第九話 「いさみの恋」 その④
「よろずい……」
「こら、“先生”をつけろ“先生”を!」
廃墟に現れた萬井教諭。不良たちを一瞥するも、特に何をする様子もなく、つかつかといさみの方へと歩み寄ってきた。あっけにとられる不良たち。
「おい、ソイツを止めろ」
公太の一声により、ようやく我に返った少年たちは萬井に殴りかかっていった。いさみはぼんやりと曇った思考でそれを眺め、不良たちが萬井に張り倒される未来を予想していた。萬井は空手経験者、しかもいさみの見たところ段位は持っているだろう。あの隙の無さはかじった程度ではないはずだ。
ところが萬井は彼らに手をあげることなく、ただ攻撃を避けるのみ。捌けるところは無理せず捌くのだが、攻撃に転じる様子は一切見せない。それでも力の差は歴然としていた。しまいには殴りかかった勢いを逸らされて、勝手に転ぶ少年も出る始末。動きは違うが、合気道のようだといさみは思った。
結局一度も攻撃を食らうことなく、萬井はいさみの元までたどり着いた。
「ごめんな、探すのに時間がかかってしまったよ」
「……どうして」
萬井は優しい笑顔をいさみに向けると、頭をくしゃくしゃと撫でた。彼は何も言わなかった。学園ドラマのワンシーンみたいに、格好のいいセリフを並べ立てるのでも、説教を垂れるのでもなく、ただ笑っていさみを抱き寄せた。そのままいさみの体をお姫様だっこのように持ち上げ、入り口の方へと踵を返す。
「ちょっと待てよオッサン」
どう見ても公太の方が年上に見えるのだが、いさみの同級生を弟に持っているくらいなので、実年齢はもっと下なのだろう。萬井をオッサン呼ばわりした公太は、言葉の勢いのまま萬井に掴みかかった。
さすがの萬井でも、いさみを抱えた状態では避けることも弾くことも叶わず、襟口を掴まれてしまう。公太は萬井の方へと顔を寄せると目を見開きながら尋ねた。
「どうしてここがわかった」
「学校に匿名で通報があったからだよ。華山の近くの廃墟でうちの生徒が暴行を受けてるってな」
「なにぃ!?」
公太はうろたえた。この近辺には民家はない。万が一拉致の現場を見られていたとしても、その後どこに向かったのかまでは分からないはずだ。つまり、誰かが情報を漏らしたか、後を尾行されるなどの何かしらのミスをしたということになる。当然、疑いの目は不良3人組へ向く。
「……てめぇら」
「ヒィッ!?」
「公太さん、俺らは何もしてないッスよ!誰にも言ってないッス!」
竦みあがる不良たちを鋭い眼光で睨み付ける公太。彼にとっては緊急事態である。
ここに教師がやってきたということは、警察に連絡が行っていないはずがない。極秘のうちに事を済ませようという公太の目論見は潰えたことになる。ここで逃亡したところでそのうち追手に捕まるだろうし、かといって彼の言うところの“もっと上の人間”の手を煩わせるようなことになれば、どのみち未来はない。公太は焦りと苛立ちがピークに達し、顔を大きく歪ませながら、音が聞こえるほど強く歯噛みした。
「それじゃ、おれは行くよ」
萬井がその場を立ち去ろうする。だがその一言が公太の中に溜まったフラストレーションのダムを決壊させ、公太の怒りの矛先がすべて萬井へと向かうきっかけとなってしまう。
「てんめぇえええええええ!!ふざけるなぁあああああああ!!」
掴んだ襟を大きく引き寄せると、渾身の力でボディブローを放った。何度も何度も、執拗に殴りつける。パンチのたびに部屋に響きわたる鈍い音。サンドバックを殴るような乾いた音ではなく、低くくぐもった音だ。左わき腹を打ち付ける拳は、きっと萬井に内臓系のダメージを蓄積させているだろう。
それでも萬井は反撃しない。抱えているいさみを降ろせば、公太など制してしまえるほどの実力はあるはずだ。たとえいさみを抱えたままでも体当たりくらいはできるだろうに。
