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探偵の花園 【ミステリー短編集】  作者: 遊川遊
File 1 アドリブの殺人
3/3

真相

 もうすぐ警察が到着する。

 それまでに、もう一人くらい殺せるか?

 いや、欲張らないでおこう。

 三人死んだ。

 それで良しとしよう。

 クローズドサークルを経験させてやった。

 恐怖体験もさせてやった。

 気持ち良く推理するヤツもいた。

 最高の人生経験だ。

 感謝してほしいくらいだ。

 私が味わいたかった。

 でも、いい。

 創造主とは、そういうものだ。

 少なくとも観客ではなかった。

 創った世界を経験できない不幸。

 観客でいる方が幸せだ。

 それでも私は作り手であることを誇りに思う。

 神の気持ちとは、こんなものなのかもしれない。

 あとは消え去るのみ。

 世界には謎だけが残る。

 なぜ殺されたのか?

 どうして自分は生き残ったのか?

 考えれ。

 考えたところで答えは出ないが。

 それが人生だ。

 人生はミステリーそのもの。

 私だけが答えを知っている。

 私が神だからだ。



   ※



「早まるな」


 六人で部屋を訪ねると、真犯人は頭から缶に入ったライターオイルを全身にかけて、今にも火を付けるところだった。


「君には罪を償う責任がある」


 探偵が説得する。


「罪?」


 この期に及んで、真犯人はしらを切った。


「君が犯人だ」

「証拠は?」


 鈴木くんが推理を披露する。


「誰もが自分が犯人でないことは知っている。だけど他人が無実だと証明するのは困難だから、推理をしても壁にぶち当たってしまう。その点、僕は他の人よりも恵まれていて、圧倒的に有利だったんだ」


 運が良かっただけ?


「僕は犯人じゃない。佐藤くんでもない。朝まで一緒にいた神くんとポチ丸くんでもない。同じ理由でちゃむとオロチでもない。だったら龍宮寺くん、君しかいないということになる」


 ライターを手にしたオイルまみれの龍宮寺くんが笑う。


「それだけ? それだけの理由で僕を犯人だって決めつけるの? それは流石に単純すぎないかな? ミステリーなら、他人に読ませる前に、作者が書く前に没にしちゃうよ」


 探偵の鈴木くんが推理する。


「君の言う通り、今回の事件がミステリー小説ならば、不出来な失敗作だろうね。なぜなら計画性に乏しい、偶奇に頼り切ったアドリブ任せの殺人だからだ」


 僕には意味が解らなかったが、龍宮寺くんは黙り込んでしまった。そんな彼に、探偵は追い打ちをかける。


「推理なんて必要なかったんだよ。いくらミステリーマニアが殺人事件にはトリックがあると思い込んで推理をこねくり回したって、トリックというのは、ない時はないんだ。その一方で、それがどんなに信じがたく、天文学的な数字の確率だろうと、この世界に偶然というのは、あるものはある」


 犯人と対峙している僕たち五人の中に理解した者はいないが、犯人の龍宮寺くんだけは真相を見抜かれたかのような驚きの表情を浮かべるのだった。


「灰村さんを殺した早乙女さんが自殺したから、遊川くんを殺した龍宮寺くんも自殺すると考えた。君たち二人は話し合ったわけでもなく、それぞれ単独犯として、同じ日に、同じ理由で、同じ殺害方法を用いて殺人を行った。考えられないような偶然だけど、それが真相だ」


 同じ大学で、同じサークルに入り、コンテストで一次審査を突破した経験を持つ二人。龍宮寺くんは反論するでもなく、なぜか恍惚の表情を浮かべるのだった。


「何もかもが同じだったけど、自殺するタイミングがズレたのは、単純に男女の比率が二つのコテージで異なっていたからだ。遊川くんの死亡推定時刻が判明したことで、早乙女さんは自分が犯人だと見破られると、君より早く気がついたんだ。だから、こうして犯人の自殺を防ぐことができたんだが」


 龍宮寺くんが感情を失ったように呟く。


「探偵は神を超える存在なのか」


 そこで不敵な笑みを浮かべる。


「それは、どうかな?」


 龍宮寺くんの指先が動くのを見たが、僕は動けなかった。探偵が自らの危険を省みずに突進し、タックルを食らわせ、犯人を取り押さえた。それが永遠のようにも、一瞬のようにも感じた。


