『双子山荘殺人事件』
今夜、人を殺す。こんなにワクワクした気持ちになるのは、小学生の時の遠足以来だった。誰を殺すかは、まだ決めていない。
誰でもいいし、何人でもいい。その場の勢いとノリだけで殺していこうと思う。といっても、九人全員を殺すのは大変なので、途中で断念するかもしれないが、それも自由だ。
アイツらにしても、運が良ければ助かるし、悪ければ最初の被害者となるだけだ。その場合、後の展開を味わえないのは残念だろうが。
すべては私のアドリブ次第。
山岳地域にあるコテージは、まさに陸の孤島。夜から朝にかけての大雪予想で、天然のクローズドサークルが出来上がる。
ミステリー好きのアイツらが殺されるには、うってつけの夜というわけだ。それをリアルに体験させてあげようという、私からのほんのささやかな贈り物。
実際に目の前で殺人が起きた時、偉そうに探偵を語るアイツらがどんな行動をするのか? 見せてもらおうじゃないか。
動機を推理するバカもいるだろう、そんなものなど存在しないのに。こんなことを思いつくのは私くらいだ。
殺人を続けるならば、笑わないように気をつけなければならない。アイツらの中に本物の探偵がいるとは思わないが、凡ミスで台無しにしないように注意は必要だ。
それでもバレそうになったら自殺すると決めているので、楽しみは半減するが、警察に捕まることはない。
それではアドリブの殺人を始めるとしよう。
※
英弘大に通う僕たち十人は、冬休みを利用して、長野県の別荘地の外れにあるコテージに来ていた。
「なんで雪は白いのに白銀世界って云われるか疑問だったけど、目が痛くなるくらい眩しくて輝いているからなんだな」
行きの車中で眠っていた主催者が、手配してもらった送迎車から降りるなり、目をしょぼしょぼさせながら言った。
太陽の白い光が降り注いだ白銀の大地と、雪化粧した白樺林による、幾つもの白を重ねた冬景色の美しさに僕も目を奪われた。
「こんなに天気がいいのに、夜には雪が降るんだから信じられないな」
主催者の幼馴染でもあるサークル仲間が空を見上げながら言った。地元の人の話によると、予想が外れることはなく、夜から朝にかけて膝下まで積もるのではないか、と聞いた。
運転免許を持っている人が多いので自分たちで車を出そうとしたが、雪予報もあり、何より雪道の運転など経験がないので早々に却下された。
そこでコテージの所有者でもある友人に送迎車の手配までしてもらい、二台に分乗して送ってもらったわけだ。ちなみに女子チームの到着は少し遅れるとの連絡が入っていた。
「それより見てよ、まさに理想的なコテージだ」
小説家志望のサークルメンバーが目を輝かしながら満面の笑みを浮かべて、白い吐息と共に感嘆した。みんなで振り返ったが、彼の興奮は収まらなかった。
「人里から離れた場所で、いとも容易く外界と遮断される可能性がある。ここは名作ミステリーの舞台そのものなんだ。僕もこういう舞台設定で本が書きたかったんだ」
彼の言う通りで、このコテージはミステリ・ブームの時代にマニアが建てた別荘だった。それが巡り巡って僕の友人の手に渡り、現在に至った。
しかし当の友人は参加していない。代わりに「大雪予報なのに、アンタって本当にバカだよね。死んでも知らないから」というメッセージをご褒美として受けとった。
「佐藤くん、悪いけど、寒いから早く中に入ろう」
主催者の言葉に急かされるように、鍵を預かっている僕が先頭になって、高床式になっているウッドデッキの階段を上り、玄関へ急ぐことにした。
ちなみに僕の名前は〝佐藤〟ではない。ミステリー小説を書く同士で集まっているので、全員が自作のペンネームで呼び合っているから、僕も適当に合わせただけだ。
さらに付け加えると、僕はサークルのメンバーでもなかった。演劇サークルに所属しており、脚本家探しで主催者と知り合っただけの間柄だ。
「いやぁ、中も最高だよ!」
わざわざノートパソコンを自宅から持ってきた小説家志望の遊川遊くんが謎にガッツポーズをして喜んだ。見た目通り虚弱なのか、車酔いしてぐったりしていたのに、少しだけ覇気が戻っていた。
