表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ぬまで生きてやる  作者: 楸 椿榎
第一章 オレとお前
2/11

「殺す」と「生きる」・後編

 森を歩く人影が二つ。距離は一定より離れることはない。


「おい」

「はい?」

「なんでずっと手ぇ離さねえんだよ」

「あなたは人を殺すとき、その人に接触するんでしょう? なら、死ぬまでずっとこのままよ♪」

「は? 便所も風呂も寝る時も?」

「当たり前じゃない」

「オレの自由はどうなる!?」

「命が助かるなら安いものでしょう?」

「……こいつぜってぇ殺してやる」

「願ったり叶ったりよ♪」


 なんてことのない、物騒(ぶっそう)な会話をしながら歩き続けて十数分。新緑の木々を抜けて街道沿いを下った先には、ぽつんと一軒、豪邸(ごうてい)が建っていた。赤く高い屋根と、奥行きのある焦茶(こげちゃ)の壁に、白い扉と窓枠が映えている。


「こんな豪邸に住んでるのか……」

「これは59番目の別荘よ」

「は?」

「仕事柄、方々に赴く必要があってね。大丈夫、隅々(すみずみ)まで綺麗にしてあるから」

「……」


 感覚の違いにキョウは頭を抱えながら、リィンとともに屋敷へと入った。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 屋敷に入ると、一人のメイドが出迎えた。