 それから間もなくして警察が到着し、無事に犯人を引き渡すことができた。その際、龍宮寺くんはあっさりと自分の罪を認めたのだった。



 後日、僕はコテージの持ち主である紫苑千華しおんせんかの自宅へとお詫びに伺った。鈴木太郎として参加していた探偵の花園海翔はなぞのかいとくんと一緒に。


 大金持ちの家に行くので、僕たち二人はシャツにジャケットを着て、手土産を持参して会いに行った。ちなみに僕も佐藤くんではなく、木蔦修きづたしゅうという本物の名前がある。


 正門を抜けると英国式庭園が広がっており、召使いや執事に囲まれた洋館で暮らしているのが千華お嬢様だ。


 裏庭が見えるガラス張りのサロンルームに通されて、三人掛けのテーブル席で花園くんと一緒に紅茶を飲んでいると、ピアノの発表会でもないのにプリンセス・ドレスを着た千華さんが現れた。


 椅子に座ると人払いをして、僕たちの顔を交互に見た。彼女ほど綺麗な女性を他に知らないが、いつも怒られてばかりなので、実はまともに直視したことがなかった。


「この度はご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんでした。また、除雪車を手配してくれたおかげで警察も早く到着することができ、重ねてお礼申し上げます」


 親戚に警察官僚もいるので、長野県警も迅速に対応してくれたのだった。


「花園くんは? 何か言うことはないの?」

「千華のせいで大変な目に遭ったよ」


 彼は誰に対しても同じ態度で接するのでヒヤヒヤしてばかりだ。


「ひどい。私のせいなの?」

「正確には、あのコテージが悪いんだ」

「どういう意味?」


 花園くんが惨劇を振り返る。


「まさに逢魔だ。魔が差したとか、悪魔に取り憑かれるって表現があるだろう? まさに二人の犯人は〝双子山荘〟に呪われたんじゃないかと思ってね。赤の他人同士が示し合わせるわけじゃなく、各々が殺人をしようと思い立って、実行に移したんだ。まるで一卵性の双子が無意識に同じ行動をするようにね」


 そこで探偵が強く首を振る。


「いや、良くないな。そんな話で被害者が納得できるはずもないし、残された遺族にも聞かせられない。いかなる理由があろうとも、人を殺していい理由なんてないからね」


 千華さんが訊く。


「結局のところ犯人の動機は何だったの?」


 これは助手である僕の役目だ。


「事件後に四人のサークルメンバーと話したけど、彼らなりに思い返して反省していた。良かれと思って二人の小説にアドバイスしたけど、いま考えれば、そんな立場になかったとか、偉そうに言っちゃったとか、助言が的外れだったとか、失礼だったし、ペンネームまでバカにして笑ったから、みんな『申し訳なかった』って言ってたよ」


 そこで、知り合った刑事さんから聞いた話も伝えることにした。


「ただ、龍宮寺くん本人は取り調べで一貫して『なんで殺したか自分でも分からない』って話してるそうなんだ。僕は今でも二人が殺人を犯すような人じゃないって信じてるし、花園くんは否定したけど、やっぱり黒魔術をかけられたんじゃないかって思ってる」


 話がオカルトに戻ったので、気になることを尋ねてみる。


「だから花園くんも霊的な何かを感じて、部屋に魔除けのお札を貼ったんじゃないの?」


 探偵が首を振る。


「いや、あれはトラップさ。部屋の地下室を調べたら通路を発見して、もう一つのコテージの使用人部屋にも同じ地下室があったから、繋がってると思ったんだ。そこで部屋に侵入された時に判別できるようにハッチの境目に札を貼ったんだ。工具箱の中にボンドがあったから勝手に拝借した」