でも彼の気持ちも分かる。玄関からリビングに行くと、床、壁、天井と、全面が木目調になっており、まるで西洋の絵本の中に飛び込んだ気持ちになったからだ。
それでいて金持ちの道楽で建てた家なので、調度品は清潔で現代的だった。凝ったデザインの薪ストーブや、革張りのソファーや、高そうな硝子テーブルなど。その上には既にお菓子が用意されていた。
続き部屋のダイニングキッチンも新築のようにピカピカで、冷蔵庫の中には食料品がびっしりと詰まっていた。
普段は防犯のために空き家同然なのだが、友人が僕たちのために前日までに十人分の寝具など手配してくれたのだった。
しかもコテージは二階も含めて五部屋しかないので、五十メートル離れた場所にある同型のコテージまで使わせてもらえた。
友人の彼女との約束は三つだけ。お酒を飲まないこと。電子も含めてタバコを吸わないこと。セックスをしないこと。だから男女別々で泊まれるように二棟も貸してくれたわけだ。
女子チームの四人はそちらのコテージに荷物を置いてから、僕たちと合流する予定だった。
男子チームは六人だが、先発した五人で部屋割を決めることにした。荷物を持ったまま玄関ホールに戻って二階へ上がったが、階段に使われている木材も高級で踏み心地の良さを感じた。
二階にもトイレと洗面所があり、二人部屋が二つと一人部屋が二つあった。南側にある二つの二人部屋はバルコニーで繋がっていた。
「俺はここがいいな」
今回の体験イベントを主催した神真一郎は、ダブルベッドがある広い二人部屋を希望した。熊みたいに身体が大きい髭モジャの大男なので誰からも異論はなかった。
「じゃあ、僕は神くんの隣にするよ」
愛嬌のある可愛らしい顔をしたポチ丸も南側の部屋を希望した。小型犬のように小さい身体なのでダブルベッドである必要はないのだが、幼馴染でもある代表とは二個一の関係なので、これにも異論はなかった。
「僕はトイレの隣の部屋でいいや」
目の下のクマが気になる虚弱体質の遊川遊が、東側の1人部屋に入って荷物を置きに行った。この日も顔色が悪かったけど、本人にとってはいつも通りの体調らしい。
「俺も二階の方が良さそうだけど、どうする? 一階でも構わないけど」
メガネを掛けたフツメンだけど、ルックスに自信がなさそうな龍宮寺礼が、わざわざ初対面の僕に気を遣ってくれた。
「じゃあ、僕は管理人としての仕事もあるし、一階の客室を使うよ」
そう言うと、返事もせずに廊下の奥にある西側の部屋に入って行くのだった。寡黙で口数が少なく、とっつきにくい印象ではあった。
それから一階の客室で荷解きをした後、薪ストーブに火をつけて、ダイニングであたたかい飲み物を用意した。
ティーポットで紅茶を淹れたことがないので戸惑ったけど、適当にミルクとレモンスライスを用意してリビングへ運んだ。
すでに四人は普段着で寛いでおり、四人掛けのL字型ソファーに腰を下ろして、ストーブに当たりながらミステリー談義に興じていた。僕もキッチンから椅子を持ってきて、彼らの話に参加した。
コンテストへの応募やWeb小説の投稿をコツコツと続けている遊川くんが言う。
「世界的に最も成功したミステリーはシャーロック・ホームズで間違いない。じゃあ日本で一番成功したミステリーは何かっていうと、『名探偵コナン』なんだ。連載期間やブームの長さ、メディア・ミックスの実績など、ハッキリ言って、次元が違う」
これにはサークルの代表でもある神くんも同意する。
「間違いない。充分に評価されてきたけど、現役が故に、まだまだ過小評価されているくらいだ。アベンジャーズをぶっ倒したってだけで、史上最高のミステリー作品だって言ってもいいくらいだ」
コナン映画を何周もしているポチ丸も賛同する。
「面白いよね。たまに難しく感じる話もあるんだけど、描き切る勇気がスゴイ。これってサイド・ストリーだろって話もメインに持ってくるんだ。作品世界の構築が異常だよ」
高校時代、十代でありながらコンテストの一次審査を突破した龍宮寺くんがぼそっと呟く。
「『コナン』から学べることは沢山ある」
その話に乗っかる遊川くんだが、先程から新顔の僕に対して訴えている感じだ。
