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泥沼の観客

世界の寿命は、残り三時間だった。

 勝者が誰であろうと、この地が、そして世界そのものが完全に崩壊し、塵に還るという結末は変えられない。そんな終わりの決まった戦場で、ロムは崩れ落ちた城壁の容赦ない瓦礫の隙間に身を潜めていた。

「くそっ……」

 ロムは小さく毒づき、己の右足に手を置いた。じわじわとズキつく鋭い痛みが、脳の裏側を焼き続けている。味方のコピーに不意を突かれて刻まれたその傷は深く、まともなステップを踏むことすら拒絶していた。

 だが、ロムの瞳から光は消えていない。むしろ、冷徹なまでの光を宿し、瓦礫の隙間から「それ」を凝視していた。

 目の前の広場で繰り広げられているのは、文字通りの地獄絵図だった。

 金属のぶつかり合う悍ましい轟音。肉が裂け、血が飛び散る生々しい音。

 そこにいるのは、三人。いや、三体と言うべきか。

「オオオオオッ!」

 咆哮を上げ、妖精の大魔剣をがむしゃらに振り回しているのは、ルードの姿をした偽物――ルードコピーだ。魔法無効の鎧という強固な防御に守られてはいるものの、その動きには明らかな焦りと激しい疲弊が見て取れる。大剣の軌道は荒く、スタミナはジリジリと限界に近づいていた。

 その大振りの隙を突き、嫌らしく長槍の穂先を突き出しているのは、右腕を根元から失った隻腕の槍使いだ。左手一本で槍を操るという圧倒的なハンデを背負いながらも、その身のこなしは異常なまでに素早く、底意地が悪い。ルードコピーの不意打ちで負傷した傷口から血を流しながらも、致命傷を避けつつ他の二人の肉を削り取ろうと狙っている。

 そして――そこに、もう一体の化け物が飛び込んだ。

「ハハッ、死ねよ偽物どもがァ!」

 青と赤の短剣をギラつかせ、超至近距離の乱戦に割り込んだのは、他でもないロム自身の偽物――ロムコピーだった。

 「俺が本物だ」という歪んだプライドと、ブレーキの壊れた破壊衝動のままに短剣を振るうその姿は狂気そのものだ。だが、そのロムコピーの右目は黒く潰れ、血が流れ落ちていた。右側が完全な死角になっている。

 大剣、長槍、短剣。

 それぞれが致命的なハンデと疲弊を抱えた三人による、仲間意識など一ミリも存在しない、泥沼の三つ巴。

(全員、ボロボロだ……)

 ロムは息を潜め、その狂態をただ冷徹に観察していた。

 ロムコピーが仕掛ける暗殺術の癖、隻腕の槍使いの間合い、ルードコピーの疲弊具合。安全圏という特等席から、それらすべての情報をタダで脳内に叩き込んでいく。

 もし、ここで感情に任せて飛び出せば、右足を負傷した自分など一瞬で三つ巴の肉泥に変わるだろう。世界はあと三時間で終わる。勝っても何も残らない。

 だが――だからこそ、ロムの胸の奥には静かな炎が灯っていた。

(こんな出来損ないの偽物どもに殺されて、終わりを迎えてたまるか)

 勝って世界を救う、などという大層な希望はない。しかし、本物のルード――自分の知っている、あの少し抜けたところのある、だが頼れる最高の戦友と共に、最後まで生き残る。人間の尊厳を持ったまま、この世界の最期を迎えてやる。それだけが、今のロムを突き動かす絶対的な檻だった。

 コピーたちが互いの足を引っ張り合い、体力をドブに捨ててすり潰し合っていく。彼らが消耗すればするほど、後々ロムが動く際のリスクは減る。

「しばらく、様子を見る……」

 ロムは短剣の柄を握る手に微かに力を込め、再び深く息を殺した。

 地獄のカウントダウンが響く戦場で、本物の狩人は、静かに牙を研ぎ続ける。



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