「萬井……?なんで、攻撃、しないんだよ」
「バカやろう!いくら正当防衛だからって教師が人に暴力振るったら大問題だろうが。」
そう、ドラマや漫画、小説みたいに腕っぷしで悪に立ち向かう教師など……この世には存在しないのだ。体は張れども手出しせず。これは萬井の今後の教師人生のためにも曲げてはいけないことなのだ。
それでも、萬井には信念があった。それこそ小説の中の主人公のような、口に出したら気恥ずかしくなるようなまっすぐな信念が。
「てめぇ、余裕こきやがってぇ!!おい、お前らもやれ!!」
「わ、わかりましたッス!」
ついに子飼いの不良たちも攻撃に加わって、まさにタコ殴り状態になる萬井。いさみをかばうように抱きしめる。包囲されているので身動きもとることが許されず、ひたすら耐えるのみ。
「よ、よろずい……っ!」
萬井は心配そうに見つめるいさみに優しく微笑んだ。
「安心しろ、八百神。おれがお前を守ってやるから。」
途端、いさみの顔が真っ赤に紅潮した。なんてキザな台詞を、なんて平然と言ってしまうのだこの男は。これでは本当に主人公のようではないか。
萬井の腕に抱かれ、彼の体温を感じながら、いさみは憧れにも似た尊敬の念を抱く。まさに、自分があさみに対してこうでありたい、という理想の姿を体現しているようだったからだ。彼の体はまさにいさみを守る鎧のように固く、それでいて腕に込められている力はいさみを傷つけないためだろうか、とても優しい。
(ちくしょう、なんだよ、かっこいいじゃんか!!)
この瞬間、八百神 いさみは――この男に惚れてしまったのだ。
「おい!!やべェよ!!サツが来やがった!?」
しばらくして、サイレンの音が近づいてきたのがわかった。この廃墟まではふもとからの道一本しかない。別ルートから逃げようと思えば、その道を突き進んで山の反対側に抜けるほかない。つまり、この時点でチェックメイトだ。
慌てふためき、萬井への攻撃を辞める不良たち3人。しかし公太だけはすでに事の行き先をわかっていた。逃げ場がないなら、どうすべきかも。
「――せめて、人一人くらい殺っておかないと示しがつかねぇんだよ!!」
公太は落ちていたブロックを掴んだ。萬井の頭へ振り下ろそうと、大きく振りかぶる。こんなものが命中すれば、命はない――!
「 全 員 動 く な !!!! 」
廃墟の入口には警察官が数人。拳銃を構えて、不良たちの動きを止める。公太は警官の方をギラついた眼で睨んだ。彼の口元は、意外にも笑っている。
「へへっ、そんな脅しで俺はとめられねぇぜ!?」
なんと、持っていたコンクリートブロックを萬井の方へ振り下ろした。咄嗟のことで警官たちも一瞬判断に迷い、発砲できなかった。
「破ッ!!!」
「は?」
刹那。萬井はいさみを放り投げて攻撃を避け、渾身の正拳突きを公太にブチこんだ。地面にぶつかったブロックが砕けるのと、公太の体が崩れ落ちるのと、投げられたいさみが放物線を描いて地面に激突するのとは、ほぼ同時だった。
「ぐえ」
思わず変な声が出るいさみ。満身創痍な体に鞭打つような感じだ。
「よろ……ず、い……お前、手は出さないんじゃ……?」
「馬鹿!生徒守るために死ぬのは、なんか、違うだろうが!」
萬井は大きく息を吐くと、いさみの方へ振り返ってしれっと答えた。
「――かっこわる。」
いさみは笑う。腫れあがった顔では、引きつったようにしか見えなくとも、今は笑っていたかった。
17時31分、傷害の容疑で馬場 公太以下4名を現行犯逮捕。こうして事件は無事に一件落着となったのである。後日、容疑は殺人未遂へと切り替えられ、約10か月後の現在、有罪判決を受けた馬場 公太は刑務所にて服役中、不良少年たちは少年院へ送致されている。