「まずキャラクターの造形が素晴らしい。長期連載なのに新キャラが魅力的なんだ。見た目の描き分けはもちろん、役割や特殊能力の差別化が天才的だよ。ミステリーに能力バトルを持ち込んだ時点で勝ちなんだ」
ティーカップにミルクをドバドバ入れる遊川くんの講義は止まらない。
「ミステリー作家を志す者が一番に学ばなければいけないのが、事件の作り方というか、解決のさせ方というか、謎の見せ方なんだ。科学捜査の進歩で推理ジャンルは死にかけたけど、警察が捜査すれば解決する事件を、本格捜査する前に解くことでドラマを成立させてるんだ。探偵を事件に介入させるタイミングの出し入れが抜群に巧いんだよ」
称賛が止まらない。
「それと少年探偵団の存在も重要だ。コナンたちが小学生だから、警察ができないような違法捜査でヒントや証拠を見つけることができるんだ。フィクションだと割り切る気持ちって、実は作者自らがブレーキを掛けてるんじゃないかって、コナンを観てて思うんだ。現実とフィクションを混同してるのって、この僕じゃないかってさ」
僕としても演劇サークルに属しているので埒外の話ではなかった。そこで遊川くんがほぼミルクの紅茶を飲みながら悩みを吐露する。
「『コナン』が漫画だからこそ、小説にはチャンスがある、と言いたいところだけど、それが難しくてさ。漫画では表現できないことなんて山ほどありそうなのに、さっぱり思いつかないんだ」
レモンを紅茶に入れず、そのまま皮ごと口に放り込む神くんも似たような感じだ。
「俺の場合は、それ以前に単純なトリックも思いつかねぇ。いいアイディアが浮かんだと思っても、過去に先例があるんだよ。そこでガッカリして手が止まっちまう。あれは、どうにかならないものかね」
ティーセットが高級だと理解している龍宮寺くんがカップを丁寧に扱い、上品に口を付けながらアドバイスを送る。
「遊川くんが言ったように、それこそ〝見せ方〟を変えればいいんだ。ほんのちょっとの新奇性があればオリジナルに昇華できる」
紅茶に手を付けず、自前の炭酸飲料をチビチビ飲んでいるポチ丸が相談する。
「僕の場合は、みんな読んだことがあるから知ってると思うけど、魅力的な探偵を書くのが苦手なんだ。自分で書いておきながら、つまらないと思ってしまう。いっそのこと殺してやろうかって思うほどだよ」
遊川くんだけが笑った。
「それ、いいじゃん。実際に書いてみたら? 面白いかもよ」
ポチ丸も「なるほどね」と、まんざらでもない様子だった。
しかし、遊川くんはすぐに笑顔を引っ込めて神妙な顔つきで語り出す。
「実際のところ、現代のミステリー界にとって探偵問題は深刻なところまできている。原因は、圧倒的なスターが不足していることなんだ。コナンや金田一少年、古畑任三郎や杉下右京など、国民的な探偵や刑事は二十世紀に生まれているからね」
その四人は、テレビをあまり観ない僕でも知っているキャラクターだ。
「二十一世紀になってから四半世紀も経つというのに、プロの推理作家は何をしていたんだ? 東野先生や東川先生くらいじゃないか、探偵小説におけるスターの重要性を理解していたのは。アマチュア作家の僕が偉そうに言えることじゃないんだけどさ」
ミステリーが好きだからこそ忸怩たる思いがあるのだろう、悲壮感を漂わせる表情から遊川くんのやるせない気持ちが伝わった。
先発隊から遅れること一時間、ようやく女子チームが隣のコテージに到着したとの連絡が入った。荷物を下ろしたら僕たちのいる男子棟で合流する予定だ。
目的地への到着を優先したので、どこにも寄らなかったから全員お腹が空いている状態だった。そこで管理人の仕事を任された僕がキッチンで十人分の遅い昼食を作ることにしたのだが、初めての経験なので難儀した。
「手伝おうか」
到着したばかりの鈴木太郎くんが、長距離移動した後にも拘らず、疲れた顔一つ見せずに申し出るのだった。同性の僕から見ても美しい男。
そんな彼がキッチン周りを観察し、冷蔵庫を開けて一瞥し、僕を見て微笑んだ。
「食材を用意してくれた友人は、食糧を用意してくれただけじゃなく、三日分の献立まで考えてくれたんだ。帰ってからも、お礼を言わないとね」