 お札が床に落ちていたわけじゃなく、意図的に貼り付けたわけだ。


「そのおかげで俺はアドバンテージを得て、誰よりも先に謎を解くことができたんだよ。別の部屋に泊まってたら、常に秘密の通路の存在が推理を邪魔してしまうからね」


 千華さんが疑問に思う。


「あら、誰も秘密の通路の存在を知らなかったんだから条件は同じじゃなくて?」


 彼女には事件の詳細を全て話してある。


「他の者は単純に聞き込みが足りなかったんだよ。二つのコテージの間には道があったから、犯行後に足跡を消すために雪かきをすれば犯行は一人でも可能だと推理した。でも、俺は二つのコテージは密室で、夜から朝まで往来した者はいないと確信していた」


 ほとんど一緒にいたのに、僕には分からなかった。


「なぜなら、雪だるまに被せたバケツの上に積もった雪と、雪かきした道の積雪量が全く一緒だったからさ。男子棟の殺人が三時半で、女子棟の殺人が一時半以降だったので、犯行後に一本道を雪かきしたら、同じ高さの積雪にはならないと思ったんだ」


 今度は僕が疑問をぶつける。


「でも、遊川くんの死亡推定時刻はパソコンから割り出したけど、灰村さんの場合はオロチの証言だけだよ? 嘘をついてるかもしれないじゃん」


 探偵が説明する。


「そこは正直、推理の外だから拘る必要はない。オロチは朝の行動が不明だったけど、灰村さんの行動の裏付けが取れた時点で遊川くん殺しの容疑が晴れた。そっちの方が重要だった」


 それでも僕は犯人を龍宮寺くんと早乙女さんの二人に絞り込めた理由が分からなかった。どうやら千華さんも同じようだ。


「コテージで殺人が起きたと報せを受けた時、私はてっきりシュウがやったんだと思ったけど、花園くんは疑わなかったの?」


 真顔だから冗談で言ってるとは思えなかった。


「事件当夜は犯行後の四時過ぎまで本を読んでいた。それでは自分のアリバイを証明したことにはならないけど、隣の部屋で眠っているシュウ君の寝息をずっと耳にしていたから、俺にとって彼のアリバイだけは完璧だったんだ」


 恥ずかしいけど、嬉しかった。


「幼なじみの男子コンビが犯人の可能性だってあったでしょう?」


 探偵の花園くんが答える。


「朝会のアリバイ証言に不審な点があったんだ。龍宮寺くんと早乙女さんの二人だけ、遺体を発見した時の感想がなかった。初見の衝撃を語らなかったということは、すでに見ていたからなんじゃないかと思った。二人とも下手な嘘はつかなかったけど、同時に真実も語らなかったんじゃないかってね」


 そこで気がつけるかどうか、それが探偵と助手の分かれ道なのかもしれない。


「今回の事件は偶奇待ちの殺人だ。計画性といえば、凶器を持ち込んだくらいで、あとは全てアドリブだった。だから俺たちが殺されていた可能性もあったんだ。女子棟で自殺があったから、男子棟でも同じことが起きるんじゃないかって、推理自体も偶然を予想したから防ぐことができた。〝双子山荘〟というキーワードがなかったら仮説止まりで、龍宮寺くんまで死なせてただろうな」


 その後の警察の調べで、被害者の爪から加害者のDNAが採取された。さらに凶器となったロープの購入履歴も残っており、有罪は確実だ。それでも探偵がいなかったら、間違いなく犯人の自殺を防ぐことはできなかった。


「自殺を防いだのもそうだけど、コテージを火事から守れたのも良かったね。守ったのは花園くんだけど」


 お嬢様がキッと睨む。


「良くないわよ。あんな気味悪いコテージなんか燃えれば良かったのに。どうせ保険が下りるんだから」


 彼女が参加しなくて良かった。


「ねぇ、二人ともちゃんと感謝してる? 私が急いで警察を呼んであげたから、犯人は慌てて焼身自殺したんでしょう? 一日遅れてたら、夜中に火をつけて、貴方たち死んでたかもしれないんだよ?」


 探偵の花園くんが涼しい顔で言う。


「そもそも、千華お嬢様が決めた三つのルールに殺人を加えておけば、こんなことは起きなかったんですよ?」


 彼女が立ち上がる。


「イテテテテテェ」


 なぜか関係ない僕のホッペをつねるのだった。


「物件の価値を失くした分、二人には死にまで私のために働いてもらいますからね」


 それを予言したかのように新たな事件に巻き込まれるのだが、それはまた別の話。

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