◇ ◇ ◇
ある日の午後。よく晴れ渡り、小春日和の陽気を感じさせる昼下がり。戦闘を終えた≪仮面の騎士≫はアジトに帰ってきた。
今回使用したアジトはいつもの街中にある雑居ビルではなく、少し郊外の河川敷にあるプレハブ小屋である。≪騎士≫のアジトは竜都市内に何か所かあり、戦闘後の休息などにはこういう場所も利用する。基本的にどの場所を利用しても不都合が無いように設備は整えられているが、竜都の中心に近い雑居ビルはやはり優先的に使われるのだ。今回は思っていたよりも長期戦になってしまたので、休息も兼ねて小屋に立ち寄った次第。
入口の扉を開けると、日差しによって室内空間も温められていたらしく、もわっとした熱気が襲い掛かってきた。昼間は暑くて、夜は寒いのがこの場所の特徴である。
「こんな場所もあったんだな」
「そうかー、深矩はここ初めてだもんねっ!冷蔵庫ないけどウォーターサーバーならあるよっ!」
後ろに逆立てた黒髪と大きめの瞳が特徴的な少年・津野 深矩と、桃色のポニーテールの少女・千橋 奥菜が最初に部屋に入ってきた。続いていさみやあさみ、緑色の妙な髪形の青年・堀辺 トールがそれに続く。
「あっつぅぅぅ!」
「確かに、ここは暑いね。窓開けようか。」
「ああ!頼むあさみ!」
いさみはあさみにそう依頼すると、簡易ベッドへと倒れ込む。あおむけに姿勢を正して大きく四肢を投げ出した。
「ん~!ベッドがあるのがここの旨味だよな!」
「もうあと何台か用意してくれると助かるのですが」
いさみのすぐ脇に腰かけながら、トール。
「おいこら、オレの場所に勝手に座るんじゃねぇ!」
文句をいういさみは、手をシッシ、と払うようにしてトールを移動させようとする。対するトールは、いさみの頭をぽんぽんと優しくたたいて諫めようとする。その行為がいさみの機嫌を斜めにしたようで……。
「さわんじゃねぇよ、トールのくせに」
「やっぱりボクの扱い悪くないですかね!?」
「まあまあ、いさみの頭を撫でて良いのは先生くらいだからね」
「バッ――それ言うなよあさみ!」
いさみは顔を真っ赤に染め上げながら厳重抗議する。下から上へと染め上がる様子は温度計の目盛りが上昇していくようで、実に見事であった。
「あーもう!暑い暑い!!」
「なんだよいさみ、そんなに暑いか?」
「暑いわ!深矩は戦ってないからこの暑さがわかんねぇんだよ!」
おそらく体が火照っている原因は別の所にもあるのだろうが、いさみはこれを言い訳にしてごまかし切る腹積もりのようだ。シャツをパタパタと仰ぐ。胸元が見えそうなくらい大きく引っ張るので、トールの目線もおのずと胸元の方へと導かれてしまう。それに気づいた奥菜がトールをひっぱたいた。痛そうだった。
深矩だけは一人空気が読め無いようで、不思議そうにその光景を眺める。しかしあまりにもいさみが暑そうにしているので、一言
「そんなに熱いなら脱げばいいじゃん」
と言った。
瞬間、場が凍り付いた気がした。
「……いや、この下何も着てないから脱げねぇよ」
「誰も気にしないと思うぞ?」
「 オ レ が 気にすんだよ!!」
「???」
今度は周りのメンバーがそのやり取りに疑問符をつける。何やら話がかみ合ってい無いようで、トールだけが何か思い至ったかのようにニヤニヤしていた。
「トール、にやけて気持ち悪い」
「まあまあ」
トールは立ち上がると、あさみと奥菜を呼びつけ、その耳元で何やら囁いていた。
「「――ああ!」」
と何かを納得する二人。なるほど、考えてみれば深矩はこのメンバーのことについてほとんど何も聞かされていないに等しい。いさみの生い立ちや事情など把握しているはずがないのである。それにしても、間抜け。深矩は根本的に勘違いをしているのだ。