僕の目には、冷蔵庫に適当に食材がぶち込まれただけのように見えるが、この美しい2.5次元の男には違って見えるらしい。
「鈴木く~ん、いた」
「ウチらも手伝うよ」
女子チームのちゃむとオロチが来て、四人で一緒に昼食づくりすることになった。僕一人なら絶対に手伝うことはなかっただろう。
そもそも今回のクローズドサークル体験イベントは、僕が神代表に面白い陸の孤島があると紹介して、そこで遊川くんが企画を立案したものの、小説サークルの女子四人は乗り気じゃなかったので、幹事の代表に頼まれて、僕が学内一のイケメンである鈴木くんを誘って、それならばと女子が参加を決めたという経緯がある。
子供の頃から〝友だち百人できるかな〟を実践している僕ありきのイベントだけど、おいしいところは全部他の人たちに奪われるのが常だった。
初日の遅い昼食は、洗い物の手間を省くため、大皿に盛られたサンドイッチや片手で食べられるホットドッグがメインだった。冷凍のポテトフライも備蓄されており、ジャンクフード好きの僕たちの好みまで考えてくれた友人に心から感謝した。
キッチンにあるテーブルを椅子ごと運んで、リビングに並べ直してから十人全員で食事をした。女子四人がソファーテーブルに着いて、男子六人はテーブル席に着いた。
「鈴木くんが作ったサンドイッチおいしい」
地元の高級な信州ハムを使ってるのが美味しさの秘訣だが、余計なことは言わないことにした。
ちゃむは子供っぽい見た目をしているけど、弁論サークルも掛け持ちしているジャーナリスト志望なので、反論されるのがオチだからだ。
「ホットドッグもうまいって」
ホラー好きのオロチがカブリつきながら言った。普段はメタルファッションを好むが、今日は黒に統一しているだけで、化粧も控え目だった。
ちゃむとオロチの二人は遊川くんの創作仲間で、三人は高校時代に生徒会で知り合った間柄だと聞いている。
神代表とポチ丸と遊川くんとちゃむとオロチの五人は、昼食を食べ終えるとすぐに「そこら辺を散策してくる」と言い出し、防寒着に袖を通してコテージを飛び出して行った。
鈴木くんと僕で後片付けをしていたところ、「手伝います」と言ってキッチンに来てくれたのが早乙女夢と灰村聡の二人だった。
「ごちそうさまでした」
早乙女さんだけが料理をした僕たちに感謝の気持ちを伝えてくれた。才女という言葉がしっくりくる賢そうな見た目だけではなく、彼女もコンテストで一次審査を通過した実績があった。
「おいしかったです」
ティーカップを丁寧に拭きながら、灰村さんが感想を口にした。男みたいなペンネームだけど、メガネを掛けた本好きの女の子。投稿した小説は伸びないけど、書評は確かだと代表が言っていた。
それから女子二人が夕食まで自分の部屋にいると言うので、僕はもう一つのコテージを見学するため一緒に行くことにした。
男子二人を誘ってみたが、鈴木くんは了承したけど、龍宮寺くんは遠慮したので、四人で女子棟に行った。
「まるで双子のコテージだ」
それが僕の印象だった。五十メートルだから目と鼻の先にあるような距離でしかないが、慣れない雪道なので一歩進むだけでも怖かった。
「ミラーツインズではないけどね」
鈴木くんの言う通り、厳密には鏡で反転させたようなシンメトリーにはなっていない。ドアノブが左右で違うとか、そこまで変わった設計ではなかった。
「ほんとに中まで一緒だ」
心の声を口に出してしまうのが僕のクセ。リビングに入ると内部構造まで男子棟と同じだったので驚いてしまった。
「これで調度品も一緒なら、自分がどっちにいるのか分からなくなりますね」
灰村さんの言う通り、今回は男子棟に生活物資やスコップなどが用意されていたので間違うことはないが、意図的に同じ調度品を置かれたら錯覚してもおかしくはなかった。
「少し疲れたので、夕飯まで休ませてもらいます」
体調が悪そうな早乙女さんが自室へと引き上げた。
ちなみに女子チームの部屋割だが、四人とも二階に泊まることになり、ちゃむとオロチの仲良しコンビが二つあるダブルベッドの部屋を占拠して、灰村さんがトイレの横で、早乙女さんが廊下の突き当たりにある部屋になったそうだ。
