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死ぬまで生きてやる  作者: 楸 椿榎
第二章 オレと私
9/11

冬が二人の分かれ道

 その日は朝から(くも)りだった。


「この辺りも()(しろ)になったわね」

「昨日えらく降ってたからな」

綺麗(きれい)……ねぇ、私とどっちが綺麗?」

「うるせ」


 昨日から降り続いた雪の中を、二人して歩く。

 リィンは片手に(つえ)(たずさ)えていた。体の支えとする様に、一歩一歩、突きつつ歩いている。


「あなたともだいぶ長くなったわね」

「そりゃ10回も冬を越えてりゃ長いわな」

「もうそんなに経ってたのね」

「お前からすりゃ『その程度』じゃねえの?」

「いいえ、そんなことないわ。この十年は格別だったもの」

「格別ねぇ」

「えぇ。対等な相手がこんなに長く隣にいてくれたことはなかったわ」

「そりゃ良うござんしたね」

「えぇ」

「……なんだよ、今日はえらく素直じゃねえか」

「そうかしら? 最近疲れやすくなってきたから、(あお)る体力もなくなってきたかもしれないわ」

「何を抜かしやがる。まだまだ生きられんだろ、不老不死なんだから」

「あら、あなたは私に早く死んでほしいんじゃなかったかしら?」

「言ったそばから挑発してくんじゃねえよ!」

「あははっ」


 何気ないやりとり。バカみたいだと思いながらキョウとリィンは歩いていく。


「ちょっと休憩(きゅうけい)しましょう。あの木の下とか」

「ん? まあいいけど」


 リィンをかばいながら(こし)を下ろすキョウ。

 リィンは上を、というより背にしている木を見上げている。


「ここ、どこだかわかる?」

「は? ……どこだ?」

「あなたが死にかけた場所」


 そう。ハックベルに追い()められて、危うくキョウが死にかけたのが、この場所だった。


「なんでそんな因果(いんが)なところに」

「あなたはここで命を拾い、そして私はここで落とすから」

「……は?」

「あなたも薄々わかってるんでしょ?」

「……」


 リィンの優しげな眼差(まなざ)しが痛くて、キョウは目を()らす。


「私がここまで来れたのもあなたのおかげ。約束は最後まで果たしてね」

「……なんで」

「?」

「なんでそんな平気そうなんだよ。もう死ぬんだぞ?」

「わかってるでしょ。私は生き過ぎたの。だからこれからにワクワクしてるのよ」

「死の先に何があるか、何もないかもわからないのに?」

「ええ、だからこそじゃない」

「……そうかよ」


 キョウは触れあっている指先に意識を集中させる。

 リィンから感じられていた畏怖(いふ)を覚えるほどの生命力は、すでに手のひらに収まるほどの大きさに感じられた。

 (にぎ)ってしまえば、壊れてしまいそうなほど、(もろ)い光。

 これを握り(つぶ)せば、全てが終わる。


「ねぇ、どうしたの?」


 リィンはそよ風ほどの声で(たず)ねる。

 キョウは硬直(こうちょく)したまま動かない。


「……やっぱり、できない」

「なぜ?」

「知るか」

「あなたは約束したじゃない。絶対殺してくれるって」

「ああ」

「なら、なんで止めるの? もうすぐそこなのよ?」

「知らねえって!」


 すがりついてくるリィンを突き放す。

 リィンが驚いたことに、キョウ自身も驚いた。自分の行動を認識してしまうと、いたたまれなくなってその場を逃げ出した。


───*───*───


 逃げ出したキョウの前に、ハックベルが姿を現した。

 キョウの周りには、以前と同じ様に黒いモヤが体に(まと)わりつくようにむらがっている。

 リィンにもらった服は、(ちり)と消えた。


「キョウ、あなたが彼女から離れる意味、理解していますか?」

「うるせえな、一旦別行動してるだけだ」

「だとしてもです。あなたは十分に危険な対象なんですよ」

「だから何だ。あいつがオレにとって危険だったからオレは逃げてるだけだ」

「さて、どのように危険なのか証明してください。そうすれば、私の方から手を下します」

「……は?」


 ハックベルの言葉に一瞬ぽかんとする。

 言っている言葉の意味がわからない。というより、前に聞いたことと違う。


「お前ら、あいつを殺せないはずじゃ……」

「そうですね、全盛期(ぜんせいき)の彼女なら。ですが今は生命力の限界が見えている。限りなく残酷(ざんこく)な方法を使うことになるでしょうが、あの程度であれば我々でも殺せない対象ではない」

「そんな勝手なことを……!」

「あなた方の存在以上に勝手なことがありますか?」


 言い返せず、言葉に詰まる。

 こちらの行動を見てか、ハックベルは一礼してきた。


「すみません、言葉が過ぎました。しかしあなた方が存在するために、悲運を辿(たど)った方々がいることは事実として考えていただく必要があります」


 言われて、自分が殺してきた人たちのことを思い出す。

 最初、無意識に殺した村の人たちだけじゃない。道中で、どうしても衝動(しょうどう)(おさ)えきれなくなって手にかけた人たちもいたのだ。人だけじゃない。木々も、土も、(くさ)っていった。


 そして、これから殺すべき人のことを(おも)う。

 アイツがそうやって生まれてきたことはただの偶然(ぐうぜん)なのに、なんでアイツが生きていることが悪いことになるんだ。他の人だって同じだろうに、なんでアイツだけが。

 でも、アイツは(なが)く生きている。他の人とは確実に違う。それを許せるほど、人間社会なんてものは寛容(かんよう)にはできてないんだろう。


「なので、あなたがここで彼女の元に戻らない限り、私はここであなたを殺し、ついで彼女も殺さねばならない。五つ数えるうちに決めてください」


 キョウは考える。

 ここで帰れば、リィンを自分の手で殺さなければならない。しかし帰らなければ、自分はおそらく殺され、リィンも無惨(むざん)な死に方をする。


「キョウ……」

「っ、お前! なんでここに!」


 リィンが自身の体を引きずりながら、キョウのもとへと近づいてきていた。

 近寄ってしゃがみ込む。リィンの手を取ることを一瞬ためらうが、意を決してそっと握った。

 命の感触は、ほんの少しだけ大きくなっていた。

 

「5」


 無情にもハックベルはカウントダウンを進める。

 感情と論理が体内で交錯(こうさく)する。


「4」


 自分が殺さなければ、他の(ヤツ)に殺される。そんなことは嫌だ。たとえ神がすべてを(ほろ)ぼすような災害を起こしたとしても、リィンの命だけは自身の手で(うば)う。他の誰にもくれてなんてやるもんか。


「3」


 だからといって、殺したいなんてちっとも思っていない。生きてほしい。不老不死だというのなら、いつまでだって生きていれば良いじゃないか。


「2」


 時は過ぎていく。考えようにも答えは出ない。どちらだって本心なのだ。


「1」


 だが、選ばなければならない。選ばなければ、何も残らない。


「……0」


 自分か、リィンか。どちらかの望みを選ぶとするならば、私は……


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