「え?え?なに、なに?なんか俺変なこと言った!?」
「十分変だろ。もう少し気を使えよ」
「別に男同士なんだからシャツ云々で気ぃ使うことなんてないだろ?」
――刹那。いさみの顔色が変わる。
殺意のオーラを纏ったいさみが、ユラリと立ち上がる。≪騎士≫メンバーの残る全員の、何かを期待するような目つきが一層輝きを増した。言ってしまった、ついに言ってしまった。
「 い っ ぺ ん 死 ん で こォォォォォい!!!」
深矩は天高く蹴り上げられ、星となった。
……というのは比喩表現だが、いさみキックがアゴにクリーンヒットした深矩の目には今、チカチカと星が回っていることは疑いようがないだろう。フラつきながらバランスを失い、簡易ベッドに思いっきりダイブしてしまう。
その際にいさみを巻き込んで押し倒す形になった。深矩の右手に、なにやら柔らかな感触。手のひらにすっぽり収まりそうなくらい小ぶりだが、この感触は、二の腕だろうか、いや、それならば膨らんでいることなどあり得ないわけで。
「いやあああああああああああああああ!!」
いさみは深矩を押しのけて、小屋から出て行ってしまった。これはフォローを入れなければと、奥菜が後を追う。
「津野くん。いさみはね、女の子なんだよ?」
「さきにおしえてくらはい」
◇ ◇ ◇
その日、いさみは珍しく髪をおろしていた。少しだけ、わからない程度に化粧までした。思い切りメイクしなかったのは普段の言動からして明らかに恥ずかしいのと、あまりキツいメイクだと校則に触れてしまうからである。スカートの長さも短すぎず、長すぎず。制服で演出できるかわいらしさのギリギリを攻めたつもりだ。
途中≪デオキメラ≫討伐に出撃しなければならないこともあったが、3連休を潰してまで練習し、今日の朝早くから準備した“成果”を、その手に抱えて校門で待つ。ぜったいに成功させる、そう意気込んでいた。
「おー、八百神。珍しいな、こんな早くから学校に来てるなんて」
「よろずい……せんせい」
校門前に、お目当ての人物が現れた。萬井 竜(28)、華山高校の社会科教諭。人目を惹くほどの長身、さわやかスマイルで優しそうな顔立ちの人物だ。
「えっと……あの……」
顔を真っ赤にして固まってしまういさみ。
(今日こそは、今日こそは伝えるんだ……!)
なぜなら、今日は特別な日なんだから。
「んん?どうした?」
「え、えと、あの!わた――「「 萬 井 せ ん せ ー ー ー !! 」」
いさみと萬井の間を遮るようにして、女子生徒がにわかに集まってきた。校門の前で萬井の姿を見るや否や走り込んできたので、いさみの存在には気づいていないようである。
「ねぇ!せんせー、チョコあげる!」「私のも貰ってーせんせー」
「義理だかんね!お返し期待してるね!」「ウチのは本命!なんつって!」
きゃーきゃーと黄色い声が飛び交う。女子たちに囲まれて身動きもとれず、萬井は苦笑い。いさみは完全に思考停止していた。
「本命とかだったら俺困るぞ? 嫁 さ ん に怒られちまう」
ピキッ
いさみのなかで、何かが壊れる音がした。
「せんせー奥さんからチョコ貰ったのー?」
「いや、チョコレートじゃなくて、娘と一緒にケーキを焼いてくれたんだよ」
娘だとおおおおお!!?
「きゃー!むすめさーん?写真見せて写真ー!」
「ははっ、仕方ないなぁ……って、やべ!職員室行かないと!」
「あ!先生が逃げた!」
女子の集団が去り、その場に一人残されるいさみ。
冬のからっ風が校庭から校門を通って道路へと吹き抜けていった。
「いっぺん……死んでこい……わたし」
2月14日。八百神いさみ、はじめての失恋であった。
テンプレ展開ですが、しっかり伏線は張らせていただきましたよ。
書いてて楽しいですね、こういう話は。