「じゃあ、私も一度部屋に戻ります」
鈴木くんが一階を見回りに行ったタイミングで僕と二人きりになったので、気まずく感じたのか、灰村さんも自室へと戻ってしまった。
「ミステリーマニアが建てたというのも納得だ」
それが双子のコテージを見学し終わった鈴木くんの感想だった。
男子棟に戻ろうと外に出ると、雪が降っていた。白くて大きな羽根のようで、それが空から大軍となって襲い掛かってきているような怖さを感じた。
怖がる僕の横で鈴木くんは、降り注ぐ雪と無邪気に触れ合って戯れるものだから、いつの間にか不安がどこかへ行ってしまった。
夕食は調理の手間を省くために用意されていた冷凍カレーを流水で半解凍して、信州牛を加えてから煮込んで、美味しく頂いた。
それから食後に干し柿と紅茶を用意して、サークル旅行のメイン・イベントでもあるミステリーを語らう夜会が開かれた。
リビングの配置換えをして、薪ストーブの両サイドに二人掛けのソファー席を設けて、正面にキッチンテーブルを横に繋げて六人の横並び席を作り、十人で半円を描く形で席に着いた。
並びはソファー席にちゃむとオロチ、テーブル席に遊川、ポチ丸、神代表、僕、鈴木、龍宮寺の順で座り、ソファー席に灰村と早乙女が座った。
暖色のシャンデリアライトがウッドデザインの室内空間と調和して、僕たちを橙に染め上げていた。まるで大樹の中で焚き火しているかのような感覚になる。
「さて、それでは殺人計画について、みんなで話し合おう──」
進行は神代表が務める。
「──まずは仮のタイトルを決めるとしよう」
真っ先に意見したのがポチ丸くん。
「『双子山荘殺人事件』というのは、どうかな?」
「なんか、おぢ臭くない?」
オロチが間髪入れずに否定した。
「否定するなら代替案を出してよ、そういう決まりでしょ」
副代表のポチ丸がルールを明示した。
オロチに隙はなかった。
「『ロックド・ロッジ・ロジック』は?」
「ロッジじゃなくて、コテージだからダメ」
「じゃあ『ヴィンテージ・コテージ・ランペイジ』は?」
「意味不明だよ」
どうやらオロチは韻を踏むことにハマっているようだ。他にも案は出たが、『名探偵コナン』のクラシック時代のような趣があるということで、最初のポチ丸案に決まった。
神代表が進行する。
「人数は、ここにいる俺たちと同じ十人でいいだろう。宝石強盗の犯人が逃げているという定番のネタもありだが、別荘荒らしが真犯人だったっていうオチだけは絶対に止めよう。そういうのは醒める」
灰村さんが意見する。
「吹雪の中の〝招かれざる客〟といえば我孫子武丸さんの傑作推理がありますが、あれを超えるのは不可能なので、十人で勝負した方がいいと思います」
神代表が進行する。
「さて、肝心のトリックだが、どうしたものか? 双子山荘だから、それを活かしたギミックである必要がある。といっても容疑者には鉄壁のアリバイがあって、結局は誰も知らない双子の一人が犯人だった、っていうのは醒めるし、難しいよな」
早くも場が膠着したが、こういう時に議論を引っ張ってくれるのがちゃむだった。
「コテージの外観も屋内も全部一緒なんだから、犯人が他の登場人物に事実誤認させる方法は幾らでもあると思うの。Aコテージだと思っていたらBコテージだったとか。読者にもコテージが一つだと思わせればいいんだよ」
神代表が意見する。
「それだとコテージは双子でした、っていうオチになるから、結局は双子の犯人と変わらない。それでも叙述トリックは有効だと思うけどな」
ちゃむが反論する。
「でも単純な物理トリックや密室トリックだと、山荘が双子である必然性がなくなるよ? このコテージってミステリーマニアが建てたっていうけど、その意図が分からない」
新本格ミステリのブームを生み出した綾辻行人の作品に登場した架空の建築家に憧れて建てたらしいが、僕も目的や意図までは聞いていなかった。
そこでコンテストの一次審査をクリアした経験を持つ龍宮寺くんが提案する。