「うわ。誰だ」

「私の屋敷で働いているメイドよ。あなた、メイドを見るのが初めて?」

「悪いかよ」

「いえ、何も気にすることはないわ。さ、行きましょ」


 特に馬鹿にするでもなく、気にせず進んでいくリィン。キョウは手を引かれてついていった。


───*───*───


 自室にて、リィンは何気なくベッドに腰を落ち着ける。キョウはその正面に突っ立っていた。


「あなたが嫌なら、今すぐここから出ていってもらっても構わない。その代わり、命の補償はできなくなるけどね」

「バカ言うな。自由を奪われたくねぇしオレはお前のことが大嫌いだが、借りを返さねえまま他所(よそ)にいけるかよ」

「あら、案外殊勝(しゅしょう)なのね」

「損得勘定(かんじょう)は契約の基本だ」

「なら、私もあなたに契約の対価を払いましょうか」

「対価?」

「料理を振る舞うとか」

「オレは生気(せいき)を吸ってりゃ腹は減らねえんだが」

「あなた、料理をやったことは?」

「知らん」

「なら一緒にやりましょ」

「なんでだよ」

「あなたは曲がりなりにも私の左手をうばっている。その状態では料理ができない。あなたも右手を奪われているけど、」

「料理なら片手でもできるだろ」

「あなたが一緒に来てくれないと何もできないわ」


 キョウがどれだけ(にら)みつけても、リィンはコロコロと笑っているだけ。


「あなたがいてくれれば、(から)い料理にも挑戦できるもの」

「は? オレと(から)い料理と何の関係が?」

「私には痛覚がないの。だから辛い料理は私には作れない。ひどい味になるんですって」

「ふ〜ん? だからってオレが手伝う理由にはなんねえな」

「あなたは私がいなければ今頃死んでいたのよ?」

「ほう?」


 キョウはリィンの首に手を回す。


「今ここでお前を殺してもいいんだぜ?」

「やれるものならやってみなさい。骨を折ろうが気道を(つぶ)そうが私は死ねないから」

「……」

(すき)あり」

「うお⁉︎」


 一瞬で、キョウは組み伏せられた。


「呪いのないあなたは私に従わざるを得ない。わかった?」

「……チッ。しょうがねえ」


───*───*───


 二人して長い時間キッチンで格闘を繰り広げた結果、グツグツと煮立った赤い辛味鍋が完成した。


「こんなもんだろ」

「できたわね。それじゃあメイドも呼んでご飯にしますか」

「でもオレは利き手が塞がってる」

「大丈夫。私には利き手があるから」

「は?」

「だから、食べさせてあげるって」

「冗談だよな?」

「あいにく食器は人数分しかないの」

「買い足せよ! 今すぐに!」

「そんな神速の馬を持ってる行商人はいないわ」

「だったら」

「はい、あ〜ん」

「んぐ」


 キョウの口には、問答無用で鍋の肉が差し込まれた。

 スッとスプーンを抜き取り、リィンは悪戯(いたずら)っぽく微笑(ほほえ)む。

 呆然(ぼうぜん)としていたキョウは、状況を認識した瞬間に青筋を浮かべて強く噛み締めた。


「どう?」

「まずい!」

「あらあら、上達できる伸び(しろ)があるって嬉しいわ。退屈が(まぎ)らわせそう」


 カラカラと笑うリィンを、キョウは(にら)み続けていた。


───*───*───


 夜になり、キョウとリィンは天蓋(てんがい)つきのベッドで寝ていた。二人が繋いだ手は、布で固く縛られている。

 隣の寝息を確認して、キョウは静かに目を開く。


「こんな屋敷、出ていってやる」


 昼間のことを思い出してか、繋いでない手に力が入る。

 起きてる時は(あざむ)くしかなかったが、不意打ちの傷も治った今、ここにいる理由はない。


 リィンをできる限り起こさないようにしながらも、力づくで二人を(しば)る布を解こうとした。

 どこをどう結ばれたのかもわからない。だが、一つだけわかっていることがある。

 リィンと離れれば、力は戻る。


「クソが……」


 どうにか布を緩め、リィンと重ねていた手と手の間に、隙間(すきま)があいた。

 瞬間、キョウを黒い(もや)が包み、ベッドは沈み、床が抜けた。

 落下の衝撃を靄で受け流したキョウは、そそくさと窓に近寄る。


「ようやくだ」


 靄を操り、庭へと続く()き出し窓を消し去って外に出る。

 雲に隠れていた月が姿を表すと同時に、庭が明るくなり、一人の人物の影を映した。


「こんなところで何してやがる、散歩か?」

「あなたが保護対象から外れたので、殺しに来ました」

「そうか、でも俺はもう手負いじゃねえ。お前にやすやすと殺されるかよ」

「みたいですね。今までよりいきいきしている」

「じゃあ、死ね!」


 キョウが手を前に振ると、腕から無数の靄の(つた)が相手に向かって伸びていく。

 ハックベルは息ひとつ乱さず、次々迫ってくる蔦を拳で払いながらキョウに向かって走り出した。


 想定通りとでも言うように、靄は次々に地面に進路を変え、キョウと着地点の間を底なし沼へと変容させる。

 土地の腐敗に足を取られそうになるが、ハックベルは背後とキョウを一瞥(いちべつ)すると、前方に向かって天を駆けるように、身長の何倍も跳躍した。右手を構え、キョウを見据(みす)える。


「前から来るってわかってりゃ、やることは一つ!」


 キョウもハックベルの動きを見て、身の回りに残った靄を右手に集中させ始める。

 ハックベルが構えた拳にも何か細工(さいく)(ほどこ)されつつあるのが気配でわかった。

 が、キョウは打ち破ることしか考えていないように、狂気じみた大きな笑いを浮かべる。


「封印します」

「なんかお前も凄そうだな……だけど死ね!」


 二人の拳がかち合う──と、二人も気づかぬほどの歩法で、リィンが間に入ってきた。


「は?」

「っ⁉︎」


 キョウとハックベルの拳がリィンに直撃した。

 呪いの勢いは失われ、ハックベルの打撃はリィンを吹き飛ばした。

 余った風圧でキョウも大きく後ろへ、ぐでんぐでんと転がされる。


 起き上がってリィンの方を見ると、一部がバラバラになるほどボロボロの体が、すでに再生を始めていた。

 ハックベルのパンチによって吹き飛んだ手足はくっつき、地面を転がって()り破れた皮は()い目ひとつなく綺麗な玉肌に戻る。

 閉じていた目が、ゆっくりと開かれる。


「夜中にしては、随分(ずいぶん)騒がしいわね」


 リィンの言葉に、キョウは苦々しそうに目を逸らし、

 リィンの視線に、ハックベルは無言で目を伏せる。


「今夜は帰ってくださらない? それで不問(ふもん)とします」

「承知しました」


 あっけなく、ハックベルはその場から文字通り姿を消した。

 邪魔者がいなくなったことを確認すると、柔和(にゅうわ)()みでキョウを見つめるリィン。

 月光と夜風も相まって、さながら妖精のような(あで)やかさを(はら)んだ目は、すっと前を見据(みす)えている。


「さて、これはどういうこと?」

「いや、あいつが襲ってきたから、仕方なく庭を」

「どうして手を繋いでないの?」

「……は?」


 キョウは、リィンの発言に呆気(あっけ)に取られる。


「あなた、私を殺してくれるんじゃないの?」


 そんなことより他に言うことがあるだろうよ。

 ハッと吐き捨てて、試すようにリィンを(にら)む。


「死にたいからって、死ぬほどの思いをしてでもオレを助ける必要があったのか? あいつらなら」

「今あるすべての方法を試してもらって、彼らでは私は殺せないことがわかった。だから、数少ない『糸口』をみすみす殺させるわけにはいかないわけ。わかる?」


 今度は逆にキョウを諭すように、リィンが半目で挑発する。

 二人を、雲間(くもま)から月が見守る。静かな風が庭に残った草木を揺らす。

 リィンは、笑みを(くず)さない。


「私は命をかけた。世界で一番安い命をね」

「……命に安いも高いもあってたまるか」


 リィンの言葉が気に入らない。気に入らないからこそ、キョウは手を差し出した。

 決して自分から近寄ろうとはしない。

 キョウの不遜(ふそん)な態度を気にも留めず、リィンは軽やかな足取りで近寄る。


「お前は、オレの命にかけて殺してやる」

「ふふ、もう嘘はつかないでね♪」


 二人が、手を繋いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