわまで行くと黒も混じったストライプになっていた。名前の通り、タイガーな印象だ。
「わりぃわりぃ、一階のオーナーと話し込んでてよ」
「お帰り、泰牙さんっ!」
「おお!千橋じゃねぇか!相変わらずちっこい……ソッチの方はまた育ったか?」
「おうよっ!今のブラサイズはE65だぞっ!」
E!?Eだと!?その小さな体で!?と男2人がざわつく中、あさみの握るレモネードの缶がひしゃげる音がした。あさみは細かく震える手先を深呼吸で必死に抑えようとして、胸に手を当てて息を吐く。その手を自分の乳房に軽く触れさせたとき、今度はふつふつと湧き上がる何かによってついにレモネードの缶が音を立ててつぶれた。
「!?」
それに気づいた深矩は慌ててあさみをなだめようとするが、泰牙は笑っているだけだった。
「あっはっはっは!相変わらず面白いな、お前ら!だが八百神妹がそろそろ魔神になりそうなんで、その辺にしといてやれよ」
「はーい、って、うわっ!ジュースこぼれてるよあさみん!?」
大慌てで雑巾を取りに行く奥菜であった。
「――さて、そこの少年。津野くんだったか?そろそろ自己紹介しないとな」
「ああ。俺は津野 深矩。あさみのクラスメイトで、奥菜の後輩だ」
「おれは玲楠 泰牙。……って、たぶん俺のことは知ってるよな?」
「……」
「……」
「……へ?」
急に訪れた沈黙。自分のことを知っているかと問われた深矩だが、泰牙のことは全く知らなかった。どこかで見覚えがある気がするのだが、それもどこで見たのかわからない。何か、有名人なのだろうか。
「ひょっとして津野くん、“タイガ玲楠”を知らない!?」
「あー、確かにおれ、昔より太ったしなぁ」
「泰牙さん太ったままでも仕事してるじゃんっ。深矩が無知すぎるんだよっ」
少しだけ落ち込んだ様子の泰牙と、女性陣二人の反応の差が凄かった。抗議の度合いがすさまじい。
「――え?え?何?俺が悪いの?」
「これだからにわかは……いい?津野くん。この人はね“竜人戦記ジオファイターズ”のイエロー、デューン=ロック役も演じた俳優なんだよ!?凄い人なんだよ!?」
――ジ、ジオファイターズだって!?
「That's right、その通りデス!……て言えばわかるか?」
「嘘……だろ!?」
「本当なんだなーっ、ね?びっくりしたでしょ深矩?」
ジオファイターズとマスクトナイツを兼任する人物がいるなど、想定の範囲外だった。
「以後よろしく頼むぜ、津野 深矩!」
「よ、よろしくお願いします」
感想お待ちしております!
「小説家になろう」の仕様上、純粋に低評価をつけるのが難しいので、ダメ出しがあれば「感想」の所にお願いします。
この作品が、事実上僕の初めての小説になるので、アドバイスを頂けたら嬉しいです。