「まずは物語の骨子、つまりミステリーの背骨でもある犯行の動機から決めた方がいいんじゃないかな。犯人がどれほど被害者を恨んでいるか、その度合いによって殺害方法が変わってくると思うんだ」
同じく一次審査をクリアした早乙女さんが同意する。
「そうですね。犯人がトリックを用いて周囲を欺くということは、殺したい相手が複数いるからで、皆殺しにしたいなら全てのグラスに毒を入れればいい。クローズドサークルでありながらホワイダニットに焦点を当てるのは面白いかもしれません」
灰村さんが捕捉する。
「金田一少年の『電脳山荘殺人事件』は傑作中の傑作でした」
ミステリー好きは、生まれる前の作品までしっかり読んでいるから敬服する。僕にはない嗜好性の持ち主だ。
遊川くんが話を広げる。
「ミステリーの華って、なんといっても殺害状況だよね。いかに不可解な状態で死体が発見されるか、そこに懸かっているんだ。僕なんか怖がりのクセにミステリーが好きだから、本を読んでるだけでチビりそうになる──」
そこで思い出す。
「──ここのコテージって自然光を取り入れているから、夜になると怖いんだよ。特に二階の廊下はランプが一つだけだろう? あれが無かったら真っ暗で階段から落ちて、犯人のいない殺人事件の出来上がりだ」
文学少女の灰村さんも同意する。
「私も夜中にトイレに行きたくなったら怖いと思って、隣の客室を選びました。トイレの電気も消してきましたけど、夜中は点けっぱなしでもいいですよね? 大学生にもなってこんなこと言うのも恥かしいんですけど」
遊川くんが夢想する。
「僕もトイレが近いからそうしよう。部屋に犯人が訪ねてきて襲われるなら、それほど怖くない。でも夜中のトイレはダメだ。オバケというか、幽霊だと思っちゃうから、ダイイングメッセージも残せないだろうな。その代わり失禁するから、相当情けない死に方になると思う」
神代表が話を広げる。
「ここのコテージは金持ちが建てたから部屋の防音がしっかりしてるんだよな。夜中に犯人が訪ねてきても、他の客室からは聞こえないから、犯行はやりやすいぞ」
ポチ丸が捕捉する。
「ドアも合鍵がないと開けられないもんね。殺人が起きて籠城されたら、警察が来るまで手出しできないから第二の犯行を計画的に行えない可能性がある。一日か二日なら水と食料さえあれば、トイレだって何とかなりそうだし」
ちゃむが僕の方を見る。
「ここの鍵は佐藤くんが管理してるんだよね?」
女子棟の鍵を鈴木くんに預けてたけど、今は僕が全ての鍵を保管している。
「うん。男女で分かれてるし、〝招かれざる客〟なんていないから鍵は不要だけど」
「そんなこと言って、襲いに来たりして」
「しないよ、絶対に」
ドーテー丸出しの僕をからかって遊んでいる感じだ。
「襲いにきたら褒めてあげるけどね」
オロチの言葉は冗談か本気か分からなかった。
ちゃむが僕の隣にいる美男子を見る。
「鈴木くんは、いつでも遊びに来てね」
「じゃあ、僕も待ってるよ」
「え?」
ノリで言ったつもりのちゃむだったが、鈴木くんが真顔で言うものだから虚をつかれた感じだ。頬が赤らんだように見えるけど、部屋の中がオレンジ色なのでハッキリとは分からなかった。
それから夜の十時過ぎまで『双子山荘殺人事件』について話し合ったが、その間に干し柿に手を付けたのは僕と鈴木くんの二人だけで、他の人たちはコンビニで買ってきたチョコレートやスナック菓子ばかり食べていた。
女子チームを見送るために外に出たのだが、すでに膝下の半分まで雪が積もっていた。そこで明日のことも考えて、女子棟の玄関口まで雪かきをして一本道を作った。
鈴木くんも手伝いを申し出てくれたので体力が削られることもなかった。彼は一人で子供のように雪だるまも作っていたので無駄な体力を消費したけど。
その間に男子チームの四人にお風呂に入ってもらっていたので、丁度いいタイミングで汗を流すことができた。
鈴木くんは「最後でいい」と言っていたので、お風呂を出てから彼の部屋に行った。僕たちが泊まるのは使用人や調理人のために用意された部屋で、二階の客室よりも質素だった。
「鈴木くん」
声を掛けると、すぐに顔を出した。
「わざわざ、ありがとう」
知り合って半年くらいで、勝手に友だちと呼んでいいのか分からない関係だけど、彼の丁寧な言葉や気遣いがとても心地よく感じた。
「お風呂場や洗面所にあるものは自由に使っていいみたいだよ」
「うん。そうさせてもらうよ」
彼と同じシャンプーやボディソープを使って同じ匂いになれることに、ちょっとだけ嬉しく感じた。
「お風呂上りの飲み物も冷蔵庫に用意してあるから」
「うん。ありがとう」
「僕の部屋よりも狭いけど、大丈夫? 代わろうか?」
「いや。問題ないよ」
「それなら良かった」
「こっちは地下室もあるから、むしろ広いくらいさ」
床を見ると、僕の部屋にはないハッチがあった。
「わざわざ使う必要はないけどね」
どうでもいいけど、クローゼットの扉に手製のお札が貼ってあったのが気になった。床にも落ちているし、案外とオカルトを信じるタイプなんだと意外に感じた。
「風邪を引かないようにね」
そこで湯冷めしないように僕のことを気遣ってくれたので、「おやすみ」の挨拶を交わしてから隣の部屋に戻った。
かっこいい人は朝から晩までかっこいい、などと考えているうちに鈴木くんが自室へ戻ってきたのが分かった。使用人部屋のせいか、壁が薄いので生活音が丸聞こえだ。
電気を消して、眠ろうとベッドに入ったけど、隣から本のページをめくる音が聞こえてきたので、僕も持参した本を読もうとしたけど、睡魔に打ち勝つことはできなかった。
こうして僕たちのイベント初日が終わった。
※
いよいよ『アドリブ殺人』の本番が始まる。誰が最初の犠牲者になるのか誰にも分からない、究極のミステリーだ。
第一の殺人は全員が寝静まるのを待ってからにした。焦る必要もないので、深夜二時を回ってから部屋を出ることにした。
出た瞬間に鉢合わせするような偶然が起こったら、こちらも偶然を装えばいいだけの話だが、そんな心配は無用だった。
コテージの中は静寂そのもので、床も軋まないから、靴を脱げば音を立てずに自由に移動ができる。
計画は立てていないので、これから自分が何をすべきかも分かっていないが、凶器となる首絞め用のロープだけは用意していた。
刃物は返り血の心配があるし、鈍器だと上手く殴打して絶命させることができるか自信がなかったので、最初の一人だけは絞殺と決めていた。
階段の中腹で腰を下ろして、しばらく考えた。どこで待ち伏せするのが一番安全か。最初の殺人なので、より確実に殺せる場所を選びたい。
全員が共通して利用するのはトイレのある洗面所だが、最も成功率が高いのは二階なので、そちらに移動した。
静かにドアを開けて、音を立てずに閉める。鍵は掛けないでおく。洗面台とトイレの間に仕切りはないので、一体型の個室トイレという扱いだ。
トイレもウッドデザインを基調としており、見るからにオシャレだった。高級な棺桶だと思えば、贅沢な死に方だと言える。
ランプの証明が強すぎるので、一つだけ残して全て消した。入ってくる時に違和感を抱くが、真っ暗ではないので不審に思うことはないだろう。
こうしている間にも誰かが入ってくる可能性がある。そのドキドキとワクワクがアドリブ殺人の醍醐味でもあった。
出入り口の横が死角になっているので、そこで待機しているのだが、朝まで誰も来ない可能性もある。
その点は大変だけど、謎を解く探偵にとっても悩みの種となるだろう。無差別殺人にしても効率が悪いので大いに迷わせるに違いない。
その時は、突然やってきた。
ドアが開いた瞬間、心臓が激しく脈打つ。
全力で走ったかのように息が苦しい。
それでも呼吸はしない。
背後を取るのは簡単だった。
そこからは練習通り。
ロープを首に巻き付ける。
そこで一気に締め上げた。
相手がパニックを起こしてる。
洗面所の鏡越しに目が合った。
見てる、見てる。
その歪んだ顔。
傑作だった。
崩れ落ちる様も滑稽だ。
それでも弛めない。
床に倒れようが締め続ける。
死体なのに失禁しているので笑いそうになった。
確かな快感。
達成感。
この世から人間を消した。
これこそ神のみぞ成せる業。
わたしは神になった。
死神という名の神様に。




